第14話 第一章 二重因子編 -裏切られた絆-
どうして、こうなってしまったのかは追々の説明が必要だろう。
私と変態さんの二人は、何処ともわからない孤島に遭難してしまった。
それも魔力を操る端末を私だけ、持っていないという危ない状況でもある。
魔法も使えない、緋天もない状態で遭難者となってしまったのが、変態さんというだけでこの先が不安なのだが、思い返してみると意図的にこうなってしまった気がしなくもない。
今から数時間前の話。
ルリさんに渡された天帝のテストとして、総当りの模擬戦を行ったのだ。
「次、カグヤとアマツで頼む。連携は、カグヤがバックアップの形で頼む」
「えー、まだやるのー? 私、結構ぶっ続けなんだけどーーー」
兄様の出した提案に疲れた姿をアピールしてみせるルリさんの姿がそこにはあり、確かに連戦続きで疲れ果てたのだろうが、私も出来ればこの猛暑の中での長時間の戦闘は避けたいところでもあった。
「まぁ、いいだろう。ただし二十分間は本気で模擬戦を行え」
兄様も納得したように先に、休ませていたイヅナさんの姿を確認を取る形で持ち場を離れる。
「早速、始めようか? 最初から本気で行くよ?」
先程のやる気の無さから、一変しての高速な小型の魔力弾丸を次々に展開しては撃ち続けるルリさんに対して、回避に専念するしかない私に比べて鼻歌をたてながら、綺麗に避ける変態さんの姿に驚愕しながらも中々攻めに行こうとしない。
「変態さん、早く仕掛けないとルリさんが収束砲撃を仕掛けてきますよ?」
「それを待ってるのさ! 収束魔法には必ず隙が生まれるからね!!!」
ピンポイントで防御を搔い潜る相手の弾道に緋天が、手元から離れて地上へと落下してしまい。
このままでは、カウンターどころの問題ではなくなってしまう。
防御も手薄になった状態で徐々に逃げ場を縮められると、フィニッシュといわんばかりに収束魔法の構えを取り出すルリさん。
「変態さん来ますよ!? 対策って何かあるんですよね?」
「ごめんね。カグヤちゃんに見とれてて僕も考えてなかった......」
変態さんに突っ込みを入れる間もなく、放たれた魔力砲撃に防御の姿勢を取ってみせるも濃い魔力の波動に戦闘服が、除々に悲鳴をあげているのがわかる。
警告の文字が並ぶ中で変態さんが、ルリさんに向けての近距離攻撃を仕掛けようとしているのを見つめる。
砲撃が止まると、変態さんの猛攻を華麗にかわすルリさんに追い討ちをかけるようにこちらも収束魔法の準備を整えている。
「変態さん! 準備が出来たので離れてください!!!」
合図を送ると、それに合わせるような速さで変態さんの動きを止める鎖を張り巡らせて、私の方へと砲撃を放たれる。
対処する時間もなく、撃たれた砲撃に直撃してしまうと宙に浮きながら、魔力ダメージを直に受けている為、復帰も難しい。
「まだまだ甘いよ。二人共揃って吹き飛べー!!!」
ルリさんの巨大な魔力砲撃に巻き込まれて、変態さんと共に観測できない程、遠い海の中へと落ちていく。
それからは、孤島に流れ着くまでの意識はない。
気づいたのは変態さんが、人工呼吸を行った時につけた唇の感触からである。
即座に相手を振り払っては、見せたものの命の恩人であることには変わりないと、不本意ではあったが頭を下げて礼を言いつつ、流れついたこの島について調べることにした。
海を漂流している内に無くなってしまった端末の事もあり、変態さんの腕を抱きながらの島の探索は驚嘆の連続である。
その姿を見ては、笑う変態さんに顔をムスッとして見せるも、いつものようにセクハラをしないだけ、まだマシな方ではあると実感はしている。
「そろそろ陽も沈んできたし、今日はこれくらいして休める場所と食料を確保しようか?」
「そ、そうですね。でも私は食料よりもーーー」
戦闘服とはいえ、海水に浸っていたせいもあり、身体のベタつきが気になってしょうがない。
身を確認していた私の行動に気がついたのか、手を引かれると岩場のような場所に連れていかれると、地面に触れて何かを探り始める変態さん。
「何をしているんですか?」
その姿を上から眺めながら、陽が暮れてしまうのを木々の隙間から見える僅かなスペースから確認をする。
「ここから400m先に水が流れてる。そこならその肌のベタつき落とせるかもしれないよ?」
「本当ですか!? ぜ、是非、案内してください!!!」
変態さんは地脈の水路を辿りながら、水源のある場所を言い当てたのだと言い、相手についていった先には湧き水のように漏れいる天然の水が、ダムのように高台で溜められているようだ。
そこから流れる水が川のようになっていて、辺り一帯に生息している生き物の飲み水として活用されているようで、川岸まで辿りつくと野生生物が水を求めて口をつけている姿を確認できた。
「ここなら水浴びできるんじゃないかな? カグヤちゃんが汚れたままにしておいた僕も悪かったよ。ごめんね?」
「変態さんは悪くないです! それにこんな素晴らしい水辺も見つけてもらったし、本当にありがとうございます!!!」
頭を下げて相手にお礼を言うと、ウズウズとした気持ちを抑えきれずに流れる川を前に、変態さんがいるという事を忘れて服をゆっくり脱ぎながら、冷たい水の中に浸かる。
身体の半分という深さでプールとかとは違い、底は岩場のようにゴテゴテしている為、大きな動きをしないように肌についた海水のベタつきだけを綺麗に取り払っていく。
顔を水につけて水面を確認すると、月では見た事もない魚ばかりが泳いでいる。
髪を洗う好日に水面の中を泳いでみせるが、一歩間違えば溺れてしまうという兄様の言いつけを思い出して、何度も潜水している内に疲れた身体を休ませようと陸に戻っていこうとする。
「そういえば、拭く物を持っていませんでした。変態さんは持っていますか?」
水遊びに夢中になっていて気づかなかったが、変態さんの姿を探しながら戦闘服で身体を隠して辺りを見渡すが、人影が見当たらない。
日没していく太陽と、夜の暗闇に恐怖を覚えながら、変態さんが帰ってくるのを祈るように川岸で体育座りになって待ち始める。
「変態さん。いったい何処に行ってしまったのですか......」
不安のあまりに涙を流してしまった。
やがて水浴びをしていた身体に冷たい風が吹き抜けて、くしゃみをしてしまう程度に凍えてしまう。
模擬戦の影響がまだ残っているのもあり、睡魔と体の重みからそのまま石が並ぶ川原に横になる。
意識を失う直前に誰かが、私を抱きかかえる感覚に目の前にいたその人物と迸る何かを受けたところまでは覚えている。
「ごめんね。でもこれが君の為でもあるのさーーー」
途切れる意識の中で聞き取れた言葉。
ピリッとした感覚と共に眠りにつくが、長い時間眠らされていたわけでもないだろう。
何かが叩かれる音で目を覚ますと、その場に倒れている変態さんの姿を確認しながら、身体が鎖で固定されている事に気がつく。
「お目覚めみたいね。貴方も罪な男ね? アマツ君」
「約束が違うじゃないか。カグヤちゃんを連れてきたら昔みたいに戻ってくれるって。ねぇ...シスター!!!」
変態さんの叫びから、意識を完全に取り戻すと身体中が痣だらけになっている目の前の彼の姿に傷つけた張本人と思われる女性。
「変態さん。シスターって...だってあの話は、私を陥れる為の作り話じゃ......」
なんとかしなくてはと、鎖を振りほどこうとするが、完全に固定されていた腕と脚をどうしても動かす事ができない。
鞭で打ちつけられる変態さんを見ていることしかできない非力な私に向けて、『ごめんね』と何度も呟く相手を助けることができない。
「貴女! 変態さんの話に出てきたシスターさんなら何でこんな事をするんですか!? あなたも変態さんと同じ犠牲者じゃないですか!!!」
変態さんから視線をこちらに変えると不機嫌そうに向かってくる。
鞭を地面に強く叩きつける相手にビクッと身震いをしながら、睨みつける相手に目線を合わせる。
「私もアマツもその後、どんな仕打ちを世間から受けたか知ってるの? お前みたいにあの方に大事にされてる人間とは違うんだよ!!!」
相手の平手打ちで頬を強く叩きつけられると、大きな音を立てながら、その言葉にまた自分のせいでイヅナと同じ犠牲者が出てしまったと後悔をしてしまう。
「それでも貴女が、変態さんに仕打ちをしてもいい話にはなりません。私が狙いならもう十分でしょう? 何処にでも連れていってくださいーーー」
少し生意気げに相手に言うと、変態さんに目線を移すが、まだ動ける状態ではないらしく、怒りが爆発寸前な相手を見て大きく鞭を構える姿を受け入れるように打ち付けられた痛みを唇をかみ締めながら耐える。
悲鳴を上げたら、逆に相手に満足感を与えてしまうと、痛みを堪えて皮膚に傷がついてしまうことも気にせず、こもれ出そうになる声を押し留める。
「本当に生意気で出来すぎたガキね。本当にムカつく。...そうね、報告にあったシンクロ魔法を試してみましょう?」
「残念...だけど.......。その術式を組む端末を無くしてるんだよーーー」
その言葉を聞くと同時に高笑いを始める相手に痛みつけられた身体に顔を歪ませながらも懐から私の端末を取り出す。
「アマツがお前から、これを取り上げたって疑わなかった? 本当に御人好しなのも問題よ?」
「そんな...変態さんが.......」
落胆する私の腕に端末を取り付けると、ハーモニクスの同調指数が小さい事はわかっていたらしく、俯く私に注射器を何本も射して薬品を注入しながら、視界がボヤける私を確認しているようだった。
強制的に魔法を起動させては、私の顎を上げさせると唇を重ねる相手の身体を光の粒子にして私の中に取り込んでいく。
いつもと感覚と違い、黒く淀んだオーラと共に空に駆け上がる。
片側の意識がしっかりしている筈なのに深く海の底に落ちるように自我というものを持っていないのだろう。
何が起こっているのかは見えているのだが、互いに闇に捕われているかのように関与できないと見える。
だが見えている光景では、島を見下ろすように空から地面に向けて火炎弾を連続で放っている。
暴走するように何処とも構わなく破壊をし回っているようだ。
水面に移る自分の姿は禍々しく、まるで悪魔のようである。
「やめろぉ!!! そんなのカグヤちゃんらしくないじゃないか!!!」
地上から聞こえる声。いつもの変態さんと違って、迫真といった声が響き渡る相手を見つめると地上に降り立つ。
目の前の相手はフラフラになりながらも構えを取っているようで、止めようとする彼を敵と判断したように火炎弾を放つ。
倒れた変態さんの首を掴んでは、川原のある場所まで地面を引きずると、水攻めをするように相手の身体ごと水面に押し付けている。
その様子に沈んでいた精神が蘇るように、はっきりとした意識を保つ事が出来た。
「やめて! こんなの私じゃない!!! 変態さんを恨んでもいないのに何で体が勝手に動くの!?」
現実から目を逸らしたくなる。私の意志ではないし、もちろんシンクロをしている彼女の意志でもないのはわかる。
ただの破壊衝動なのだろうが、それでもこれほどの殺意を生むものなのだろうか。
「カグヤちゃん。聞こえてるなら先に謝るよ。騙してごめんね? 許してもらえるとは思ってない。だから君の手で僕をーーー」
抵抗をするつもりもないらしく、そのまま窒息させられることを受け入れたように、水面から顔を出すことはない変態さんの姿に心の底に秘めた”あの時”と同じ苦しみが巻き起こる。
目の前は真っ暗になり、シンクロをした相手に抱いた一つの感情が全てを支配した。
憎い。
この人のせいで、また変態さんが傷ついてしまったんだ。だったら私がこの人を消せばいい。
人を殺したいという衝動に芽生えたのは生まれて初めてであり、こんなに恐ろしいとは思わなかった。
心理の世界で私は、変態さんの恩師でもあるシスターの彼女を睨みつけるようにこう言い放った。
「殺シテヤル」
その一言から先は覚えていない。
気づいた時には身体中が血まみれで、肉片を口に入れた感触と鉄を口の中いっぱいに感じる気持ち悪さ。
そして目の前の誰ともわからない人型で食い破られたような無残な物。
現実の私は制止していて、変態さんが助かっている姿も確認はできている。
「変態さん無事だったんですね! よかった......」
こちらの心理世界での出来事を受け入れられない私は、現実の安堵で誤魔化そうとしていた。
だが変態さんは悲しい顔でこちらを見つめている。
ソッと頬に手を寄せる変態さんに嬉しさのあまり、表情を笑顔にしている。
「カグヤちゃんは悪くないんだ。だから、その姿をしないでくれ」
相手の一言に水面を見つめて自分の姿を確認する。
赤い涙を流しながら、心理世界での彼女の有様を表したような、所々からの出血とシンクロをしていた相手の身体は影も形も残っていない。
ただの私自身が、黒く染まっているだけの状態であった。
込み上げる衝動に身体が拒否反応のようなものを示しながら、その場に膝をついて機能不全のような痛みを共有してしまう。
身体が引き裂かれる痛み。
内側を抉られた痛みと首を折られたような痛みに悲鳴を上げることもできない。
痛みから逃れようにもシンクロを解く為の相手がもうココにはいない。
「痛い、痛いよぉ.......。助けて、兄様......」
兄様を呼ぶも目の前にいる変態さんも彼女が、死んだ事に絶望を抱いているのだろう。
私の声も届かず、痛覚は残留し続ける。
「嫌だ。私は何も悪いことをしていないのにこんなの酷い...こんなのってないよぉ......」
痛みから逃れようと宙に浮き上がる。
右も左も海しかないどこに、この痛みをぶつければいいのかがわからない。
目の前にある島を見つめる。忌まわしい記憶の基はここにある。
でも変態さんがまだ下にいる。
でも私のこの苦しみを少しでも和らげたいだからーーー
「変態さんも悪いんだ。この島が吹き飛んでも、変態さんが巻き込まれても私のせいじゃない......」
残った魔力を収束しながら島に向けて巨大な魔力砲撃を放とうと準備を行う。
もう理性など無くなっているのかもしれない。
ただ痛みから解放されたいという気持ちで、胸がいっぱいでそれ以上は何も考えられない。
「変態さん、聞こえますか? これから島を一掃しますので、忠告だけしておきます。逃げないと死んでしまいますよ?」
心のどこかに残っていた良心で通信を入れると、同時に魔力砲撃を雨のように拡散しながら、島中に放っていく。
島は除々に削られてなくなっていく。
変態さんが逃げたかどうかはわからない。忌まわしい場所がなくなる快楽に痛みも幸せのように感じながら、ただ破壊を楽しむだけの現実に満足していく。
高まる気持ちに自分の可能性を実感すると、共に使い切った魔力を脱ぎ捨てるようにシンクロしていた相手が、抜け殻のように自分から離れていく。
「私に苦しみを与えた罪は大きいですよ?」
肉片となった彼女を塵も残さないように業火で焼き払っていく。
そのまま風に流された灰に解放された事と快楽を覚えた愉悦に心が躍り、笑いがこみ上げてしまう。
私を苦しめる物は何もない。
満足に浸ってしまい、その後のことは何も考えていなかった。
魔力切れによる意識の朦朧。
宙に浮くだけの魔力も残されていない。
ゆっくりと水面に降りては、沈んでいく身体が鉛のように重たく感じる。
手を伸ばして陽だまりを掴もうとするが、どんどん光が小さくなっていく。
薄れゆく意識の中で、誰かが私の手を握ってくれたのだろうか?
手には暖かな感触と、冷え切った身体を温めるようなお日様の光。
ふと目を開けた先には兄様の姿。
「兄様......?」
私の声に気づいたのか、微笑んでくれた目の前にいた兄様に安堵したのだろう。
疑う余地もないまま、抱かれている相手の胸に顔を寝せながら、押し寄せる睡魔に抵抗することもないまま深い眠りに落ちてしまう。
兄様の温もりを一心に感じながら、起きた出来事を忘れてしまおうとする自分の心に何の疑いもなかった。
「こちらクラディウス。申子の回収は出来た。これから帰還するが、例の準備はまだしなくてもいい」
カグヤを抱いた兄の姿と瓜二つな男性に抱かれたまま、空間にヒビが生じるのを確認するとその中へと入っていく。
「カグヤといったか。お前には私の為にその身を捧げてもらう。そしてイバラをーーー」
笑みを浮かべる男の野望を考察することも出来ず、翳した手に宛てられ安眠をするカグヤ。
クラディウスの計画は始まりを告げていた。
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