第2話 第一章 二重因子編 -戦火の鐘-
魔力暴走から明けた次の日。
身体が軋むような苦痛の中、目を覚ました。
「また役に立てなかった。兄様も失望したかな......」
溜め息をしながら、壁に手をついてフラつく足をどうにか動かしてクローゼットの前まで移動する。
外傷はないようで、寝着を脱いだ肌に傷は無いし、病人という訳でもない。
学校を休んではクラスメイトに迷惑をかけてしまうと、制服を身に着けた私を背に兄の声が聞こえる。
朝ご飯の準備が整ったようで、部屋を出ると廊下から見える実験室に置かれていた二機のXUNISに手を振って、挨拶代わりに反応を伺いながら、兄のいるリビングへ向かう。
「兄様、昨日は申し訳ありませんでした」
食事を並べる兄に頭を下げて、謝罪をしてみせるが私の頭を抱きよせる相手の行動に安心したように目を瞑りながら、言葉はなかったが意思は伝わったというようにゆっくりと介抱される間に安心感に浸っていた。
「カグヤ、本当に学校に行っても大丈夫なのか?」
私が学校に行くことに心配しているのか、朝ご飯の席に着いてパンを口にしながら、苦痛に苦しめられているのを知っていたように心配そうに話しかけられる。
「大丈夫ですよ。それに私が休んだら、兄様も仕事に集中出来ないでしょう?」
朝ご飯を食べながら口元を隠して、笑顔を見せると元気がある事をアピールする。
「体調が悪くなったら、遠慮せずに保険室と俺に連絡するんだぞ?」
兄の言葉に頷いて、食器を洗浄機の前に持っていき、私自身が所持するデバイスを受け取ると魔法術式を展開して、入り口の前から浮遊魔法を選択する。
「兄様、行ってきますね? 私は大丈夫ですから、心配になったからといって様子を見に来たりしてはいけませんからね?」
相手に人差し指を立てながら、注意をするとゆっくりと床に着けていた足を浮かせながら扉を開けて外に飛び立つ。
体調も優れていないこともあるが、これも魔法実験の一環であり、危険は伴うのだが兄の作った魔法が今まで失敗した事がない。
私の誇りなのだから、兄の作った魔法に疑いなど最初から無い。
浮遊魔法といっても宙に浮ける高さは決まっていて、高くても精々三メートルが限界でもあり、動く早さは胴体感覚でいうところの歩く速さと大差はない。
ここに肉体強化魔法や感覚の加速魔法を加えることによって、速さを倍加させる事が可能になる。
浮遊魔法も現代の魔法では、XUNISを使用しないと発動という定義であるが、故に自由に動き回れるこの姿を一般人は、余り見る事はできないだろう。
実現そのものが最近の話であり、この空を飛ぶ感覚を味わえる者は限られてくる。
空を駆けながら、同じ通学路を歩く学生全ての注目となったが、いつものように私という存在がなら当たり前といったように全員が普段通りの対応をしながら、学校までの道筋で出会った顔見知りには手を振って挨拶を交わす事もした。
校門の前まで辿りつくと、ゆっくりと地上に足を着けては時間を確認しながら門を潜って、校舎に広がる並木を抜けて入り口を通っていく。
校内の中では兄様の作ったAMFが働いている為、許可無く魔法の類は使えない。
侵入者対策でもあるが、授業で使用されるXUNISと兄以外は魔法を使う権限がないという事で、安心して学業に励む事ができるという点も評価されている。
下駄箱でゆっくり靴を取り替えて、教室へと向かおうとするが昨日の負担が大きいのか壁に手をついて心配を掛けたくないと、無理にすれ違うクラスメイトに笑顔で接している。
「今日の実技の授業は無理かな...」
浮遊魔法をここでは使用出来ないのもあり、我慢強い私の気持ちを察した兄だったのだろうが、魔力の循環がどうやら上手くいってないのもあり、身体中に激痛が偶に走る。
それでも私の生んだ始末でもあると、自負しながらゆっくりと足を進めていく。
噂は既に教室まで、広がっていたようで中に入ると、クラスメイトや他の教室から出向いた生徒が私の机に押し寄せる。
「姫がXUNISを使用せずに空を飛んでたと聞きましたが、私達も浮遊魔法は使えますか?」
兄の最先端の魔法に驚く人も多いが、ケースバイケースで危険も伴う実験をこなしている私が、珍しい魔法を使うというのは全員に伝えていた。
彼らが聞きたい内容一つ一つに答えを添えていくが、笑顔を作るのに必死で何を話していたかは覚えていない。
兄の言葉を借りて、テンプレートな説明をしたつもりだが、そんな事を知るよしもない。
目の前の生徒達の目には、私が優秀な姿に見えてしまったのかもしれない。
私に近づき難いという人も少なくはない為、余りペラペラと口に出してはいけないのだろうが、魔法技師でもある兄の威厳も守らなくてはいけない。
兄の考察した魔法理論だと説明したいが、注目の的になる事が嫌いなだけあって、そういう説明については私が役に立ちたいと、進んで未来に繋がる魔法の進歩を口にするのである。
魔法のコピーや魔法本来に備わった
「姫、ちょっと顔色が優れませんね?」
「そ、そんなことないですよ? 私は元気です!」
クラスメイトが心配するように顔を覗き込んで確認をしてくるが、相手に悟られないように顔を伏せた後に出来る限りの笑顔を見せるが、怪しむように顔色を伺う生徒達を背に始業のチャイムが鳴る。
体調不良であることを公開すれば、学内中の噂になってしまう。
この校内では有名どころが少ない上に兄と私は、関係が築かれていると勘違いしている生徒も少なくはないのだ。
「兄様から? 治癒魔法の術式...だよね」
端末に入力された術式を開放すると、他者からは見えていないようだが、自分の身体が発光しているのが視覚で確認できる。
解放感に満たされて小さく声を漏らしながら、まるでお風呂に浸かっているような感覚に意識が飛んでいたのだろうか。
「姫! 姫ったら! 授業始まりますよ?」
クラスメイトの声で目をゆっくりと開けると、授業の始まる五分前といった状態で体操着に着替えなくてはならない事を思い出して、席を慌てて立ち上がって更衣室に移動しようとする。
気づいた時には体調は優れていて、疲労や苦痛は無くなっていた。
兄が送ってくれた術式の影響なのだろうが、朝の時点で発動してくれていれば、私が苦しむこともなかったのではないだろうか。
兄からの文脈を眺めながら急いで更衣室に着くと、着替えながら字余りになった空白部分に目を向ける。
「追伸。空を飛ぶカグヤが余りにも嬉しそうだったから、術式は控えておいた」
兄の目には、何が映っているのかと半場疑いの目を向けながらも着替え終わった服をロッカーに詰め込むと急いで授業に向かっていく。
私達の行っている実験については危険なものもある為、兄が普段から悟られてはいけないという事もあり、内容の暴露はNGとしている。
本日、兄は職務を休むということもあり、緋天と蒼天に付きっ切りで調整しているのだろうが、授業中でも心配をしているような文章を送ってくる。
クラスメイトに気づかれると、また騒ぎになることも考慮してほしいものだ。
いつも通りの日常を過ごす中で、気になるニュースが学校内で噂されている。
「姫は生態生物が、地球各所を飛びまわっているというニュース聞きましたか?」
「虫みたいな生物兵器が地球で暴れまわっているって話ですか? 私も詳しくはわかりませんが、どうやら見た目は虫と聞きました。非公式でも情報がネットワークを通して漏洩されていて、政府も隠しきれないと聞きました。」
実験の毎日でニュースをマジマジと見る暇がない事もあり、漏洩した情報の中にある虫が生物を捕食する点が気になってはいた。
動画で見る限りは、かなり巨大で人間よりも一回りは大きい為、エネルギー源としている可能性もある。
人間を捕食するというは、血肉を媒体にエネルギーを得るということなのか、それとも生態を捕食するだけで他に目的を持たないシステムでできているのか。
異端で不気味でもあるが、地球にはXUNISを実装した部隊も多い為、小規模のものなら問題はないだろう。
月面都市である私達の街には関係なく、地上も安定に向かうものだと思っていた。
一日を終えていつものようにクラスメイトとの下校の会話に華を持たせながら、全員との有意義な時間を過ごしていた。
一人の生徒が街中に映し出された映像を目にすると、立ち止まって絶望的な表情をしていた。
「なんだ...これ.......」
生徒の発言に一同が、足を止めて映像に目を向ける。
そこに映し出されていたのは地上の断末魔と呼べばいいのだろうか、巨大生物を対処しようと向かった部隊が全滅したという情報が、私たちの目に飛び込んできた。
「何なの.......? あの蟲みたいなもの...人を食べてる......?」
地上軍が全滅に近い形に次々と、捕食されていく状況を中継をカットできずに置き去りにされたカメラが放置されたまま映し続けている。
中継をカットするテレビ局も同時に襲撃を受けたらしく、映像を止めることも出来ないようだ。
その光景を前にしていたクラスメイト達が次々と、膝をついて目の前にある絶望に目を疑い始めていた。
中には嘔吐してしまう子もいたが、現在ある唯一無二の最高戦力を行使しても勝てないという事は対策が皆無も同然。
私ですら立っているのが不思議なくらいに落ち着いてはいられない。
捕食をしていた生物は、甲虫を巨大化した姿の化け物で戦おうとしている魔導師の攻撃を跳ね除けては強靭な身体を活かした突撃で、また一人と部隊の数を減らしている。
このままでは混乱で頭が、どうにかなってしまう人も出てしまうかもしれない。
「だ、大丈夫だから。地球から離れてる私たちはきっと.......」
全員の介護を行いながら慰めようとしていたが、途絶えた映像と共に街中がパニックになっていた事に気づく。
XUNISを凌駕する生物兵器。
その事実だけで宇宙まで影響はないと、簡単に割り切ることで現実逃避に向かう私を背に事態の進行は防げないと政府の発表を続けて放映されてしまう。
月面に進行された場合に対抗できる残りの戦力は、配備された特殊XUNIS部隊と兄様の開発した新型XUNISの二つ。
宇宙空間での戦闘になればこちらにも分がある筈。
XUNISは宇宙空間での航行の活用を主として作られた為、機動性と魔力運用が百パーセントの力を発揮できるといっても過言ではない。
考察をしながらクラスメイトを介抱しながら、全員の連絡先に通話を掛けようとするが電話も混乱で中々繋がらない。
辛うじて意識を強く持って家に帰る者もいたが、大体のクラスメイトはその場に座り込んで移動出来ずにいる為、意識がはっきりしていて混乱に陥っていない生徒のみを一人ずつ抱き上げて家まで搬送しようと、浮遊魔法で移動していく。
地上を走る車は事故の絶えない混乱状態で、地上から移動するのは困難な状態にある。
「姫...私、私たち大丈夫...よね......?」
「大丈夫だよ。兄様もいるし、それにここの警備は完璧だから......」
運ぶ生徒を落ち着かせながら、残された四人の生徒全員を家に送り届ける。
兄様からは何も連絡はなかったが、内部の上層部も混乱しているに違いない。
遅くなるとだけ連絡を入れると、意識が保たれていない生徒の手を握り続けながら病室の中で親御さんが訪れるのを待ち続ける。
到着した親御さんも情緒不安定でないのがやっとといった状態だった。
兄様から連絡の返事が来ない事から、今の事態がかなり深刻なのだと理解できた。
自分にも何かできないだろうか。
家に戻る道の中、世界が終わると諦めた一般人に襲われかけたりもしたが、意識がはっきりしていない人間に負ける筈もなく、軽くあしらってその場を乗り切ったりと私自身も不安な気持ちを抱えてしまいそうになる。
家に着くと案の定、兄の姿はなく置手紙のようにメッセージが残されている。
明日まで地球で起きた問題の対策を練る会議に出席している為、今夜は戻れないという内容と、もしもの場合の解決方法を事細かに書き込んである。
今更になって先ほどの映像が、頭の中を過ぎり込むと膝に力が入らず、立ち上がる事ができない。
浮遊魔法を使用しながら、残された兄様の手料理を食べようと席に着く。
こうなることも考慮したのか、映像を彷彿させる食べ物はなく、軽食のみしか準備されていなかった。
私も何かお返しにと兄が朝帰りしてもいいようにと軽食を準備しながら、日常のように過ごした後に早期な時間でベッドに横たわる。
「きっと大丈夫だよね......」
不安と絶望に伏してしまったクラスメイトを思い出しながら、冷静でいられたのが不思議なくらいに今は寂しくてしょうがない。
こんなに孤独に耐えられない弱い人間であることを悟りながらも涙を流して、兄様がいない静寂な夜に怖がったまま眠りについた。
深い眠りの中で不思議な光景を目にする。
そこには液体の中に浮かんだ私の目の前で、兄様に似た男性が膝をついて許しを請っている姿がある。
何故泣いているのだろうか。身動きも取れず、見ていることしか出来ない。
相手の声も聞こえず、身体中を鎖で繋がれた不自由なこの状態をどう捉えていいかわからない。
周りを囲うカプセル容器に口枷のような器に酸素を送り込まれながら液体の中で思った事は、まるでモルモットのようだという事実。
私も毎日の兄様にモルモットのように扱われていたのだろうか。
XUNISの開発も新しい魔法も実験も自身で体験をせず、全て私をただの便利な魔力容器として試しているのではないだろうか。
あの実験の魔力暴走も、もしかしたら......。
確かなことは何もわからないが、それでも兄様は私を想ってくれていると信じたい。
私の兄様は......。
目を覚ますといつもの部屋の間取と、窓から篭れ入る日に照らされながらゆっくりと身を起こす。
「夢......?」
時計を見つめると、いつもよりも1時間早く起きていた。
時間を有意義に使おうと、まずは兄が帰っていないかの確認。
まだ帰宅はしていないらしく、靴から姿までいないことを確認すると作っていた軽食を朝ごはん代わりにと口に入れながら、身の回りの掃除をしながら登校時間を迎えるまでの間を過ごす。
地上で起きた問題があった後という事もあり、学校に生徒が通っているのかという謎もあったが、不登校という訳にもいかずに家に鍵をかけて登校路をいつものように歩き出す。
案の定、外は通行人の数が少なく静まり返っている様子で、通る道の店も閉店していた為、光景はまるで無人の街といった状態だった。
視点を変えると、月から出て行こうとしている人達が荷物を纏めて移動していた。
この月面都市から逃げても現状は変わらず、いつかは同じ運命を辿ることは逃れないのは分かっているだろうが、目の前にある現実から目を逸らしたいのだというのは分かる。
学校に着くと休校なのかという程、校舎内に
「あっ、姫おはよう」
クラスメイトの女子が駆け足で、こちらに向かって手を振っている。
「おはようございます。連絡網にお休みの連絡は入っていないのに静かですね」
見渡した感想だが、他のクラスも同じような状況で教室に5人いれば良い方なのではないのだろうか。
来ていた生徒で集まりながら、現在置かれている状況を伝え合うが、例の生物兵器は月に向けての行動を見せているということもあり、ここもいずれはと恐怖した者も多いようだ。
「お兄さんも防衛に当たるというのは本当なのですか?」
その言葉に慌てて相手の肩を掴み、力を入れながらその発言に動揺してしまう。
「ま、待ってください! 兄様も戦うつもりなのですか!?」
初耳だが、連絡のない事からも相手の言葉を鵜呑みにしてしまう。
兄が生物兵器と戦うというのに自分だけ、こんなにのうのうとしていては兄弟として示しがつかない。
何よりも兄弟としてちゃんと伝えてくれなかったことに心を痛めているのだ。
「私、兄様のところに行って防衛に参加させてもらえるように説得してみる」
私にも出来ることがあるかもしれないと、校舎の窓から出て行こうとするが、空には何やら黒い霧のようなものが広がっている。
「姫、窓を閉めて! あの生物兵器が、月に現れたって情報が......!!!」
あの黒い霧に見える粒のようなものが街中を荒らし回っているという情報が流れ始めると、街中でライブ中継がコツコツと消失していく。
人間を脅かしている生物兵器が人々を捕食していくのを最後に映像は途絶えていく。
避難をしなければいけない。私がしっかりしなければ、ここにいる生徒達も巻き込まれてしまう。
せめて、クラスのみんなだけでも.......。
「皆さん聞いてください。奴らが近くまで来ています。ここは、生き残る為にも地下シェルターに通じる行路へ向かう手助けとして、私が導きますので着いて来てください」
クラスメイトだけでなく校舎内の全員に聞こえるように拡張器を用いて話すが、荒だたしい状況の中で私の声に耳を傾けた者が少ないかもしれない。
半場諦めつつも意見に賛同してくれた者も少なくなかった為、陣形を組めるようにとそれぞれが使える魔法の確認を行なう。
私を先頭に護る事を主とした陣形で、全員で八人の構成だが心強い有能な能力もあり、突破まで難なくといった形で生物兵器を寄せ付けない一丸となっていた。
出会っても真っ向から立ち向かうのではなく、視覚できないように生物兵器を退けるだけで、増援が到着する前に存在を隠すという様に裏道を通りながら、シェルターに除々に近づいていく。
「カグヤさんは、怖くないのですか?」
しばらくして生物兵器に怯えた女生徒が私に問いかける。
この間の帰り道が一緒になった女の子だ。
生物兵器で行路に現れた奴らを相手に、顔色を変えない自分の姿に疑問を抱いたようだが、相手の頭を撫でながら落ち着かせようと両手を握りながら目線を合わせる。
「私が怖がっていては、後についてくる皆さんを不安にさせるだけです。それに生物兵器はAIのようにランダムの動きを見せるので、計算して動けば退く事も難しくないと思います」
理論的だが、これが奴らに対して有効な選択を生む行動の意味だと説明する。
私が使える魔法でも攻撃に転用できるのは、ほぼ限られてくるという事もあり、直接触れて魔力震で気絶させようとする逆に奴らに注意しなければならない。
「あの生物兵器は、意図として誰かが操っているのでしょうか?」
「わからないけど彼らは、人間を捕食する以外目的がないようにも見えるかな。建造物が破壊されたというより、そこに人間がいたから壊したと考えた方が状況を理解しやすいのだけど......」
辺り一帯に生物兵器がいないことを確認すると、シェルターに繋がるトンネルを一気に下っていきながら、周囲を確認して全員を中に誘導していく。
「カグヤさんのおかげで、ここまで来れました。 本当にありがとう......」
泣きながら安心に浸る生徒たちが、シェルターに入っていく姿を目で追いながら、問いかけていた女生徒が涙を流して感謝の気持ちを伝えようと、私の前で立ち止まりながらこちらを見つめている。
「女の子が泣き顔を見せてはいけないですよ? それに私だけの力じゃないですから」
相手の涙を拭いて、笑顔を見せると顔を赤くした相手に首を傾げて見せる。
胸元で強く手を握っていた目の前の相手が何かを言おうと深呼吸をしていた。
「あ、あの私! 前からカグヤさんの事が......」
兄に頼らずに自分の力だけで退けられたという達成感に、自分も心を落ち着かせてしまったのだろうか。
シェルターの中から何かが食べ物を口に入れて、音を立てている事に気づくと、安堵した表情を凍りつかせて目の前にいたソレに目を向ける。
血みどろに口の周りを赤い液体で濡らしていた生物兵器の姿がそこにはあり、口元から女性の足と思われる細い生身の肉片が飛び出ている。
安堵している目の前の生徒に声をかけようにも力が入らず、口元をパクパクと動かしているだけで、目の前で襲われそうになっている目の前の女の子に何も伝えられなかった。
希望から絶望に変わる瞬間を見つめているだけで、目の前の彼女はすぐに五体を切り裂かれて、部位毎に生物兵器の口の中へと入れられていく。
声を上げるどころか、意識もハッキリしていなかったのだろう。
彼女を犠牲に自分は少しの時間生き延びたのに逃げることも出来ず、ただ目の前の状況に膝をついて震えた身体で身動きを取れず、ただ食べられる順番を待つことしか出来なかった。
全ての部位を食べ終えた生物兵器は、私を先程の女性のように5体を引き裂くだろうと予測していたが、身体が鉛のように重い為、抵抗することも出来ずに目の前にいた強大な存在を目の当たりにしているばかりで何もできない。
抵抗する気力も失く、生物兵器と目線を合わせながら魂の抜けたような表情で兵器に手足を掴まれる。
「兄様ごめんなさい......。先にお母様とお父様の下へ向かいます.......」
涙を流して覚悟の上で壊れたように笑いながら、口を開く生物兵器に飲まれようとしている。
「私...あの子の言葉......最後まで聞けなかった......」
儚い人生だったと振り返る思い出は兄との記憶と、月面で学んだクラスメイトとの楽しい記憶。
抵抗して時間を稼いだところで、助けなど来ないのはわかっている。
今、飲まれようとしている目の前の生物兵器を退けてもまた新しいのがやってくるだろう。
どうすることもできないのだ。
道連れにできるならと身体に発火性の魔法をかけて、兄様に報われる一族だったと誇りたい。
その思いで薄れいく意識の中で、閃光の眩い光と共に最後の抵抗を見せようとする。
せめて、あの子の仇を......。
数時間後。
雨に打たれた瓦礫の中で救助のヘリが到着した。
「シェルター内部、生存者無し。内、瓦礫下に生存者一人。交戦しようとしていた生物兵器の消滅を確認」
ヘリで緊急されていく搬送されていくカグヤを背に不自然な点に気づいたように研究者が詰め掛ける。
「何だこれは。あの子がやったわけではないのか?」
飛び散った生物兵器を調べていると自爆したというような、破壊された痕に一同が驚いている。
「生物兵器はやはり、誰かが操っているのかもしれません」
「おお。Mr.シキ。それは本当ですかな?」
研究者一同の中で生物兵器の破片を手に取ると、意図的に生存したカグヤの為に誰かが仕掛けた自爆機能ではないかという見解を周りに伝える。
「誰が何の為に.......」
研究者が頭を抱えている中で、シキは打たれる雨の中で少しだけ微笑んだ。
「面白くなってきたじゃないかーーー」
雨が上がりの辺りに雲の切れ目から光が射されている。
誰もがこの日を忘れらないといわんばかりに晴れ間は中々訪れなかった。
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