第35話 第二章 未来烙印編 -奪われた姉妹の絆-
海底から作戦海上に揚陸艇で浮き上がった空は酷く濁った色で、限りなく夜に近い暗さをしていた。
空には群がるカラスのように魔力反応のある物質を追い求める魔族の大群。
普通の戦力では顔を出した瞬間に八つ裂きにされるのは、目に見えている事だった。
「ブレイズ1発進します。兄様、リミッター解除ならびに艦をお願いします」
「任せておけ。食事の時間には帰って来い。今日はカグラの好きな料理のフルコースだ」
カタパルトデッキが開かれると、ゆっくり外へ浮上するカグラさんに反応を見せた魔族が一斉に襲い掛かる姿が見受けられたが、目の前で構える彼女は冷静を保ちながら、お兄さんとの会話に勤しんでいた。
「ブレイズ1、カグラ一佐のリミッター解除する。モード反転、ユナイテッドドライブ完全解放!」
纏っていた戦闘服の色が赤から紫に変わっていくと同時に、間近まで近寄った魔族が次々と微塵に刻まれていく。
「兄様、私のみならず自分の将来の相手にも振舞ってあげる事を勧めますよ?」
射出口に身体を傾けて、火花が散るような速さで打ち上げられた魔導師のエースは、一瞬にして宙を舞う魔族を一斉に薙ぎ払ってみせると、目標地点までの航路を掃討するように次々と、底知れぬ威力の砲撃を放ち続けながら移動していく。
「後方支援、ビギニング2。狙い撃ちます!」
カタパルトデッキから長距離砲撃を行うように、連続して前方に広がる個々の魔族を撃ち抜いていくシアを見ながら、私も今か今かと出撃を待っていた。
「ブレイズ1、目標地点までの護送終了と同時に敵の巣に向けての魔力砲撃のチャージに入りますので支援をよろしくお願いします」
カグラさんの支援もあり、揚陸艇は無事に沖まで近づく事も出来た。
此処からは私たちがカグラさんを護らなくてはいけない。
「ビギニング1、ニルヴァーナ発進します。カグラさんには、指一本触れさせませんから安心してください!!!」
「生意気だよ、フィア。いざとなったら奥の手だってあるんだから、自分の命を大事にね?」
カグラさんと軽く笑い話をしながら、打ち出された私達も地上から魔族を揚陸艇に近づけさせないように全力で、ぶつかり合う。
総勢1000人の魔導師による都市奪還作戦となったが、侮りがたい相手なだけあり、経験のある私達を除いて苦戦を強いる場面もあった。
しかし、カグラさんの大型魔力砲撃により展開された魔族は幾度となく、破滅を迎える結果になった。
「ーーーごふっ! これで相当、数は減らせたかな......?」
吐血をしながら、ゆっくりと地上に降りてきたカグラさんは既に無理の上に無理を重ねたせいもあり、立ってもいられない程に衰弱していた。
「本当に無茶しかしないんだから。早く戻って私を膝に乗せるぐらいには回復するのですからね?」
イヅナさんが駆け寄ると、体格の差を気にしない程の怪力でカグラさんをおぶって、揚陸艇の中へと戻っていく。
残った魔族の反応もなく、辺り一帯に広がる魔族の死骸も順次、灰となって消えていく。
瘴気も薄れていくように雲行きも日照りのある暑さに変わっていく。
戦闘時間はたったの3時間とあっけない形で終結したが、未来のカグラさんの姿や言動が頭から離れない。
「こんなにあっさり勝てていいのかな。あのカグラさんが私達が勝てる程度の敵しか回さないなんてーーー」
「考え過ぎでしょ。それに私達も強くなっているんだから」
私の独り言を返すように後ろから、トンッと押しながら考えに老けた身体を押すシアを見つめて、揚陸艇に戻ろうとしていた。
実際に魔族の反応はない。だが、納得のいくだけの手応えが全くないのが気掛かりではある。
先に戻ったカグラさんの容態を確かめようと緊急治療室前で待ち合わせていた。
お兄さんや医師の説明では命に別状はなく、2週間程安静にしていれば完治するという結果で手術は終わり、意識が戻っていないカグラさんの姿を先に来ていたクーデリアさんと共に待ち続ける。
何事もなく、ただ静かな時間が流れていく。
夜も更けてきた月明かり照らす晩。事は何の前触れもなく起こった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」
突然の悲鳴に一同が目を覚まして、構えを取る。声が上がったのはカグラさんの寝ていた病室から遠くない程の距離にある患者を収容したドッグ。
「どうした!? いったい何があった?」
お兄さんが通信で呼びかけるが反応はない。同時に監視カメラの映像を映そうとしたが、カメラに血しぶきがかかっていて上手く確認を取る事が出来ない。
「急いでカグラを搬送しろ! 敵の襲撃なら狙いは恐らくカグラだ!!!」
お兄さんの指示の元に病室を開けて、外部に出そうとする医師や魔導師数名。
しかし、その扉は開けるべきではなかったのだろう。
入り口に現れたのは黒がかった魔族とは雰囲気が違う金色に身を纏った魔族の姿。
「いかん!たいh......」
扉の周りにいた数名の人間が、逃げ寄せようとこちらに向かおうとしていた筈だった。
だが彼らは動きを止めて、ただ金色の魔族に肉体を嚙み砕かれるのを待つように次々と、肉片を散らばせていく事に何の躊躇いを感じないといった動き一つしない。
「なん...で......。なんで逃げないんですか!?」
私も非常になるしかなかった。
XUNISを身に纏うと魔族を蹴り飛ばそうと、助走をつけて魔力を帯びた脚部を向ける。
すんなりと、魔族は灰になって消滅するがこれで終わりではないといったように嚙み砕かれた者達が一斉に起き上がって私の身体を押さえつける。
まるで自我を失っているかのように目は黒ずんで、肉体からは血が滝のように流れていた。
まるで金縛りを受けるように、私も視覚や空気中から中に入り込んだ寄生虫のような何かが迫る感触に陥る。
身動きが取れないまま迫り来る相手の鋭い歯が目に入るが、心が無くなっていくように全てがどうでも良いと受け入れそうになっている。
「フィア!!!」
飛び込んできたシアによって私は、囲まれた輪の中から抜け出す事が出来た。
しかし逃す訳もないといったように庇いに入ったシアを捕らえるように、別の魔族が両腕を掴んで外に連れ出そうとしていた。
「シア! 待ってて、今ーーー」
「私はいい...から......早く...カグラさん、を.......」
辺りにいた操られた者達を拳で衝撃を与えて排除すると、連れ出されたシアに手を伸ばそうとする。
しかしシアの目は敵に干渉されたように金色に色が変わっていて、私同様に金縛りにあっているのかもしれない。
「フィア君! 俺とクーデリア君で先導するからカグラを頼む!」
お兄さんの声に今は従うしかない。シアの残した言葉を守る為に今はーーー。
「わかりました。行きましょう!」
カグラさんを抱き上げると、揚陸艇を跡にする為に部分的に解除出来る避難艇へと移動していく。
避難艇には既に、ルリさんとイヅナさんも退避していて、そのまま宙に避難艇を浮き上がらせる。
地上は混乱で溢れていて、命を奪われた人間は次第に魔族へと変化していく。
「シアは!?」
避難艇から見下ろした先には、佇む姉の姿があり、助けに向かおうとするが、いつの間にか背後にいたシラユキさんに止められる。
「諦めてください。あの方はもう、アナタの知るお姉様ではないのですからーーー」
その言葉に耳を疑う。まるで奴等と同じになっているかのような言い回しに、口元が震えて上手く言葉に出来ない。
「何を言って.......」
「あれが奴等の企みであり、卑劣な寄生能力。彼女にはもう記憶は愚か、お母様以外の声は届きません」
信じる事が出来なかった。二人で夢を近いあった姉が、あんな奴等と同じになるわけがない。
噓だ。噓に決まってるーーー。
シラユキさんの手を振り切ると同時に地上に降下していく。先程まで消失していた空気中にどよめく汚染された重い厚みに平静を保ってはいられない。
それでも目の前にいた姉にもう一度、会いたくてここまでやってきたのだ。
着地した私が近付こうとした矢先にシアから小型銃による射撃が、私の頬をかすめる。
「し、シア.......? 私だよ? 助けに来たんだよ?」
振り返ろうとした相手の表情に顔を向けると、変わりきってしまった歪んだ微笑みをした姉の顔。それに連なる黒く染まった霧に纏われ、トリスタンが維持する戦闘服の色も変わっていた。
「なんだ。ただの虫かと思ったら、フィアじゃない。うっかり、息の根を止めるところだったから気をつけてよね?」
悪魔染みたその微笑みに、シラユキさんの言った言葉を思い出す。
諦めるとはどういう事なのかを。目の前にいた姉は、私の知っているシアではない。
まるで他人を見下しているかのような目つき。私を、妹を見る目ではないのは分かっていた。
「フィア、悪いけど死んでくれないかな? 私はアンタみたいな蛆虫を見てるだけで、反吐が出るのーーー」
何の警告も無しに急所を狙うかのような発砲。咄嗟に間を挟むように銃弾を受けに入ったニルヴァーナも私に向けて放ったシアに咆哮で意志を表していた。
「ニルヴァーナ、ダメ!!! あれはシアなの。私のお姉ちゃんで、家族なの!」
「家族ぅ? それが反吐が出るって言ってんだよ! 蛆虫フィア!!!」
私ではなく、ニルヴァーナに向けて小型銃で連射をし、煽るようにボディーに傷をつけていく。
ニルヴァーナを押さえつけている私自身が一番わかっている。このままではニルヴァーナは愚か、私も周りにいる魔族に意識を乗っ取られかねない。
「蛆虫フィアちゃんじゃ、そこのワンちゃんも守れないで私にやられちゃうよ?」
「いい加減に...してぇ!!!」
ニルヴァーナを飛び越えて、相手の頬を思いっきり叩きつけた。あっさりと相手は地面に倒れ込むと、倒れたシアを見つめながら、ニルヴァーナを後ろに下げる。
「目が覚めた? 早く帰ってお兄さんに謝りに行こう?」
手を差し伸べるようにゆっくりと相手の近くに片膝をついて、周りを警戒する。
身動き一つしなかったシアの表情を確認できたのは、私がいつの間にか地面に倒されていて、怒りに満ちた顔をした姉の顔と胸ぐらを掴まれながら小型銃を額に押付けられた時だった。
「殺す! ぶっ殺してやる!!!」
間一髪というように横から突進に入ったニルヴァーナの行動に回避行動を取って、討ち損じた銃弾が私の脚を直撃した。
脚を押さえながら苦悶の表情を浮かべた私をあざ笑うように、ニルヴァーナが盾になった私に距離を置いて小型銃を連射していた。
「蛆虫フィア、これで終わりにしてあげる。あの世でお母さんとお父さんによろしくね?」
小型銃のトリスタンをいつもの対艦ライフルに形状を変えて構える相手に、何を言っても無駄なのだと悟った。諦めかけていたその間に割り込むように、黒い霧に覆われた未来のカグラさんがゆっくりと舞い降りる。
「シア、そこまでにしてくれないかな? これ以上は楽しみが減っちゃうし、何よりアナタが実の妹を殺める形になってしまう」
「関係ないです。蛆虫は、この場で排除をーーー」
黒い魔力砲撃をシアにかすめるように撃つカグラさんを後ろに、絶望に打ちひしがれていた。
「シア? 私に刃向かうつもりなら容赦はしないけど...どうしたい......?」
「---わかりました。」
大人しく舌打ちをしながらXUNISをしまうシアを見つめながら、私の顎を持ち上げるように目の前のカグラさんを告げる。
「フィアも私と共に来ない? きっと苦しむ事も悲しむ事もない世界に連れて行ってあげられると思うけどーーー」
悪魔の囁きに心は揺れ動く。まるで真に受け入れていたカグラさんを裏切るかのようにすんなりと、心を許しそうになる。
ただ頷くだけで、この胸の疼きは消えるのだろう。そうなったら、どれほど楽になるかーーー。
「悪いですが、お母様にフィアは渡せません」
空間を跳躍して連れ出すように、いきなり現れたシラユキさんの砲撃によって煙幕を張られると同時にいくつかの宙を浮遊するXUNISによって飛行艇へと搬送されていく。
見下ろした場所には、最愛の姉が私を睨み付ける光景。
それがどれだけ私の心の傷となったか、その日を境に孤独の恐怖を植えつけられたのは云わずと知れた事実だろう。
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