第19話 船倉での攻防

「ふう、やっと出口か」


 サルマとアイラは、サダカに教えてもらったおさの部屋から直接本部塔の外へ出られる抜け道を、四つん這いになって進んでいた。


 やっとの思いで抜け道から外に出たサルマは、体をうーんと伸ばして一息つく。

「こんな抜け道があったとは……ここで育った俺ですら知らなかったぜ。しっかしこんな道通るのは二度とゴメンだな。オマエはちっこいから大丈夫だろうが、俺には狭っくるしくて体があちこち痛ぇよ。おまけに暖炉を通るからすすだらけになるわ……」

「ねえサルマさん、ここはどこなの……?」

 アイラが周りを見渡しながら尋ねる。辺りは薄暗く……目を凝らしてよく見ると、破損の見られる木造の帆船がいくつも並んでいるのが見える。

「ここは……船の修理場だな。てことは、もう少し海側へ行くと船倉ふなぐらがあるはずだ。そこで手頃な船を頂戴して、この島を出るぞ」

「ちょ、頂戴するんだ……。でも、前と同じ船じゃなくてもいいの?」

「いいんだよ、探してる時間が惜しい。この際闇の大穴の近くを通ることを考えて、前より大きめの船を調達するのもアリだな」


 二人は修理中の船の間を通り抜けてしばらく歩き、突き当りに見えた扉を開く。

 そこには帆船や小船が並んでいる。海水が船のところまで入り込んでいて、ここからすぐに出航できるようになっているようだ。


船倉ふなぐらに着いたみてぇだな。早速船を頂戴したいところだが……」

 サルマは一番近くにある船のところまで行く。

「この船は……大型帆船か。大きめの船がいいとは言ったものの、さすがに大型帆船は俺ひとりの手には負えねぇか……」

「あれ、サルマさん。この船、なんだか見たことがあるような……」

 アイラが首をかしげてその大型帆船を見上げているのを見て、サルマは眉をひそめる。

「何だよ? 警備戦士の船なんてどれもたいして変わらねぇだろ。種類があるとすれば、おさの船と戦士隊長の船と、普通の戦士の船……くらいか。第一オマエが見たことある警備戦士の船っつったら……」

 サルマは何かに気づいた様子で口をつぐむ。その顔がみるみる青ざめていく。

「リ……リーシの船じゃねぇか‼」

「あ、そうだった」

 呑気な声で言うアイラに対し、サルマは慌てた様子でアイラの腕を引っ張る。

「さっさと行くぞ! ここでぐずぐずしてっと……なんだか嫌な予感がする……」

「あ、待って。リーシさんの船があるってことは、サルマさんの船も近くにあるんじゃないの?」

「そ、そうか……確かにな」


 サルマはリーシの船の向こう側を見る。するとサルマの乗っていた小さな船が、前と変わらない姿でそこにあった。

「お、あった。やっぱり慣れた船の方が使いやすいし、コイツで行くか。アルゴの船は見当たらねぇようだが……俺がサダカのおっさんとこ行ってる間に島からさっさと出てったかな」


「……やっぱり、アルゴたちはアンタが逃がしたのね……」

 後ろから聞こえてきたその声に……サルマは凍りつく。

「て、てめぇ……リーシ……!」


 サルマがゆっくりと後ろを振り向くと、リーシ隊の船の影から……リーシが現れて、こちらにゆっくりと近づいてくるのが見える。

「オマエ……ここで張ってやがったな⁉」

「……そうよ。アンタの沈んだ顔を見てやろうと思って、牢に行ってみたら……いないんだもの。急いで父さんに報告しに行ったけど……」

 リーシはサルマをキッと睨みつける。

「行かせてやれなんて言うじゃない。冗談じゃないわ! アンタってヤツは、父さんにあることないこと吹き込んで……! 作り話で騙して、まんまと逃げ出そうなんてそうはいかないわ‼」

「リ、リーシさん! サダカさんに言ったことは……全部本当のことだよ⁉ わたしのコンパスの針は、本当にサルマさんが牢から出た時だけ次の方向を示して……」

 リーシはアイラを哀れむような顔で見つめる。

「かわいそうに……またサルマに脅されて口止めされているのね。大丈夫よ。私がこの男から……あなたを自由にしてあげる」

 そう言ってリーシは腰に下げている、三日月の長剣をさやからスラリと抜いて構える。

「リーシ、オマエ……俺のこと目のかたきにするのも大概にしろよ。コイツだって、今では俺との旅を望んでる。オマエの父親も、条件付きではあるが旅に出るのを認めてくれた。今でも俺のことを罪だとか裏切りだとか言ってこだわり続けてるのは、もうオマエだけなんだぜ?」

「認めない……アンタのずる賢さは私が一番よくわかってる。自分の目的の為には、人を騙すなんて平気でするってこともね。他の皆は上手く言いくるめようと……絶対に騙されないわ、私だけは!」


 リーシはそう言って殺気をみなぎらせ……ついにサルマに向かって剣で斬りかかる。

 サルマはなんとか避けたものの、頭に巻いているターバンの垂れている部分がスパッと切られて、布の切れ端がはらりと落ちる。

「な、何しやがる!」

「許さない……父さんが許したとしても、私はアンタのことを一生許さないわ!」


 リーシはもう一度、サルマに向かって斬りかかってくる。それを見たサルマは、咄嗟とっさにアイラの体を自分の方にぐっと引き寄せて、その喉元に、持っていた小さなナイフを突きつける。

「‼」

 アイラはナイフの刃先を見つめてごくりと唾を飲み込む。リーシは斬りかかるのを止め、サルマに向かって剣を突きつける。

「は……離しなさい! その子は関係ないじゃない!」

「駄目だ。こうでもしねぇとオマエ、俺に斬りかかってくるのをやめねぇだろ?」

「……この……卑怯者! やっぱりアンタは最低最悪な悪党よ!」

 リーシは吐き捨てるように言い放つ。


「サルマさん……やめといたほうがいいよ、こんな方法。こんなことしてもリーシさんをさらに怒らせるだけだよ……」

 アイラがそう呟くのを聞いたサルマは、驚いてアイラを見つめる。

「オマエ、ナイフを自分に突きつけられてるこの状況でそんな……。俺のこと、やっぱり悪人だったとは思わねぇのか?」

「……コンパスを売ろうとしたって聞いた時は、サルマさんのこと悪い人だ、騙された、もう信用できないって思ったよ。でもわたし……だんだんサルマさんのことわかってきた気がする」

 アイラはサルマの方に顔を向ける。

「サルマさんは……リーシさんの言うとおり、自分のやりたいことのためには人を騙したり悪いこともする。でも…………根はそんなに悪い人じゃないって思う。もし目的が一緒なら、心強い味方になってくれる……そんな人だよ」

「………………」

 サルマは驚いた様子でアイラを見つめている。

「今だって……リーシさんと戦いたくないから、こんなことしてるんでしょ? リーシさんを傷つけたくないから……」

「……そういうわけじゃねぇよ」

 サルマはそう呟いてアイラから目をそらす。


 リーシは剣を構えたままサルマの動きをじっと見ていたが、冷静さを取り戻した様子で、ぼそりと呟く。

「そんなハッタリ……私には通用しないわ」


 リーシの体がサルマの視界から消える。気がついた時にはリーシはサルマの懐に潜り込んで、ナイフを剣で弾き飛ばして海に落とし、アイラの体を突き飛ばしてサルマの近くから離す。


「アンタは自分の目的のために必要なものを手放したりはしないわ。だからアイラちゃんを人質にとっても、殺す気がないのはわかってるのよ」

 リーシはサルマとアイラの間に割って入り、剣を構える。

「さ、これでもうアイラちゃんは巻き込めない。いざ、尋常に勝負よ……と言いたいところだけど、アンタはとっくに剣を捨てたんだったわね……」


 リーシはそう言ってにやりと笑うが……サルマを見ると、その顔からすっと笑みが消える。

 サルマは、伝説の剣士の持っていた剣のひとつ……三日月の短剣を、さやから抜いていた。


「な……なんでアンタがその剣を持ってるのよ‼ それは父さんの……そして警備戦士にとっての宝……! アンタなんかが持ってていいものじゃ……」

「ああ、これはな……オマエの父親に借りたんだよ」

 サルマは静かにそう言って剣を構える。

「これからの旅で、コイツを……アイラのことを守らなきゃならねぇからな。俺の手に一番なじむ剣はこの剣だから、頼んで貸してもらったのさ」

「こ、こんなことって……。こんなこと、許されるはずがないわ! 戦士でもないヤツに伝説の三日月剣を……っ」

(……よし、アイツが動揺している今がチャンスだ)

 サルマは剣を構え、リーシの方に駆け出そうとする。


 カン! カン! カン! カン! カン! カン!


 その時、鐘を叩く大きな音が島中に鳴り響く。サルマは足を止め、音のした方を見上げる。


「な……なに?」

 アイラは驚いた様子で辺りを見回す。

「この音は……緊急事態の時の鐘の音だわ」

 リーシも目を見開いて辺りの様子をうかがう。

「一体何があったのかしら」

「さあな、様子を見てこいよ。オマエ警備戦士隊長だろ、行ったほうがいいんじゃないのか?」

 他人ごとのようにそう言うサルマを、リーシは憎しみのこもった目で睨みつける。

「アンタってヤツは……昔っから自分に関係のあること以外は、どうでもいいって無関心な態度で……そういうところ、すごく腹がたつのよ!」


「……そのあたりでやめときなよ」


 三人は振り返って声のした方を見る。すると、シルロがこちらに向かって来ているのが見えた。

「やっぱりここにいたか……。リーシ、今は大変な時なんだ。こいつにかまってる暇なんてないよ」

「……一体何があったの、シルロ」

 リーシが眉をひそめて尋ねると、シルロは静かに答える。

「闇の賊が……この島に攻めてきたんだ。島の南の砦が一部分やつらに壊されている」

「「「‼」」」

 リーシ、サルマ、アイラが一斉にシルロを見る。

「や、闇の賊が……ここまで⁉」

 アイラがそう言うと、シルロはアイラを見て頷く。アイラの顔が青ざめていく。

「大丈夫。戦士島せんしじまは頑丈な砦で覆われていて、そう簡単に壊滅させられたりはしない。この島の……戦士たちにとって勝手知ったる有利な地形を生かして、奴らの数を減らすことができるちょうどいい機会だ」

 シルロはそう言った後、アイラとサルマの方を見て、あごで海の方を指す。

「だから、お前たちは早く行けよ。まだ賊は南方面の海に固まっている。今のうちに……ここの、北の海から逃げるんだ」

「ちょっとシルロ! 勝手な事言わないで!」

 リーシがシルロに食ってかかる。

「サルマが逃げるのを見逃すなんて、あなたどうかしてるわ! いくら非常時だからって……」

「どうかしてるのは……君の方だよ、リーシ。おさはサルマが旅に出ることを許したんだ。これ以上サルマを引き止める必要はない」

「……でも…………!」

 シルロは冷ややかな目でリーシを見る。

「そんなに……サルマに出て行って欲しくないのか? この島から……」

「そ、そういうわけじゃ……」

 リーシはシルロから目をそらし、ぼそぼそと言う。

「………行くぞ」

 シルロはそう言って、リーシの手を掴み、引っ張ってゆく。


 リーシはシルロに手を引かれながら、振り返ってサルマを睨みつける。その目には……少しの涙が溜まっている。


「……これで終わりと思わないことね。私はいつまでも、アンタの犯した罪を忘れないから。船だって、返してもらうんだから……」

「………………」


 サルマはしばらくリーシの背中を見ていたが、少しうつむいて、短剣をさやにしまうと、アイラに声をかける。

「……行くぞ。闇の賊に出くわさねぇうちにこの島を離れないとな」

「……うん……」


 アイラは少し悲しげな表情で、徐々に遠くなっていくリーシの背中を見送る。


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