第3話 大工のログ
「ログさん、こんにちは」
アイラが木でできた扉を少し開け、外から顔を覗かせる。
黒い布の帽子をかぶった白髪の初老の男……ログがこちらに背を向け、石でできた机でなにやら作業をしていたが、アイラの声に気づいて振り返る。
「ほお……誰かと思えばアイラちゃんでねぇか。これは珍しい。……ん? 後ろの男は誰でぇ」
「あ、この人は……サルマさんって人。えっと確か、盗賊なんだっけ?」
ログの眉間に皺が寄る。
「……あん? 盗賊だぁ? それ、ほんとけぇ」
「おうよ! この俺が盗賊サルマ様だ!」
サルマは親指を自分の方に突き立て、元気よくそう言ってのける。
しばらくの沈黙の後、突然ログが大声で笑い出す。
「ははははッ! 自分のことを盗賊だなんて堂々と言うやつぁ……本物の盗賊じゃねぇな!」
「……あ、やっぱり? わたしもなんとなくそうじゃないかと……」
「なッ……⁉」
二人でサルマを偽の盗賊だと決めつける様子にサルマはショックを受ける。
(なんだよこいつら、俺のこと知らないばかりか偽物呼ばわりしやがって……。……ま、いいさ無理に反論しても仕方ねぇし……)
サルマは咳払いをし、アイラを押しのけログに近寄る。
「おい、オマエ」
「なんでぇ。ぶしつけなヤツだな」
「オマエは大工で、何でも修理できるって聞いたんだが本当か?」
「ああん? 俺の腕を疑ってやがるのか?」
ログはにやりと笑って腕まくりをする。
「俺に直せねぇもんはねぇよ。仕事の早さと出来の良さも、島の外の連中にゃあ負けちゃいねぇ」
「なら、その腕見せてもらおうじゃねぇか」
サルマが言うと、ログは急に真剣な表情になりサルマの方に向きなおる。
「……モノは、何だ?」
「船だ。ちょいと難破しちまってな……。島の南の浜辺にあるから、今日中に仕上げてもらいたい」
「で、でもさすがに今日中って、無理あるんじゃ……」
アイラが心配そうな表情で二人を見比べる。ログは何やら考え黙り込んでいる。
「……もしかして、できねぇとかねぇよな? てか、この島って船はあるのか?」
「……ないよ。ひとつも。誰も島の外に出たがらないし」
アイラがそう答えると、サルマはぎょっとした様子でアイラを見る。
「ひ、ひとつもか⁉ じゃあ船が直せないとしたら、俺は永久にこの島から……」
「ははははははッ‼」
ログが急に大声で笑い出す。驚いた二人は目を丸くし、同時にログの方を見る。
「直らないなんてことはねぇよ、俺に限ってな。しんぺぇすんな」
「さ、さっきから黙りこくってやがるしてっきり無理なのかと……」
「いやいやそれは時間の問題よ……。で、船の状態はどうなんでい」
「ああ、帆とマストがやられてるから、とりあえずそこを直してくれりゃ帰れるんだがな……」
「マスト……か。実際見ねぇとわからんが、まぁやれんこともない。ただし……」
ログは眉をひそめてサルマをじろじろと眺める。
「それに見合うだけのモノを、てめぇ持ってやがるのか? 見たところずいぶん軽装のようだが……」
「見合うものって……か、カネなら一応持ってるが……いくらだ?」
おそるおそるサルマが尋ねると、ログは鼻で
「ケッ! カネかよ。カネ、カネ、カネって……これだから外の人間は」
「な……カネの何が悪いんだよ!」
「あのな、この島に住んでる俺にとっちゃあカネなんぞ何の役にもたたねーのよ! この島じゃ自給自足が基本で、カネなんてくだらねぇモンは使わねぇからな。もっと使えるモンは持ってねぇのかい」
「う……そんなこと言われても、俺今たいしたもの持ってねぇし……」
「じゃ、あきらめるこった」
そう言ってログはくるりと背を向け机に向きなおり、先程の作業に戻る。
(じょ……冗談じゃねぇ! 直してもらわねーと島から出られねぇのに……。こうなったら盗賊なりのやり方で脅してやろうか……。どうせ金なんか払わずトンズラする予定だったしな……)
そう思ったサルマは腰に巻いている布の中に手を伸ばすが、その前にアイラが口を開く。
「ログさん。船がないとこの人島から出られないし、お礼は後で貰ったりとかできないの……?」
ログはアイラの方に向きなおり、首を横に振る。
「駄目だね。島の外の連中は信用ならねぇ。後でいいなんつったら、もう二度と会わねぇことになってそれで終わりよ」
「……じゃあ、わたしがこの人に代わって、ログさんに船の修理の代わりのもの用意する。それならいいでしょ? わたしは後でこの人にお礼してもらうから」
ログはそれを聞いて目を見開く。
「そ、そんなことできるかよ。それじゃあこいつが約束やぶったら、そのツケは全部アイラちゃんにいくじゃねぇか」
「……その時はその時で、人を助けられてよかったってことにするから」
(……この島特有の助け合い精神……か。森にこもってるからか、すっかり忘れてたな)
ログはアイラを見てそう思い、少し笑って頷いた。
「わかったよ。そこまで言うんなら船の修理は俺に任せろ。よそ者にずっと島に居座られても迷惑だしな」
「本当に⁉ ありがとう、ログさん!」
「ちょ、ちょっと待った!」
サルマはぽかんとした様子で黙ったまま二人のやり取りを聞いていたが、慌てて会話に割って入る。
「さっきから俺抜きで勝手に話進めやがって……。てかオマエみたいなガキんちょが、船の修理の代わりになるものどーやって用意すんだよ!」
そう言われたアイラは得意気に笑みを見せる。
「それなら大丈夫。今日、うちでミンスさんがりんごパイ焼いてて……焼きたてのをたっぷり持ってログさんに届けるから!」
(……馬鹿やろう。焼き菓子なんかが船の修理に見合うはずねーだろ。これだから世間知らずのガキは……)
心底呆れているサルマの思いとは裏腹に、ログは目をキラキラと輝かせる。
「……それ、ほんとけぇ?」
「うん! 本当だよ! ログさん確か大好きだったと思って……」
「……ミンスの焼いたりんごパイをたんまり……か」
ログは味を思い出すかのように天井の方を見つめ、にやにやしている。
「ふふっ……悪くない。よーし、これで取引成立だな! 焼きあがったらすぐ持ってこいよ!」
「うん、もちろん! あっ……そろそろ焼きあがる頃かも! 早く帰らなきゃ。ログさん、また後でね!」
そう言ってアイラは扉を開け、駆け足で外に飛び出していく。
「あっ待てよ!」
慌ててサルマがその後を追いかける。
扉が閉まったのを見届け、ログは腰を上げ椅子から立ち上がる。
「やれやれ……さぁて、準備準備っと……」
そう呟いて仕事に必要な道具を探していると、後ろでまたギィ……と扉の開く音がする。
「……ログのじーさん」
振り返ると、髪のハネた少年が扉のそばに立っている。
「おお? ユタ坊じゃねぇか。どうした。今日はやけに客が多いな」
「今の……あのおっさん、絶対約束守らねーよ。いいのかよ、アイラに損させて」
ログは
「なんだユタ坊。てめぇ盗み聞きしてやがったな? そんなにアイラちゃんが気になるか?」
「う。だ、だってあいつ、盗賊なんかと一緒にいるし……」
「大丈夫だろうよ。アイツ見るからにたいしたヤツじゃなさそうだしな。んなこと心配してるくらいなら、こっちきてちょっと手伝え手伝え。今からちょっとばかし大仕事せにゃならんからな」
「…………」
ユタという少年は不安そうな表情で、アイラたちの行った方向を見る。
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