第5話 旅立ちの時

「おい、船はどんな様子だよ」


 サルマは、浜辺に座って汗を拭いているログの元へやってくる。


「おう、おめぇか。見な。見事に直してやったぜ」

「……あ?」

 サルマはログの指差す方を見る。そこには、すっかり元通りになった船の姿があった。

「………………」

「どうだ。見たか俺の腕を」

 ログは満足げに笑みを浮かべて船を眺める。

「あまりにもしょぼい船だったんで、一瞬で終わらせちまった…………あん? なんでぇその顔は」

 口を開けたまま何も言わずにこっちを見ているサルマに気づいて、ログは眉をひそめる。

「いやいやいや……冗談だろ? そんな早く直せるわけが……」

「ああ? そんな冗談言うかよ。モノを見たってのに何言ってやがるんでぇ」

「で、でもよぉ……さっきは一日じゃギリギリみたいな言い方だったじゃねーか」

 サルマは口をあんぐりと開け、ログの方を指差しながらまくし立てる。ログは鼻を鳴らす。

「ああ、あれは……おめぇがマストを直せなんざ言うから、もっとでけぇ、大型の帆船か何かだと思ってたんだがよ。こんな小船直すのに一日かける俺じゃねえよ。あれはマストじゃなくてただの柱だろ」

(……それにしても、早すぎないか?)

 がははと豪快に笑うログの横で、サルマは元通りになった船を呆気にとられた様子で眺める。

「そういや、アイラちゃんはどうした?」

 ログはアイラがいないことに気づき尋ねる。

「ああ、あいつは後から……お、噂をすれば来やがった」

 サルマは向こうから歩いてくるアイラとミンスを見つける。アイラはうつむき気味で、どこか冴えない表情をしている。


 アイラがやって来ると、サルマは眉をひそめて尋ねる。

「なんだオマエ。辛気臭い顔しやがって」

「……ユタと喧嘩しちゃった。こんなコンパス信じて旅に出るなんて馬鹿げてる、なんて言うから……つい……」

 そう言ってしゅんとしているアイラに、不思議そうにログが尋ねる。

「ん? アイラちゃん……旅に出んのか?」

「盗賊さんに連れて行ってもらって、少しアイラを旅に出すことにしたの。アイラに外の世界も知って欲しくてね」

 アイラに代わってミンスがそれに答える。

「へーえ。でも結局はこの島が一番だぜ、ミンス。それに……おめえは大丈夫なのか? また一人になるって……不安はねえかい」

 ログは後半少し声を落としてミンスに言う。ミンスは少し寂しげな笑顔をログに見せる。

「大丈夫よ、私はもう……」

「……ならいいけどな」

(また……一人になる……? 一体何の話だ?)

 サルマは二人の会話を盗み聞いて首をひねる。


「あっそうだ。ログさん、これ約束のりんごパイ」

 アイラがログに編みかごを渡す。ログはそれを受け取り、匂いを嗅いで満足げに頷く。

「うーん、いい匂いだ。早速帰って頂くとするかな。じゃ、おめぇアイラちゃんのことはしっかり頼んだぞ!」

 そう言って、ログは軽い足取りで森の方へと帰っていった。


(どいつもこいつも……俺のこと盗賊だとわかってても、全く警戒しねぇのな。都合がいいとはいえ……何だかな……)

 サルマはそんなことを思って深くため息をついた後、アイラの方を振り返る。

「……さて。無事船も直ったことだし、俺は今からこの島をとうと思うんだが」

「ええっ⁉ もう⁉ もうちょっと後でいいんじゃ……」

 アイラが慌ててそう言うが、サルマはそれをさえぎる。

「いや、今からたねぇと夜までに次の島に着かねぇだろ? 船で一晩明かすのはゴメンだぜ」

「……でも……」

「おーーーーい!」

 アイラが未練がましい様子で反対しようとすると、向こうから声が聞こえてくる。声の聞こえた方を見ると、ユタが向こうから駆け寄って来るのが見えた。

「アイラ‼」

「ユタ⁉」

 ユタはアイラの前に来ると、手を膝について息を切らせながら言う。

「……今から行くのか?」

「……うん」

 アイラが頷くと、ユタが少しバツの悪そうな顔で話しだす。

「アイラ、さっきは悪かったよ。俺、アイラが急に旅に出るって聞いて動揺して……行って欲しくなくて、あんなこと言ったんだ」

「……ユタ」

 ユタは少し照れくさそうにアイラに笑いかける。

「……今思えば、それも俺のただのわがままだって気づいたよ。だから……もう反対しねぇ。思う存分旅して来いよ、アイラ! んで、帰ってきたらみやげ話聞かせてくれよ!」

「ユタ……! うん、もちろん! 一番に聞かせてあげる!」

 アイラとユタがお互い笑顔になるのを見ると、サルマは船の方に向かい、アイラに声をかける。

「おーし、じゃあ出発すっぞ。早く船に乗った乗った!」

「うん!」

 アイラはミンスから旅の荷物を受け取り肩にかけると、船に飛び乗る。

「よーし、押すぜ。せぇの!」

 サルマはミンスとユタの手を借りて一緒に船を押し、最後に自分も船に飛び乗り帆をいっぱいに張る。


「アイラ! 元気でな! 必ず戻ってこいよ!」

「うん! ユタも元気で!」

 アイラは手を振るユタに向かって答える。ユタは次にサルマの方に向かって叫ぶ。

「おっさん、アイラを頼むぜ!」

「わーってるよ! てかおっさんじゃねぇ……」

「アイラ……!」

 足元が波で濡れるのも構わずミンスが船の方へ駆け寄ってくる。アイラは船から身を乗り出す。

「ミンスさん!」

「これだけは……約束して。そのコンパスの示すとおりに進んでゆけば、全て良い方向に導いてくれる……そう信じて欲しいの! 私もそう信じてる! そのコンパスは……神様からの授かり物だと思っているから、だから……!」

 必死でそう訴えるミンスに、アイラは大きく頷く。

「わかったよ、ミンスさん! このコンパスを信じて、針の示す方向に進むよ! それで……必ずこのコンパス持って、またここに戻ってくるから。心配しないで待ってて!」

 アイラは大きな声でそう叫んで、ミンスが見えなくなるまで手を振り続ける。


 だんだん小さくなってゆく船を見ながら、ミンスは小さな声で呟く。


「アイラ……どうか無事で……」

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