第15話 第一章 二重因子編 -偽りに染まる心-

姿形を無くしたという島の情報を元に駆けつけたルリとシキの前に広がるのは、抉られた地表に辺り一帯を赤く染め上げた海だった。


島一帯が干上がって影響もあり、海面には魚の死体が浮き上がっている。


「これが本当にカグヤがやったことなの?」


「そうらしいな。とにかく一緒に居たアマツの消息が気になるがーーー」


辺りの探索を行う中、大木にしがみつくように身を乗せているアマツを発見する。


傷の容態から重症というよりは、魔力ダメージによる精神的ダメージが大きいと見られる。


その後もカグヤの捜索をとり行うが結果は得られず、打ち切りという形で切り捨てることになる。


面々も不満の表情を浮かべながら、アマツの回復を待つ為にも拠点に帰還する。


拠点には各国から部隊が集められていた。


何処からか現れる敵が、出現する次元の扉のようなヒビの存在をイヅナの情報を頼りに調査する為の部隊でもある。


アマツを医療班に受け渡すと、シキを初めとした特殊XUNIS部隊も加えた三人も参加する形となる。


「私の予想ですが、カグヤは敵の手に墜ちたと考えるべきだと思うべきです」


シキの袖を掴みながら、真っ直ぐに見上げるイヅナ。


捜索した結果を認めないわけではなく、シンクロを交えた影響もあり、正確な居場所までは分からないが、そう感じると必死に目で伝えようとしている。


「私も同意見だよ。姫ちゃんは、この世界にはいないって私も思うの。上手くは言えないけど、でもイヅナちゃんと同じ感覚ならーーー」


「お前達を疑う必要性がない。今回の作戦でカグヤを奪還する。それだけだ」


二人から見つめられるとため息混じりに互いの頭を一撫でして通り過ぎていく。


一番に心配していそうなシキの姿は、誰よりも凛々しくカグヤが語る立派な存在であることも伺える。


作戦参謀との打ち合わせに向かいながら状況を伝えて、今後の指揮下に着く話も通していくようだ。


「シキは至って冷静に見せてるけど。今日の彼はいつもと違ってらしくないと思うの。だからイヅナちゃんーーー」


「わかってます。抜けた二人の分も私達が頑張るしかないですね。それよりも最悪の場合も考えなくては......」


吹き抜ける風に髪をなびかせながら、カグヤの心配を背に空を見上げた。


空色は曇りの模様だった。




また...この夢......。


カプセルの中で身動きが取れない夢の中だと、理解すると目の前にいる兄に似た彼をまた見つめていた。


でも何かが違う。


彼は私ではなく、別の何かを見つめているようだ。


何を.......?


隣に視線を変えると私にそっくりだが、容姿を見るからに女の子の成りをした裸の女性が、同じカプセルの中で拘束されている。


「もうすぐだ。あと少しでお前に会えるのだ。イバラ......」


目の前の彼がガラス面に触りながら、隣にいる彼女に話しかけている。


「準備が整いました。クラディウス様」


大男が兄に似た男性に話しかけている。


クラディウスという名を聞くと、どこか懐かしい響きに安堵の念を覚える。


「そうか。これでお前を解き放てるのだな。ーーー始めろ」


合図のように手を上げる彼を見た大男が、装置のような何かを起動させるとまた意識を失いそうになる。


目の前は白く染まって、水面に浮き上がったように身体が軽い。


意識を失う前に声が聞こえた気がした。


兄を....許してください......。


その声を受け取ると共にゆっくりと、夢の終わりを告げるように目の前が真っ暗になってしまう。




次に目覚めたのは、窓から入り込む日差しが目元を照らした朝。


眠気で目をショボショボとさせながら、時計の時間を映すと何事もない日曜の朝であったことに気づいて、ゆっくりと起き上がる。


ベッドからゆっくり足を降ろすと、何事もないように鏡に向かって行き、映し出された自分の姿を見ながら長い髪の手入れと、着ていたブラウスを脱いで下着を身に着ける。


いつもの光景の筈なのに自分の身体を不信に思ってしまうのは何故だろうか。


白い肌は基より、年頃の『女の子』なら当然の膨らみのある胸や、決め細やかな女性ならではの腕や脚にしばらくの間、見惚れていた。


お姫様のようなヒラヒラとしたドレスに身を包むと、いつものように寝ている兄を起こしに行く。


「兄さん、朝ですよ? 早く起きてください!」


ドアをノックしながら、中に入るといつもそこに朝の弱い兄が眠っていると毎朝の如く私が起こしに行くという何事もない行事をしようとしている。


「もう起きているさ。私も毎日うつつを抜かしているわけではないからな?」


後ろから優しい声が耳に入る。


肩には兄の両手が私を支えるように添えられていて、そのまま振り返ろうとする私に唇を重ねられる。


そのままベッドに押し倒されながらも深く交じわるように何度も口の中を犯されて、甘い声を垂れ流して、唾液が糸を引いて胸元に落ちる。


相手と目線を合わせ、荒くなった呼吸を元に戻すように心を落ち着かせようとして、ベッドから起き上がって服装を正す。


「兄さんはいつも突然でイヤらしいです。それに私たちは兄妹ですよ?」


「いいのさ。私はお前がいてくれるだけで、他に何もいらない。だからお前の全てを見せてくれ。”イバラ”ーーー」


名前を呼ばれると、心に突き刺さる何かを感じながらもその後も兄に求められるままに身体を委ねてしまう。


「兄さん。もうお昼です。そろそろご飯の支度をしないと......」


相手の胸に顔を寄せながら、下から覗き込むように火照った顔を見えないように隠して見つめる。


「そうだな。イバラは何が食べたい? 私はこのままでもいいが?」


覗き込む私の身を優しく抱きしめて、首筋に口を添える兄に至福を覚えるようにその場の雰囲気にのまれてしまう。


何事もない休日の筈。


でも何かが欠けているような、この気持ちは何なのだろうかーーー。


抱かれる度に不安で、仕方なくなるのは何故なのかがわからない。


目の前で私を堪能させようとする兄の姿に身を震わせながら、快楽と不安の交差をする中で自分が何者なのか、わからなくなっていく。


私はイバラの筈なのに、どうしてこんなに自分の存在を否定してしまうのだろうか。


「兄さん...私はここにいるよね......?」


目の前の兄を自分から求めるように、身を寄せながらも快楽の瞬間は続く。


その質問に答えるように行為は一段と激しくなる。


「もちろんだ。お前は確かにここにいる」


意識が飛んでしまいそうになるような兄の愛に溺れるように時の流れを忘れてしまう。


気づくと辺りは暗くなっていて、休日の一日が終わりを告げようとしている。


ベッドに仰向きになっている私の姿と、窓際で椅子に座って地平線を眺める兄。


何事もない日常。


そんな日常に疑問など最初からあるわけもなかった。


私は兄が好きだ。


兄もそれは同じで、互いに愛し合っている事を誰も邪魔することなどできない。


「起きたか? すまないな。イバラが可愛いから、私も大人気ない姿を見せてしまうーーー」


「大丈夫です。私も”シキ兄さん”の事を愛していますから」


相手を見つめながら微笑むと、ゆっくりと立ち上がるとシャワーを浴びようと浴室へ向かう。


降り注ぐ水の雫に身体についた汗を流しながら、髪の毛から垂れ落ちる水滴を見つめながらふと考えに老ける。


兄を想うと胸が締め付けられる苦しさに陥る。


こんな幸せな事はあるだろうか?


クラディウス兄さん......。


あれ...さっきはシキ兄さんって言ったようなーーー。


どっちが兄さんの名前だろうか。


「兄さんはシキで...じゃあ、クラディウス兄さんは......」


膝をついて降り注ぐシャワーを見上げる。


自分が何者なのか、本当にイバラだったのか。この身体も声も違う。


私は...誰.......?


「アァァァァァァア!?!?」


身体が熱い。


一瞬で周りが燃え上がるように炎で包まれていく。頭を鉄槌で殴られたような痛みで何も考えられない。


苦しい...苦しいよぉ......。


そこから何が起こったかはわからない。憶えているのは培養液に浸かっている自分と、隣で眠っているどこか懐かしい私に似た男の子。


そうだ、私の名前はーーー。


思い出したのは一瞬だったが、そこでまた意識がなくなってしまう。




同じ朝焼けが差す朝。


何も変わらない朝の筈なのに何かが違う。鏡を見つめた私に映る貴女は本物の私?


わからない。そうだ、兄を起こしに行かなきゃ。


部屋を抜けると兄の寝室にノックをして入り込む。


「兄さん。朝ですよ? 早く起きてください!」


私のクラディウス兄さんは、朝寝坊さんで私が毎朝起こして挨拶にキスをされて、朝ご飯を一緒に食べて、お仕事に行く準備をして、見送る。


その後に私も仲のいい友達と学校に行く。


何も違わない毎日。でもこれは、本物の私だっただろうか。


学校帰りに兄が出迎えてくれていた。


兄との帰り道は、いつも恋人のように腕を抱いていて何気ない話を交わしている。


兄妹とはこれでいい筈なのに何かが引っかかる。


「クラディウス兄さん。ここにいる私は本物ですよね?」


兄を見つめて問いかける。


その問いに答えるように優しく抱き寄せてくれた兄は辛そうな表情をしていた。


「お前はイバラだ。他の誰でもない私の愛おしい妹だーーー」


今にも泣きそうな兄の姿を見ているのが苦しくて、私は何も言えなかった。


その言葉を期に私は自分の心が偽りなのだと悟ってしまったのだろう。


兄が私に手の平を向ける。


眩い光を放つその閃光を浴びたその日。


私は心を閉ざしてしまった。

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