第23話 第二章 未来烙印編 -蒼き空と夢の続きへ-

青空の下、魔法を自由に行使してもいいという国立競技場のような場所。


今日からここで魔法について学んでいくと、語ってくれた恩人はいつも見せてくれる優しい笑顔を封印したように真剣な表情をしている。


いつもなら隣にいてくれたシアも今は違う場所で、ルリさんと訓練で必死に違いない。


「ボヤっとしてると長く持たないよ?」


一瞬の内に間合いに入り込まれた。


迎撃が追いつかず、障壁で防いだものの壁に背中を打ち付けてしまう。


「くっ...ごほっ......」


この人は本気だ。


本気で私にぶつかりにきている。


甘えた気持ちでは本当に長くは持たない。


今朝まではこんなに苦しい訓練になるとは思ってなかった。




私が朝を迎えた時、あの人は初対面に対して、探るように無口になってしまうシアと楽しそうに話をしていた。


その光景に驚いては、その状況を私が目覚めた事に気づかれるまで夢中になっていた。


「おはよう。気分はどうかな?」


あの人に抱かれながら、これから朝ご飯だろうという準備されていた朝食の席に着かされる。


髪を梳いてもらい、装飾としてリボンを結んでもらう。


「シアちゃんには渡したんだけど、私からのプレゼントだよ。気に入ってくれるといいなぁって」


結ばれたリボン姿を鏡で見せてもらう。


髪の縛り方も姉のシアと違い、憧れていた人と同じサイドテール。


「あ、ありがとうございます! あの私、頑張りますから!!!」


アクアブルー色のリボンで、姉もいつも通りの姿を見せていたが、結ばれた髪を見せて自然と笑みが零れていた。


シアもこの人に結んでもらったのだろうか?


「さぁ、朝ご飯にしようか」


笑顔の素敵なその人共に姉妹揃って「頂きます」と両手を合わせた後に眠っていたルリさんを起こしに席を立つ。


母親のような優しさを横目に口にパンを運ぶ。


ルリさんも合流しての朝ご飯。


食卓を囲んでの朝ご飯なんていつ以来だろうか。


何気ない朝の会話。


それが普通だという認識がない私たち姉妹にとって朝ご飯というものが、こんなに楽しいものなんだと教えてくれた。


タイミングを図ろうとするが、会話で口に食事が運べない。


会話をしながらの朝ご飯が、こんなに難しいものだとは思わなかった。


この人は、私たちにとっての初めてを色々と教えてくれる。


私たちに年齢相応と思わせる程、落ち着いていて綺麗で知的な素敵な女性。


私もこんな大人になれるだろうか。


「ところで、フィアちゃんたちに私の名前って教えたんだっけ?」


盲点だった。恩人のこの人の名前を私たち姉妹は知らなかった。


いつもまでも名前を知らないわけにもいかず、中々言い出しにくかったその人の名前を知らずしていては、今後の呼び方に困るがシアと目を合わせては失礼だと思い、口を開けずにもごもごと静かな時が流れる。


「ごめんごめん。私が悪かったね? 貴女たち姉妹もわからない事があったら、もっと子どもらしいところを見せていいから遠慮しないで」


申し訳なさそうに慌てるその人を見つめては、シアが頷いてみせるのを見て私も頷く。


「私はカグラ。ルリ試験官とは、昔からの戦友?になるのかな。役職は戦技教導官で稀に前線の後押しをしたりすることもあるよ」


戦技教導官という役職を頭の中では理解していたが、あの事件の時にこの人が救ってくれた事は偶然だとは思えない。


まるで運命が廻り合わせたような出会い。


「船の時はありがとうございました。私たち姉妹の命を救ってくれた貴女に会いたいと日頃から思っていました」


シアが丁寧にお礼をすると、合わせるように私も頭を下げる。


「私が前線にいたんだけど、その時の上官がなんか饒舌でね? 姫ちゃんにも悪いと思ったんだけど出動して二人を助けてもらったの」


ルリさんもあの場にいたことを知りながら相槌をしている。


話を進めていると、ルリさんもカグラさんに劣らない魔導師ということや死傷者は無しで、取り残されたのは私たち二人だけという不可解な事件であったが、何よりも不思議だった事は。


「あの船にAMEが敷かれていたこと。そしてあの場で対処できた魔導師が、私やルリさん以外いなかったことだね」


ただの救助なら当に救われていただろうが、カグラさんを呼び出さなくてもルリさんが飛び込めば解決したのではないだろうか。


話に深く考え込む私たちに手を叩いて、カグラさんが注意をひく。


「その話は後にしよう。食器を片付けるから食べ終わった人から持ってきてね?」


いつの間にか平らげていた食器に目を移すと、随分と残っていた自分の皿を空けようと、急いで口に含んでは遅れないようにシアと共に食器をカグラさんの元へ持っていく。


「ちょっと待って。口にケチャップがついてる」


人差し指で頬についたケチャップを掬われると、シアも同様についた鼻先のケチャップを薬指で掬われる。


「ふふっ。やっぱり双子だね。今の姿が本来の貴女たちなんだから、私の前で無理に大人ぶらなくていいんだよ?」


振り返って食器を洗い始めるカグラさんに私たちは、顔を見合わせては子どもらしくというのが、どういう事なのかと互いに悩むように難しい顔を浮かべる。


「姫ちゃ~ん。そろそろクーちゃん起きる頃だけど、私が連れてきていいの?」


「ルリさんが行くと泣き始めちゃうから私が行くよ」


この家にまだ住んでいる子がいるのだろうか?


「あの! 私も一緒に行っていいですか?」


私たちと同じ境遇なのかもしれないと思い、カグラさんの袖を握っては首を傾げてみせる。


優しい笑顔で「いいよ」と手を繋いで廊下を出ては、下の階に下りていく。


たどり着いたのは厚い扉で覆われた部屋で、周りにAMEが厳重に敷かれた部屋。


「あの...これは一体......?」


「あぁ、ごめんね。この子はちょっと特別だから、私たちも手を焼いているから身構えていてはほしいかな」


身構えるという言葉の意味を考える間もなく、1mはあるであろう厚い扉を難なく開けるカグラさんの後に続いて中に入り込む。


薄暗い部屋で中がよく見えないが、確かに部屋の壁には何かで切り裂いた跡がついている。


「誰? この子?」


気配を感じることはできなかった。


気づいた時には首筋にナイフだと思われる冷たい刃に傷口から流れる血が床に落ちる音がしていた。


「『クーデリア』。その子は私の新しい家族なの。そのナイフを降ろしてくれないかな?」


一歩も動けず、ナイフを突きつける相手の顔も見えない恐怖に足をフラつかせた私を背に、小さく笑い始める相手。


「じゃあ僕がこの子をやったら、眷族は真の意味で我が配下なるという事だな!?」


傷口を舐められるとビクっと身体を震わせて、痛みに対して涙を流しそうになってしまう。


カグラさんに迷惑をかけないつもりで着いてきたのにと心配をかけた事への罪悪感でいっぱいになってしまう。


「さぁ,我が配下に......」


「クーデリア?」


普段は優しさで満ちたカグラさんがこんなに怒りを露わにしているのは、初めて見るが本気で相手を仕留めかねない迫力だった。


クーデリアと呼ばれる子の頭を掴むと、ゆっくり私から離すように持ち上げる。


恐怖で動けずにいる持ち上げられた相手を見つめては、小さな声で助けを私に求めている事に気づく。


人質に取った相手に助けを求めている辺りから、カグラさんは怒らせてはいけないというのが、ヒシヒシと伝わってくる。


「クーデリア。私との約束覚えてる?」


「ひ、人に迷惑をかけちゃいけない。あ、あと許可なく血を飲んじゃいけない...だよね?」


震えた声で相手の手から離れて、私の後ろに隠れるクーデリアさんの姿を見ながら、カグラさんを見つめるといつもの雰囲気に戻っていた。


「次にやったら、クーデリアの男の子の部分を切り落とすつもりだから用心してね?」


笑顔で言うには、残酷な例え話であったがクーデリア少年は、縮こまるように泣き出してしまう。


頭を撫でるようにあやしながら、そのまま元いたリビングへと連れて帰る。


背丈は私たちと変わらず、白髪で女の子のような顔をしていたが、カグラさんの話だと同い年ということだ。


シアとルリさんの前にクーデリアさんを立たせると、射し込む光が苦手なのか持ってきたダンボールを広げては、中に篭ろうと蓋をしめる。


「この子はクーデリア。祖先はロンドンで有名だったとされてるジャック・ザ・リッパーで、ちょっと訳ありの男の子なの」


ダンボールの蓋を踏みつけながら、ルリさんが説明を始めるとシアが隙間から見える相手の目を見つめては、近くにあったライトで中を照らしては、嫌がる相手を無表情でイジメ始める。


「吸血鬼って種族であると同時に、この子は過去の記憶としてアーサー・ペンドラゴンの意志も継いだ貴重な存在でもあるの」


「だから配下と眷属って似通った言葉遣いをしていたんですね。でも偉人の意志が殺人鬼の子孫に宿るなんて」


ダンボールを見つめながら、カグラさんの話を聞いては、本でしか読んだことのないブリテンの王と、ロンドンを騒がせた殺人鬼のハーフというクーデリアさんの存在がにわかに信じられない。


「私たちだって同じでしょ? 双子なのに魔力体質も受けた恩恵も違うなら、この子の存在も否定はできない」


シアが私の顔を見つめながら、クーデリアさんの存在を肯定している。


確かに数分違わずに産まれた私たち姉妹でもこんなに素質が違うならば、合い違わぬ存在がいるのもおかしくない。


「殺人王なんだぞ僕は! 君たちが僕に歯向かう事が如何に愚かかわからせてやるからな!?」


ダンボールから聞こえる声にそれ程まで脅威を感じられず、ライトで再びダンボールの隙間から照らし出すシアにクーデリアさんの悲鳴が可愛らしい声が響く。


吸血鬼で、殺人鬼の子孫で、ブリテンの王の意志を持ち合わせるクーデリアさんの頭の中で交差している感情というのは、衝動的なモノもあるのだろうが、何よりもカグラさんが管理している部分も含め、私たちのこれからにも関わってくるかもしれないといった未来もあるのかもしれない。


「さて。朝食も終わったし、今日は模擬戦感覚で二人には、私とルリさんの相手をしてもらおうかな」


「リミッターとして、私たちも魔力回路に制限は付けるから大怪我も負わないし、二人でも十分戦えると思うから頑張ってね」


ダンボールを持ち上げると、中に入ったクーデリアさんと共に準備の支度をするといったようにリビングを出て行く二人の教官。


リミッターを付けるとはいえ、実戦経験が違う分、不利になるだろうと過程しながらの戦略を立てていく。


この時の私たちは、二人で教官達を相手するものだと思っていた。


いつだって、無理難題な問題も二人なら何とかできると今まで、克服してきた面もあり、今回も大丈夫だろうと高を括っていたのが間違いだったのかもしれない。


「二人共、準備はできたかな?」


カグラさんの声が聞こえると振り返った先には、スポーツを行うような服装をしていた教官達の姿があった。


姉妹二人で頷いてみせると、転移魔法を描いて待機しているルリさんの元に駆け寄る。


「フィアちゃんはこっちの魔法陣ね。ルリさんの方には、シアちゃんが一人で入ってね?」


二人別々の魔法陣という疑問に首を傾げながら、言われた通りにカグラさんのいる方へ向かう。


「まさか...!? フィア、私の言ったことを......!!!」


慌てるように私に叫ぶシアの言葉を全て聞く直前、シアとルリさんは転移魔法陣から何処か別の場所に跳んでしまった。


何を伝えたかったかは、私自身も転移した先で理解することができた。


「さぁ、始めようか?」


微笑んでくれたカグラさんを背に私は、動揺を隠し切れずにその場に膝をついてしまう。


「シ、シア......?」


その場には、私とカグラさんしかおらず、シアとルリさんの姿はない。


二人で編んだ作戦が使えず、ただ一人取り残されたような孤独に意識が遠退く。


「やっぱり二人じゃないと、互いに何も出来ないのね」


ふと聞こえたルリさんの声に目を向けると、一人で渡り合おうとしているシアに容赦ない魔力弾幕が降り注がれている映像が映し出される。


防御に手一杯といった様子のシアに追い討ちをかけるような、攻撃を隙なく撃ち込み続ける様子を見続けるのが、嫌になって目を背けてしまう私にカグラさんが手をかけながら、訴えかけている。


「ちゃんと見て。シアちゃんは諦めてないし、負けてもいないんだよ?」


その言葉の意味がわからず、首を横に振りながら泣き出しそうになる衝動を抑えきれずにいた。


カグラさんも恐らく、ルリさん同様にこれ程の差があるに違いないと。


自負した上でこれから行う模擬戦で、恩人である彼女に弱い自分を見せてしまったら、もう一緒にいられないかもしれないという恐怖。


そして、シアと作り上げた夢を壊してしまうかもしれないという絶望の中で、小さな声だったが姉の声が聞こえてきた。


「私が...フィアの前で泣き言吐いたら、あの子が立ち上がれない......」


ボロボロになった身体を起こして、再び魔力を練り始めるシアの姿がそこにはあり、T・R・Dツヴァイ・リム・ディヴィジョンでしか本来使わないテスラモーメントを解放しながら、ルリさんに向かって投影魔術を駆使していた。


「私たちの夢を一度は掴んだんだ...。だからもう放すつもりはないんだから!!!」


シアとの映像を映していたカメラが唐突に真っ暗になる。


模擬戦の影響で壊れてしまったのだろう。


シアにエールを送ることも出来ず、取り残された私に送ってくれた姉の言葉に恥をかかせたくないと思った。


「やります。私も夢を諦めたくないから...だからお願いします!!!」


XUNISを展開すると、あの事件で救ってくれた恩人を目の前にして泣き言はもう吐かないと決めた。


カグラさんのXUNISが展開されるのを確認すると、互いに10歩ずつ後ろに下がる。


「お姉ちゃんが頑張るから、やる気を出したのかな?」


刀を構えるカグラさんの背後に回り込むと、そのまま回転を加えた蹴りを打ち込もうとする。


間一髪といったように腕に付いていた小型の盾で防いで見せるカグラさんに追撃で、踵落としをしようと試みるが、刀で弾かれてしまい、距離を置かれてしまう。


「違います。いつまでもシアに甘えてられないと思いました。カグラさんもそれを望んでいるんじゃないですか?」


圧倒的な速さで迫るカグラさんから放たれる斬撃を受け止めることで、精一杯だが嬉しそうに対面してくれた相手に私なりの答えを出そうと頑張ってみる。


問いに答えてはくれなかったが、必死な私のけじめに付き合ってくれた目の前の相手に情けない姿を見せないようにと。


気づいたら陽が沈む直前だった。


魔力も底をついて、身体中が痣や傷だらけだった。


その姿に手を差し伸べてくれたカグラさんの手は、私との戦いの影響で燃え上がるような熱さだった。


嬉しそうな表情でカグラさんは私を抱き上げてくれた。


入り口の近くで待っていたシアとルリさんの姿を確認しながら、大きく手を振って得たものがあったとアピールをする。


シアも満更でもない顔をしながら、小さく手を振りながら互いに一歩だけだが、心が成長できたのだといわんばかりに納得し合う。


「帰ったらお風呂とご飯にしよう。晩御飯は何か食べたいものあるかな?」


カグラさんに抱かれながら魔法陣の中に入った私たちに問いかける。


これといって食べたいものは無かったが、祝いの席のように扱われた事もあり、地球のニッポンという国の伝統料理を食べることにした。


お寿司というらしいが、初めて見つめるその料理に双子の私達と、ダンボールから見つめていたクーデリアさんも艶のある目の前の食べ物に見とれていた。


何も注意されていなかった事もあり、醬油に浸して食べる事を薦められるがままに口に運ぶ。


結果は、全員で口から鼻に広がるワサビの刺激に耐え切れずに涙ぐんでいた。カグラさんも、ルリさんもその姿に笑っていたが、多人数で席を並べて食べるその時の食事は凄く楽しかった。


暖かな家庭で育まれた幸せを放さないと、心に誓った晩の夜。冷え込む風が吹き抜けたが、互いに一枚の毛布を巻き合いながら屋根の上でホットミルクを手に空を見上げていた。


「シア。今日はありがとう。シアが居なかったら、私は此処には居られなかったと思う。独りで何も出来なかった私を勇気づけてくれたお姉ちゃんが、私の誇りであり、向き合うべき目標だってわかった。

カグラさんも自分を知ってほしくて、今日の模擬戦をしたんじゃないかな?」


「フィアはカグラさんに、私はルリさんにそれぞれの弱みを知られたと思う。でもそれは、私たちがこれからも伸びていける力を秘めてるからだと思う。

こうして二人並んでいられる日も短いかも知れない。だからフィアには、私よりも高みに上り詰める事が出来ると思う。私に無いものがアンタにはあるからーーー」


その言葉の意味はわからなかったが、星々の並ぶ綺麗な空を見上げながら、明日に向けた誓いを流れ星に託すのであった。

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