第16話 第一章 二重因子編 -黒い翼と白銀の羽根-

この世界にも脅威が訪れていた。


次元の狭間から現れた魔法装束に身を纏った人々が、私たちの世界を壊そうとしている映像を見ながら、これが最後かもしれないとクラディウス兄さんと愛を築いていた。


迸る閃光。


私の目に映る輝きは、人の命は流れ星のように儚く、虚しいものだと知らしめるといった小さな出来事でしかない。


私の中に注がれる愛を受け止めながら、揺れる建物を見て、クラディウス兄さんに問いかける。


「兄さん。あの光が私を苦しめている悪なのですね?」


暖かな毛布の中で兄と眺める景色に、稀に起こる頭痛の正体が人の争いによるものだと教えられた。


記憶が曖昧なのも、その影響だとーーー。


「そうだよ。だから、お前の力が必要なんだ。戦ってくれるね? イバラの為に用意した物もあるから大丈夫さ」


「クラディウス兄さん......」


兄から渡された黒いイヤリングを強く握りしめる。


苦しみの根源を絶つ誓いを胸に、兄の口付けを受け入れた私は、光へと憎しみの目を向ける。


「兄さんは必ず私が守りますから、安心して待っていてください」


服を着て、部屋を跡にする。


兄から渡されたこの力なら、人を殺めることなく、争いを終わらせられる。


その時の私は、兄の言葉を鵜吞みにするしかないただの人形だったのかもしれない。


「イグナイト・デバイス・オン」


イヤリングから放たれる黒いオーラに身を包む。


身体に装着された強固な鎧と大鎌を手に、私はその時までの兄と過ごした記憶以外、消えていくことに気づけなかった。


何の為に戦うのかわからない。


でも目の前にある光が、許せないという衝動に矛先を彼らに向けたのだと思う。


施設から出た私に銃口を向けた彼に、何の躊躇いもなく大鎌を振るう。


非殺傷だという事は兄が言った。


飛び散る赤い液体を身体に受けると、真っ二つになった彼を見ながら、身震いをしてしまう。


快感。


その二文字で、頭が満たされていく事に何の違和感も感じなかった。


次々と敵と呼ばれる彼らを切り裂いては、返り浴びるその液体に心を潤している。


苦しみを消してくれるこの衝動に意識が飛びそうになった私は、周りに飛び交う防衛兵器と思われる蟲と共に戦線を駆け抜けていく。


また一人、一人と切り裂いては鉄の味が口の中に広がる。


抵抗する相手には、それなりの頑張りを得る為にワザと隙を作る。


「今だ! 取り囲め!!!」


数人の敵が一気に押し寄せるが、刃先で大振りをしながら全員の首を断つように頭上で回転させている。


「アハッ。本当に弱い、弱い、弱い、弱い!!!」


そして圧倒的実力による絶望。


敗北を知るような相手の顔に心が躍る。


「た、助けてください......」


命乞いをする兵士。


片腕と片足を切り裂く度に呻きを上げては、涙と痛みで歪んだ表情で顔は、ぐしゃぐしゃになっている。


「ダメですよぉ。あなた達の悲鳴が私を幸せにしてくれるんですから。もっと鳴いてください。そしたら、あと一分は生かしますからぁ」


刺激で疼きが止まらない。


手首、腕、膝、脚と泣き叫ぶ相手を見つめながら、快楽を得る自分に何の違和感もない。


「これが兄さんの言っていた幸せなんですね。戦いが私の全て。悪いのは貴方ですよ? 貴方が弱いのが悪いのですーーー」


残った首に刃先を当てると嫌々と、小さく首を振る相手を見ながら笑顔で答える。


「やめなさい!!!」


魔力砲撃を背に感じると、片手で魔力障壁を展開してみせる。


砲撃の威力は重く、さっきまで相手をしていた敵とは桁違いなものと認識することが出来た。


「誰ですか? 私の楽しみを邪魔するのは?」


砲撃が止むと振り返りながら、不機嫌そうに私と同じ地表に降り立った相手を睨み付ける。


「姫ちゃん...だよね......? 私だよ? ルリだよ?」


相手の姿を見ては、覚えがないという風に首を傾げてみせる。


その行動に傷ついたのか、俯き気味に悲しい表情を見せる彼女の姿を見ては、胸の底から湧き上がる不快感に吐き気を覚える。


「どこの誰だかわからないですが、私の故郷に手を出す悪なら容赦はしないです」


命乞いをしていた彼の首を跳ねて、相手に投げつけるように大きく鎌を振ると、小さな影が弾き飛ばすように彼女を守る。


「カグヤ......。あなたを連れて帰る」


桃銀髪にツインテールの小さな女の子が、私をカグヤと呼んだ瞬間に酷い頭痛を感じて苦痛の表情を浮かべる。


「私はイバラ。カグヤなどという者は知らないーーー」


大鎌を目の前に立ち塞がる二人に向ける。


あの二人を見ていると、気分が悪くて仕方ない。


「どうしてもというなら、貴女達もこの兵士と同じく、痛い目に遭ってもらうしかないです」


連携を取るように砲撃型の彼女が後方に少し下がると、小さい子が合わせるように距離感を持って身構えるのを見て、前衛後衛と分けての攻撃のパターンを模索しているのだろうと理解する。


別の方角から誰かに見られてるような視線を感じると、その場から動かずに小さい子と向き合う形で距離を保ったまま、互いに出方を伺うといった感じで身動き一つする気配もない。


「カグヤ、本当はわかっているんじゃないの? 何が本当で何が噓かを」


銀髪の子が警戒を解くように私に問いかける。


「本当? 噓? そんなもの最初から決まっている。そしてお前達は、私の平穏を壊す悪だということも!!!」


大鎌を大きく振りながら、風圧と共に鎌鼬で小さな子を切り裂こうとする。


「それぐらいにしておけ」


間に入り込むかのようにカグヤの放つ風を魔力障壁で、受け止める見慣れたその姿は、先程まで互いに愛し合っていた兄の姿だった。


当然と云わんばかりに笑顔で、私に答えたシキの姿に戸惑いを隠せない様子。


「なんで...なんで、兄さんがココにいるの......?」


目を疑うように瞳孔を開ききった私の頬に手を添える。


相手に過剰なまでに拒否反応を見せるように嫌々と、顔を振る姿をただいつもの光景のように見据えている兄の姿がある。


「帰ろう。 お前の居場所は、あんな禍々しい場所にはないーーー」


握られた鎌から、手を離させるようにゆっくりとカグヤの手に触れるシキだが、ハッと我を取り戻すように魔力で放たれる衝撃に互いを反発し合う。


「違う...。 兄さんは私たちの帰る場所で待ってくれてる。 お前は、アイツらが作り出した幻覚なんだ!!!」


鎌を相手に向けると、横目で彼女達の姿を見て怒鳴りつけるように辺りの宙域に衝撃波を放ち始める。


「カグヤは、俺が作ったウェディングドレスを始めて見た時になんと言ったか憶えているか?」


「黙れ、黙れ!!! お前の声もその顔も頭に響くんだ!!!」


途方もない話に記憶を辿りながらも、その事を思い出すことに恐怖を感じて頭を抑える。


「『私、大きくなったら兄様と結婚するの』」


辺りの雰囲気が崩れるような、私らしくもない記憶の話に全員が耳を疑う。


「『大きくなって、兄様とちゅーとかお風呂で洗い合いっこするの』と言われた時に俺は、カグヤがお嫁に行けるか心配でーーー」


「黙れぇ!!!」


相手に魔力砲撃を全力で撃ち放つと、真っ赤になった顔をと興奮で息が上がっている私の姿がそこにはあり、その様子を眺める女性陣もまた開いた口が塞がらないといった状態。


「カグヤって、やっぱり......」


「お兄さんと姫ちゃんってもしかして小さい時から、私達以上の関係をもう築いてたんじゃないかな?」


顔を見合わせながら、互いのカグヤに対する感情が複雑になったといわんばかりに哀れみの目を向けている。


「あの時のカグヤは、凄く可愛かったよ。 特に今でも用をたす時は脱ぎきらないと......」


ダンッと大きな音を立てながら、何事もなかったように砲撃を受け流したシキに怒りの表情を向けているカグヤを、笑顔で迎えるよう両手を広げる兄の姿に再び何かが弾けたように大鎌を構える。


「兄様なんて...大っ嫌い!!!」


大きく振りかぶって衝撃波を飛ばすカグヤに、真面目な表情となった兄が蒼天を前に構えると、魔力分解をするように魔力装束ごとXUNISが辺りに飛び散る。


「カグヤ、お前は自分が何者か。 今なら、わかるだろう?」


再びトリガーを引くと、私が身につけていたイヤリングを弾き飛ばす。


「な、何を言っている? 私はイバラで、カグヤなどという存在は知らない!」


顔を横に振りながら、記憶の中に自分の信じていた兄の姿はなく、目の前にいる男の記憶で溢れている。


しかし、目の前の現実を直視出来ないようにその場に座り込む私に、ため息をつきながら近づいていく兄に震えながら、受け入れられない現実に後退りで壁に背中がついて逃げ場を失ってしまう。


「姫ちゃん帰ってきて。アナタは私達に進む道を教えてくれた唯一の存在なんだよ?」


彼女の声に溢れ返る彼女たちとの記憶。思い出すのが怖いのではなく、してきた事を悔やむのが怖いと身体を震わせていた私を小柄でフワリとしたツインテールの子が包み込むように身を抱き寄せてきた。


「カグヤ、私ね...。あなたと出会わなかったら、ずっと人を信じられなかったと思うの。感謝もしてるし、これからも恩を返しきれないと思う。だけど......」


私と真っ直ぐ向き合う小さな子を見つめながら、動揺していた心も落ち着きを取り戻すようにゆっくりと抱きしめ返してみせる。


先に戻ると兄様とルリさんがその場を立ち去ろうとしている。


イヅナさんに任せても問題はないと判断したのか、渋々といったようにルリさんも了承をするように、二人に手を振って転移していく。


「私はイバラだと何度も言ってるだろう......?」


「違う。あなたはカグヤで、今のあなたの記憶が間違いーーー」


互いに顔を見つめ合う。その表情を忘れるわけがない。


しかし納得させるだけの言葉が見つからない。もどかしくも時だけが過ぎていく。


「やっぱり、私じゃダメなの...? カグヤは、私をただの部隊のメンバーとしてしか認識していないの?」


伝えたい事がある。でもどう伝えていいかがわからない。


私と出会ったあの日から何も進歩していないと、涙を零してしまうイヅナさんの姿がそこにはある。


私もその表情を向けた相手の頬に手を添えて、胸に寄せながらあやす程度の事しか出来なかった。


「何で泣いてるの? わからない、本当にわからないの......」


イヅナの頬に手を添える暖かい手。カグヤの手を両手で押さえながら、伝わる涙が酷く冷たい。


周りは極寒の寒さで覆われているようで、私が倒したとされる魔導師が横たわりながら、既に膠着しているその姿を見つめる。


イヅナを抱き上げて、寒さを防ごうと辺りを飛び上がるが、一向に防寒できそうな場所はない。


「なんで? 私の知ってる世界じゃない。こんなの私と兄さんの住む世界じゃーーー」


記憶を辿ってもここは、公園ですぐ先には花園と並んでいた筈。


わからない、わからない。


その考えが頭を悩ませている。


「なんで? なんでなの? こんなの私が守ろうとした世界じゃない!!!」


先ほどまで目の前にいたシキの顔が頭に浮かぶ。私が何者か。


「今ならわかるでしょ? ここはあなたの世界じゃない」


私から離れるようにスッと宙に浮いたまま、彼女と向き合う。


もどかしさを通り越して惨めといった自分の姿に嫌気が差したのか、何かを吹っ切らしたように視線に殺意を感じた。


「そろそろ限界です。カグヤ、一発殴らせなさいーーー」


「えっ?」


ふとイヅナの言葉に顔を上げるが、既に目の前には拳があった。


重い衝撃は宙に浮いたまま、自分の身体を支えていられない程の痛みで、そのまま公園の噴水広場と思われる水が吹き荒れた場所に落ちていく。


意識も飛びそうだったが、見上げた先にイヅナはいない。


「まだまだ足りないでしょ? 私を思い出す為には、まだ足りない」


何度も意識が跳びそうになる程の拳を浴びさせられる。


飛び散る水しぶきが、スローモーションで見える。


どれぐらいの時間を殴られ続けられているのだろうかと、脳裏に走るが相手は止まる気配はない。

私はイヅナさんに嫌われていたのかと考えが過ぎる。


スッと衝撃が、一瞬で消えると泣きながら、私に抱きついたイヅナさんの姿がある。


「嫌です...カグヤが居なくなっちゃ嫌です!!!」


声を大きく上げながら、泣き叫ぶイヅナにどうしていいかもわからず、ただその姿を見つめている。


「私はカグヤが好きです!!! 私からカグヤを取ろうとする存在は全部、殴り倒してでもアナタを独り占めにしたいです! 辛い事があったら私が何とかします...だからお願いです.......」


イヅナに睨みつけられている。


涙で顔もぐちゃぐちゃになりながらも、まっすぐ見据えた視線。


でも記憶が私には戻らない。何が正しいのかも。


でも.......。


「この目で確かめる。そして君の事も必ず思い出してみせますから、待っててくださいーーー」


イヅナに見せた笑顔。


殴られて痣だらけだが、その笑顔はイヅナに取っては、かけがいのないものだった。


手を取りあり、立ち上がる先に射す一筋の光。全てはここから始まる。


そんな気がすると、二人の行く道を照らすように先を照らしている。


城へと続くこの道を進んでいく。


答えを導き出す為にーーー。

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