第10話 第一章 二重因子編 -擦れ違う翼-
それから数日後のとある戦場での出来事。
今日もイヅナさんとルリさんを含めた特殊殲滅部隊として世界を駆け回っていた。
私たちが、正式な五人で編成された部隊として本格的な活動をしたのは、これで三回目ではあるものの......。
「イヅナさん。私が先に仕掛けますので続いてバックアップ頼めますか?」
「一人でいい。アナタは下がって見てればいい」
和解できたと思っていた彼女は、チームワークというものを取るつもりは無いらしく常に先陣に出て、いつの間にか敵に囲まれている事が多い。
それをフォローしようと私も助けに掛かるのだが、前線での攻防で彼女との接触が多く、互いにぶつからない努力をする余りに隙が生まれてしまう。
「退いてください。一人でいいと言った筈です」
今日も今日とてといった感じで、イヅナさんに被さるように密着しながら互いに地面に倒れこんでしまう。
「今、退きますから...あ、あれ......?」
緋天がイヅナさんの戦闘服に引っかかっていて、上手く外せないでいる。
引き抜こうとしようにも少し動くだけで、相手の服が敗れてしまう可能性がある。
「何をしてるのですか? 私は辱めなど気にしませんから早く退いてください。出来ないのであれば......」
強引に緋天から抜け出そうとする彼女を止めようと肩を押さえつけるが、辺りに生物兵器迫っている為、致し方なく兄様に助けを求めようと、後方を向きながら合図を送ろうとする。
流石、兄様といわんばかりの速さで、こちらの救援に気がつく。
「前線に向けて広域魔法を展開する。各員、警護に当たれ」
魔法のコードを入力する兄様。
あと五秒で展開されるであろう魔法に安心しながらも押さえつけたイヅナさんを庇おうと、相手を覆いながら氷結魔法に対しての防御態勢を取る。
「姫ちゃん、今助けるから!」
兄様の指示を無視するようにちょうど魔法が展開されるであろうというポジションからの放射型魔法を放とうとしているルリさんの姿がそこにはある。
「邪魔だ。退け」
「早く助けないと、2人が食べられちゃうでしょ!!!」
殲滅を試みるルリさんだが、砲撃に気づいた蜘蛛型の生物兵器が動きを封じようと糸で手足を縛り上げている。
「兄様! 早くしないとイヅナさんが熱で脱水症になってしまいます!」
「準備はできている。だが、奴の位置で効率よく全員を纏めることが出来ない」
兄様にしては珍しい程の動揺に似た難しい顔に、私も下で大量の汗とジッと機械のように目線を離そうとしないイヅナさんにどうしていいものかと、混乱の余りに熱の制御が安定しなくなってしまう。
残るのは変態さんのアシストだけだが、真面目に広域魔法を唱える兄様の周りをサポートするだけで手一杯のようだ。
「兄様、効率など考えずに撃ってください! このままでは、私たちがやられてしまいます!!!」
叫ぶように兄の魔法が放たれる事を願いながら必死に助けを求める。
「ダメだよ! 今、撃ったらルリさんが直撃して凍死しちゃうから。僕が行くまで待ってて!」
変態さんの声も虚しく、兄様は私を助けることを第一とした広域魔法を放とうとする。
それを見据えたのか、強引にも変態さんの雷化による移動で、何とかルリさんの絡まっていた糸を切り裂いて助け出す事に成功する。
だが......。
敵を殲滅に成功するも戦場を受け持った指揮官から受ける評価は、最悪の二文字となってしまう。
互いに問題を指摘しあうこともせず、喧嘩にならない事は良いことだが、このままではチームワークどころか仲違いまで見えているといった文字通りの最悪を辿る一方である。
見据えた私は、こういう時にだけ頼りになる変態さんの部屋へと、魔の立ち入りをしようとするしかないと悪夢の扉へと手を伸ばす。
「失礼します。変態さん入りますよ?」
ドアをノックして相手が、室内にいることを確認する為に呼びかけているが反応はない。
首を傾げて開いている扉を開けて、中へと入っていく。
中に誰もいないと思うような静まり返った空間に悪気はあったが、ゆっくりと足を入れる。
「いけないなぁ。人の部屋に勝手に入る悪い子には、おしおきが必要だね?」
気づかぬ内に背面に忍び寄る変態さんに両手を封じられると、そのままベッドに押し倒される。
余りに突然の出来事に口を開こうとするも、初めて出会った時のように布のような物を詰められて言葉を発することを禁じられてしまう。
「カグヤちゃんは無用心すぎるんだよ? 僕みたいな人ならまだ救いはあるけども、暗殺者に狙われた時に背後を取られちゃうよ?」
救いはないと突っ込みを入れることも出来ずに相手の興奮による息遣いを、顔で受けながらもスッと太ももから、腹部に向けての手の動きに身体を震わせてしまう。
変態さんもいい加減に私が男であることに気づいてほしいのだが、なかなか証明できる部分に触れない事から、今に至っても涙ぐむ自分の姿に興味を示し続けている。
「カグヤちゃん。もしかしてお風呂あがりなのかなぁ? 髪の湿りと、このフローラルな香りは、まさしくお風呂あがりなんだね!!!」
入浴後に相手の部屋に訪れたことも迂闊であった。服を捲り上げられると着ていた下着と肌着が露になってしまう。
「あれれ? 今日はキャミソールじゃないの? それに下着も前みたいに透け透けじゃないじゃないか!? そんなんじゃ甘いよ!!!」
そう言いながらも腹部に舌をつけながら、脇の下まで入念に這わせてみせる相手に涙目で相手に許しを請うような表情を向けてしまう。
兄様もXUNISの開発で、私のことなど考えてる暇もないだろう。
ルリさんは他部隊との打ち合わせ中で、イヅナさんは......。
あんな事があった後に来てくれる筈もなく、目の前の相手にただ付き従うしかないという状態だが、少しでも抵抗しようと身体を捻ってベッドから身を乗り出す。
「へへっ。少しは抵抗してくれなきゃ困るよ。それじゃ、今後の戦いも生き抜けないし、それに僕の趣味にも合わないしね!」
逃がす気は無いらしく、着ていた服を破り捨てられながら仰向きに状態を戻されながら、せめて顔だけは見せないようにと両腕で隠すように覆う。
相手に身体の隅々を舐めとられると、肌が相手の唾液で足の爪先から指先まで濡れていく中で、舌のザラザラとした感覚を味わされる。
「カグヤちゃんのここもそろそろ貰おうかな。柔らかくて吸い応えありそうだからね!!!」
相手の指先が私の唇に触れる。
身体に覆いかぶさるようにまっすぐ見据えた変態さんが目を見つめて、あられもない姿で、はだけきった服装を隠すことも出来ずに両手を塞がれ、近づく顔に引きつった表情で顔を背けるしか出来なかった。
変態さんの顔が目の前まで来た瞬間に口を塞がれていた衣を外そうとしている。
唇は触れていないが、鼓動の高鳴りが聞こえる程に赤く染めきった顔に、激しい息遣いで震えた声で頼み込むように先の展開を止めようとする。
「や、やめてください...。私は変態さんが思っている人間ではないですし、後悔してしまう可能性も......」
男である事を知ったら、変態さんの人生にも傷をつけてしまうのではないかといった内容の命乞いならぬ貞操乞いをして見せるが、逆効果のように相手は更に首筋に甘嚙みをして、色のある声を私に出させようとしている。
「カグヤちゃんは本当に可愛いなぁ。お兄さんには悪いけど許可なしで頂きまぁーす!」
目をギュと閉じながら、止まる気のない相手に覚悟を決めたという風に身体の力を抜く。
迫る相手を止める術などない為、受け入れようとするが一向に震えた身に何も起きないことに不審を抱いたように目を開いてみせる。
目の前には女性物の下着。
そして変態さんを蹴り飛ばしたであろうという、その細い脚に状況は読めたと、その下着の主に話しかけようとする。
「イヅナさん。見えてますよ......?」
「別に見られて減る物でもないし、アナタは私の下着を見て興奮するの?」
何事もないように脚を引いて目線を合わせるよう、横になっている私に座り込みながら首を傾げる彼女に助かった事に対して、お礼を言った方がいいのかと考え込んでしまう。
彼女も同じ目的で来たのは明白であったが、私の危機を察してくれたようで壁で倒れている変態さんには悪いが、早々に問題を解決したいという理由で歪んだ表情をしていながらも起こそうと体を揺する。
「変な事をするのなら、次はそのどうしようのない脳が飛び散りますからね?」
部屋に置いていた等身大の抱き枕を粉々に粉砕するイヅナさんの言葉もあって、これ以上は何もしないと震えながら、頷く変態さんを見て、互いに距離を置こうと椅子に座り、対談する事になった
手を前に出して言いたいことはわかっていると、真剣な声のトーンで部屋の明かりを点けてゆっくりと床に座るイヅナさんの上から谷間が見えないかとチェックしていた。
変態だ......。
「今の連携についてだよね? 僕もカグヤちゃんとイヅナちゃん、ルリさんとお兄さんの連携について悩んではいたけど今回のは酷いね」
「私は一人でもやってみせる。この子との連携なんて必要ない。それに貴方とのコンビネーションの方が効率はいいと思う」
変態さんに敵意をむき出しにしながら、冗談を言っているにしては話し方が機械染みていて、流石の私も反応を見せないように表情を見つめる彼女から目を逸らしてしまう。
前衛のコンビに不満があるようで、邪魔をしている私よりも確かに変態さんの方が相性は良さそうだが、兄様に相談してみない事にはフォーメーションを変えられない。
良い案が浮かばないまま、時間だけが進んでいく。
「そうだ! 合宿をしよう! それで互いの関係を深めて、今後を考える事にしよう!!!」
先に延ばしただけで解決にはなっていないと、イヅナさんと顔を見つめ合い、やる気満々の変態さんが予定を小型端末に打ち込んでいく。
「兄様とルリさんに相談しなくていいのですか? 場合によっては、拒否されるかもしれないですよ?」
私の話を聞いていないらしく、変態さんが虎視眈々と予定を組んでいく。その姿を目にしていて、暫くの時間が流れて眠気が、次第に私を襲う感覚に気づいたのか、イヅナさんが手を引きながら変態さんの部屋から連れ出してくれる。
「私の部屋で寝ましょう。一緒に寝れば考えが伝わるかもしれません」
眠気に思考が回らず、言われるがままに彼女の部屋に連れ込まれてしまう。
「イヅナさん。そういえば前に猫がここにいたのですが、ペットとして飼っているんですか?」
眠い目を擦りながら、着替えをしている相手を見ないようにと下を向きながら質問を投げかける。
「ーーーそうね。猫を飼ってるって事でいいよ」
相手の寝着姿を見つめながら、隣のベッドに移動しようとする。
ここの空いているベッドで寝るのは二回目であるが、そもそも前に一緒に寝ていた猫は何故、イヅナさんと入れ替わったのだろうかなどと考えに耽りながらも重い瞼を開けている事が出来ずにそのまま眠ってしまう。
「ーーーこれが運命の申子だなんて誰も思わないよ。狙われてるのも知らないで、無邪気にそんな寝顔を見せてくるなんて。本当に無用心でお人好し...だけど.......」
イヅナの姿が人から猫に変わる。小さな手で眠ったカグヤの頬をペチペチと叩くが反応は無く、完全に眠った事が分かると、布団に潜り込んで相手の胸の前で寄り添いながら身体を丸めていく。
カグヤを見つめながら、イヅナは過去の記憶を手繰り寄せるように夢を見た。
まだ優しかった頃の主に抱かれる夢を。全ては次元震が引き金となった災厄の記憶。
そして変わり果てた主に仕立てられた辛い日々。求められれば嫌な顔一つも見せる事は無かった。猫として生を受けて、貰った人間としての命に何の不服があるだろうか。
イヅナという名も貰った。これ以上に嬉しい事はない。
毎日を鞭で叩かれる事も欲に溺れた主の生処理も全て、小さい彼女が受け持つ。
それは、主の妹君の代わりというのもわかっていた。しかし猫は所詮、代わりにはなれない。ならば、せめて主の願いを聞き届けるしかないと忍び込んだこの地には、彼女の味わった事のない優しさや温もりが溢れ返っている。
そして目標となった相手はこんなにも周りの人間に愛されている。
初めて会った時から、優しい環境に甘えた安っぽい思想を掲げていて、主からは特に気に入られた存在であった事に苛立ちすら憶えていた。
しかし戦いを重ねて分かった事は、彼女と同じ部類の人間であった事。
そんな相手に自分を重ねてしまう事で、手を出してしまう突発的な行動も彼女自体が、らしくないと理解をしていたに違いない。
カグヤが羨ましい。それが彼女が思ってはいけない感情と分かっていた。
カグヤに近づけば、主を救う何かが得られると思っていた。何も得られなくともこのままで居られたら、どんなに良かっただろうか。
眠るイヅナに呼びかかる声。
寝ているカグヤに気づかれないように会話をしている。
「---分かりました。目標を所定位置に......。あ、主様。私はーーー」
会話を持ち出そうとする彼女の声は届かず、途切れた通信音を片手に寝ているカグヤに殺意を込めた瞳を向ける。
所詮は紛い物でしかない器。
壊してしまえば、自分の気持ちが揺らぐ事もないだろうと夢に終わりを告げ、狂気に満ちた作戦が進行していくのであった。
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