第20話 第二章 未来烙印編 -スタートライン-
客船の沈没事件から、早くも一年の時が過ぎようとしていた。
今もあの時に救ってくれた恩人の顔は忘れない。
そして私もいつか、あの人のように誰かを救える魔導師になるんだ......。
目の前に広がるは瓦礫と砂埃の吹き荒れる廃墟の数々。
今日は姉の『シア』と、私『フィア』の魔導師の第一歩となる試験の日だ。
憂鬱ながらも姉のシアは、成績優秀で実技においても魔術学校でトップ。
それに比べて、私はというと......。
「姉妹だからって名前順にコンビを組まされるなんて、私も天から見放されてるのかな?」
やる気のない溜め息と共に視線が私に向けられている。
「だ、大丈夫だよ! シアは私とボロが出た時でも誤魔化せる程、天才だし!」
慌てながらもフォローというには、些か過去の例を掘り起こすような地雷原を踏んでしまう。
そう私という人間は、姉に比べてこれといった取り柄もない没落魔導師見習い。
姉の出来ない事は私が、私ができない事は姉がといった互いに助け合う事ができない。
それが現状という事だ。
「フィア、いいかな? この試験を落としたら、私たち揃って退学処分なのは忘れないでね?」
人差し指を鼻先に突きつけながら、ジィーっと瞳を覗き込むように見つめてくる姉に動揺しながらも相槌をする。
「わかってるよ。この試験を逃したら、生活費免除でこの一年を過ごしてきたし、この機を逃したら進学も危うい事くらい」
言葉だけならというように怒ってしまったのだろうか、顔を背けながら膨れ顔をしている。
「はーい。ちゅうもーく! 試験前に喧嘩はダメだよ?」
茶色の髪をした綺麗な試験官の姿がモニターに表示されると、これから始まるとされる試験を前に仲を取り合わせようとしてくれているのか、笑顔の素敵なその人はユーモアに話を進めようとしている。
モニターに向かい、二人並んで敬礼をする姿にうんうんと納得したように笑顔を見せてくれた試験官。
「本日、試験官を担当させてもらうのは、ルリ一等空佐です。主席シア見習い魔導官、同じくフィア見習い魔導官で間違いないですね?」
返事と共に目の前に存在していた廃墟が形を変えて、入り組んだ迷路のような道が現れる。
「今回の試験概要は魔導師ランクA+の試験で間違いはないかな? 質問なら今の内に受け付けるけど?」
「A+......?」
ルリ試験官の発言に首を傾げるよう、シアがこちらをロボットのようにキリキリと動かしながら見つめてくる。
「はい! 間違いないです!!!」
私は返事を返すと、急に襟を持ち上げるように勢いよくシアが私に掴み掛かる。
「あ、あ、あんたぁ!!! 馬鹿じゃないの!? A+ランクって言ったら私たちの八つランクの高い試験じゃないの!」
「で、でもシアは先生にA+でも通用する試験だって......」
今にも殴られてもおかしくはないといった興奮状態のシアに落ち着くように説得を試みる。
「私が良くてもアンタが出来損ないじゃない!!!」
泣きそうな顔に荒ぶった熱い息が顔に当たりながらも揺さぶるのを辞めて、壁に手をつくシアを背に浮いた位置にいるルリ試験官が口を開く。
「あの、いいかな? 試験内容に変更がある場合は事務局から学校に報告されて、次の試験は半年後になるんだけど?」
切羽詰まったようにシアが「終わった」と何度も連続で諦めかけている中で、どうすればいいかとあたふたしている間もなく開始時間は狭まっていく。
私の判断ミスでシアの人生まで台無しにしたことを後悔し始める。
ふと何かを思いついたようにシアが、壁から手を離して試験官と向き合う。
「やります。やらせてください」
知略に満ちた時のシアの目は、いつも真っ直ぐに向けられている。
今回も私を抱えたまま、受かる戦略を立てたに違いない。
「その試験に必要なのは、二人揃ってのゴールですよね?」
試験官を見つめる目に曇りはないといった様子で、話を進めようとしている。
ルリ試験官も笑顔で頷いて見せると試験概要の説明をし始める。
「ターレットは全部で16個、それぞれが敵を探知した瞬間に軽い衝撃波を放って脳に刺激を与えて、痛みを感じさせるから注意してね?」
内容を理解したように次々と説明を鵜吞みにしていく。
「細かい説明はここまでだけど何か質問はあるかな?」
「特にないので始めてください」
目先は既にゴールという雰囲気を出しながらも抑えきれない疼きにステップを踏み始めるシアに手をかける。
「し、シアぁ!? ちょっと、試験官さんに失礼だよ......」
「ふふっ。気にしなくていいよ。さぁ、試験を始めよう!」
カウントを開始するように赤い点滅が青に変わろうとしている。
モニター越しに頑張るようにと手を振りながら声援を送る試験官さんを背に私たちは、スタートを切ったのだ。
「意地悪だねぇ~。救ってあげた子たちだったんでしょ?」
ルリの振り向く先には、客船の沈没から試験を受けに来た二人の恩人とされた教導官の姿がそこにある。
「この試験、本当は私が手を加えたからちょっと顔を合わせづらいっていうか.......」
相手も理解してるだろうと苦笑しながら、モニターに近寄ると椅子に座り、二人の様子を見つめ始める。
「この試験にあの子たちは通過する。私が見込んだ子たちだし、それにちょっと気になる事もあるからね」
あの日に沈没しそうな暗い闇の中で生き抜いた二人。
でも、あの時に感じた力を私もあの子たちに期待をしてるのかもしれない。
私の胸に抱かれた小さな身体に秘められたのは、この世界を変えるかもしれない多大な資質。
一歩間違えれば、世界の脅威になりうるその力を今は育ててみたいと、私は彼女らに最初の試練を与えたのだった。
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