終結編

第48話 終わりと始まり

 天界の雲の、闇の大穴を見下ろす空洞のところまでたどり着いたアイラとレイラは、傍らにある三種の神器の一つ――――白銀はくぎんの弓を見る。


「これが、最後の三種の神器……」

「そうです。手に取ってみなさい、アイラ」

 レイラに促され、アイラは置いてあった弓を手に持つ。なかなかの大きさで、子供のアイラには少し重たく感じる。

「結構重いね。わたしの力でこの弓……ちゃんと引けるのかな」

「大丈夫よ。先程も言ったでしょう? 三種の神器が揃うと……聖なる力が最大限に発揮される、ってね。さあ、コンパスをはめた退魔の剣も一緒に持ってみなさい」

「あ、そうだった!」

 アイラはレイラの言葉を聞いて、コンパスをつかにはめている、退魔の剣を取り出す。そして、剣をさやから引き抜く。


 ピカッ! と剣がまばゆい光を発する。そして、その光は剣だけに収まらず――アイラの体全体と、持っている弓をも包み込む。

「私もここで、残りわずかな力を全てあなたに託すわ。アイラ、きっと大丈夫よ。あなたなら……!」

 レイラがそう言って、アイラに向って両手を突き出し――後ろからアイラに聖なる力を送る。


 聖なる力のエネルギーが満ち溢れ、ぶわっと前方から風が吹いて――――アイラの髪の毛が一本残らず逆立つ。そしてアイラの体と弓を包むその光が集まって、アイラの後ろに大きな金色こんじきの光のオーラが広がり……そのオーラが弓を持つアイラの姿を形作る。

 まるで、金色こんじきの巨大なアイラが立っているようなそのオーラの姿は……まさに、神といった様相を呈していた。


(体の奥から力がみなぎる……。これが、三種の神器が揃った時の、聖なる力……!)

 アイラはみなぎる力を感じながら、自分の記憶の中にあるこれからすべきことを思い出し――――雲に開いている穴から、弓を地上の大穴に向ける。

 そして、光り輝く退魔の剣を矢の代わりに用い、大穴に狙いを定める。


(ちゃんと命中させなきゃ……! これを外したら、剣とコンパスはまた地上に戻って、闇の大穴は閉じられなくて……これまでの旅の意味がなくなってしまう)

 そう思うと、アイラはこれからする動作が恐ろしくなる。

(できるだけ、大穴の中心に命中させなきゃ……! その方が、闇の世界の魔王に痛手ダメージを与えられて、長年にわたって闇の大穴を封印できるから……!)


 そう思って、地上の闇の大穴をよく見ようとのぞき込んだ時――――アイラは手元にある、コンパスをはめた退魔の剣に目がとまる。

(メリスとうでミンスさんからもらった時から、ずっと一緒のこのコンパス……そしてオルクさんにもらって、アンとラビに手伝ってもらって天界の泉に行って、光を取り戻したこの剣……。今までずっと一緒だったけど、思えば、ここでお別れなんだ)

 アイラはコンパスを見る。剣のつかにはめられたコンパスはくるくると元気よく回り――今にも自分の役割をまっとうしようとしているようだった。

(ここまでわたしを導いてくれたコンパスは、この場所でいいって言ってくれてる……! 大丈夫……やれる!)


 アイラは剣を離し――――大穴めがけて光り輝く退魔の剣を放つ。そして、アイラの後ろの巨大なアイラのオーラも少し遅れて同じ動作をし、剣を型取ったオーラを放つ。

 光る剣が闇の大穴に吸い込まれてゆく。そこから一秒ほど遅れて、アイラのオーラが放った剣も大穴めがけて落ちてゆき――――その光が、大穴のど真ん中に突き刺さる。


 カッ‼


 剣の形をしたオーラの白く輝く光の柱が闇の大穴の中心に刺さると、その光の柱の眩しさで、空全体がパアッと真っ白に輝く。

 そして海に広がった闇の大穴は――――周りの渦も含め、全てが光に包まれた。


 グオオオオオオオオオ‼


 闇の大穴のそのさらに奥底の――――闇の世界の方から、何かのうめき声が聞こえてくる。その凄まじい大きさの声がとどろき、地上界全体を震わせる。




 アイラと別れて洞窟から去り、宝を船の後ろに積んで、オルクの待つ東の果ての島に向けて航海をしていたサルマは、アイラの放った光の柱を船から呆然とした様子で眺めていたが――――やがてポツリと呟く。

「アイラ、オマエ……すげーこと、やり遂げたんだな」

 サルマは空を見上げる。遠く空の彼方には――――アイラたちが渡ってきた虹がまだ消えずに、かすかに残っていた。



 東の果ての島にいるオルクは、洞窟にいるアイラたちと会話を終えた後も、森の中の水盆が置いてある場所に座って待機していたが――――とどろくようなうめき声が聞こえると、ハッとして立ち上がる。

 そして何が起こったのか確認しようと、急ぎ足で森の外へ出ると――――遠い空に、光の柱が見えた。

「アイラちゃん……レイラ……! 本当に、よくやってくれた……!」

 オルクの目から、温かな涙が流れ落ちる。



 闇の大穴付近では、警備戦士の船、闇の賊の船、そして海賊船まで――多数の船が浮かんでいて、大きく開いた大穴からの闇の賊の侵入を防ぐ、激しい戦いが先程まで繰り広げられていた。

 そんな中、突如光の柱が現れ、闇の大穴全体をまばゆく照らし――――皆は、あまりの眩しさに目を閉じる。


「ぐっ……なんだ、あの光は……」

 警備戦士の隊を率いて闇の賊と戦っていたシルロは、周りの状況を把握しようと、なんとか薄目を開けて付近の様子を見る。

 すると、先程まで戦っていた闇の賊が――うめき声一つ洩らすことなく一瞬で消滅し、ちりのようになっていた。そればかりでなく、闇の賊の乗っていた黒色の大型帆船までもが、風化したようにサラサラと砂のようになって散っていくのを目撃する。

 そして海の奥底の方からは――――とてつもなく大きなうめき声が轟いている。


「一体何なのよ、この声は……!」

 キャビルノがあまりの音の大きさに両耳を塞ぐ。アルゴの海賊船も、つい最近捕まった警備戦士の船が近くにあるにも関わらず、大穴付近での戦いに加勢するために馳せ参じていた。そしてその隣には、ケーウッド海賊団の船もあった。

「見なよ、闇の大穴を……! 光に紛れて、心なしかだんだん小さくなっていないかい?」

 ケーウッドが大穴の方を指さす。

「これ……あの時、黒い山に飛ばされた時の……アイラちゃんの持つ剣の光で、山が崩れた時に似てないっすか……?」

 デルヒスがぽつりとこぼす。

「本当だ! ってことは、これって……もしかして、闇の大穴が消滅するってこと⁉」

 キャビルノがキラキラした目でアルゴを見上げる。アルゴは頷き、ぼそりと呟く。

「……ああ。アイラとサルマの二人が、何かしらやり遂げたのかもな……」



 ディールとうのアンとラビは、空に光の柱を確認すると、宮殿内からすぐさま飛び出し――アンの大絨毯に乗って、高い位置からその様子を眺める。

「我が国の近くまできていた闇の大穴の渦が……消えておる。アイラ、神に剣を渡せたのだな……」

 アンが呟く。その目の奥にはかすかに涙が光っている。

「よかったね……。これで、あの二人のコンパスの旅は終わったのかな。だとしたら……」

 ラビは光の柱を見ながら、ポツリとこぼす。

「きっと、また会いに来てくれるよね」

 アンはラビを見て、ゆっくりと頷く。

「……ああ。その時は、どのようなことがあったのか……詳しく聞いてみたいものだな」




 天界では、アイラとレイラが闇の大穴が消えゆく様子を見守っている。


 やがて大穴は完全に閉じ――――禍々まがまがしい闇の気を全く感じなくなっていた。

 そして、役目を終えた光の柱も跡形もなく消え――――世界は何事もなかったかのように、元の姿に戻った。

(闇の大穴がなくなって……まるで、この世界が生まれ変わったみたい。これからは、新しい世界が始まるんだ……)

 アイラはふいに、そんなことを思う。


「よくやったわね、アイラ」

 レイラがアイラに微笑みかける。天界にいるアイラの元には、三種の神器の白銀の弓と、退魔の剣のさやだけが残されている。

「剣のさやは、こちらに残したままでは剣を収められないから……機を見て下界に投げ込むといいわ」

 大仕事をやり遂げ、白銀の弓を握りしめたまま呆然としているアイラに、レイラが声をかける。

「そうしたら、退魔の剣の本体と一緒に、オルク……いえ、サルマがきっと探し出してくれるはずよ。そのために与えられた、神の気を感じる能力でもあるのだから」

「じゃあ、コンパスも……サルマさんが剣と一緒に拾ってくれるのかな」

 アイラがふとレイラに尋ねる。レイラは首を振る。

「コンパスは……剣とは違い、神の子を探し出す本能のようなものがあるの。地上に落ちた時には剣から離れ、然るべき時に、神の子の元へ行くようになっているのよ。そしてコンパスは神の子を、退魔の剣を持つ者の元へ連れてゆく……。だから、アイラが次の神の子を探し出して、その子が旅を始める時までは、人知れずどこかに潜んでいるのでしょうね」

「そうなんだ……」

(わたしの時は、ミンスさんが持ってて、そのミンスさんは旅の人にもらったって言ってたっけ。今落としたコンパスは、どんな風に旅をして、またここに戻ってくるのかな……)


 コンパスのその後に思いを馳せたアイラは、地上から天界に視線を戻す。すると、レイラの体に異変が起こっていることに気が付く。

「あれ、母さま、体が……!」


 レイラの体の右肩あたりの一部分が、サラサラと砂のように風化して、キラキラと輝き……天に舞っている。

「アイラ、私は……もう力を使い果たしてしまった。あなたとは、ここでお別れのようね」

 そう言ってレイラは切なげに微笑む。

「私が消滅したら、ここには私の羽衣が残ります。私の記憶の全てがここに入っていて、神として何をすべきか、ヒントもあるでしょうから……今すぐにではなくても構いません、必ず一度、羽織っておくのですよ」

「そんな、母さま……!」

「あなた一人ここに残していくことは心苦しいけれど……あなたには地上に味方がたくさんいるし、私を含め……歴代の神の加護も授かっている。きっとやれるわ」

 レイラはそう言いながらも、その体は右側から順にサラサラと風化し、半分以上は消えている。

「アイラ……あなたの親になれて良かった。あとは、頼みましたよ……この世界を守って――――――」

 レイラの顔はついに見えなくなり、そこで言葉が途切れる。そして数分もしない間にレイラの体は消滅して――――キラキラと天に舞ってゆき、跡形もなくなった。


 アイラはのこされたレイラの形見の羽衣を手に取る。しかし、そこで途端に張りつめていた気が緩んだのか、アイラは天界の雲の上に背中からバタリと倒れる。ふわふわの雲がアイラの体を受け止める。


「全部……終わったんだ…………」

 アイラは雲に体を預け、一人呟く。

「旅の疲れかな……それとも、わたしも今ので力を使ったからかな……。なんだか、とっても疲れちゃった…………」


 アイラはレイラの羽衣を手に持ったまま――――天界の雲に包まれて、眠りに落ちる。


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