第9話 第一章 二重因子編 -姫君の想い-

あれから二日の時が過ぎた。


すっかり熱も下がった私は、東アジアに無事に到着するまで、静養を取りながらも目的の軍事施設へと到着した。


兄様の余分な過保護を避ける為にも私を助けてくれた女性に身を預けることにした...筈だったのだが、この方も中々の兄様に劣らずの過保護っぷりに落ち着いて寝てもいられない状況になっている。


「あの...”ルリ”さん。もういいですから、自分の部隊の方々の元へ行かれては?」


「え? カグヤは私の事が嫌いなの? もしかして昨日、お風呂に一緒に入ろうとしたことを気にしてるの?」


兄様に負けずの面倒と言いたくなる程の気分を取ろうとする素振り。


そしてルリさんの言ったお風呂の件もそうだが、一応と変態さんにも伝えていない男だという事実を教えた。


理解はしているのだろうが、必要以上のスキンシップを取る姿に、兄様以上の身の危険を感じてしまう。


「カグヤちゃんのキメ細やかな肌と、綺麗な白さを見てわかったんだけど、絶対に男の子にもモテるよね?

私もカグヤぐらいな子を預かってるけど、会わせて一押しの衣装で並べてみたいなって思うんだけど、どうかな?」


私と似た境遇をした子がいることにも驚きだが、それ以上に何事もなく昨日の話を持ち出してくるルリさんも、中々に兄様に近い個性的な考えの持ち主であるようだ。


ため息をついて困った表情をしていると、ドアをノックをする音を聞き取ると相手から逃げるように扉越しで待っている客人を招くように扉を開く。


「失礼します。隊長、長官がお呼びになっていますので至急、執務室までお越しください」


呼び出しに来た彼女は、私よりも小さな桃銀の綺麗な髪をしていた女の子であった。


その姿に初対面とは思えない程、底から湧き上がる防衛本能に思わず身構えてしまう。


「あっ、”イヅナ”ちゃんだ。今、イヅナちゃんの話をしてたところだよ」


イヅナと呼ばれる彼女に近づいて、直様に抱きついてみせるルリさん。抱きしめられた本人は、もがくように嫌がる素振りをしてる。


「隊長、いい加減にしてください。 私は隊長の私物ではないのですよ?」


「いいの。イヅナちゃんもカグヤちゃんも私がこれから育ててあげるから、今の内に仲を深めないとね!」


幸せそうにイヅナさんと頬を合わせるルリさんの姿を横目に、窓から逃げ出そうとゆっくり振り返ろうとするだけで、目を光らせて次の目標といわんばかりの目線をこちらに向けている。


「わ、私は病態は良くなったのでこれにて失礼します。兄様と変態さんに無事を伝えなければならないので.......」


窓からゆっくりと落下すると、空中で制服姿に衣装を端末から読み込んでチェンジすると颯爽と、地上にゆっくりと降り立つ。


施設内を改めて見直すが要塞のような砦で構造上、甲虫型での突破は難しいだろう。


地上には巨大な魔力障壁、空中には自動砲台と守りは厳重で立ち入る隙間ないといった防衛力の高さで立ち入る事は不可能だろうとルリさんからも説明があった為、安心して背中に注意を払わずに再び施設の中に戻っていく事ができた。


内部も迷路のように入り組んでいた。所々に簡易型番兵ゴーレムも配置してあり、施設内の防衛も完璧といった雰囲気が出てはいる。


内部構造に夢中になっていたが故に、いつの間にか自分が何処を歩いているかがわからなくなった事に気づいて足をその場に止めてしまう。


ルリさんから逃げることに必死になっていた為、後の事を全く考えていなかった。


周りを見渡すと、どれも似たような部屋ばかりで通ってきた道を戻ってみるが、通ってきた道がランダムで変動していて元の場所にたどり着けない。


侵入者対策のシステムに戸惑いながらも試行錯誤で、小型端末を弄りながら道を移動するが、余計に迷ってしまった事実にうなだれるよう、その場に腰掛けてしまう。


ここに人が来るだろうと微かな希望を持って待ち続けているが、一向に通る気配がない。


それに気温の変化からか、身震いをしてしまう程の肌寒くなってきた。


「兄様...」


このまま誰も通らなかったらと寒さの余りに変な想像を消すように、うたた寝をしようと壁に寄り添いながら目を瞑る。


少し経って、こちらに近づてくる足音に気づくと顔を上げて小さな影に目を向ける。


「こんなところで何をしてるの?」


身体が冷え切った状態で声をかけた相手を見上げると、先程までルリさんと絡んでいた小さな女の子の姿が目の前にはある。


スカートを押さえながら、ゆっくりと目線を合わせるように膝を曲げて顔を見つめるイヅナさんの姿に見とれてしまったのか、相手の問いを待つ姿を無視してしまう程、相手の瞳を凝視している。


紅く透き通った瞳に心を奪われたのか、相手が額に人差し指を向けてデコピンをするまで、その間ずっと見つめて返答を待ち続けていたイヅナさんの言葉が頭に入ってこなかった。


額に痛手を負ったように表情を歪ませている私の姿を見る相手から手を差されるとゆっくりと掴んで立ち上がってみせる。


「着いてきて。案内してあげるから......」


相手の小さな手をゆっくりと握り、相手が進む方向へと着いていき、後を追うように辺りを見渡して見慣れない光景に目を泳がせてしまう。


軍事施設とはいえ、牢獄のような兵士の部屋。


殺風景とした通路や緊急用の武器を保管した収容施設等の軍人として、最低限のものしかないといった厳しい場所であることは理解できる。


「あの...イヅナさんと言いましたよね? 貴女も望んでこの軍に志願したのですか?」


相手が立ち止まって、私と正面で向き合うと、腕を組んでため息をついてみせる。


「なんでそんな事、聞くのですか?」


「初めて出会った時に感じたんです。貴女から出ていた雰囲気は、何かに憎しみを持っているように思えました。人助けをする理由を持った人達とは別の意志があるのではないですか?」


相手が私を見つめる瞳は、私の発言より前から鋭いものがあり、まるで私に対して嫉妬深い何かを抱えているかのような、殺意に程近いものを感じてしまう。


それに何よりイヅナさんは.......。


「今、アナタは私の体格の小ささの問題と、戦闘に巻き込まれた場合の最悪を思い浮かべたのではないのですか?

私は自分の意志でここにいます。そこにはアナタみたいな境遇もないですし、守られてる弱い存在でもありません。どうしてもというなら、私と練習試合をしてみませんか? それで、私がどれだけ本気かわかると思います」


無礼な事を言ったつもりはなかったのだが、相手を怒らせてしまったことに深々と頭を下げてみせる。


「ごめんなさい。確かに比べてしまった面もあるかもしれません。ですが......」


その姿を見向きもしないように再び、足を進ませる相手に距離を少し空けながら着いていくしか出来なかった。


その後に目的の場所に着くまで何を口にしても話を聞いてくれず、小さい姿に宿るオーラに少し退いていたのかもしれない。練習試合を行うにしても相手を舐めてかかる事は出来なくなった。


暫くの間、相手の背中を追っていくと人が集まる訓練施設のような、広い空間の部屋に辿りつく。


中では激しい音と共に火花を散らせて、戦う二人の姿に人だかりができている。


その姿を見ようとイヅナさんが、私の手を強引に引きながら、観戦のできる場所まで移動していく。


「やりますね。流石、円卓の騎士と呼ばれただけの事はある」


「隊長も流石です。ここまで接戦を味わったことがないので勉強になります」


楽しみながらというよりも互いに、何か殺意のようなものをむき出しにしながら、戦うルリさんの姿と冷静に捌いている兄様の姿がそこにはあり、互いに一歩も引かないといったように目に追えないスピードで模擬線を行っている。


兄様の武術はミドルレンジ型の為、ショートレンジの攻撃に対して防戦一方の構えしか取れていないように見える。


兄様の苦手な距離を見極めて、そこを突くルリさんも流石といったように銃弾を回避しながら立ち回ろうとしている。


流石、部隊を仕切る隊長といわれるだけの戦場を潜ってきたという経験を見せ付けている。


兄様も負けているわけではないのだが、決め手に欠けている為、一撃を入れられず、徐々にダメージに差がついている。


試合終了の音が鳴り響くと、互いに一礼をして手を握り合っている。


「うん。やっぱり、カグヤちゃんのお兄さんだね。私にここまで近差で、結果を残したのは貴方が初めてだよ」


「俺はカグヤの為に戦えるだけの知識と経験を得てきたので、隊長殿に近差で結果を残せたというだけで満足です」


いつもの冷静な表情でルリさんを見つめる兄様。


「それで? 私の方が僅差とはいえ、打ち込んだ数が上だったんだけど? カグヤちゃんのスリーサイズと秘蔵していた画像のデータは貰えるんだよね?」


「隊長殿。そのような発言は、隊を乱す権化となってしまいます。プライベートはもっとお淑やかに控える事をオススメします。それに俺は本気を出していません。本気を出したら隊長殿の脳を軽く五回は吹き飛ばしているでしょうしね?


ですが、それなりに。それなりに。楽しませてもらえました。今度、再戦した際にはその口が聞けないように一瞬で、割らせてもらいますのでご了承を.......」


そっと手を離すと、その場を去るように私の横を素通りしながら部屋から出て行く兄様。


あんなに感情をむき出しにした兄様を見たのは初めてで、ルリさんと因果の関係を持つ事になった経由が自分である事が会話の中で発覚したのは、触れないようにゆっくりと競技台の上に移動していく。


「あんまり嬉しそうじゃないんだよね。さて、次は.......」


「次は私と、この子がやりますから隊長は退いてください」


イヅナに引かれながら、競技台に投げ込まれるように軽々と放されて尻餅を着いてしまう。


「あれ? イヅナちゃんともあろう者が、もしかして求愛でもカグヤちゃんにするつもりなのかな? 成長してくれてお姉さんは嬉しいよ」


イヅナさんの真横から頬を摺り寄せて、抱きしめるようにヨシヨシと頭を撫でてみせるルリさん。


「くだらない冗談を並べないでください。退いてくれないなら三日間、物が食べれなくなる身体になりますよ?」


殺意に満ちた目で睨みつけると、やや退き気味に離れるルリさんの姿を背に本気であることを確認する。


ゆっくりと立ち上がりながら、構えを取って緋天を纏わなくてもと肉体強化の魔法をかけて相手に向き合う。


小柄から発せられる殺意に満ちた目線を向けられると、同じように構えを取ってみせるイヅナさんの姿に息を吞んで応えるように距離を取る。


一歩、二歩と下がったつもりだが、既に間合いという威圧を見せる相手と話をしようと口を開くが、横槍といわんばかりにイヅナさんが目で喋るなと命令をしてくる。


「ルールの確認をするね? ワンマッチの打撃戦で相手を気絶、もしくは再起不能にした方の勝ち。意見はあるかな?」


イヅナさんもそうだが、気を散らせるつもりはないらしく互いに返事をせず、向かい合う視線をぶつけ合っている。


「じゃあ始めるよ。ベストを尽くしてぶつかりあってね? よーい、スタート!」


ルリさんの合図と共に互いに一瞬で中心まで移動すると、共に殴り合おうと互いの拳を握りしめる。


先程の発言を撤回しなければならない。力の押し合いにやや力負けしながらも踏ん張って堪えようとするが、追撃というように腹部にもう一方の拳を貰ってしまう。


衝撃は魔力で防げたが、見下ろす相手の表情から本気を出していない事を察すると、距離を置こうと足場に魔力を集中させて爆発をさせる。


「この程度で私に大口叩いたんじゃありませんよね? アナタには悪いですが、お遊戯には付き合うつもりはないので......」


肉体強化の魔法を組んでいる相手に防御の姿勢を取ってみせるが、行動予測から緋天からの危険の合図を確認すると姿勢を変えて迎え撃とうとする。


「私への甘い考えを棄てて掛かってこないと、臓器を全て持っていきますよ?」


イヅナさんの一直線な突撃に受け流すことを不可能と察すると、防御の構えから相手の蹴りに対して、こちらも拳に炎環魔法を加えた物理強化をかけた拳で受け止める。


加速魔法から風系統の使い手なのは分かるが、密度の濃い疾風に加えた肌を切り裂く鎌鼬のような隼に痛みを感じながら、負けられないと精一杯の炎熱を加えた焔を上げて相手の脚にダメージを与えていく。


相手の表情から伝わる互いの痛み分けに一度、距離を取りながらも一呼吸を置いて、切り傷だらけの私の腕と火傷を負ったイヅナさんの脚を見比べる。


「貧弱な飾りのお姫様かと思ってたけど結構やりますね。でも次で.......」


「わかってます。次の一撃で決着をつけます」


互いに魔力を込めながら睨み合うと、魔力コードを身体に纏う。


息を吞む場に緊迫の空気に耐え切れず、持っていたペットボトルのキャップを落とした音と同時に加速し合う。


相手の回し蹴りを避けてみせると、相手の懐を目掛けて拳を打ち込んでみせる。


確実に相手の腹部を抉るように打ち込んだ拳を確認して、相手がその場に崩れ落ちる姿を見て安心していたのだろう。


見つめる瞳の闘志は消えておらず、交わして脚を振り上げて再び、攻撃の態勢から踵落としを繰り出される。


肩に直撃した踵に意識を失いそうになるが、拳に力を込めて炎熱波を相手の懐に再び放つと、互いに身体を寄せ合いながらその場に座り込んでしまい。


「勝負は引き分けだね。カグヤちゃんもイヅナちゃんも医務室に運ぶからジッとしてるんだよ?」


ルリさんの言葉に耳を傾けながら、身体を寄せ合う相手の呼吸を聞き、結果はどうあれ意志は伝わっただろうと満足な表情をする。


「認めます。アナタは私のライバルに相応しいと。でもだからと言って、あの方に気に入られる理由にはならないのですからね」


相手の言っている意味はわからなかったが、その後の事は思い出せないがその場で気を失ったんだと思う。




気づいた時にはベッドの上で横になっていた。


後遺症が残らないようにと入念に蹴られた肩と傷だらけの腕が完治されて、横の机には兎の形をした林檎が並べられていた。


意識を定かにできない程、ダメージはそれなりに残ってはいたが、イヅナさんの容態が気になる。


身体を起こして、病室を抜け出そうとするが思うように足が上体を支えてくれない。


壁を伝いながら廊下に出ると、一匹の子猫が目の前で待ち受けていた。


桃銀の毛並みに見つめる目は、何処かで見たことがあった。


着いて来いと言わんばかりに背中を向けて歩き始める相手についていく。


少し移動すると、イヅナと名が書かれたプレートの部屋の前で止まる。


「ここにイヅナさんがいるの?」


猫を落とさないように抱き上げると、部屋の中に入る前にノックを何度かしてみるが反応は返ってこない。


ドアは開いているようで、中に入って待つしかないと不本意ではあるが部屋に入る。


中には生活に必要最低限といった物しか置かれていない。


女の子の部屋というよりも軍人としての威厳を見せているような部屋である。


とりあえずと猫をベッドの上に置き、少し休ませてもらおうと使われていない空いたベッドに横になる。


目の前で私を見つめる猫をシーツの中に入れると、抱き寄せてそのまま睡魔に負けてしまう。


しばらく目を瞑っていると柔らかな感触が伝わり、暖かい何かが肌に寄り添いながら当たっていることに気づく。


猫にしては大きすぎるし、毛深くもないことから人の感触と気づくことが出来た。


目を開けると目の前にいた桃銀の髪の少女を見つめて、眠った相手と身体を密着させている事に混乱してしまう。


起こす訳にもいかず、猫のように擦り寄るイヅナさんに困惑しながらも、初めての感触に心臓の高鳴りを抑えずにいられなかった。


何故、裸姿のイヅナさんと共に寝ているのだろうか。記憶を辿っても猫を抱いて寝たところまでしか覚えていない。


この世界に変身魔法など実現どころか、魔法技術法により開発自体禁止されている為、兄様すら手を触れていない技術をイヅナさんは使っている。


薄っすらと目を開けて、こちらに気づく相手に引きつった表情で答えてみせる。


「マスター...イヅナは何でもします。だから...見捨てないでください.......」


誰かと勘違いしているのだろう。


私の身体を強く抱きしめながら、涙を流してみせる相手の姿にしばらくはこのままでいようと頭を撫でる。


暫くして拘束が甘くなったのを見越して、部屋を出ると夜になっているようで、風当たりのいい場所を探そうと廊下を進み始める。


廊下の途中で、来る事がわかっていたかのようにルリさんが待ち受けている。


こちらに気がつくと読んでいた書物を懐にしまいながら、綺麗な茶色の長髪を整えるように払うと私の元へとゆっくり近づく。


「容態は大丈夫そうだね。これからちょっと付き合ってくれないかな?」


断る理由も相手のふざけた態度を感じられなかった事から、真剣な話だということは瞬時に理解した為、相手の後に続くように移動していく。


相手に連れられると月明かりの照らす庭園に辿り着き、テラスに背を寄りかけながら、こちらを見つめる相手にどうしていいかわからずに視線を横に向けてしまう。


風に吹かれた長い髪を押さえるルリさんの姿を見ながら、話を聞こうと相手の隣に移動する。


「イヅナちゃんとの模擬戦は本当に凄かったね。若いっていいなぁ。お兄さんとの戦闘も面白かったけど、カグヤちゃんともやりたいかな」


いつものように陽気に笑ってみせる相手だが、イヅナさんの事が頭から離れずに深刻な表情をしてしまう。


「イヅナちゃんの事は私もよく分かってないけど、悪い子じゃないのはカグヤちゃんもわかるよね? 今はそれでいいと思うんだ......」


「イヅナさんが自分の事を話してくれるまでは、ですか?」


小さく頷いてみせるルリさんの姿に向き合いながら、こちらも頷いてくれた事が嬉しかったのか、相手の裏表のない笑顔を見れた。


「ありがとう。カグヤちゃんって呼ぶのもお兄さんが嫌みたいだから今度から”姫ちゃん”って呼ばせてもらってもいいかな?」


学生時代に戻ったみたいで複雑だが、答えを表すように微笑んでみせると同じように相手も嬉しそうな表情を浮かべる。


「それはそうと生温いなぁ。姫ちゃんも男ならもっと積極的にしなきゃ女の子に振り向いてもらえないよ?」


人差し指を立てながら少し怒った顔でこちらに訴えかけてくる。


どうすればいいのか分からずに握手以外の方法を模索するも考え出せずに困った表情をしてみせる。


「お姉さんが姫ちゃんに魔法を教えてあげる。少しの間だけでいいから目を閉じてくれるかな?」


目の前まで相手の顔が近づくと、首を傾げながら目を閉じてみせる。


深呼吸をしながら、ゆっくりと頬に手を添えるルリさん。


スッと唇に柔らかい何かが重なる感触を得ると、抱き寄せるように身体を寄せ合うルリさんの姿が目の前にあることに驚く。


一瞬ではあったが、ファーストキスを奪われてしまう。初めて味わった感触に思考回路が上手く回らない程、顔を赤くして相手を見ないように俯いてしまう。


相手の表情も確実に確認を取れたわけではないが、ルリさんも恥ずかしそうに頬を赤らめているようで下から覗き込むように微笑んでいる。


「本気にしなくてもいいし、姫ちゃんが望むならその先も教えるけど。決めるのは君だよ?」


相手を見つめると、吹き抜ける風に髪をなびかせた相手の姿に心を打たれてしまう。


ルリさんも自分と同じ程、胸を高鳴らせているようで高揚の表情を浮かべている。


答えなくちゃいけない。でも.......


「ほら私のここ、姫ちゃんのせいでこんなに響いてるんだ。私はカグヤの事が.......」


自分の胸に私の手を当てる相手に自分も破裂してしまう程、鼓動の高鳴りに膝をついて触れている部分に目を向けてしまう。


今までにない感覚に混乱してしまい、月明かりの当たる木陰から兄様が覗き込んでいた事には気づけなかった。


私とルリさんの周りに冷凍弾を何発か撃ち込むと、彼女を睨むように強く引き金に力を向けている。


「カグヤから離れろ」


兄様が蒼天を向けながら、こちらに近づいてくる。


「冗談だよ、冗談。お兄さんの許可なしに姫ちゃんを強引に引き入れたりしないから」


両手を振りながら、兄様の誤解を解こうとするルリさん。


「.......ならいい。次にカグヤに手を出したら実力行使をする」


兄様は背を向けてその場を去っていく。


その姿を見てホッとしたのか、胸に手を置いて安心した表情を浮かべるルリさんの姿を見て、兄の行為に対する謝罪を込めて頭を下げる。


「姫ちゃんを本当に大切に思ってるんだね。お兄さんは」


「悪い人ではないんです。ただ本当に私の事ですぐに熱くなってしまうので」


相手を申し訳なさそうに両手を胸の前で、握りながら見つめていると人差し指を唇につけてくるルリさん。


「姫ちゃんも私みたいな戦闘馬鹿に恋心抱いてくれただけでも嬉しいよ。ちなみに.......」


耳元に口を近づけながら、スッと一呼吸置いてみせる相手に首を傾げる。


「私も初めてだったよ?」


その言葉を言い終えると、素早く私から離れながら駆け足で庭園から出て行く。


相手から詰め寄られたが、本当に緊張していたのはルリさんの方だったのかもしれない。


私も女々しいままではいられないのだろうかと、星空が綺麗な月に問いかけるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る