アイラと神のコンパス

ほのなえ

プロローグ

 雲ひとつない晴天、穏やかな波の音だけが響く周りに島ひとつ見えない大海原に、帆を張った木製の小船が浮かんでいる。


 頭と腰に布を巻き、黒髪を後ろで小さく束ねた若者が船に乗っている。首にはコンパスらしきものを紐でぶら下げている。


「……おっ!」

 帆を張っている柱に手を付きぼんやりと前を見ていたその男が、ふいに目を見開き身を乗り出す。

「見えてきた見えてきた。へえー……聞いてたとおりのちっぽけな島だねぇ」

 男の目線の先には島らしきものの姿があり、水平線から少しだけ顔を覗かせている。


「たいした建物も何にもなくてド田舎の平凡な島って話だから、普通の賊なら素通りするってとこなんだろうけども……この盗賊サルマ様のはごまかされねーぜ!」


 若者はそう言って柱から手を離し、船首の方へゆっくりと歩いていく。


「今回のは今までで一番強烈だからな……期待できるぜ。しばらくこのニオイとは縁がなかったもんだからちょっくら心配していたが、俺様の鼻も鈍っちゃいなかった……ってことだな」


 紅の竜の頭のような形の船首に手を付き、男は身を乗り出して島を見る。


「……とにかく。あのちっぽけな島に俺を待っている何かがあるんだ」


 そう言って前を見据える男の乗る船の後ろの方から、ゴポポ……という奇妙な音と共に、どろりとした黒い波のようなものが迫ってくる。


「もうじきだ、もうじき上陸するぜ……メリスとうに‼」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る