第12話 戦士隊長リーシ

 海賊船の船室内にある食堂で、アイラはデルヒスによそってもらった海の幸たっぷりのシチューを食べている。


 部屋にある階段の方から足音が聞こえてきてそちらを見ると、上の階からサルマが降りてくるのが見えた。


「あ……サルマさん」

 アイラは少し気まずいような表情をする。

「……てめぇ、何のんびり食ってんだ。今警備戦士にこの船が見つかって大変なとこなんだぞ」

「え。ど、どういうこと?」

「ここの海賊団にとっても俺にとってもアイツらは敵だ。捕まったら戦士島せんしじまに送られて、牢にぶち込まれちまう。アルゴは腕のたつヤツだが、今回はリーシの一隊が直々にやってきたみてぇだから、さすがのアルゴでも太刀打ちできないかもしれねぇ」

「リ、リーシって……?」

「警備戦士の隊長だよ。アイツはとにかく凶暴だし……見つかったら何されるかわからねぇぞ」

「ど、どうすればいいの?」

「とにかく隠れろ! 俺たちがここにいることがバレねぇようにするんだよ! 後はアルゴ達がなんとかしてくれるみてぇだからな」

「で、でもアルゴさんたちに全部任せてわたしたちだけ隠れるなんて……。それに、わたしは何も悪いことしてないよ? だから隠れなくてもいいじゃない」

 サルマはそれを聞いて少したじろぐ。

「そ、それは……。で、でもオマエが見つかると……」

「そうだ! オルクさんが言ってたじゃない。警備戦士のおさにメリスとうのこととか闇の賊のこと伝えてって。ちょうどいい機会だし、わたしが戦士隊長さんに警備戦士のおさと会えないか頼んでみるよ! サルマさんのことは黙ってるから、見つかるとまずいんだったら隠れといて!」

「か、勝手な事言ってんじゃねぇ! オマエが戦士島せんしじまに行くことになったら……俺とは離れちまうじゃねぇか」

「……離れてもいいよ。別にサルマさんと一緒に行かなくたって……。アルゴさん達にもコンパスの示す先に連れてってもらえないのなら、警備戦士のおさに頼んでみてもいいし……」

「……てめぇ。結局連れてってもらえるんなら誰でもいいってか……?」

 サルマは静かに、しかし怒りのこもった声でそう言うとアイラに近づき、アイラの腕を掴んで引っ張る。

「痛っ! な、何するの!」


 サルマはアイラを引っ張り、食堂の隅の方の、いくつか大きな木箱が置かれたところまで歩いていく。そして木箱のふたを一つずつ開けては閉めて、空の木箱を見つけ出すと、その中にアイラを放り込む。

「な、何するつもり……うぐっ」

 反抗するアイラの口を、サルマは食堂に置いてあった布切れで縛り、頭の後ろで結んでさるぐつわを作る。そして両手、両足も布切れで縛りながら、サルマは呟く。

「……俺はミンスに言われたよ。くれぐれもオマエをよろしくとな。オルクの爺さんにも……連れて行くと決めたからには最後まで投げ出すなと言われた。別に誰かに頼まれたからオマエを連れて旅してたんじゃねぇ。だがな……俺は何があっても、オマエとの旅を諦める気はねぇぜ? オマエが嫌がっても、無理にでも連れてってやるからな」

 そう言ってサルマは木箱のふたを閉め、その上に重しを乗せる。そしてアイラを閉じ込めた木箱の周りに同じような木箱を並べる。

「さて……と、俺はどこに隠れるか……。なるべくあのリーシの目につかねぇ所は……っと」

 サルマは辺りをぐるっと見渡す。その時ドカーンという爆発音がし、船がグラグラと揺れる。


「きゃあーーっ!」

「ちいっ魚雷か……怯むなキャビルノ! 撃てーーっ!」

 海上ではドオン! ドオン! と二隻の船が大砲で撃ち合っている。アルゴの船には穴がいくつか空き、破損が目立つようになっている。

「ダメよ、これ以上攻撃されると船がもたないわ! もう追いつかれるのも時間の問題だし……」

「くっ、こうなったら……船を一旦停めて警備戦士のヤツ等をあえて招き入れて、剣で迎えうつぞ! てめぇらは船室に入って隠れてな!」

「えっでもアルゴの兄貴……」

「わ、私たちも戦うわよ! 私たちだってちょっとは……」

 キャビルノとデルヒスがアルゴにそう言って食い下がるが、アルゴは二人を手で制する。

「そんな言葉はまともに戦えるようになってから言うんだな。てめぇらが警備戦士相手に挑んでも負けるのは目に見えてんだよ。特に相手がリーシじゃ全く勝ち目はねぇな」

「そ、そうかもしれないけど……」

「……てめぇらに死なれちゃ困るんだよ。さすがに俺一人じゃ海賊団は成り立たねぇからな」

 アルゴはそう言ってキャビルノとデルヒスに背を向ける。

「……兄貴……」

「……でも、兄貴だけ戦わせて隠れてるわけにはいかないわ。せめて……兄貴の後ろで待機させて」

「……好きにしろ。よし、帆を畳んで船を停止させるぞ。その後は船室の扉の前で、ヤツ等と戦う準備だ!」

「「イェッサー‼」」

 二人はそう言ってマストの方へ駆け出していく。



 停まっているアルゴの海賊船の隣にリーシ隊の船がやってきて、真横にピタリとつける。

 長い黒髪を頭の右後ろで縛り、紅の衣服を身にまとった細身の女性が、船首のそばに立ち、腕を組んでにやりと笑う。

「ふふ……逃げるのは諦めたようね」

 そして弓なりの……三日月のような形をしているスラリと長い剣をアルゴの船の方に突きつけ、凛としたよく通る声で叫ぶ。

「全員、出撃! 船に侵入するわよ!」

「「「おおーーっ‼」」」


 警備戦士の男たちが雄叫びをあげ、アルゴの船とこちらの船の間に木の板を敷いて、一斉にアルゴの船になだれ込んでゆく。

 そして、船室の前で大剣のつかを肩に当て待ち構えているアルゴをぐるりと取り囲む。

「ア、アルゴ……」

 戦士たちはアルゴの持つ威圧感に少し圧倒されながらも、警備戦士専用の武器である三日月のようなそり曲がった形の剣……三日月剣を一斉に構える。

「全員ここで叩きのめしてやる。容赦はしねぇぞ。かかってきやがれ!」

 アルゴがそう言うと、戦士たちは一人ずつ叫び声をあげてアルゴに向かっていく。アルゴはやってくる戦士たちを次々と大剣でなぎ倒してゆく。一人では敵わないと、束になってかかってきた戦士でさえも、アルゴの大剣のひと振りで吹っ飛ばされる。

「……くっ」

「やはり強いな……アルゴは。なんて力だ……」

 戦士たちは負傷しながらも、再び立ち上がりアルゴに剣を向ける。


「待ちなさい!」

 凛とした声が船上に響き渡る。全員が声のする方を見ると、黒髪を縛って腰に三日月剣を下げている女性が、向こうの船からこちらに向かって渡ってくる。

「やめなさい、アンタ達。アルゴの相手は私がするわ」

「リーシ隊長!」

 戦士たちはリーシが向かってくるのを見て、剣を下ろして道を開ける。

 リーシはアルゴの前に来ると、アルゴの顔を見上げ口を開く。

「よろしくね。お手合せしてもらうのは……二度目だったかしら。

「……ああ」

 アルゴはぶっきらぼうな様子で答える。

「前回は確か……勝負がつかなかったわね。今回は……」

 リーシは三日月剣をスラリとさやから抜いて、体の前で構える。

「あなたを追い詰めて、必ず捕らえてみせる」

「……殺る気で来ねぇと、逆に殺られるぜ?」

 アルゴも大剣を体の前で構える。


 二人はしばしの間睨みあって剣を構えたままじっと動かずにいたが、やがて叫び声をあげ、相手に向かってゆく。

「えーーーーーいッ‼」

「うおおおおおおッ‼」

 そこから激しいぶつかり合いが続き、キン、ガキンと互いの剣のぶつかり合う音が船上に響き渡る。


 剣を交えながら、リーシとアルゴは言葉を交わす。

「……さすがね。あなたは海賊にしちゃ勿体無い剣の使い手だわ」

「……てめぇこそ、女のクセにこの俺と互角に渡り合えるとはな」

「……その腕をもっと……人のために活かそうとは思わないの?」

「……ああ?」

「もしあなたが警備戦士になってくれたら……どんなに心強いかしらね」

「……⁉」

 アルゴはその一言を聞いて少し体制を崩す。その一瞬の隙をついて、リーシはひらりとした身のこなしでアルゴの喉元に三日月剣の剣先を突きつける。

「ああっ……!」

「兄貴……‼」

 アルゴの後ろにいたデルヒスとキャビルノが叫ぶ。

「……勝負あったわね。女だと思って舐めてるからよ。それで……さっきの話だけど、あなたはどう思うの?」

 リーシはにやりと笑みを浮かべてアルゴの顔を見上げる。

「……断る。俺は海賊だ。生まれた時から海賊だってことに誇りがある。だから、死ぬまで海賊じゃねぇと俺の気がすまねぇ。ここで死ぬならそれでも構わねぇ……さっさと殺れよ」

 リーシはため息をついて、後ろの戦士たちに声をかける。

「……そう言うと思った。さ、アンタたち、縄を持ってきてアルゴを捕らえなさい!」


 戦士たちは、剣先を突きつけられて動けないアルゴのところに縄を持ってきてその手を縛ろうとするが、そこにデルヒスとキャビルノが割って入る。

「あ、兄貴に何するの!」

「あなたたちは……どうするの? 抵抗する気?」

 リーシが剣先をアルゴに突きつけたまま静かに問う。

「わ、私たちは……アルゴの兄貴と離れるわけにはいかない……」

「…………降伏するっす」

 二人はそう言ってうつむき両手を上げる。

「賢い判断ね。さ、この二人も捕らえて」


 アルゴ海賊団の三人は縄で両手を縛られ、全員縄でまとめて体を繋げられたままリーシの船に運ばれる。

「アルゴの海賊団は……確かこれで全員だったわね。さて、この海賊船は……とりあえず戦士島せんしじままで運んで……」

「隊長!」

 戦士の一人がリーシの元にやってくる。

「? どうかしたの?」

「アルゴの船に、小船が……縄ばしごでくくりつけて繋がれてあったんですけど……」

「……小船が……?」

「その船に……我らが戦士のシンボルの、紅竜がついていて……」

「……‼ その船のある場所に案内しなさい!」

 リーシそれを聞いて突然顔色を変える。


 そして戦士に案内されてその場所へ行くと、紅竜の船首のついた小船をその目で確認する。


「……これは……サルマの船……‼」


 リーシの目の色が変わり……その瞳には、チラチラと赤い炎のようなきらめきが見られる。

「……全員……いや、数名はアルゴ達を見張って、それ以外は全員…………船内をくまなく捜しなさい! サルマのヤツがどこかに隠れてるわ! 見つけ次第、速やかに私のところへ連れてきなさい!」

「「「ははッ‼」」」


 リーシの命令により、戦士の多くが船内に侵入してゆく。その騒ぎを遠目に眺めていたキャビルノがため息をつく。

「あーあ。サルマのヤツがここにいる事、バレちゃったわねぇ」

「サルマさんの船……隠しておいたほうが良かったんすかねぇ」

「そんな暇なかっただろ。……そもそも、俺がヤツらを叩きのめせなかったのが悪いんだ」

「いや、兄貴だけのせいじゃないっすよ! オイラが戦力にならなかったせいで……オイラがもっと剣をまともに使えたら……」

 アルゴとデルヒスは揃ってため息をつく。その横でキャビルノは、リーシの後ろ姿を眺めて呟く。

「相手がリーシさんだものねぇ……ツイてないわ。彼女以外には向かうところ敵なしの兄貴なのにねぇ……」

「……てめ、何が言いてぇんだ?」

 アルゴがキャビルノを見て眉間に皺を寄せる。

「別になんにも。ただ兄貴、今回もリーシさん相手に油断したでしょ。そりゃあリーシさんって綺麗だし、女だから手出ししにくいのもわかるけど……でも、本気出してくれなきゃ困るって言ったのに……」

「…………すまねぇ」


 アルゴは言い訳もせずに一言謝ると、うつむいて誰よりも深くため息をついた。



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