第6話 第一章 二重因子編 -幻想の仮面-
暗い地下道に潜むネズミは、篭れ射る光を頼りに移動している。
生きていく為の食料を調達する彼らなりの生存本能でもあり、子孫を残さねばならぬという本能のままに生きているのである。
人間に至っても同じことがいえるのではないだろうか。
生きていく為に盗みを行う貧民もいれば、与えられた食料を口に合わないと粗末にする富豪も少なくはない。
その差は人間が毎日のように口にする食事と暗闇の中、残飯を待つネズミ同等といっても過言ではない。
暗い闇の中、生きてきた人間はこのネズミに該当する。
食べ物を得る為には、それなりのリスクを払いながらもその日を生き残る為に水や食料をなんとしても手に入れなければならない。
差別意識や年齢で働けない者はどうだろうか。
生きる術を持たない彼らは、飢え死にするしかないのだ。
同じ人間でも光を浴びてきた人間を憎まないネズミなどいるわけもないのだ。
ーーー仮面の男もそんな日々の中、生きてきた。
彼には友達と呼べる存在はいなかった。
元々、教会に捨て去られた彼に肉親など存在しない。
育ててくれた唯一、自分を認めてくれた存在が『シスター』だった。
彼女も手を焼いたのだろう。
小さな頃、教会の近所に住む同じ年頃の子どもに顔が可愛くないと言われ、蔑さげすまれた事があった彼をいつも慰めてくれた。
だが、彼はその事をきっかけに彼は素顔を見ることをやめて、仮面を被り始めたという。
最初は仮面を被ったところで気持ち悪いと言われ、近寄るだけで化け物扱いもされたが、そんな彼にいつも振り向いてくれたのは、本物の親のように接してくれたシスターであった。
シスターは仮面をつけた彼に八つ当たりされても退くこともなく、小さい子供の反抗期だが、わがままな発言や小さなイタズラを大目に見るなどの本当に親のように暖かい存在でもある為、彼の心の支えになった。
同い年くらいの子どもにいじめを受けた時も駆けつけて救ってくれたシスター。
同じ壇で食事を取りながら、食事の作法から楽しみを教える為に常に語りかけてくれたシスター。
十二の歳になっても風呂嫌いな自分と共にいつも真剣に向き合い、教会の一つ屋根の下、一緒に浴槽に浸かってくれたシスター。
いつしか歳を重ねるごとに、彼の中での存在が大きくなっていくシスターの姿は親の括りを超えた存在になりつつあった。
働ける歳になるまでに色々と苦労もかけただろう。
仮面の下で徐々に性格といえる人間らしさが宿ったのも、シスターがいてくれたからである。
「大人になったら、シスターに気持ちを伝えよう。」
そう心に誓う彼の姿に、シスターも無事に育ってくれた事に対する感謝を神に捧げていたのである。
「神よ、あの子にいつまでも加護があらんことを.......」
捧げられた祈りは、神に届く事は出来たが後から気づいた時に、それは悪魔との契約でもあった事を知ることになった。
仮面を被る彼には、『ユーモアセンス』と呼ばれるものが芽生え始める。
トーク力は、大人顔負けと言われる程で口を開ければ朝から夜まで、口上手な彼の話は終わりの見えないものがあり、その評判はたちまち教会近辺の町まで広がる一目置かれる芸達者な人間として認知される。
仮面の彼は、そのセンスを生かしてエンターテイナーの道を進むことを決意する。
彼の人気は留まることなく、その国で大きなブームが巻き起こる程の評判を得た。
彼は、いつしかネズミから空を羽ばたくツバメになっていたのである。
そんな彼を見てきたシスターも人気やファン層が増える度に、彼の姿にいつしか恋心を抱いている事に気付いていく。
女性が取り囲む状況に対する嫉妬。
親としてではない、胸の鼓動が告げていたのだ。
仮面の男はそんなシスターの想いに気づかず、毎日を世界に贈るエンターテイメントでファンを増やしていった。
世界公演を控えた事もあり、ひと月もの間の準備を踏まえた期間の間、教会に帰れない日が続く。
ある日の雨の日の出来事。
仕事を終えて、何ヶ月ぶりだろうという町並が懐かしく感じる中、教会に車で向かう仮面の男。
手には花束と、この日の為に用意したプレゼントが大量に積まれている。
そして本命もまた胸のポケットの中にーーー。
この日は、シスターの誕生日なのである。
そして、来月には彼の誕生日で結婚できる歳となる。
歳は、かけ離れていたが結婚の誓いをこの日に立てようと試みるつもりだった。
期待に胸を膨らませる中で、通り過ぎる生まれ育った町はいつもより物静かで活気がない。
雨の影響もあるだろうが、人が一人も町を歩いていない事が返って目立つのだ。
それにここから見える裏路地に潜む子ども達。
まるで小さい頃の自分のような目をしていた。
誰一人として信じられないという目。
彼が一番よく知っている目であるが為に、彼らにも笑顔を与えねばならない。
通り過ぎる家々を越え、そう思いながら教会へと向かっていく。
いつも通りの古びた教会。出会ってもう十七年の月日が流れているのだ。
彼が捨てられる前から存在していた教会も建てられて、もうすぐ五十年になる。
ボロくても当然なのである。
教会を見上げると、ここで過ごした記憶が鮮明に甦る。
全てはここから始まった。
一冊の本に出てくる主人公のような思いを感じながら、運転手に荷物を任せて、一早くシスターの元へ向かおうと教会の入り口を開く。
「ただいま、シスター!」
雷や豪雨の影響で教会には音が鳴り響くが、確かに聞こえるように大声でシスターに呼びかける。
早く返事をしてもらいたいと期待に胸を弾ませていた彼の目に映ったのは、見知らぬ集団が聖母マリアの前で待ち構える姿であった。
「お帰り。悪いが邪魔させてもらってるぜ?」
この集団は何なのだと考える暇もなく、外に停めていた車が爆発する音が響き渡る。
振り返ると、運転手もシスターにプレゼントする筈だった品も業火に包まれている。
目を疑うような光景。
この日、この場所でこんな事があるだろうかと。
「何なんだ、お前たちは...何でこんなことを!?」
「何でかってか? そいつは簡単な事さ。ここは俺たちのアジトで、お前達は不法侵入者だからだ。人の家に無断で入ってきた者を生かしておく道理が存在すると思うか? 思わねぇよなぁ!?」
ボスのような大男を中心に全員が高笑いをしている。
この町に帰ってきた時に感じた負のオーラ。
あれは此処のギャンクが荒らした結果なのだと察することが容易だった。
「シスターは? シスターはどうした!?」
「あぁん? 慰安婦の事か? あいつなら......」
慰安婦という言葉を聞いて動けずにはいられなかった。
集団の横を走り抜けると生活に使っていたリビング、自室と廻り、最後に残されたシスターの部屋で立ち止まる。
この先に、シスターが待っているかもしれないのに何故か会うことに恐れを感じてしまう。
ドアノブにかける手の震えが止まらず、中々に力が入らない。
「どうした? 手伝ってやろうか?」
後ろには、先程の大男が構えていてドアノブを掴む彼の意思を尊重せずにドアを蹴り破り、強引にも変わり果てたシスターの姿を目の当たりにする。
慰安婦という言葉の通り、目の前の広がる五人余りの男を相手にするシスター。
もう彼の知っている聖女でも想い人でもない、神に祈りを捧げる教会者の姿では無かった。
腕には薬剤を注射した痕。
目は完全に上の空を向いていた。
ただ目の前にある肉棒に快楽を求める姿に直視することが出来ず、シスターに背を向ける。
「なんで背を向けるんだよ? 会いたかったんだろ? ちゃんと直接話してやれよ。ギャラリーは下げるからよ」
大男の合図で、一斉にシスターから離れていく男達。
おそるおそる振り返ると、無気力になった姿のシスターがそこにはあった。
声をかけるのが、これ程までに怖いと思ったことはない。
返事など返さなくてもいい。
汚れた身体でも自分を覚えてくれているならと、シスターに近づいて目の前に腰掛けて名を呼んでみる。
「シスター。僕だよ? 僕が帰ってきたんだよ?」
変わり果てた姿だったが、彼を見つめるシスターはあの頃のように優しい表情をしていた。
その姿に安堵すると頭を撫でて、返ってくる言葉に期待を胸に相手と目線を合わせる。
「新しい慰安希望の方ですか?」
シスターの口から放たれた言葉は今までの糧が崩されていくかのよう、全てが幻滅してしまう程に痛いものであった。
彼の事など忘れてしまうほどに壊れてしまっていたのである。
一緒に過ごした日々など、薬程度で無くなるものなのだろうか。
もしかしたら、シスターとの絆などそんなものだったのかもしれない。
心から信頼していた希望が絶望の淵に落ちていくのがわかる。
何かが弾ける音が耳の中に響き渡る。
信じていた全てが砕け散る音にどうでもよくなったのだろう。
そこに何の未練もなかった。
「おいおい、どこに行こうっていうんだよ。ここは俺達の領土なんだぜ? 生きて返れるとか思ってないよなぁ?」
出て行こうとする彼の肩を掴む大男。
「......なせ」
「あ? なんか言いましたか?」
「離せって言ってるんだよ。死にたいか、ゴミ共ーーー」
外で唸る雷鳴と共に辺りにいた男の集団に落ちた雷と同等の閃光を放ち、先程まで一般的な肌白さを持った相手らを丸焦げになるまで黒く染め上げる。
そのまま怒りに任せて能力を奮ったのだろう。
大男が倒れたまでは覚えているのだが、その後の事は鮮明には覚えていない。
気づいたら夜が明けていて、空には昨日までの暗雲はなく、青空が広がっていた。
教会は見る形もなく廃墟と化していた。
辺りには、黒焦げの死体と彼の姿に怯えるシスターの姿があった。
壊れてしまったとはいえ、一応と慈悲の手を差し伸べる。
「ごめんなさい...殺さないで......」
返ってくる言葉は許しを請う姿のみ。
彼には本当の意味で帰る場所が、『その時』なくなってしまった。
胸ポケットに残った結婚指輪も行き場と共に......。
「ってお話だったんだけど、どうだったかな? 感動した?」
紙芝居をしまうと、縛られたカグヤを見つめながら、興奮する素振りを見せる仮面の男の姿がある。
「そっか、喋れないんだったね。でもカグヤちゃんは本当に可愛いよねぇ。着ている下着の色が僕好みじゃないのがマイナスポイントかな」
縛られた私の服装の指摘など、兄様だけで十分である。
私を未だに女の子と勘違いしていることも腹立たしいが、ここは我慢と目を瞑って堪え凌いでいる。
仮面の男が何時、セクハラ行為をしてきてもおかしくはない。
それに今の話.......。
生物兵器が現れる前から、この世界を妬んでいる存在が此処にいる。
シスターの代わりではなく、私で欲を満たそうとしているのならこの人の心が壊れてしまう前に等と兄様の意思を捻じ曲げる思考も浮かべてしまった。
私を誘拐したのも単なる気まぐれで、兄様の技術も私の潜在能力にも興味がなく、ただ可愛いというそれだけの為なのだろうか。
生き甲斐が欲しいのならば、提案しようにもこれでは話が出来ない。
自分を縛る縄を持ち前の魔法でどうにかしようと考えながら、楽しそうに椅子の上でクルクル回る仮面の男の姿を見つめている。
「あ、そうだ。君の事を調べさせてもらったから魔法を使おうとすると、スプリンクラーが作動するようになってるから気をつけてね?」
「んぅ!?」
相手の忠告を聞く前に、発火魔法を使用した瞬間に頭上から水が集中して降り注ぎ、抵抗する事も出来ず、全身がびしょ濡れになる。
魔法素質まで調べていたのだろうか。
魔法の使用できない状況を作り出されてしまうと、私ではこの状況を打破できなくなってしまう。残された希望が兄様だけになってしまう。
「カグヤちゃんの柔肌に色鮮やかさを足そうと思ったけど必要ないみたいだね! それにお兄さんは間に合わないよ? 何せ、僕の出すナゾナゾは難易度を増すごとにひっかけ問題になるんだから。最初を舐めてかかると後先が辛くなるからね」
仮面の男が濡れた私の姿を見ながら、必要以上に顔を寄せてくる。
このまま兄様が来なければ、女ではない事もいずれバレてしまう。
そうなれば命の保障もないのかもしれない。
私の悔しそうな顔を見ながら堪能するように顎に手を当てて、視線を向けようとしてくる仮面の男に殺意の目を向けるが軽く往なされてしまう。
「おおっ、そうだ。このままだとカグヤちゃんも風邪を引いてしまうかもしれない。誰かが濡れた肌を拭いてあげなきゃいけないよね!」
懐からハンカチを取り出す仮面の男。
口を縛っていた布を取ると額から鼻、頬から唇と濡れた私の顔についた水滴を拭いて、反応を確認する行動から視線を背けようと顔を横に向ける。
「こんなことして何が楽しいのですか? あなたの目的は、私を誘拐して惨めにする事がしたいのですか!?」
相手に強気な姿勢を面と向かって話そうとするが、ハンカチを懐にしまい、対面の椅子に座り込む仮面の男。
「カグヤちゃんは幸せかい?」
思わぬ質問に呆気をとられてしまう。
そんな質問を無邪気に、辱めな思いをさせて楽しんでいた相手から聞くとは思わなかった。
「何故、そのような質問をするのですか。それに質問を質問で......」
「君はお兄さんに、そうやっていい子になるように育てられてきたんじゃないかい? 本当に君は君の人生を楽しんでいるかい?」
兄様に調教されて生きてきたかのような言い方。
侮辱にも思えたその発言に言葉を返そうと試みるが、仮面の男は私の口に人指し指を当てるように口封じをしてくる。
「今、君には選択肢が2つある。僕と君のお兄さんに逆らってこの場から去る。もしくは血に塗れた戦場に戻る。君は勘違いしてるみたいだけどお兄さんは、いつまでも君の側にはいられないんだよ? 戦場を君は甘く見過ぎてる。他人との馴れ合いは人を不幸にする。その人を失った時に今までしてきた人生が逆転するんだ。お兄さんは君に優しいだろう? 築いた関係を失った時の不幸に君は絶望する未来が僕にはわかる。戦場に戻らなければ、目の前で失うことも記憶に潰されたりもしないんだ。君には全てを捨てて、幸せになる未来だって選択肢にあるんだ。何故それを蹴ろうとする? 僕と逃げたからといって僕の元から逃げ出すのは簡単だろう。君はどうしたい? つまらない人生で自慢の容姿を無駄にするつもりかい? 僕とは違った未来を君は得ることができるんだ。戦場で戦う君を見て、僕は思ったんだ。君は戦うべきじゃない。お兄さんに甘えたいわけじゃないんだろう? お兄さんが君を庇って死ぬかもしれない。そんな未来も遠くないのさ。それにあの生物兵器は、残酷な世界に降り注ぐ神の恵みなのかもしれないよ? 君も考えた方がいい。もう一度言うよ?『君のお兄さんはいつまで君の側には、いられない』 」
長々とした仮面の男の話を聞く内に、兄様への想いが込み上げてしまう。
それに仮面の男は、私をどうこうしたい訳ではないのが会話の中で覗うかがえる。
今の私では、確かに兄様のお荷物でしかないのかもしれない。
魔法力が高い人間なら世界に沢山いるし、仮に私が死ねば兄様が立ち止まってしまうかもしれない。
「君が死ねばお兄さんも悲しむだろう。逆もあり得る。人生に重荷を背負う覚悟が君にはあるかい?」
心を読まれたように、考えていることを的確に当てる相手の言葉に怯みながらも反論できずにいた。
「ねっ? 僕と一緒にここから出て、辛いこともない世界に飛び出そうよ? きっと君の知らない世界も広がっているに違いないさ」
「私の知らない世界......?」
私はその時、兄様の傷つく姿など見たくないと心の底から思った。
私が傷ついて、辛い想いをする兄様の姿も想像したくない。
それなら兄様とこれ以上、関わらなければいいのではないだろうか。
次第に仮面の男が語る世界に惹かれたんだと思う。
「ここを出るまでは僕に身を委ねて。そうすればきっと君も何も考えなくて済むよ......」
仮面の男が私の顎を上げながら、口元を近づけてくる。
その時の私は、今ある状況を考える余裕がなかったんだと思う。
私は一体どうしたかったのだろう......。
「カグヤはまだ綺麗でいてもらわなければならない。俺の見ている範囲で汚す事は許されない」
余裕の表情を浮かべながら、蒼天を構えて仮面の男に魔力でできた弾丸を撃ち込もうとしているシキの姿がそこにはある。
銃口を向けられている事に気づくとカグヤの拘束を解いて抱きかかえながら、撃ち込まれる弾丸を宙を舞いながら避ける仮面の男。
「な、なんで......」
「『なんでこの場所がわかったか?』と聞きたいんだろ? お前のナゾナゾにこの場所は記載されていないのは最初からわかっていた。答えは簡単だ。カグヤを拐ったお前だ。性質は見抜いていたんだろう。カグヤならいち早く抜け出そうと魔法を使うに違いない。だがカグヤの魔法性質上、防ぐ手段は消火器か水の性質を持った何かをぶつけるしかない。消火器を使用した場合、窓を開けなければ部屋中に二酸化炭素が溜まり、濃度で窒息してしまう。窓を開けば消火器の煙が外に出てしまい、誰かに居場所も悟られる危険もあるからそれもできないだろう。お前に残された選択肢は、いつでも作動するこのスプリンクラーしかないと俺は最初から踏んでいた。 ナゾナゾなど解く必要など最初からなく、部屋のスプリンクラーを制御する水道管を調べればどこにいるか簡単に割り出せる。 最初から俺を足止めをして、カグヤを騙そうとしていたこともわかっていた」
仮面の男が立てた計画を全てわかっていたかのような、物言いをしてみせるシキの姿に慌てを見せる仮面の男。
シキは蒼天を構えながら、仮面の男に近づいていく。
「だけどこっちにはまだ人質がいる。それにカグヤちゃんのおかげで、床が感電し易くなってるって事も忘れてないよね?」
仮面の男は地面に手を着き、激しい電流を地上に流し込んでシキの周りに広がる水溜りから直接感電させようと試みようとしているが、フッと笑ってみせるシキ。
辺りが一瞬で、凍りつく程の冷気を蒼天を中心に放ったのだ。
「俺の蒼天は特別でな。氷付かせる水の性質を思いのままに操作できる。お前が放った電流はこの通り半導体の水質から絶縁に近づけた事で阻まれたという訳だ。
それと一応だが、カグヤ自身にも同じ状態になってもらった。人質としてはもう機能しないぞ?」
蒼天を構え直しながら、微笑んでみせるシキに一瞬の恐怖を覚える仮面の男。
「お前は実の妹を手にかけるのか!? 凍え死んでしまうと考えないのか!?」
「カグヤは元より体温が高くてな。魔法回路がダメになっても常温で状態を保っていられるというオマケがついている。それにカグヤの心配より自分の心配をしたらどうだ? もうチェックだぞ?」
シキが仮面の男に近づく度に、氷の棘のようなものが足元を徐々に追い詰めていく。
逃げ場などない。
部屋全土をシキが制圧しているこの状況で助かる道は一つ。
それを理解していると思っているのか、仮面の男の額の部分に銃口を押し付けて見据えているのだ。
「わかった。降伏するよ」
カグヤを床に寝かせると、両手を挙げて降伏の意思を見せる仮面の男。
チェックという言葉は、自らで命を絶つ事も含まれていたんであろう。
またカグヤを殺せば、この男の言っていた『死ぬより辛い思い』という極刑も自殺にも仮面の男が堪えられない事も見据えての言葉だったのだろう。
「君、名前を教えてくれないか? 僕が認める人間はそういない。君には名乗る義務がある」
仮面の男は道化師の仮面を外して素顔を晒す。
それは彼が敗北した事を意味する合図でもあると悟ったのであろう。
シキは蒼天を降ろして、陽が射す窓に向かいながら振り返ってみせる。
「俺はシキ。お前の命を今日から預かる兄の名前だ。しっかり覚えておけ」
「......ゲームセットだね」
その言葉に仮面はもういらないと、顔から取り外した仮面を窓から投げ捨てる。
夜明けと共に入り込む朝の日差しに彼が見せた表情は、後悔のないといった顔であった。
チェックメイト。
それは相手にも敬意を表した完全な勝利を得たシキにこそ、相応しい終わりの台詞だっただろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます