第43話 第二章 未来烙印編 -世界に愛された者-

互いに譲れない世界があったのだ。

鏡合わせの自分の向き合うとは、一体どんな気分になるのだろうか。

見守る生き残った彼女を慕う仲間にもそれはわからない。

ただ目の前にある願いの為に刃を向け合うことに意味を問うことはしない。


「どうしても避けられないのでしょうか? 同じ存在同士なのに」


「人は自分に似た存在に懸念を抱いてしまう。だから怖いのかもしれない。自分と似た存在が、誰かを傷つけてしまうのが」


カグラの復活に立ち会った者達を集めた後にシラユキの次元に関与されないフィールドの中で、全員が様子を伺っていた。

シラユキが抱く疑問にシキが答えるように頭を撫でて、向かい合う二人の気持ちを考察するかのように解説をしていた。

理屈では納得はしているのだろう。でもーーー。


「でも、こんなの悲しすぎます」


「それは彼処にいる眷属...カグラさんが一番よく分かっておるのだ。我らは絶対に立ち入ってはならぬ」


クーデリアが瀕死ながらも聖剣を地面に刺しながら、辛うじて立っている状態ながらも、しっかりと目に焼き付けようと必死に意識を保っているようだった。


「これは私達の未来じゃない。姫ちゃんの物語なんだから」


「俺達が望まれない限りは手出しするのは辞めておこう」


ルリも負傷して片目を開けずにいたが、最後の戦いを目の当たりにしようと上体を起こそうとするが、力が入らないのかそのまま地面に横たわってしまう。

気持ちを悟るように倒れた彼女を抱き上げるシキに有り難みを感じるように腕を首の後ろに回して、しっかりとカグラ同士を見据えようとしていたのだ。



「ねぇ私。この世は何で戦いが終わらないと思う?」


「そんなの、わからないよ。貴女にはわかるの?」


沈黙を保っていた二人の間に出された未来のカグラからの質問。

その答えを欲しているとは思えなかったのか、素っ気ない態度で返答をした直後に目の前にいた筈の相手が消えた事に気づく。


「我もわからぬ。だが、わかる事はある。世界は貪欲で自分勝手だから、歯車は疎まれた存在で憎み合う事しか出来ない。貴女も生きてきた上で、何人に騙されたか憶えてる? 憶えてるわけないわよねぇ? 数なんてイチイチ数えてられない。そんな人数に裏切られてるのだからーーー」


消えたと思った未来のカグラの姿が背後にあり、耳元で呟くようにして動揺を誘おうとしているのだろう。

片腕を掴まれて、腹部を押さえつけられながらも闇を放ちながら取り込もうという算段は容易に理解出来ていた。


「もう一つ質問。何故、我はこの世界の兄様を奪おうとしなかったのか」


「その答えならわかるよ。貴女がワガママで、本当は誰も愛していないからでしょ?」


可哀想な者を見つめる目をしたカグラは、刀を抜刀するなり背部の自分自身に突き刺そうとする。

残像といわんばかりにスッと姿を消して、宙に浮き上がっていた未来のカグラも笑いを堪えずに、いられなかったのだろう。

狂ったように高笑いをしていた目の前にいる私ではなく、自分の事のように納得したのか、笑い終わると同時にカグラと同じエクセリウスを空間から取り出すと、抜刀をして構えを取る。


「そうだよ。私はワガママなのかもしれない。だから全てが欲しいんだ。だから、邪魔をするな!」


圧倒的な剣圧を押し付けるように急降下した相手の太刀筋を受け止める。

互いの戦い方を理解している分、精神面で負けた方が不利を取る。

そんな鍔迫り合いの中で、戦いを見つめていたシラユキ達の前に魔力の残留思念のようなカグラが姿を現す。


「お父様!」


「ごめんね。みんなを巻き込んじゃって。この私は立体映像にしか過ぎないんだけど、最後にイヅナだけは置いていきたくてーーー」


魔力で構成されたカグラが手を翳すと、その先に融合していたイヅナを分離させる。

その後に無理に笑顔を作っていたカグラにクーデリアが、立体映像と分かっていても殴られずには、いられないといったように頬に平手打ちをする。


「最後なんて言わないでください。僕の大好きなカグラさんに消えて欲しくなんてないです。必ず...必ず、帰ってきてください!」


「ありがとう、クーデリア。貴女の気持ちに答えてあげられなかった私をこんなにも慕ってくれて。うん、私出来るだけ頑張るから。だから、ちゃんと見ててね?」


今にも泣き出しそうなクーデリアの頭を撫でながら、実体のある奥で戦っていたカグラも微笑むように覇気を上げたのか、未来の自分自身を大きく突き放す程の一振りを浴びせる。


「シラユキもごめんね。私、貴女の本当のお父さんを消しちゃうかもしれない。そうなったらーーー」


「わかっています。私の存在はこの世から消えるでしょう。時間軸に関与出来る事の出来なくなる条件は、お父様の死。そんな事は承知で敵対の意志を見せているのですから、『カグラさん』は気にしなくていいのですよ」


胸の前で手を組んだシラユキを見据えたように覚悟を決めた自分の娘をゆっくりと抱きしめるように映像だったカグラは、厚みのない感覚だけの気持ちを込める。

その姿に堪えきれない感情が湧き上がったのか、シラユキは涙する。

声を荒らげるように大きな声でカグラを求めたのだろう。


「お父様! お父様ァァァァ!!!」


時間切れが来てしまったのだろう。

抱いていた思念が消えて、シラユキは状態を保てずにそのまま地面に這いつくばる形になってしまう。

泣き叫ぶ娘の姿にその場の一同が、手を差し伸べる事すら出来なかった。

親を失くし、自分も消えてしまう心情を誰も理解出来る筈もない。

全ては虚言に終わってしまう。

シラユキの流す涙のように空からは、大きな雨が振り始めるのだった。



「ねぇ? 貴女はこの世をどんな世界にしたかったの? 兄様の為だけの世界?」


一度は照らした空から降り注ぐ雨の中で、剣先を相手に向けたカグラは問いかける。

個人の為の世界を自分自身が作ると思えなかったのだろう。

闇に取り込まれても尚、シキを想う気持ちがある故に彼女にも何か理想があるのではないかと、滴る髪で視界が曇る中で相手に尋ねる。


「そんなものいらないと言った筈だ。私は兄様さえ生き返れば、それで......」


「生き返った後に貴女はどうなっても良かったの? シアとフィアの力と私を取り込んで、本当にそれで満足したの?」


シラユキを産む為に幸せを得たであろうクーデリアと、ルリやイヅナを捨ててまで兄を大事に想う事など、考えられる筈もない。

誰も止めなかった筈もなく、彼女が孤独になどなるわけもない。

そんな気がしていたのだ。

カグラ自身が、一番にわかっている答えは自ずと見えていたからかもしれない。


「...黙れ。貴様には一生わからぬのだ!」


「わからなくていい! そんな世界なら、私は要らないから!!!」


カグラの言葉を聞くなり、心の奥底がプチンと切れたように力任せの太刀の一振りをすると、剣圧で鎌鼬のように肌を掠めるように切り傷が至る箇所につく。

苦しんでいる目の前の自分自身に、自分の気持ちを伝える為には『自分が納得する方法』を試すしかないのかもしれないと、魔力を解放するように天に届く程のオーラを放ち始める。


「集え、闇の奔流ーーー」


「集え、紅星ーーー」


互いに最大の力をぶつけ合う体制に入り、周囲の魔力が二人に集中して集まる。

魔力の大きさは同じで、拡大を続ける互いの想いに伴って魔力が集合した円状の球も大きくなっていく。

息を呑むような状態で、見つめ合う二人にサイを振るように天から一滴の雨が地上に降り注ぐ。


「「ディバイディング・ブレイカァァァァァアアアア!!!!」」


同時に放たれる魔力砲撃にぶつかり合う二つの衝撃に辺りの大地は震える。

フィールドを張っていたシラユキ達も耐えきれずに衝撃に呑まれて、遠くへと飛ばされながら、崩れていく地上がどれだけの力を生んでいるかを訴えかけていた。

砲撃がぶつかり合う先に見えていたのは、泣いている未来の自分の姿。

『苦しい、助けて!』と心に響くその姿と裏腹に闇が、心を縛っている事がカグラ自身も分かったのだろう。


「絶対に助けるから! 絶対に諦めないで!!!」


「ほざくなぁぁぁ!!!」


闇の奔流が出力を上げて、カグラの砲撃を呑み込んでいく。

押し負けそうになっていた自分に踏ん張りを利かせようとしているが、現界が近いように徐々に威力が弱まっていく。


「所詮、過去の自分! 私の敵ではない!」


「まだ...まだ......。絶対に私は諦めない。みんなと約束したんだからーーー」


(大丈夫、私達が一緒だよ)


声がしたのは相手の肉体から分離したように現れた思念体。

その姿は、成長した友の姿達。

イヅナ、ルリ、アマツ、クーデリア、シア、フィア。

全員がカグラの身体を支えるようにエクセリウスに乗り移ると、出力が戻るように闇の奔流の勢いを留めてる。


「私は一人じゃない。みんなの気持ちが私を支えてくれてるんだから!!!」


片手を空に掲げたカグラの元に呼ばれたように集まる五つの光。

もはや、ハーモニクスなど必要としない絆を目の前の闇の自分に教えるように宿った力の全てをぶつけるように小太刀を後ろに構えながら、魔力を更にブーストする。


「ブレイブ・シュートォォォォ!!!」


同時射撃を行うように小太刀を前に構えると、飛躍した魔力砲撃が太刀打ちをする事を許さないといったように一気に相手に届かせるように魔力の渦が相手を呑み込んでいく。

魔力砲撃を浴びせると同時にエクセリウスが互いに砕け散り、ノックダウンしたように地面に横たわり、魔力も出し切って、身動き一つ出来ないといった状態になっていた。


「まだ...だ。我は負けない。我が悲願の為、負けられぬのだ......」


未来のカグラは立ち上がる。

もう目に光はなく、闇が支配しているといった様子だが身動き出来ないカグラ自身に打つ手が存在しない事から、半ば諦めかけていたのか、抵抗せずに目の前の相手を見つめている。


「最後の最後に勝つのは我だ。この体と貴様と入れ替えれば、まだ戦えるーーー」


「良い事を聞きました。貴女は現界なのですね?」


カグラの上を飛び越える小さな身体。

それは彼女自身が安置を一番に望んでいた最愛の存在だった。

魔力を込めた蹴り技に為す術なく、吹き飛ぶ闇に支配された未来のカグラは、海の中へと落ちていく。


「全く、私を大事に想うなら戦場に連れて来ないでください。寝てられないじゃないですか」


「イヅナ......」


「はい。私よりも吸血鬼のへなちょこ王様が良かったですか?」


キョトンとした顔で、身体を支えてくれたイヅナに安心したのか、泣くだけの体力もないように静かに涙だけを流していたカグラを母親のように優しく背中を叩く彼女に感謝しているのだろう。

普段の強がっていた自分を捨てて、昔に戻ったようにひたすら甘えていた。


「えーっと、イチャイチャしている所を悪いんだけど、たぶんまだ終わってないよ?」


シキに抱かれていたルリが近づきながら、海に落ちた未来のカグラの方を指差すと浮き上がるように海面から浮上していた。

だが、フラフラな状態に変わりはない。


「カグラの事なら何でもわかる。殴られて、一番痛がる所もーーー」


「イヅナさんは病み上がりなんですから、下がっていてください。ここは僕が」


クーデリアがイヅナの前に立つと、苛立ったのか目の前にいた身長差はそれ程ない相手を後ろから蹴り飛ばす。

予想外の反応に顔を強く地面に打ち付けたクーデリアは、顔を押さえながらイヅナに向かい合う。


「痛いじゃないですか! 噛みつきますよ!?」


「上等ですよ、八重歯へなちょこ王子。やれるものならやってみてください」


イヅナが鏡で光を屈折させて、直射日光をクーデリアに当てながら、弱っている所を踏みつけて、勝ち誇った姿をしているが、海面から浮き上がった未来のカグラが放置されている事に周りが額を抱えていた。


「じゃあ、二人共いくよ?」


だいぶ回復したのか、シラユキがじゃれ合っている間に治癒してくれた影響で立ち上がったカグラが、イヅナとクーデリアの襟を持ち上げて、エクセリウスが無いことから、顎に手を当てて考え始める。


「俺のを使え」


カグラは、シキが放り投げた蒼天を手に取る。

ハーモニクスの文字が浮かび上がると、互いに喧嘩し合う二人を巻き込んで強制的にカグラの身体に量子化し、肉体が子どもの姿に変化する。

フットワークを確認しながら、今にも動き出しそうな相手に聖剣を構えて立つ。


「全てを破壊するーーー」


「それ、もう聞き飽きたよ」


闇のオーラを物ともしないように聖剣がフィールドを切り裂くと、その後に力強い蹴りで再び海中に蹴り戻す。

あまり酷い死は与えたくないと、自分を気遣ってか加減した事に納得しないように意識の中でイヅナが、カグラ本体の手を動かして頭を自分で殴るという動作に切り替える。


(へなちょこ王子の剣で切れば、今の勝ってたでしょ? この期に及んで自分に甘えないでください)


(馬鹿ですね。イヅナさんは、それともカグラさんの大人びた姿に嫉妬してるですか? やーい、小学生体型の貧乳ー!)


(......後で処しますね?)


カグラの中で殺伐とした流れが起こっている中で、動けなくなっている相手に聖剣を構えると、光を剣に集めて最大級の砲撃を放とうと構える。

海の底で見えにくかったが、放たれる直前の自分自身は笑顔で最後に私達の姿に満足を覚えたのだろう。

闇は薄れていくが、許されない二つの存在に終止符を打たなくてはならない事は、互いに納得していた。

意図を理解したカグラは、そのまま聖剣による砲撃で相手を光に変化させるように物質昇華を行う。


「ありがとう。そして、さよなら未来の私ーーー」


遠くない未来。

世界の危機を彼女は教える為に敗北するかもしれないこの時間軸に現れたのかもしれないと、昇っていく光を見つめながら胸の奥で騒ぐ二人に優しく話しかけながら、家族という帰る場所へと合流するのだった。

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