第17話 第一章 二重因子編 -物語の始まりへ-
不穏な空気を抜けて辿り着いた一つの古城。
私たち、兄妹の居場所”だった”ソコは、見違える程の殺意に満ちていた。
気が狂いそうになる程の濃度を増した魔力の霧の前に、手を繋いでいたイヅナも気分を損ねた様に膝をついてしまう。
私でも立っているのがやっとで、先に進めばイヅナ同様に気を保ってられないかもしれない。
それでも行かなくてはいけない。
「私はこれ以上、着いていけないみたいだからコレをアナタにーーー」
手渡しされたのは、赤い宝石と二枚のカード。
「覚えてないかも知れないけど、その二枚は私とアナタを想う人と交わした絆の証。忘れないで、カグヤは一人じゃないって事を.......」
初めてとは思えない程にその宝石は馴染みを感じさせ、二枚のカードは懐かしさで心を落ち着かせてくれる。
「あと、これもーーー」
手渡しを済ませた小さな女の子は、私の手を引いて視線を合わせるように柔らかな唇を重ねてきた。
その行為に恥じらいを微塵も感じさせない相手に、心で感じ取ってしまったのだろう。
この子を、イヅナという女の子は私の中でとても大きな存在になっていたに違いない。
今はまだ記憶の中でも、虚ろな部分でしか思い出すことができない。
唇を離したその瞳に映ったのは、変わり果てた私を最後まで見つめ続けてくれていた小さな女の子。
抱きしめたら、壊れてしまいそうな相手を見つめる。
兄とは違う愛の形。
だが、それでもそこにいたその子は、私の中で兄よりも大切なかけがえのない存在。
だから言えることがある。
私は......。
「私は帰ってくる。アナタの元に。だから忘れないで、私はいつも一緒だから」
イヅナの胸を指差しながら、姿は違えどそこに居たのは、相手の愛してくれたカグヤそのものに違いはない。
その言葉に別れの意味を感じたのか、イヅナから一滴の涙が流れる。
相手の頭を優しく撫でながら、ゆっくりと飛翔魔法と紅い宝石から魔装束を纏って離れていく。
「カグヤ! 私、待ってますから。だからお願い...あの人を救ってあげて......」
笑顔を見せた私は相手に背を向けて、魔力の霧を払う速度で、兄だった存在の彼の元へと向かっていく。
玉座の間。そこで兄は待つと言ってくれた。
躊躇いなどないという程の速さで、入り口に魔力砲撃を行う。
大きな扉は、バラバラに弾け飛ぶと共に煙の中を遮るように私は床にゆっくりと降り立つ。
兄の姿はない。
残された玉座に近づくと、椅子が前に移動しているのを確認する。
地下に続いていたこの道の先は記憶にない。
「兄さん......」
ゆっくりとその階段を下っていく。蟲の生物兵器が次々と量産されていくプラントと、此処に住んでいたと思われる民の人体を保管している大きな試験管。
まるで夢を見ているかのように全員が幸せな表情を浮かべている。
これが兄のしたかったことなのだろうか。
とにかく今は兄を探さなければならない。道なりにまっすぐ進んでいくと、ひと際目立った光を放っていた。
まるで要塞のような砦の中枢区画を囲う魔力で出来た障壁は魔力を通さない仕組みで出来てるようだ。
魔力を帯びた手で触れた瞬間に、弾け飛ぶ様な感触と共に胸の魔力コアから幾度か奪われていった気がした。
「これを破壊すれば、この戦いは終わる。ここの人達も現実に還ってこれるーーー」
太刀を動力炉に向けると魔力を刃先に集中して一気に解き放つ。刃先が障壁に受け止められると、物理に対しても抗体があるらしく軽々しく弾かれてしまう。
「それは君の力では破壊できないよ?」
どこからともなく響き渡る兄の声。
「兄さん! どこにいるの?」
動力炉の外装が開くと、中から現れたのは人間の形を蟲に埋め込んだという歪な存在。
「イバラ。やはりお前は欠陥品だ。兄の命令1つも守れないとは悲しいぞ?」
「私も兄さんが人間の姿を捨ててまで、そんな物に頼ろうとしているなんて思いたくなかったですーーー」
緋天を鞘に収めると魔力を切っ先に込めながら、居合いのように蟲となってしまった兄に切りかかろうとする。
「欠陥品に私が覆せると思っているのか?」
刀を振るう前に身体に衝撃が走ると、身動きが取れない怪音波が、脳に指示をする伝達を麻痺させているようにその場に膝を着くのがやっとで、指先を動かす事すら出来ない。
「動けないだろう? 今、楽にしてやるから安心をしろ」
そう言うと、私の身体を縛り付けるように兄自身が縄のように纏わり付く。
「ぐっ...あぁぁ......!!!」
苦しみのあまりに声を上げながら、軋む音と共にXUNISの外装も悲鳴を上げるように出力がどんどん下がってしまう。
「もう一度忠誠を誓え。そうすれば助けてやろう。この腐れきった外世界をすべて破壊するのだ!」
意識が遠退いていく。
いつも肝心なところで助けに来てくれた仲間はいないと、目を瞑りながら少しずつだが欠けた記憶を拾い集めたように涙を浮かべる。
「は...ははっ......」
涙を流しながら、光が溢れるその場所に腕を伸ばして手に取ろうとする。
「そうだ...私は一人じゃない......。いつもココにみんながいる。だから私は!!!」
膨大な魔力を放出させながら、縛り付けた相手に連続で切り刻むような斬撃を与える。
輝きを放つ私自身から、現れた目の前の彼女。
「カグヤさん。不出来な兄を許してください。そして共に戦ってください」
イバラと呼ばれていた存在が私の中に完全に宿り、カグヤの懐から現れた二枚のカードと共に三人の女性に囲まれながら目の前の相手を見つめる。
「な、何なのだ? その光は!?」
暖かな光に包まれながらも側にいてくれた大切な仲間。
重ねた心は今もここにあると、指し示すようにイヅナとルリの力が、宿っていたカードが身につけていた緋天の外装へ溶け込むように眩い光を放ち始める。
壊れかけたデバイスを再構築するように私の身から離れていく。
辺り一面に大きな円を描くような衝撃を飛ばしながら、次々と動力炉以外の物体を壊しては、神々しく光を放ち続けている。
「こんな力は...何を始めようとしている!?」
「兄さんには、一生かかってもわからない。これは私だけの...ううん。私達だけの絆なんだから」
その光に手を伸ばす。もう過去は振り返らない。
明日を築く力を今ここにーーー。
「祖は悪を断つ剣。緋天皇”エクセリウス” デバイス・オン!!!」
紅い鳥のようなオーラを纏う光が、私の身体を包んでいく。
深呼吸をしながら、宿された力に応えるように見据えた瞳に曇りはなかった。
目の前にある闇を払う力を振るうだけ。クラディウスに向けた神速の一刀で斬り抜ける。
何が起こったのかわからないといった様子で、相手の身体は二つに切り裂かれる。
「なん...だと......? この俺が...何故だ......」
崩れ落ちるクラディウスを見つめながら、動力炉に向けて魔力を何層も重ねた剣に力を込める。
「これで兄さんの野望は終わりです!!!」
剣を動力炉に投げ込んで刺し込むと、助走を着けながら付け根に蹴り込んで、溢れ返る魔力と共に大爆発を起こして、世界に満ちた不穏な黒い霧を一気に吹き飛ばす。
動力炉が無くなったのを機に世界の崩壊も進んでいくようだ。崩れていく城を見ながら、兄の下に近づいてゆっくりと手を差し伸べる。
「兄さん。私に掴まってください。もう一度、やり直して今度こそ兄さんの求めた世界を一緒にーーー」
伸ばしたその手を払うと、兄は死を選ぶように徐々に破壊した中枢の近くまで這いずりながら近づいていく。
「人形風情が調子に乗るな。イバラと共に私も消える。お前は元いた世界に帰れ」
崩壊の進む世界にこの人は、一人で消えてしまうのか。
心に過ぎるこの気持ちは、私としての感情ではない。最後に話させて欲しいとイバラとしての私の感情が表に出る。
「私は兄さんにこんなにも愛されていたんですね。今までお世話になりました。私も一緒に参りますので、安心してお眠りください......」
一緒に助かるという選択を捨てた兄妹に私が、口を出す必要などないのかもしれない。
その場を離れるように出口へと、飛翔して移動していく。
「イバラよ。お前は生きろ。そして我が妹として兄の夢を継いで強くなれ......」
崩れていく建物を背に、そんな想いが聞こえた気がした。
「さよなら。兄さんーーー」
崩壊していく世界を背に私は、元いた筈の世界の輪を潜ろうとする。
時空の湾曲が進み、故郷だった世界と繋がった道が除々に消えていくのを見ながら、青空の広がる世界に辿り着く。
次元の狭間は私が地に足を着けた瞬間に無くなってしまった。
「イバラさん。お兄さんの意思を継ぎましょう。そして私と共にこの世界で生きてください」
向かい会う私達。カグヤとイバラの間に最早、境界線は存在しないのだろう。
互いの存在を認め合うこの姿がその証でこれから私達はいなくなってしまった人の分も生きていく。
でも私達は、たった二人だけの世界を歩むわけじゃない。
「姫ちゃーん! 怪我してないー?」
出迎える相手らを見ながら、失った記憶が還ってくる実感を感じた。
イヅナさんとルリさんに手を握られながら、外傷が無いかと心配をされている中で、兄様は遠くで軽く手を振る。帰ってきた事に対する言葉を笑顔で安心したように伝えているようだ。
欠けた記憶もあったが、イバラさんとこれから思い出は作っていける。
快晴の青空を見上げながら、前向きな気持ちで全員を前にして一礼をする。
それは、新しい私という存在を始める為にとても重要な事だ。
「初めましてというのは違う気はしますが、私の名前は今日から”カグラ”です。皆さん、よろしくお願いします」
満面の笑みで、新しい名を伝える。
迎えるように私の周りには、共に戦った友が集まる。
世界に満ちた問題が全て解決した訳でも私自身の罪が無くなったわけでもない。
不安で、この先も挫けそうになるかもしれない。
それでも前を向いて進む。
それが私の未来なのだからーーー。
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