第11話 第一章 二重因子編 -裏切りの愛情-

それから数日間は変態さんが考えたプランに沿った生活をしていた。


私とイヅナさんは、変態さんの前でシンクロダンスの練習をさせられているのだが、視線を送る相手の表情がニヤついているだけで、不快な気持ちを互いに抱えながらも今日も踊りの練習をしていた。


「はい、そこぉ! もっと下着の食い込みを見せ付けるように大宇宙を感じて!!!」


下着の食い込みと宇宙に何の関係があるのだろうか......。


イヅナさんとのシンクロもこの数日で手で数えるくらいしか成功しておらず、互いにぶつかって最初からという落ちが毎度の事である。


イヅナさんが私とぶつかる度に、ジト目で責任を押し付けようとしてくるという事もあり、互いに何の進展もコンビとしての自覚を保てないでいた。。


昼間の間は他人事のように素っ気ない態度を取る彼女だが、夜になると間逆にスキンシップを多彩に放つイヅナさんに私自身も困惑を隠しきれずにいる。


食事後は自室に戻って、私の膝の上に座りながらお菓子を食べたり、寝る瞬間まで膝に座りながら、書物を眺めている程度の事していないのにどうして隠したがるのかーーー。


昼間のトレーニング後も変態さんが席を外した途端に優しくなるように手を差し伸べる彼女は、会話は弾まないものの積極的ともいえる大胆な行動を取る。


寝る時も部屋に戻らず、一緒のベッドで眠るという行動を取るイヅナさんに手を焼いている。


兄様に助けを求めようにも相手方の状況を確認するとその口も開けなくなる。


いつものように朝食は全員一緒にするというのが、変態さんの意志らしく朝に弱いイヅナさんに袖を掴まれながらも食堂へと移動する。


「おはようございます兄様。今日もその...手は繋がれたままですか......?」


「あぁ、おはよう。この生活にも慣れたから問題はない。カグヤも少し寝不足なのではないか? 肌の艶が少し悪いぞ?」


夜行性のイヅナさんに合わせた生活に悩んでいることを一早く察する兄は、ふと目元に触れて顔が間近くまで距離を詰めて、念入りに私の肌の観察をしている。


毎度の事だが、兄様の私に対する管理は鋭く身長から体重まで知らないことはないという程のチェックが前までは、日常のように続いていた為、この行為自体は慣れたものだ。


「あらあら、朝からお暑い関係ですねお兄さん。私にも姫ちゃんのチェックをさせてくださいよ?」


嫉妬のような静かな殺意を兄様に送るルリさんが後ろから伝わり、兄様と手錠で繋がった手を引きながら、ニコニコとしているが確実に怒った口調で顔を合わせている。


兄様とルリさんは片手同士を手錠で繋がれている為、距離に制限がついていて互いに勝手な行動は出来ない立場にある。


「また貴女ですか...。これは俺達兄弟の問題です。『部外者』の隊長殿には関係ない話ですので、どうぞお引取りをーーー」


顔色を一つ変えずにいつもの作り笑いで、ルリさんと向かい合う兄様に殺意を先程よりもむき出しにした彼女が頭突きを兄の額に当てる。


「すいませんね、お兄さん。うっかりと気が動転してしまいまして、『朴念仁』のようなお兄さんに腹が立ってしまいました」


「ーーー仕方ないですね。いくら隊長さんが俺達の中で一番『年増』でも毎日、このような生活には疲れてしまいますから大丈夫です」


頭突きに動揺する素振りも見せず、互いに殺意だけをむき出しにしながら、手を切り落とす勝負にならないように毎度の如く、私が間に入って互いの機嫌を取るのが朝の日課である。


「まぁまぁ! 朝ご飯が冷めない内にお食事を取りましょう!!!」


「ねぇ...。トイレ行きたい.......」


クイクイっと袖を引かれながら、話の仲介も間々ならぬままイヅナさんをトイレに連れて行くと、中で眠っていないかを確認する。


時間がある程度、経つ毎に起きているかを呼びながら、半分眠っているようにスカートを履かないまま出てくる時もある。


暫く時間を空けて、元の朝食を取る場に戻るとテーブルに並べられていた料理は、焦げた鉄屑となってその辺りに散らばっている。


変態さんも仲介に入ろうとしたのか、いつの間にか鉄屑と共に焼き尽くされた後に氷付けにされていた。


兄様とルリさんの繋がった手を見ると、あれは変態さんが仕向けた仲を良くする方法なのだろうが、磁石でいうところの磁極が反発し合っているような、地獄絵図に毎朝食事が取れないでいる。


ふと気になってはいるのだが、お風呂やトイレ等は一体どうしているのだろうか。


取れなていない朝食の時間を終えると、毎日の日課へと互いに分かれてメニューへ向かう。


最近の生物兵器の進軍は頻度が少なくなっているとはいえ、この拠点ともう一つの大陸を挟んでの二割程度しか残されていない。


私たちに限らず、兵士の訓練も徹底しているようでXUNISの特訓は血の滲むような大変なものと聞く。


その兵士たちに挨拶をする為に毎日、衣装を変えてお茶を配るのが私とイヅナさんのメニューに向かう前の一環である。


鋭気を養えたら幸いなのだが、短いスカートのメイド姿のイヅナさんは良いとしても同じ姿で私が参加しても意味はないのではないのか。


「カグヤちゃん。そこにゴミが落ちてるから拾ってきてくれないかな?」


倉庫の端に落ちたゴミを拾う為に前屈みになる瞬間、歓声が湧き起こるのを感じるが、どうしてだかは私にもよくわからない。


「イヅナちゃんもゴミを取ってくれないかな? 特に下についた棒の周りなんだけどーーー」


「嫌です」


イヅナさんがゴミを見るような目で変態さんを見据えているが、その表情に心打たれると身を抱えて、震える姿に若干顔を引きつりながらも毎日のメニューへと戻っていく。


月日が過ぎるに連れて段々とぶつかる数も減りながら、今日もメニューを終えて汗を流そうと浴場へと向かう。


時間帯によっては男性用のお風呂が込むのだが、私だけ特別な計らいで女性専用の浴場を時間を決めて入ることを許されている。


兄様が変態さんも踏まえて、兵士に肌を見せたくないという断固とした振る舞いには感謝をしている。


汗に塗れた服を脱いで、髪を纏めると浴場の中へ入っていくと、いつものようにシャワーで身体を洗い流しながら、長い髪を丁寧に洗っていく。


髪の毛の手入れも兄様に頼りきりだった事もあり、この数日間は手入れどころか乾かすのみで他に何も施していない為、誰かとすれ違う度にやたらと気にしてしまう。


髪の毛をタオルで纏めて浴槽へと向かうと、背もたれに寄りかかりながら安心に浸るように天井を見上げる。


「本当にイヅナさんとコンビネーションを実戦で発揮できるのかな。ダンスだけで戦闘の意志表示を伝え合えると思えないけどーーー」


目を瞑りながらウトウトしてしまい、そのまま湯気の暖かさに惹かれて眠ってしまう。


次に目を開けたのは浴場に誰かが、入ってくる気配を感じた時である。


眠気で女湯に入っていることを完全に忘れながらも、浴槽に浸かろうとする相手を真っ直ぐ見据えて、自分が居る場所を思い出して、慌てる動きを見せながら背中を見せる。


「ち、違うんです! 時間帯で私が入浴できる時間で、それでーーー」


「何を言ってるの.......?」


声を確認すると、いつも耳にしている身近な人物のものであることを理解して、前を向く事は出来ないが首を傾げている彼女を横目で見つめる。


肌白く小柄で綺麗な桃銀の髪の毛をしたイヅナさんの姿がそこにはある。


私の隣まで移動する相手から逃げ出すように浴槽から出ようとするが、腕を掴まれていつものように私に寄りかかりながら、小さいながら少しの膨らみのある柔らかいソレに挟まれながら身動きが取れない。


「ーーーイヅナさん。恥ずかしくないんですか? 私、男ですよ?」


「恥ずかしくない。別にアナタが女の子でも何の問題もない。アナタが近くにいると落ち着くからーーー」


以前に比べて刺々しくなくなったことには正直、嬉しい反面複雑な心境である。


「ねぇ。もっと強く抱きしめてくれない? もっと暖かくなりたい.......」


「あ、あのね。イヅナさんはもう少し女の子らしくした方がいいと思います。私だから大丈夫ですが、殿方にその発言は危ないですよ?」


わからないといった具合に複雑な表情で、こちらを見つめる相手に説明を踏まえながら殿方に対する一個人の体験談をすることを決意して、今後相手が生きていく上での参考になればと、真剣に聞いているイヅナさんに深々と語る。


理解してくれたかはわからないが、見つめる瞳と柔らかい相手の身体に私も芽生えた事のない気持ちに顔を横にブンブンと振りながら、理性を保とうとする。


不謹慎な考えを振り払うように相手を連れて浴槽を上がろうとする。


着替えるポジションに間を置いて、互いに素肌の見えない位置で衣に身を包むと、いつものように夜食を取って部屋に戻る。


ベッドに座る私を見てすぐさまに膝の上に座るイヅナさん。


もう慣れたものだが、今日は書物を持っていない様子で何かを考えているように下を向きながら足をプラプラとしている。


「ねぇ......。さっき言ったキスっていうのしてみない?」


こちらを見つめながら膝から降りると、私の顔をジッと見つめて首を傾げてみせる相手にポカーンと呆気を取られてしまう。


「な、なな何を言ってるの!? さっき殿方の説明をしたでしょ! 私も一応、男なんだからダメに決まっているでしょ!?」


「でも君は言ったよ? 『互いに信じあった関係になれば交友を深める上で大事なこと』だって。噓だったの?」


確かに説明はしたが、イヅナさんはその意味を勘違いしているのだろう。


真っ直ぐ見据えた相手の目を見ていると断る事も罪悪感を覚えて、覚悟を決めなくてはいけないと相手に目を瞑ることを指示する。


疑いもなく目を閉じてみせる相手の肩を両手で自分に寄せて、ゆっくりと顔を近づけていく。


唇を重ねる直前で躊躇ってしまうが、兄様が言っていたこの場合に女の子を泣かせてはいけないという至言を思い出しながら、軽く唇を重ねるとすぐさま相手から離して、目を見開く彼女を直視出来ずにいる。


自分の唇に触れて、今までに見せたことのない柔らかな表情をしてみせるイヅナさんを見て、ルリさんに口付けをされた時に抱いた感情が芽生えてしまう。


感情を抑えたいが、相手がこちらを見つめる表情に魅せながら、相手をベッドに押し倒しては先程のような、触れるだけの口付けではない深々と唇を重ねる。


相手の手に自分の指を絡めながらも何度も相手を求めてしまう。


変態さんを否定できない程に狂った感情だったのかもしれないと、後から後悔しながらも今は目の前にある幸せに心の赴くまま、イヅナさんとの関係を深めようと場の勢いに吞まれてしまう。


それがどれだけ愚かな姿だったかを考える思考も、相手に向けた愛に気づく事も出来ないまま、互いに満足するまでその行為は続いた。


その日の夜はとても短く感じた。太陽が昇る頃、互いに見詰め合う表情は今までにない幸せな顔と重ねた肌に温もりを得ていた。




コンビネーションを高める訓練の最終日となり、これまでの調和がどれだけ出来ているかのテストを踏まえた戦場に向かうことになる。


「それじゃあ本番だけど、みんな準備はいいかな?」


空挺に乗りながら、上から生物兵器の進軍に備えている。


いつの間にか変態さんが周りを指揮する立場になっていたが、兄様とルリさんは相変わらずといった感じで、手錠が外れた今でも互いに認め合っていない様子。


それに比べて私たち二人は、互いに認め合い親睦を深めた故に戦場にこれから向かうとは思えない程、安定した下準備を行っていた。


あの姿を見据える全員の表情は、期待に満ちたように変態さんを主とした笑い話をするぐらいに落ち着いていたんだと思う。


兄様が懐から髪飾りのような宝石をイヅナさんに手渡す。


「イヅナ。お前に用意したXUNIS”疾風”はやてだ。基本スペックは前に渡したデータ通りだ。大事に扱ってくれ」


兄様から渡されるXUNISを持つと、戦場となるであろう地点に目を移す彼女にゆっくりと近づいていく。


相手の手を握りながら、隣に立つ私に自信のある表情で受け答える彼女に励まされる。


「ブレイズ1、2行ってきます。ちゃんとついて来てくださいね?」


掛け合いを送りながらも緋天を握り締めて、ハッチを開いてギリギリのラインまで彼女と共に近づいていく。


イヅナさんと目を合わせながら、深呼吸をしてタイミングを計り、空挺から飛び降りる。


「行くよ、イヅナさん。 緋天!!!」


「よろしくね。疾風」


「『デバイス・オン!!!』」


『Set up./Get set.』


互いに装甲を纏いながら、地上に降り立つと同時にイヅナさんの持つ疾風の武装の長槍による鎌鼬を広範囲に向けて放つと、先陣にいた甲虫型の生物兵器が横転して道を塞ぐように次々と後から続く生物兵器の動きを止める。


「兄様、ルリさん。お願いします!」


宙から落下中の2人に砲撃で、塞がった部隊を殲滅してもらいながらも脇を通り抜ける生物兵器を次々と、イヅナさんと協力しながら斬り込んでいく。


前の戦闘とは違い、確実に互いを理解した動きに奴らも動揺を見せているようで、殲滅しきれていない部分の生物兵器が前と後ろで、どちらに対応すればいいかわからないといった具合に混乱している。


「これは僕が、要らなく子になったんじゃないかな?」


兄様とルリさんをバックアップする為に目の前で構えている変態さんが、私たちの動きに通信で嘆いていることに、少し笑ってしまいながらもイヅナさんとの突撃で生物兵器が次々と消滅していく。


それから数十分もしない内、戦火に見舞われた地上は敵の残骸を残して、拠点に傷一つ無く勝利を収める形となった。


「やったね。イヅナさんとのコンビネーションでこんなに早く決着がつけたよ!」


兄様達と距離は空いてしまったが、イヅナさんに近づきながら辺りの惨状に胸を撫で下ろして相手の肩に触れる。


体調が悪いのか、怪我をしたのかわからなかったが、俯いて表情を隠しているイヅナさんを心配するように正面から、目線を合わせようとしゃがみ込み。


「本当に馬鹿なんだね。私がちょっと心を許しただけでこんなに警戒を解いてくれるなんて.......。気づいてないの? 私の目的はアナタを部隊から離す事なんだよ?」


地面から蜘蛛型の生物兵器が飛び出てくると、一斉に私に向けて拘束の糸を吐いて身動きを取れなくしてしまう。


私から緋天を取り上げると、疾風のコードを書き換えるようにデータをインストールしていく彼女を見つめながら、残された魔力で糸を焼こうと炎熱魔法を試みる。


「私はあの方の命令で、アナタとじゃれ合ってたに過ぎない。わかっていて同情していたなら尚更、許せない。あの方の器でもね」


暗い表情で私の腹部に拳を入れて妨害をすると、初めて会った時のような冷たい表情で苦痛に表情を歪めている事を小さく笑って、本当に別人のように素っ気ない態度で背を向けられてしまう。


地震のような激しい揺れで地表を割るように巨大な生物兵器が、姿を現すとコアのような場所にイヅナさんが私を押し込んで、夢で見た培養液に浸かる。


私が捕まっている事実とイヅナさんが裏切った事については、兄様達もわからないだろう。


進行を開始する巨大な生物兵器の情報だけ、伝える事は出来ないだろうかと模索するが、何よりも目の前の彼女が裏切った事が今でも信じられずにいた。


「イヅナさん。貴女は本当にそれでいいんですか? 私と過ごしていたあのイヅナさんは全て噓だったんですか!?」


「そうだよ。アナタと過ごしていたイヅナは死んだ。今ここにいるのは、この世界を崩壊させる別世界の武力組織のイヅナなのーーー」


動力源として一定ごとに魔力を吸い取られていく感触に表情を歪めながら、拠点が見える位置まで近づいたのがわかった時には、既に戦いは始まっていたような爆撃音が鳴り響いていた。


「拠点に到着次第にコイツを爆発させる。アナタは、そのコアに守られるから死なないから安心して.......」


「イヅナさんも巻き込まれるのをわかってて言ってるの?」


相手の発言を聞きながら身を投げ出すつもりなら止めなくてはと、魔法を使おうとするが同時に魔力の供給が行われて動力を上げてしまう結果になってしまう。


「私の命なんて、アナタの命に比べたらゴミ同然。あの方にこの命を捧げられるなら心残りなどないーーー」


私を見つめる彼女の目は本気だと、曇りのない暗い表情をしていた。


そんな相手を見つめ、ただ無力な自分に情けなさを感じながら進撃するその要塞のような生物兵器の進撃を見ている事しか出来なかった。


「ーーー早く私を止めに来なさい。じゃないと本当に私が......」


小さな声で呟く彼女の決心は決まっていたのかもしれない。


こうでもしなければいけない宿命に、ただ言葉を詰まらせる事しか出来なかった。


本当のイヅナさんの心は、やはり私達と居た彼女なのだろう。


抗えない運命に私は何かしてあげる事は出来ないのだろうか。


投げ掛ける言葉は相手を傷つけるだけで、何もしてあげらない事をその時に深く悔やんでいた。

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