闇の賊との対決編

第33話 黒い竜巻

 アイラたちを乗せたアンの大絨毯は、ディールとうへ向かって下降してゆく。

 

 サルマは絨毯の上から下をのぞき込み、ディールとうの南の岩場にアルゴの船が小さく見えるのを確認すると、アンに声をかける。


「おい、帰りの行き先なんだが……宮殿に戻る前に、島の入口の船着場まで俺たち二人を送ってくれねぇか? あそこに俺たちの船が停めてあるんだよ」

「それくらいお安い御用だ。任せろ、送ってやる」

 アンはそれを聞いて頷く。その横にいるラビは、ラビは少し残念そうに肩をすくめる。

「うーん、それ本当は僕の仕事のはずだったんだけど……まあいいか。……ん?」

 ラビが何かに気づいた様子で辺りを見、眉をひそめる。

「ねえ、妙な音が聞こえない? 風みたいな……」

「風? 絨毯で下降してるから風があるのは当たり前だろ。だが、確かに怪しい天気になってきやがったな」


 サルマは空を仰ぎ見る。行きの空は快晴だったが、今は灰色の雲が空一面を覆っている。


 やがてぽつぽつと雨も降り始め、それは次第に強くなってゆき、アイラたちに容赦なく降り注ぐ。


「うわぁっ! 雨降ってきた!」

 アイラが声をあげる。ラビは絨毯の様子を確認する。

「まずいよ、絨毯が雨に濡れてだんだん重くなってきた。アン、大丈夫? 僕の力も貸そうか?」

「大丈夫だ。この状態で上昇するのは困難だとしても、今は下に降りるだけで良いのだからな。墜落しないようにあやつるくらいはできる。雨が天界に行く前に降らなくてよかった」

 アンはそう言って絨毯をあやつり続け、下降してゆくが、雨はさらに激しさを増してゆく。風の勢いも強くなり、アイラたちに向かって横風が強く吹き付ける。

「風に飛ばされないようにしっかり捕まって! それにしても、さっきから僕らの周りを取り巻いてるこの風……。うまく言えないけど、なんか変なんだよな」

 ラビがそう言って眉間にしわを寄せる。

「確かに……ただの風にしちゃあ妙な感じだな」

 サルマはそう呟き辺りを見渡す。サルマの顔がみるみる青ざめてゆく。

「……おい。後ろのあれって、もしや……竜巻なんじゃねぇのか⁉」

「ええっ⁉」


 アイラは後ろを振り返る。アイラたちを乗せた絨毯のすぐ近くに、いつの間にか竜巻のような風の渦ができており、それはだんだんと激しさを増してアイラたちに襲いかかってくる。

「うわああああああああ!」

 竜巻の周りの突風にあおられて、絨毯が激しく揺れる。アンは目を見開き、ぐっと絨毯を握る手に力を込める。

「逃げるぞ。ラビ、今度は力を借せ。心配するな、アイラ。二人の力を合わせれば逃げきれるはずだ」


 ラビとアンは絨毯の操縦に集中する。サルマは竜巻の方を振り返り、眉をひそめる。

(なんだ、この竜巻……嫌な気を感じる。色もどことなく黒ずんでいて、まるで……そうだ、闇の大穴のような……)


 アイラも黒い竜巻を見る。それを見つめていると、闇の大穴を見た時のように――不思議と不安にかられてくるような気がして、慌てて目をそらす。


(コンパスはさっき西の空を示していたけど、この竜巻から逃げ切るにはどうすればいいのか、コンパスは教えてくれたりしないかな……)


 アイラはコンパスをずっと握りしめていた手を開き、コンパスの針を見ようとする。しかしコンパスの表面は打ちつける雨によって濡れていて、針がよく見えない。アイラは表面についた水滴を指で拭き取ろうとする。

 その時、激しい突風がアイラたちに向かって襲いかかり、絨毯が大きく揺れる。


「わあっ‼」


 アイラはその衝撃で体を大きく傾ける。その拍子に、雨で濡れた手からコンパスが滑り落ち、乗っている絨毯の外へ――――――遥か下へ落としてしまう。

「ああっ! コンパスが‼」

 アイラは落下したコンパスを見ようと身を乗り出す。その瞬間、竜巻の渦の周りの風が吹き付け、またもや絨毯が揺れる。


 絨毯から身を乗り出していたアイラは、その衝撃で……絨毯から落ちてしまう。


「わああああああああっ!」

「アイラっ‼」


 サルマはアイラに手を伸ばそうとするが、一足遅く、アイラは吹き付ける風にさらわれ――――――竜巻の中に飲み込まれてゆく。


「どうしよう、アイラがあの竜巻の中に………」

 ラビが顔を青くして竜巻を見る。サルマはアイラを飲み込んだ竜巻を見、そして先程コンパスが落ちていった方を見る。


 それからラビとアンの顔を見て、口を開く。

「コンパスは竜巻の中には飲み込まれずに、ここから真下に落ちたみてぇだ。そのコンパスの行方を追うことを……オマエたちに頼んでもいいか? 幸い真下は海ではなくディールとうだからな……探せば見つかると思うんだ。あれがないと、旅の続きができねぇ。礼は必ずするから……頼む」

 そう言ってサルマは少し頭を下げる。アンはサルマを見て静かに言う。

「構わないが……サルマ。おまえはどうする気だ」

 サルマはチラリと一瞬だけアンを見、再び竜巻の方に目線を戻す。

「ちょっくら……行ってくるわ」


 サルマはそう呟いて絨毯から飛び降り、アイラを飲み込んだ竜巻に向かって飛び込んでゆく。すぐにサルマの体も風にさらわれ、竜巻の中に飲み込まれてゆく。


 竜巻はアイラとサルマの二人を飲み込むと、不思議なことにだんだんと小さくなってゆき、しゅるんと姿を消す。

 竜巻が消えた跡には二人の姿は見当たらず――――やがて雨風もやみ、空は何事もなかったかのようにシーンと静まり返っている。


「お、おじさんまで竜巻に……! ど、どうしよう……。何なんだよあの竜巻……。あの二人、一体どこに消えちゃったんだろう」

 ラビは動揺した様子で辺りを見渡している。アンは竜巻のあった場所をしばらく見つめ、ポツリと言う。

「たぶん、大丈夫だ……あの二人が一緒にいるならな」

 アンは濡れて重くなった絨毯の隅を持ち上げ、ぎゅっと絞る。雨水がぽたぽたと下に落ちる。

「それよりも、サルマに言われたことをしよう。二人が戻ってくるまでに、コンパスが見つかってなければ困るだろう」

「…………そうだね。僕も手伝うよ」

 ラビはなんとか気を落ち着かせ、頷く。アンもラビに向けて頷き、話を続ける。

「頼む、ラビ。我が兵たちにも捜索させよう。それでも見つからなければ、民衆にも協力してもらう必要があるやもしれぬ。あとは……」


 アンは絨毯の上から下をのぞきこみ、ディール島の南の岩場に停まっているアルゴの船を見る。


「アイラとサルマの仲間だという、あの海賊船……。あそこのやつらにも、この話をすべきかもしれぬな」


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