第8話 第一章 二重因子編 -吹き抜ける山脈-

襲撃を受けてから明けた次の日。


もうすぐ民を東アジアに移動させる作戦が開始されようとしている。


緊張の余り、兵士も武者奮いで高まっているのだろう。


ヒシヒシと伝わる期待の眼差しに、私も応えなければならない。


「カグヤ、新鮮な剝きたての林檎だぞ?」


「兄様......」


私は今、王族の護衛の任に就いている筈なのだが、兄様が持ち場を離れてしまい、気が遠くなるような過保護を向けてきている。


傷は既に完治していて、若干の魔力熱という風邪のような保温状態が暴走しているというだけで、病人扱いを兄様から受けている様子を呆れる眼差しを目の前の王櫃に遣える方々に見せている。


「兄様、そろそろ危険区域への侵入となりますので持ち場に戻ってください。もう大丈夫ですから」


向けられた林檎を食べながら、熱っぽさ故に薄目で冷たい視線を兄様に見せている。


「カグヤよ。俺は悲しい。昨日はあんなに『兄様、兄様』と、俺が眠れないぐらいの熱いアプローチを投げかけてきたじゃないか」


「私は兄様が離れてくれないから、突き放す意味で何度も呼んだつもりだったのですが。そうですか.......」


頭がボーッとしている影響もあり、緋天を展開させると相手の首筋目掛けて太刀を振りかぶる。


器用なまでに蒼天の銃口で、受け止めてみせると余裕の笑みを浮かべる姿に若干の苛立ちを憶えるような目を向けてしまう。


やむやむといった感じに配置する場所へと戻っていく兄様の姿を確認すると力が抜けたようにその場に座り込みながら、王族の乗る戦車のような重厚車の上で緋天を抜いた影響か、またしても目眩に襲われてしまう。


「これはちょっと...マズいかもしれないかな......」


身体中の汗で脱水症状になりかねない。


兄様の置いていった林檎を食べて、水分補給をしながら移動する大規模な部隊に目を移している。


私がここで倒れたら、この国に申し訳ないと移動する車に身体を揺らしながら辺りの警戒に務めている。


「うんうん。やっぱり、透け透けのカグヤちゃんは一級品だね。例えるなら、海底から見つかった海賊船の中に潜む財宝のようだよ!」


カグヤを隣から見つめる相手の見ている汗で透けたワイシャツを隠すと、発育を確認する親のように納得している変態さんの姿に目線を移す。


「あなたもここが配置じゃない筈ですが.......」


「え? 何のことかな? 僕はカグヤちゃんの汗を見ながら、その見ている姿にゴミを見るような視線をもらう為に、ここにいるんだけど?」


仕事を放りだす癖は、兄様とそっくりな点に愕然としながら、頭を抱えながら護衛とは一体なんだったのかと考えてしまう。


「カグヤちゃんの汗の香りと、朝方に入ったお風呂のシャンプーのフローラルの香りに満ちた髪の匂いに僕も満足しているよ。

実にいいよ! ところで、今日履いているのは何色のパンt.......」


相手に望まれていたゴミを見るような目を向けて、重厚車から落とすようにと足蹴りをすると難なく落下し、その後に続く民に踏みつけられていく。


本当に護衛の任務を果たせるのだろうかと、不安になりながらも第一中継場所ともいえる湖と自然に満ちた地点に辿りつく。


綺麗な光景に目を奪われながらも休憩を取るわけにもいかないのか、民の疲れも気にせずに先に進んでいく。辺りを警戒たまま、過ぎ行く綺麗な景色に別れを告げる。


今更ながら、兄様の考えた作戦の配置は前面を担当する変態さんが、盾として地盤を砕いてでも生物兵器の進入を防ぎ、後方に控えた兄が広域魔法で道を塞ぐ。


中央の私が民及び王族の方々を護衛するといった一転攻勢型で単純とはいえ、今ある戦力で無難に突破するという作戦。


そして周りは壁に覆われた山脈の溝を通っている為、影の大きさで生物兵器が進入したと誰もが察知できるようになっている。


迎撃の私が万全であれば、もっと広く陣を開いて民も休ませることが出来たのだが、安全性を考えての作戦変更に巻き込んでしまった事に後悔をしている。


とはいえ、一方通行なだけあって通り抜ける風が心地よい。


汗で、ぐっしょりした服の中に入る心地の良い風に髪をなびかせながら、戦闘服をめくり上げようとする。


「やっぱり、カグヤちゃんのおヘソは可愛いなぁ。舐めてあげようか?」


「所定位置に戻ってください」


間を入れずに変態さんを蹴り落とすと、先ほど見た光景に呆れながらも肝心の兄様は、と確認の為に部隊の最後尾に目を向ける。


流石、私の兄様。研ぎ澄まされた集中力で警戒をしている。


そして私と目線を合わせる兄様は、笑顔で何かを伝えようとしているが、吹き抜ける風の音で上手く聞き取れない。


通信を開けという合図だろうか。小型端末を指差して、こちらを見つめている。


相手に誘われるがままに通信を開いて、耳を傾けながらしっかりと聞き取ろうとする。


「今日はカグヤが、濡れてもいいようにビキニを下着代わりに戦闘服に仕込んでおいた。下着がズレ落ちる心配もないから安心しろ」


慌てて戦闘服の中を確認するが、確認しようにもパージする以外に方法がない。


勘付いたようにXUNISを解除してみせる兄の姿を止めようとするが、一度言い出したら利かない。


止める素振りも虚しく、ビキニ姿へと一瞬で変えられてしまう。


王族に見られなかったのは不幸中の幸いだろうが、民や兵士には注目の的となっただろう。


「兄様の...不埒者ぉ!!!」


身を隠すようにその場ですくんでしまう。


直様、戦闘服に戻すが、時既に遅しといったように下で構える変態さんによって、ビキニ姿は何枚もの画像データとして残ってしまう結果となる。


また黒歴史が増えてしまった。


悲しんでいる暇もないと、神が告げるように一対の大きな影が頭上を通り過ぎた事に気づいた。


「敵襲.......!?」


絶望に浸っている場合ではない。警報と共に警戒態勢を取る事となり、急いで緋天の装備に不具合がないかを確認しようとするが、目元が眩んでよく見えない。


先程まで吹き抜けていた風が急に止むと、前方から大量の生物兵器が流れ込んでくる。


「おやぁ? 僕の舞台に上がってくれる道化さんがこんなに居て嬉しいなぁ」


私の元にさっきまでいた変態さんが前列へと、いつの間にかに戻っていた。


片腕を横にして、待機していていいと私に目でアピールすると、全身に雷を宿し始める変態さん。


あれが、変態さんの魔力特性と紫電の組み合わせによる戦闘技法なのだろうか。


「さてさて。僕のパレードに色をつける為に死力を尽くすんだよ?」


向かってくる甲虫型の生物兵器に向かって雷光の如く進んでは、アレだけ大量に向かってきた蟲達が打ち上げ花火のように目の前で爆発しながら散っていく。


一瞬の出来事で確認は難しかったが、八極拳と思われる戦法で生物兵器に一撃の殴りを入れただけで相手を破裂させているのだ。


そして雷のような移動速度を得ての突撃、最後の一撃を見るまで何をしているかは理解できなかった。


「ふぅー。皆様、楽しんで頂けたでしょうか? 僕のエンターテインメントショーを!!!」


まるで戦闘をサーカスのように変えて、不安や緊張を振り払おうと民や兵に向けて一礼をしながら笑顔で応えてみせる変態さんを前に、兵士や民の士気を一気に上昇させて歓声を湧かせてみせると、次々と雪崩れ込む甲虫型をアトラクションの一環のようにあしらってしまう。


自分も負けていられないと、前列から再び向かってくるであろう生物兵器に備える。


アンカーで自分と護衛車両を固定すると衝撃に備えて、下方に魔力を防御壁として展開する。


前方を進む隊列の援護射撃程度だが、剣撃を上空の生物兵器に放ちながら少しでも助力になればと行動をしてみるが、前衛と後衛を担当する二人が殆んどの敵を薙ぎ払ってしまう為、負担が掛からない分、十分な魔力を貯める事ができた。


山脈を抜けるまで、あと数百メートルといった辺りだろうか。


急激に敵の数も増え始め、変態さんの疲れも見え始めている。


「兄様、これ以上は変態さんが保てないです! 私が代わりに前衛を......」


「今のカグヤが前に出ても逆に足手まといになることは、お前が一番わかっている筈だぞ?」


兄様への通信も虚しく、的確な発言に何も言い返せないが、このままでは変態さんも魔力が枯渇してしまう。


行かなくては.......。


「それでも変態さんを一人にはできないですよ!!!」


身体を固定していたアンカーを外すと、前衛で苦戦をしている変態さんの元へ向かう。


「待て、カグヤ!!!」


兄様の呼び止める声も聞き取れず、視界が狭まっている事も考える事が出来ないまま、背後から近づく生物兵器に気づかなかった。


「カグヤちゃん、後ろ!!!」


変態さんの言葉を聞いた時には既に遅かった。


背後から近づいてきた生物兵器に、腕を掴まれた状態で崖の上まで連れて行かれる。


掴んでいた生物兵器を太刀で切り裂くが、落下の影響で足元を掬われてしまう。


上体を起こそうと太刀を地面に刺しながらゆっくり、辺りを見渡すと甲虫型の形とは別の蜘蛛型の生物兵器が周りを囲んでいた。


下では兄達が戦っていて、手が離せない状況の中で、新型の生物兵器を目の前に緋天を構えた手が若干の不安感に震えている。


対面した敵を目の前に、いつ襲われるかわからないという恐怖の中で甲虫型が運んできた女性が横を通り過ぎて連れられてくる事に気づけなかった。


「助けてください! 死にたくない!!!」


女性が泣き叫ぶ中で助けようと、焦りすぎたのか、蜘蛛型の生物兵器が吐く糸に手足を縛られて拘束されてしまう。


振り解こうとするが、動く度に絡まった糸が広がり、身体中に巻きついてしまい次第に動きが取れなくなっていく。


女性の姿を確認するが、既に私よりも糸で身体を覆われているようで完全に姿は蜘蛛の糸で絡められていた。


糸の中から助けを呼ぶ声が聞こえているのがわかると胸を撫で下ろしながら、緋天の炎を持って糸ごと焼き斬ろうとする。


火では燃えきらない糸をどうにかしなければと、蜘蛛型の生物兵器に斬撃を放ってみるが、甲虫型同様に直接斬り込まないと傷がつかない。


瞬く間に開放された腕に糸を吐いて、身体の動きを完全に止められてしまった。


このままでは埒が明かない。


視界を保つのがやっとで、身体中に巻きつけられた糸の量が多く、捕らえられた女性とほぼ同じ状態になってしまう。


害はないのだろうが、捕食の為の準備なのだろうと悟りながら、何とかしなければいけないと知恵を絞ろうとする。


魔法を使った影響か、一気に体温が上昇し、頭が脳震盪を起こしたかのように思考が麻痺して何も考える事ができない。


意識失いかけながらも女性が、蜘蛛型の生物兵器が女性を巻き付けた糸の上に移動し、口から溶解液のようなもので糸ごと中を溶かしていく様子が目に映ってしまう。


悲鳴と共に溶解液で溶かされた女性の腹から臓器を取り出して食べている。


人の形を残したまま管のようなものを集団で喰らっている光景に、目向けている事が出来ずに深く目を瞑ってしまう。


私もあんな風に食べられてしまうのだろうか。女性の身体から離れた蜘蛛型の生物兵器がこちらに集まってくる。


糸を纏った私を倒すと、女性同様に溶解液を流し込んでいるのか、表面の糸が火照った身体をマグマのような熱さが液体となって流れ込んで、滲しているのがわかる。


XUNISで纏った戦闘服だが、何度も白いねっとりとした溶解液をかけられている内に表面を覆う装甲が、耐え切れずに部分的に徐々に溶け減っていく。


身体中に直接、流し込まれたかのような感覚が肌に伝わる。


バリアのように身体を守っていた魔力防壁が、無くかけていたのを悟ったように集団の蜘蛛型の生物兵器が集まり、一斉に溶解液を流し込んでくる。


戦闘服が徐々に溶かされているのが伝わるように皮膚に痛みが伝わってくるのを感じながら虚ろになってしまった目で記憶を辿る。


変態さんの言う通りになってしまった。兄様を犠牲にせずに済んだが、悲しませてしまう結果になった。


死にたくないという思いが込み上げるのは遅すぎたのだろうか。熱で意識がおかしいせいなのか、目の前が暗くなってしまう。


「兄様......」


別れを告げられなかった事を悔やみながらも空で輝く桃色の閃光が目に入る。


「生きるのを諦めないで!」


桃色の閃光が、一筋の砲撃となって辺りの生物兵器を一掃していく。


若い女性の声。


空で砲撃を放つ彼女を見つめながら、生物兵器が離れていくのを確認して、空で輝きを放つ何者かが応戦している。


上体を起こして戦う相手にどうにか手を貸せないだろうかと模索しようとするが、身体中に絡まった糸を内部から焼き尽くそうと、魔力を辺りに発し始める。


「まだ動けるならそこでジッとしてて。無理はさせないつもりだけど、私だけでコイツらを一掃するのは難しいの」


女性のXUNISは私とは違い、軍の強化型のようで性能はやや劣る為、先ほどの砲撃以降はそれほどの威力を出せないでいるらしい。


相手に言われるがままにボロボロな状態だが、魔力を緋天に充填し始める。


「二人ならきっとできる。胸の想いを爆発させて!」


女性が私の元へと向かって近づいてくると、太刀を地面に突き刺して相手の着地を受け止めるように腕を掴む相手の身体を抱きしめる。


「行くよ? 君もいい?」


緋天に話しかける女性と共に刃先を敵に向けると、矛先に魔力を貯める。


『Bright stream ready.』


「ブライト・ストリーム、いっけぇ!!!」


『Fire.』


小太刀から放たれる熱量のある魔力砲撃で一列に並んだ生物兵器を一掃していく。


魔力切れと意識の朦朧で生物兵器を殲滅できたかはわからないが、女性に身体を寄りかけて倒れこんでしまう。


「聞いてた通りの凄い子だね。これからもよろしく」


女性と目を合わせながら、笑顔で見つめてくる相手の表情から生物兵器に襲われる心配がないと、相手の優しい匂いに安心しきってしまったのだろう。


相手に抱かれて頭を撫でられながら、薄れいく意識の中で言葉が零れしまう。


「兄様...カグヤはちゃんと約束を守れました.......」


兄様との約束、そして変態さんの未来予想を覆た事への嬉しさに浸り、女性に抱かれながら愉悦に浸った表情で、眠りにつくのであった。

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