第35話 ロシールとの晩餐

「なるほど、そんなことが……」


 アイラとサルマはロシールとともに食事をしている。三人で食事をするには大きすぎるテーブルの上には、たくさんの豪華な料理が並んでいる。


 これまでの経緯いきさつを話し終えたアイラは、一息ついて自分のグラスに入っているジュースを一口飲む。


「私が思うに、君は……神の使いに選ばれたのではないだろうか」

「どういうこと?」

 アイラはロシールの言葉を聞いて目を丸くし、グラスをテーブルに置く。

「三種の神器は、本来天界におられる神のものだ。それが……何故だかわからないが、現在は我々のいる地上にある。そして今、闇の大穴は大きく開き、うねりは全世界に広がっている……。これらのことから察するに、神が神器をなくしたことで、今、この世界は危機的状況に陥っていると考えられる」

「じゃあ……わたしの持ってる神器を神様に返せば、世界はまた平和になるってこと?」

「おそらく、そうだと思う。神学研究の際に読み解いてきた神にまつわる伝説にも、神の使いとして選ばれた人間の存在が伝えられている。神は今、地上に降りて神器を探すことができない状況にあり、神器を自らのもとへ持ってきてくれる者を待っている状況なのだろう。そして神の落とされた神器を送り届ける使命を持つ神の使い……それが君なのではないかと思う。まあ、私の仮説に過ぎないのだがね」

「……てことは、この剣は、やっぱりわたしには使えないのかな。せっかく泉の水につけて、力を取り戻して……やっと闇の賊を倒せると思ったのに」

 アイラはそう言って少しうつむく。


 ロシールはアイラの言葉を聞いて、ぽつりと言う。

「神以外の……君にも、君以外の人間にも、その剣が使える可能性はなくもないよ。もしそれが可能なら、神に託さずとも、世界を私たち自身が直接救うことができるかもしれない。一度、試してみる価値はあるな……」

 アイラはそれを聞いて顔を上げ、力強く頷く。

「そうだよね! わたしたちにも剣が使えるなら、もっと早く闇の賊の侵攻を防げる! 一回やってみて……」


「おい、ちょっと待て」

 サルマはごちそうに手を伸ばすのをやめ、ロシールを軽く睨みつける。

「それって闇の賊の元に行くってことだろ? そんな危険なことさせるわけにはいかねぇよ。もしアイラが殺されたりしたら、誰もコンパスの針が見れない状況になるんだぜ。それこそ世界の終わりだろ」

「それでも、退魔の剣が誰にでも使えるのなら、神に届ける必要もなくなるのだが……。まあ、確かに危険な賭けだな。聞かなかったことにしてくれたまえ」

 ロシールはそう言って話を終わらせる。


「……サルマさん、なんか変わったよね。前まではこの世界のこととか、全然本気で考えてなさそうだったのに」

 アイラがそう言って自分の方をじっと見つめているのに気がついて、サルマはアイラから顔を背ける。

「前までは神だとか魔王だとかの話は半信半疑だったが……闇の賊も出てきて大穴もあんなに広がって……あの有り様を目の当たりにすると、さすがに胡散臭い大昔の伝説でも、現実味を帯びてきて信じざるを得なくなるだろ。ただそれだけだ」

「ふうん…………」

 アイラはまだに落ちていない様子でそう言う。サルマはちらりとアイラの方を見て話を続ける。

「それに……前にも言ったろ。オマエが死んだら、俺はお宝を手に入れられなくなる。俺にとってはそれが一番困るんだよ。俺は大昔の伝説は疑ってても、自分の鼻だけは信じてるからな」

(世界が終わることよりお宝が手に入れられなくなることが困るって……本当かな。それに、なんでそんなに自分のことを信じられるんだろう)

 アイラは不思議に思い首をかしげる。


「そうだ、お宝といえば……黄金島おうごんとうでひとつ、お宝のニオイのするものを手に入れたんだ。見な」

 サルマはそう言って、アイラにみどり色の小さな石を見せる。

「なぁにこれ。綺麗な色だけど……これがお宝?」

「おう、鑑定はまだしてねぇが……ニオイがしたからきっとお宝に違いねぇ」

 サルマはそう言うと、ロシールの方を見る。

「そうだ、賢者の爺さんも見てくれよ。爺さんなかなか博識そうだけど、宝の鑑定とかは流石に専門外か?」


 ロシールはサルマの持っている石に目をやる。その目がみるみる大きくなる。

「こ、これは……! 神の痕跡石こんせきいし!」

「な、なんだよその痕跡石こんせきいしって。お宝か?」

 サルマがロシールの方に身を乗り出す。ロシールはゆっくりと頷く。

「うむ、宝と言っていいだろう。とても貴重なものだ。何しろ、神が地上に残した痕跡と言っていいようなものなのだからな」

「痕跡って……どういうこと?」

 アイラが眉をひそめて言う。

「この石があった場所は、昔神が降り立った場所だったり、何らかの地上に対する干渉を行った場所であるという目印になるものなんだ。それだけではなく、この石には神の持つ力が一部秘められている可能性もある……まだ研究段階だがね。我々神学研究者にとっては、非常に興味深い物だよ。是非とも調べさせて欲しい」

「おっと、そんな貴重な物ならやすやすと渡すわけにはいかねぇぜ。いくら出せるんだ?」

 サルマがにやりと笑ってロシールに詰め寄る。アイラが呆れた様子で言う。

「サ、サルマさん……わたしたちを助けてくれた恩人に向かってそんな……」

「恩人だとか関係ねぇよ。俺様が見つけ出した宝だからな。相手が誰であろうと安売りはしないのさ」

「ふむ、そうだな……。これで、どうだ?」

 ロシールは白いローブのポケットをまさぐり、机の上に大きなルビーの宝石を一つ置く。それを見てサルマは目を見開く。

「! これと……交換か?」

「ああ。重さを測ってはいないが……なかなか値打ち物だと思うがね。痕跡石こんせきいしは硬貨で払える代物しろものではないからな。素早い取引の為にはひとまず、これで手を打ってくれないだろうか」

 サルマは無理やりケチをつけようと口を開くも、見たこともないくらい大きく立派なルビーには文句のつけようもなく、黙ってそれを受け取ることにする。

「……取引成立だな」

 サルマがそう言ってルビーをしまおうとするのを見て、ロシールが口を開く。

「ちょっと待ちたまえ。最後に……これを見つけた場所についても教えてくれ。その情報込みでの取引とさせて欲しい」

「場所? 俺が手に入れたのは黄金島おうごんとうで……そこの石売りの話から考えても、黄金島で拾ったと考えていいと思うぜ?」

黄金島おうごんとう……か。なぜそこに神の痕跡が…………」

 ロシールは石を見ながら何やらぶつぶつと呟いている。


 アイラはロシールの手に渡った石をじっと見つめる。

「なんでだろ……。わたし、どこかでその石を見たことある気がする。どこだっけ……」

「さあな。オマエはメリスとう出身だから、そこじゃねぇか? オルクの爺さんの話だと、メリスとうには神が降り立ったことがあるんだろ? なら痕跡石こんせきいしがあってもおかしくねぇ」

「……そうなのかな」

 アイラはそうは思っていない様子で、首をかしげたまま考え込んでいる。


「そういえば、オルクは私の話したようなこと……君が神の使いかもしれないという話はしなかったのかい?」

 ロシールがアイラに話しかける。アイラは頷いて言う。

「うん。オルクさん、あまり詳しくは話してくれなかったような気がする。コンパスが一部の人にしか見えないことと、剣が神様のものだってことくらいかなぁ。コンパスも神様のものだったってことも聞いてなかったし。とりあえず剣を持ってコンパスの示すとおり旅をしてくれって……それだけ頼まれたよ」

「……そうか。なぜだろう。オルクなら知っていてもおかしくはないはずだが……」


 ロシールは痕跡石こんせきいしを見、ローブのポケットにそれをしまうと、サルマの方に向き直る。

「……そうだ。船の件だが、手配できたぞ。出発は明日には可能だ。今日のところは、先ほどの部屋で休むといい」

 それを聞いてサルマは頷き、大口を開けてあくびをする。

「そうさせてもらおう。竜巻に飲み込まれたせいか体にやけに疲れが残ってて……こうしてる間にもだんだんまぶたが重くなってきたぜ。オマエも今日は早く寝ろよ」

「うん……ふあ~あ」

 アイラもサルマにつられてあくびをする。そんな二人の様子を見て、ロシールはくすりと笑う。

「二人とも食べ終わったようだし、早速部屋に案内しようか。ついておいで」


 ロシールに促され、二人は目をこすりながら部屋へと戻る。


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