第22話 第二章 未来烙印編 -碧い海と贈り物-
試験後の事は覚えていない。
ただ必死にフィアと駆け抜けたゴール。
再会できたあの人に抱かれながら、試験会場を後にするようにヘリに乗せられたところまでは記憶していた。
魔力が尽きた影響もあったし、泣き疲れたという情けない理由をこじ付けにするならば、私たち双子はまだ十二歳といった小さな存在。
世間から見られたら、子供という部類でしかない非力な存在だ。
本来、一般的な魔導師になるには十五歳という壁を超えなければならない。
私たち姉妹に科せられた使命というには、些か大げさだが一年というタイムリミットの中で得たのは優等生と認められる為の布石。
魔導師の価値は『ランク』という社会的地位が基本なものになる。
魔導師としての年齢で見られて、初めて受けさせてもらえる試験だったが、私たち姉妹が受けたのは二十歳でも合格できるかという瀬戸際のランクであった。
試験内容は平凡なものだが、生まれつきの才能として多量の魔力を所持していても思考が追いつかないのが、人間の限界に通じている。
ましてランクA以上になると、魔導師社会で見れば化け物と比喩表現されてもおかしくはない程、イカれた人間と貶す人も出てくる。
赤子の時から発音がしっかりしていないのが、会話といかずとも言葉をしっかり伝えることができる。
表現ではこれぐらいの差が魔導師にはできてしまったようなものであり、一般的な家庭で過ごすならBランク程度で落ち着いて充分と言われている。
姉妹で境界を越えた世界に踏み込んでしまったのだから、これからの生活にはいくつかの制約が生まれてしまう。
だが、得るものは大きい。
生活保護金の授与、規定内の審査対象外、個人の身分を証明する際に有利になれるパス等。
親元を失った私たちには必需なものばかりで、これだけは不出来と貶した妹に感謝しなければならない。
私を信じてくれたあの子に応えられただろうか?
いつも優劣を感じさせたかもしれない。
私を憎んでいるかもしれないあの子に返せる侘びは、何があろうと守り抜くという想い。
知略を活かした安全第一で、いつも笑顔を見せてくれる私のたった一人の可愛い妹の為なら、身を投げ出す事だって怖くない。
あの事件で怖い思いをさせてしまった自分への罰なんだと思う。
待遇といえば、私が試験前から期待していたものもあった。
もちろんさっき挙げた例も大事だが、あの子も憧れていた恩師の下に近づけるご褒美みたいな内容。
魔導師として、嘱託に就けるという分岐点である。
私は執務官という夢がある。
それは魔術を悪用する犯罪者を取り締まる役職であると同時に私たちのような、不幸な子ども達を救い出せる特権もついている。
親を失くした子、半人種族として忌み嫌われる子、特別な存在として犯罪に手を染めてしまった子。
そんな子たちを保護する事ができるのが、執務官と呼ばれる魔導師として誇らしい仕事だと、小さい頃に母が語ってくれた。
あの子は、どんな仕事に就きたいのだろうか?
やっぱり、あの人のような仕事をしたいと思っているのだろう。
私たちを救い出してくれた暖かな光。
優しさの中に、強さを持った憧れだったその人に恩を返したい。
それが私たち姉妹の願いだったから......。
どれぐらい眠っていただろうか、目を覚ました時にそこは見知らぬ天井が広がっていた。
「何...? この状況は...」
両隣には、試験官だったルリさんと、恩人が下着姿で横たわっている。
両者ともに眠るように寝息をたてている。
大人びた綺麗な寝顔だが、互いに私を抱き枕のように抱えて眠っている。
寝起きで頭が回らないが、この状態では話が進まない。
遺憾ではあるが、説明をしてもらわねばと思い声をかける。
「あの...試験官さん。起きてください」
ルリさんの頬に手を添えながら、起こそうと試みる。
「んんぅ...。ダメだぞぉ姫ちゃんは私のぉだからなぁ......!」
逆効果だった。
綺麗な寝顔とは裏腹に力強いハグを受けてしまう。
嫌味のように大きな胸に顔を埋められた私は、飽きれたようにため息をつきながら、分身を作り出して位置を入れ替えるようにその場から離れる。
よく見つめると、恩人の隣にフィアの姿を見つける。
ぐっすり眠っているようで起こすまでに至らないと判断する。
窓際から篭れる光が射し込んでいるのを見つめては、そちらに足を運ぶ。
カーテンと少し開けて、広がる世界につい見惚れてしまった。
広い海と海に映る月にキラキラと光る砂浜。
窓を開けて外に出ると、海風が髪を靡かせながら吹き抜けた。
「綺麗でしょ? 気に入ってくれると思ったんだ」
後ろから聞こえる声。
振り返ると恩人の姿がそこにはあった。
笑顔で私を抱き上げると、お姫様抱っこでゆっくりと砂浜を歩き出す。
「ここは私たちの別荘で、休日になると偶に集まって騒いだりするんだけど、私もここから見る夜の景色が好きなの」
優しい表情で見つめられると、同姓だとわかっていても胸が高鳴ってしまう。
もしかしたら顔も赤くなっているかもしれない。
何か話さなければと、口をパクパクさせながら慌てた姿を見せてしまう。
クスッと笑った相手もわかったようにゆっくりに砂浜に足を着かせてくれた。
「シアちゃん...だっけ? また会えると思ってたよ。貴女たち姉妹は必ずここに来るって」
頭を撫でられながら、見上げた相手から渡された小さな箱。
「開けてもいいですか?」
頷いた相手を確認すると、箱を開けて中身を見つめる。
「リボン......?」
エメラルドグリーン色のリボンを取り出すと、相手が手に取って私の背に回る。
「姉妹で同じ色のリボンをしてたから、私が見分けられるようにっていうのと試験合格祝いかな」
髪に触れられるのは不快ではなかった。
髪の長い私たちの為にこの人のくれたプレゼントに胸が高騰していたのもあったが、姉妹で分けられた物など貰ったことなどない。
髪を結んでもらうと、水面に映りこんだ自分の姿を見つめる。
「気に入ってくれたかな?」
この一年間を感情を殺してでも掴みたかった夢。
それはフィアと共に追い求めた魔導師として、一流といわれなくともそれなりの生活を送れること。
たったそれだけの希望を追い求めていた。
この人に改めて、出会った事で気づかされた。
ただの生活だけじゃ、満足に浸れるとはいえない。
誰かに認められて得る幸せ。
それが込み上げた感情だったのかもしれない。
相手を見つめる事ができずに長い前髪で顔を伏せてしまう。
今まで保っていた強さを消してしまうかもしれないという恐怖。
「ごめ...んなさい......。私...こんな......」
涙が止まらず、伏せた顔が上げられない。
フィアにバレたら私は、私でなくなってしまう。
それにこの人の前では、こんな姿を見せたくなかったという思いでその場を後にしたいと砂浜についた足に力を込めるが、思ったように足が進まずに水面に倒れこんでしまう。
塩の味で口の中が満たされいく。
味わったことのない水の重さと、貰ったリボンを汚してしまった罪悪感に死んでしまいたいとも思った。
「いいんだよ、泣いても...。それは弱さじゃない。だから我慢しないで......」
優しく包んでくれたその人は、自らが濡れる事も気にせずに暖かな肌を合わせてくれた。
人の温もりなんて両親が亡くなって以来、感じたことなどなかった私に教えてくれた。
涙は弱さじゃない。その言葉は、私の心に巣食う我慢していた感情を解いてくれた一言だった。
その晩の静かな夜に私は、声を出して相手の胸の中で泣いた。
どんなに醜い姿でも今日だけは、ほんの少しだけ弱い私をこの人が受け止めてくれた。
それだけが嬉しくて、声が枯れるまで泣いていたんだと思う。
いつかこの人が、今の私みたいに弱さを見せた時に守れるような強さがほしい。
その想いが、今後の私の心の支えになるだろう。
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