第2話 鼻のきく盗賊サルマ

「おい……そいつ、船をちゃんと直せるんだろうな」


 木漏れ日の当たる森の中の道を歩きながら、男が前を行くアイラに向かって言う。頭上を見上げると木々が生い茂り、その隙間から雲ひとつない青空が覗いている。


 アイラは男の方を振り返らず歩きながら答える。

「うん……たぶん」

「たぶん……だぁ?」

「わっ、わたしは船のこととかよくわかんないんだけど……」

 怪訝そうな顔をする男に、アイラは焦った様子で言い直す。

「ログさんは大工の仕事をしてるんだけど、家だけじゃなくってとにかく何でも直せる人だから……大丈夫だと思うよ」

「……だといいがな。直らねーと帰れねーし」

「あっでもログさん島の外の人に厳しいから……何か代わりのものを要求されるかも」

「……代わりのもの?」

「うん、代わりのもの」

(代わりのもの……ああ、カネのことか)


 男は腰に巻いた布の中をまさぐり、麻の薄汚れた巾着を取り出す。その巾着はずしりと重……いわけではなく、船を直すには少し心もとないようで、男は巾着の中を覗いて少し眉をひそめた。

(うーん、金貨は三枚だけか……。船を直すには一体いくら要るんだ? 確かでかい帆船だと金塊一つくらいは要るよな? だとすると、この小船でももしや銅塊一つは必要なのか……?)

 男は少しの間うんうん唸っていたが、二回ほど首を振りふっと笑った。

(……なーんて何真面目に考えてんだ。俺は泣く子も黙る盗賊だぜ? 金なんか払ってられっか。船が直り次第……いや、お宝を手に入れて船が直り次第、すぐさまトンズラしてやるよ)


「カネならあるぜ……問題ない」

 心の中で考えている事とは裏腹に男はそう答えたが、それを聞いたアイラはぽかんとしている。

「……かね?」

「カネ。おカネだよ。まさかオマエ……知らねーのか?」

 馬鹿にした風に冗談を言ったつもりだったが、アイラは大きく頷いた。

「うん」

「なっ……⁉」

(カ、カネを知らねーのか⁉ あの素ン晴らしいものをッ⁉)

「じゃ、じゃあ、この島では欲しいモンを手に入れる時はどうすんだよ‼」

「えっと……物々交換したりもするんだけど、大抵は必要な時は貰ったり、余ってる時はあげたり……ゆずり合ってというか、助け合って暮らしてる」

 涼しい顔でそう言ってのけスタスタと歩いていくアイラを見つめ、男は空いた口が塞がらない。

(な……んだと……。よくもまあ、そんなんでやっていけるよな。揉め事とか起こらねーのかよ……)


 男は森に入るまでに見た島の様子を思い返す。町や村と呼べるようなものすらもなく、粗末な家がまばらに建っているだけの島……。もちろん店や市場なんてものは一つもなかった。

(確かに本当に何もねぇ島だとは思ったが、どうりで……)


「そういえば……なんでこの島に? 船が偶然ここに難破しちゃったんだっけ?」

 男は考え事をしていたが、アイラの声にはっとすると同時に、ここへ来た目的を思い出す。

「いや……違うね。たまたま難破しちまったけど、ここへはちゃんと目的を持って来たんだ」

「目的? ……何の?」

「それはな……」


 男は立ち止まって答えを待っているアイラの横を通り過ぎ、アイラの方を振り返って答える。

「この島にある、お宝を求めて来たのさ!」

「……お宝?」

「そうだ、お宝だ」

 男はアイラの方にぐいと近づく。

「オマエ……何か知ってたら、包み隠さず俺に教えろよな」

「お宝って……そんな大したものこの島にはないよ?」

「いや、あるんだなこれが。俺様のがそう言ってんだから間違いねぇ」

「……鼻?」

 いぶかしげに眉をひそめるアイラの横で、男はブツブツと呟いている。

「そうか……やっぱり誰にも知られてねぇもんなんだな……」

「……おじさんって……一体何者?」

「お、おじさん……だと⁉」


 それを聞いて男はアイラの方へずかずかと歩いてくる。アイラはそれを見て少したじろぎ、思わず一歩後ろへ下がる。

「俺はおじさんじゃねぇ、てかもっと若……ってそんなことはどうでもいい。いいか! よく聞け!」

 そう言って男は勢いよくアイラに人差し指を突きつける。

「どんなお宝のも嗅ぎつけ、どんなに隠された秘宝をも探し当てる……宝探しの達人として知られる盗賊サルマ様とは……俺様のことよ‼」

 そう言ってサルマと名乗る男は親指で自分の顔を指差すも、アイラはぽかんとしている。

「……盗賊……サルマ……そんな名前聞いたことないけど」

「なっ……⁉」

 サルマはそれを聞いて少しショックを受けた様子を見せる。

「そっ……それはオマエが無知なだけだよ!」

「そうなの?」

「そーなんだよ! 同業者の間では有名なんだぜ!」

(そんなにすごい人には見えないけど……)

 アイラは、今までのサルマという男の言動を振り返ってそう思った。


「ところで……」

 サルマは急にアイラの方に身を乗り出す。

「オマエは何モンだ?」

「え、何者……って……」

 あまりに熱心にじーっと見つめられてアイラは思わず後ずさりする。その様子を見たサルマは、はっと我に返った様子で言う。

「あ……いや、ほら、その……名前だよ名前。何ていうんだ?」

「ああ、名前ね……アイラだよ」

「ふうん……そうか」

 サルマは再び前を歩き出したアイラのことを、後ろからじっくり観察する。

(やっぱり一見普通のお子様っぽいな……今はお宝っぽいものも持ってねぇようだし。しかし、コイツがお宝と関係があるには違いねぇんだ。何しろコイツからはお宝のニオイがプンプンしやがる。どうにかしてコイツに疑われずに、コイツの家の中でも探索できねーもんかな……)


 そんなことを考えていると、やがて森がだんだんひらけてきて、一軒の家が見えてくる。

「あっ、着いたよ。ここが大工のログさん家」

「……お?」

 サルマが考え事をやめて顔を上げると、そこには大きさは小さめだが頑丈そうで立派な、丸太を組み合わせてできた家……いわゆるログハウスがあった。

ハウス……ねぇ」

「どうしたの? 早く入ろう」

「あ、ああ……」


 家をぼんやりと見上げていたサルマは、アイラに急かされ慌てて扉の方へと向かう。

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