番外編

カモメの鳴く島で(1)

※本編のネタバレを含んでいます。

(『アイラと神のコンパス』本編を全話読まれた方向けに書いています。)

※すっかり本編の話を忘れていて読んでもいまいちわからない…という方は、戦士島編や、特に第49話や18話の後半部分にあるサルマの父親の「ソマル」に関する内容をざっくり読んでから来てもらえると、理解しやすい感じになるかと思います。


主な登場人物

サダカ:警備戦士見習い。後の警備戦士のおさで、リーシの父親。

ソマル:サダカの兄の警備戦士隊長。後の警備戦士のおさで、サルマの父親。

リンカ:サダカとソマルの父方のいとこ。

マリナ:カモメとうに住む女性。

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 大海原をくれないの大型帆船が行く。帆には二本のそり曲がった形の警備戦士専用の剣――三日月剣が交差した模様のエムブレムが描かれてある。


 その船首のあたりに二人の青年が立っていて、前方の海を眺めつつ、話をしている。一人はこの船の持ち主である、警備戦士隊長のソマルだ。

 そしてその隣にいるのはソマルの弟の、警備戦士見習いのサダカで――今は警備戦士になる前の修業の一環として、兄の隊について共に行動している。


「蛇使いの海賊なんて……変わってるよな、初めて見たぜ。懲らしめたのはいいが、結局島から脱出されて捕らえられなかったな……やけに逃げ足の速い奴らだ。……そーいや、その蛇使い海賊団にいたちっちゃなボウズが俺たちのことやたら怖がってたけど、警備戦士のことトラウマになってねぇかな……」

 そう言ったソマルの言葉にサダカが答える。

「まぁ、トラウマになってるくらいの方が、あの子が父親の跡ついで海賊にならずに済むんじゃないか?」

「……ま、それもそうか」

 ソマルはサダカの言葉に対しそう呟いた後、隣にいるサダカを見て感慨深げに言う。

「……そーいや、オマエももうじき成人の儀式だよな。そこで見習いを卒業して、自分の船を持って独り立ちして……そこから自分の隊を持つ戦士隊長になるんだよな。はーあ、かわいい弟と一緒に船に乗るのもあと少しかと思うと、兄貴は寂しいぜ」

 寂しい、なんて言うソマルにサダカは苦笑するも、海を見て、先程から感じていた疑問を口にする。

「そんなことより兄貴、戦士島せんしじまに帰るとこだったんじゃないのか? 戦士島、とっくに行き過ぎてそうだけど、一体どこに向かってるんだよ」

「ああ、あの前に見えてる島……カモメとうだよ。オマエ、行くのは初めてか?」

「まあ、名前は知ってるけど……市場が有名だけど、そこそこ小さい島だよな。そんなとこに、警備戦士隊長の兄貴が何の用があるんだよ」

 サダカがそうソマルに尋ねると、ソマルはサダカから目を逸らし、頬をぽりぽりと掻きながら言う。

「ああ……あそこ、市場があって活気がありつつ、カモメの鳴く声がよく聞こえるのどかでいい島なんだが……案外治安悪いんだよな。最近は船着場で船の停め賃を不当にせびるやからが多いとかで……」

「でもそんなの、隊長の兄貴が直々に処理するような内容じゃないだろ。他の戦士達に任せりゃいいのに」

 サダカがいぶかしげにそう言うと、ソマルはごにょごにょと歯切れが悪い様子で話を続ける。

「いや、まあ……そうなんだが、それとは別に、ちょいと一度引き受けた仕事があってな……。ま、オマエにも後でつもりだから話はその時に……っと、俺はそろそろ……上陸の前に準備しとかねぇと」

 ソマルはどこかそわそわした様子で、いそいそと船室に入っていく。それを見てサダカは眉をひそめて呟く。

「準備……? ホント、何しに行くんだよ兄貴……」


「サダカのぼっちゃんは、知らねぇんですか? 隊長がこの島をちょくちょく訪ねる目的……」

 戦士の一人が話を聞いていたようで、サダカの横にやってきて声をかける。サダカはその戦士の方を振り返る。

「知ってるのか? なら教えてくれよ」

 戦士はニヤリと笑って言う。

「女ですよ、女」

「お、女……⁉」

 サダカはそれを聞いて目を見開く。

「間違いねぇですよ。この島で隊長がちょいと前に助けた女がいるんですがね、その後ちょくちょく会いに行ってるみたいで……隊長、いつも上陸前にちょいと身だしなみ整えたりしてんです」

 サダカは開いた口が塞がらない様子で話を聞いている。

(女が目的って……どういうつもりなんだよ、兄貴……。兄貴にはリンカ……許嫁いいなずけがいるじゃないか)

 リンカはソマルとサダカの父方のいとこだ。そしてリンカは前々からソマルの許嫁であることが決まっている。伝説の戦士の子孫の家柄であるブレイズ家に生まれた彼らは、伝説の戦士の血筋を、よそ者との間に子供を作って薄くしないようにといった理由で、身内同士で結婚することが定められているため、特にその家の長男は、成人する前から、早めに許嫁いいなずけを決められていることが多かった。

 そしてサダカは実は、昔から兄の許嫁のリンカに密かに憧れていて――――叶う事のない想いを抱いている。

 とはいえリンカとは仲が良く、リンカも年下のサダカのことを可愛がってくれてはいるが、しかしそれは弟のような扱いで――――前々からソマルの許嫁だと決められているから当たり前なのだろうが、自分はリンカに男としては見られていないことをサダカは知っていた。

(リンカは戦士島せんしじまでも一番の美人なのに……彼女を放っておくほど兄貴の心を射止めてるその女って、一体何者なんだよ……)



 島に着くと、ソマルはまず船を停めるための賃金を不当に要求するやからの対処のために、部下の戦士たちに船着き場あたりを見張らせた。それを指示した後、ソマルはサダカを連れて町に繰り出す。


 ソマルは市場のある賑わった通りではなく、その裏側にある、人の住んでいる家並みが広がる方に足を進める。

 家並みの間の道を歩いていると、道端で談笑している中年の女性二人がソマルに気が付き、声をかける。


「あら、戦士隊長さん、また来たの?」

「マリナに会いに行くんだろ? 全く、若いって羨ましいねぇ」

「あ……はあ、まあ…」

 おば様方に声かけられ、ソマルは顔を赤くしながら曖昧な返事をする。サダカはそれを見て、ソマルに説明を求めるように目で訴える。

 ソマルはそれに気が付くと、溜息をつき、歩きながらぽつぽつと説明する。


「今言ってたマリナさんって人……彼女は、前に俺がこの島で助けた人なんだ」

「知ってる、そこは聞いたよ。兄貴、その女が目的でこの島に来てるんだろ?」

 ソマルはそれを聞いて目を丸くしてサダカを見る。そして、軽く舌打ちして呟く。

「誰だよ、サダカにそんなこと吹き込みやがった口の軽い野郎は……」

 ソマルは再び溜息をつき、こちらを睨んでいるサダカをなだめるように言う。

「まあ聞いてくれ。彼女の家、悪質な借金取りに狙われてんだが……父親の借金をコツコツ返済していてそろそろ返し終える頃のはずなのに、何故か一向に借金が減らないんだと。どうも、取り立てに来たヤツが返した金をくすねてやがるみたいでな……」

 ソマルは忌々しい表情で地面を睨みながらそう言った後、今度はサダカの方に得意げな笑みを見せる。

「で、彼女の家、母親と二人暮らしで男がいないからどうもなめられてんじゃねぇかと思ってな、借金取りが来たところで、俺がマリナさんの……その、恋人か何かのフリをして、俺の女に話があんなら、警備戦士の俺様が代わりに話を聞いてやるって言って……そうしたら、やっぱりやましいとこがあったんだろうよ、尻尾巻いて逃げていきやがったって訳だ」

「……じゃあ、その件は解決したんだろ? なんでその後も、何回もこの島に来てるんだよ」

「そりゃあ、一回きりじゃ不安だろ。俺の女だ、って言ってもたまには顔見せねぇと、信じちゃくれねぇだろうしな。まーた借金取りが来たらどうすんだ」

「でも、さっきの様子じゃ、小さな島だからかもう兄貴がその女性の恋人だって噂が広まってそうだし、大丈夫じゃないか? そんな一人を守るために付きっきりでずっと恋人のフリするわけにもいかないだろ」

「いや、でもよぉ……」

 サダカに突っ込まれてソマルは口ごもる。サダカはその様子を見て、兄がその女性に多少気があるのを感じ取り、盛大に溜息をつく。

「リンカがこの話を聞いたらどう思うか、考えてみろよ。恋人のフリしてるってだけでも相当怒ると思うぞ」

「リンカ……か。どうもアイツのことはいけ好かねぇんだよな」

 ソマルは嫌な名前を聞いた、といった感じで、眉間に皺を寄せて呟く。

「なんでだよ、島一番の美人じゃないか。むしろ兄貴には勿体ないくらいだぜ」

「……俺は昔っから、リンカとはどうもウマが合わなくてな、すぐ口喧嘩になっちまう」

「……それ、実は仲良いんじゃないのか?」

「別にそういうのじゃねぇよ。俺はああいう気が強くて口うるさい女は苦手なんだ」


 リンカは確かに勝気で気性の激しい一面があった――サダカはそんなリンカの自信が表れている凛とした姿が、気高くて誰より美しいと思いつつ見ていたが――――。

 そしてソマルの言う通り、リンカは同い年のソマルとよく口喧嘩をしていたが、喧嘩するほど仲が良いのだろうと思っていたサダカは、兄の本音を聞いて驚いた。


「でも、リンカは兄貴と結婚するのを望んでるだろうに……」

「あいつは、別に俺に執着してる訳じゃない。向上心が強い一面もあるからな、ただ戦士島せんしじまの女たちの憧れである「おさの妻」の座を手に入れたいだけだよ。だからもしオマエがおさになるなら、リンカは俺じゃなくてオマエと結ばれたがるんじゃないか?」

 それを聞いて、リンカに思いを寄せているサダカはドキリとする。

「そ、そんなことは……ないよ」

 口ごもるサダカに対し、ソマルは申し訳なさそうに呟く。

「ごめんな、俺がおさの候補で……望んでねぇとはいえ、リンカの許嫁で。まぁ、おさに関してはまだ決まったわけじゃねぇけど……」

「……いや、もう兄貴でほぼ決まりだろ。俺だって、兄貴を差し置いておさになる気はないし」

 サダカがそう言うと、ソマルはサダカを見て微笑む。

「オマエは……優しいよな。こんな兄貴、愛想尽かされててもおかしくないのにな。ホント、俺はいい弟を持ったもんだよ」


(いい弟……か)

 サダカはそう言われて、複雑な気持ちになる。


(年が五つ離れてるし、可愛がられてるのはわかるけど……俺って、いつまでも兄貴とは対等には見られないんだろうな。周りからも、兄貴からも……)


 サダカはそんなことを考えながら、前を行くソマルの背中を見つめる。


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