第47話 三種の神器

「洞窟からの帰り道は、まだ霧が立ち込めていることでしょう。剣の光がなくても来た道を戻れるように、しばしの間だけ帰り道を用意しますから……なるべく早くここから立ち去りなさい」


 レイラはそう言うと、洞窟の出口の方を指さす。その指から光の筋がスッと現れ、洞窟の出口までの道を照らす。

「この光に沿って帰ると、霧の影響もなく、無事に帰れるでしょう。ここにある宝物や痕跡石こんせきいしも、全て持って帰りなさい。これらはアイラを地上から支える助けにもなるでしょうから。使い道は……オルクに聞くといいわ」

 レイラの言葉にオルクは頷き、サルマを見る。

「任せなさい。サルマ、お前にはいろいろ教える必要があるからな、私がくたばる前に……寄り道せず、東の果ての島まで帰ってくるのだぞ」

「わかったよ」

 サルマは頷くと、腰につけている布の中から、宝を持ち帰るための袋を取り出す。そして、自分を見つめているアイラに気づき、アイラを見る。


「サルマさん……またね」

 アイラはそう言うと、差し伸べられたレイラの手を取る。レイラとアイラは、洞窟内の光の射している場所に立つと、その光の上をスーッと滑るように上昇してゆく。

(この光、雲間からずっと射していたが、雲の上の……天界へと繋がる道なのか)

 サルマは天に向かって上昇してゆくアイラの姿を目で追う。アイラもこちらを見ていて――にこりと笑顔を見せ、大きな声で言う。

「見ててね、サルマさん! わたし、これから大穴を閉じて……世界を救ってみせるから!」

「ああ……頼んだぜ、アイラ! きっちりやり遂げろよ! 俺、地上から見てるからな!」

 サルマはそう言い、アイラに向かって大きく手を振る。


 アイラとレイラの二人は、天高く上昇し――――やがて、サルマとオルクのいる洞窟からは、姿が見えなくなった。




 アイラとレイラは天界の雲間から射し込む光に沿って、天界へと向かう。


 下界が雲に隠れだして、ところどころ見えなくなる高度まで来たあたりで、レイラが口を開く。

「これまでの旅は……楽しかった? アイラ」

「うん、すっごく! メリスとうでの暮らしも好きだったけど、サルマさんと出会って、ここまで旅ができたことも良かったって……今では思ってるよ」

「そう、よかったわ……。神の宿命とはいえ、私が至らないばっかりに、あなたに苦労をさせたと思っていたけれど……」

 レイラは少し目を潤ませるも、話を続ける。

「私もね、百年ほど前にオルクと旅をしたことが、とても思い出に残っているわ。そして……オルクのことが大好きだった。私は感情を表に出すのが苦手で、伝えたことはないのだけれど……密かに憧れていたほどにね。今ではすっかりお爺さんになってしまったけれど、昔は格好良かったのよ」

 レイラはそう言ってふふっと笑う。

「そうなんだ! わたしも……憧れてたかどうかはちょっとわかんないけど、この旅でサルマさんのこと好きになったよ。これからも、二人で話し合ったりして、上手くやっていけると思うから……心配しないでね」

 レイラはアイラをしげしげと見、ポツリと呟く。

「……本当に良い子ね、アイラは」

 レイラはそう言った後、アイラから目を逸らし、地上の方の――すっかり全世界に広がりつつある闇の大穴のうねりを眺める。

「私は、アイラと同じく羽衣を着て神になったけれど……神になるには心の成長が足りないまま、神になってしまったと思ってるわ。だから……次の神の子には私のようになってほしくなくて、いろいろと聖なる力を駆使した。でも、そこに力を注ぎすぎたせいで……大穴が広がるのが早まったのかもしれない」

「そんな……そんなことないよ。それに、それが本当でも間違ってないよ、きっと、わたしが問題なく神になることができたのは……母さまがそうしてくれたおかげだもの」

 アイラがそう言うと、レイラはアイラを見、少し涙を浮かべる。

「ありがとう、アイラ……。あなたは私の自慢の神の子だから……きっと、百年よりもっと長く……平和を維持することができると思うわ」


 レイラはその後、何かを思い出したようで……表情に少し陰りが見える。それでもアイラに向けて、話を続ける。

「私が力を使い果たし、消滅したら……残された私の羽衣を一度羽織りなさい。そうすれば、私の持つ全ての記憶を引き継ぐことができます」

「母さま……わかったよ」

 アイラはレイラが消滅するという言葉を聞き、悲し気な表情をするも、こくりと頷く。

「その時、全てわかるはずよ……私がこれまで何をしてきたのか。その後でも、あなたに嫌われなければいいのだけれど」

「そんな、嫌うだなんて……」

 アイラは困ったような表情で言う。


 その時、足元の光の一番上の場所まで到着したことにアイラは気が付く。

「天界に着いたようですね。どう? アイラも少しは思い出したかしら」

 レイラがそう言ってアイラを見る。アイラは、天界に足を踏み入れ、雲を踏みしめる。

「うん……。この感じ、やっぱり懐かしい……」

「とはいっても、ここは天界の外れに過ぎない場所で、ここから闇の大穴の方面に向かわなくてはなりません。もう説明しなくとも、思い出しているでしょうけれど」

 レイラはそう言うと、大穴方面に向けてスッと手を伸ばす。すると、今二人が立っている雲の端から、向こうの方に見える雲までの間を繋ぐように虹が架かる。

「こうして、虹で天界の雲と雲を繋ぎ……闇の大穴上空にある、天界を目指します」

 レイラはそう言ってアイラの手を取り、二人は虹の上に乗る。すると、足元の虹が、先程光をのぼってきた時のように、向こうの雲まで二人を運ぶようにスーッと動きだす。



 地上の場合は、先程の洞窟から闇の大穴の中心までは何日もかかる航路になるはずだが、足元の虹の動きはそれに比べて相当速く――――幾時間か経った頃には、二人はもう闇の大穴の中心付近まで来ていた。


「近づいてきましたね、闇の大穴の中心が……」

 レイラがポツリと呟く。

 闇の大穴は――――うねりどころか穴自体が、前に天界の泉に行った時に見たものと比べて、とてつもなく大きくなっていた。そして穴からは、禍々まがまがしい闇のオーラを強く感じる。


「もうすぐ着きますよ。あそこです」


 アイラはレイラが指さす方を見る。少し下の方に、先程の天界の雲よりも大きい雲があり――その真ん中には、大穴の様子を見るために開かれた空洞がある。

 そしてその穴の傍らには、大きな銀色の弓が、地上に向けて射るような向きで――――下向きに置かれていた。


「あの弓が……三種の神器の一つ、『白銀の弓』です。あなたが持つ『退魔の剣』、『神のコンパス』と合わせると、ここに三種の神器が揃います。これがどういうことのなのか……わかるわね」

 レイラの言葉を聞いて、アイラはゆっくりと頷く。

(三種の神器……。確か、賢者の島でロシールさん……も言ってた。わたしもあの時は、残り一つが何なのかわからなかったけど……神の羽衣を着て、記憶を取り戻して、もう知っている……。三つが揃うことで、何をすべきなのか……!)


 アイラは、レイラをまっすぐに見る。


「三つが揃うと、聖なる力が最大限に発揮される……だよね。わたし、その力を使って……この世界の、闇の賊の侵略を終わらせてみせる……!」


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