第42話 第二章 未来烙印編 -師弟の絆-
彼女は私。
だけど、私は彼女を知らない。
彼女には私の全てが、わかっているのだろう。
戦いだけが、全てではない事も人を傷付ける事が嫌いな事もーーー。
だけど、私には護らなくちゃいけないものがある。
「この世界を貴女の好きにはさせない」
その言葉に冷たい視線で応える彼女。
カグラという女性が欲しかったモノは、ただの愛情なんだと感じていた。
私がイヅナを求めたように、シラユキという結晶を育んだ全てに何かしらの思いやりを。
だから負けられない。
「お前では、私を捕らえる事は出来ない。何故ならば……」
相手から視界が消えるや否や、背後から身体を縛る縄のような物が手足の身動きを封じていた事に気付いた時に全てが始まっていたからだ。
振りほどこうとするが、動く度に身体を守っていた装甲に亀裂が広がる。
茨の棘が、食い込むように迫っていた。
「言ったであろう? 貴様は私。つまり、我が肉体に1つとなって、完全なる存在に近付く為の生け贄に過ぎないのだからーーー」
背中から這い寄る未来の私に為す術はない。
イヅナとシンクロしていたせいか、体格差は歴然であり、得意な物理技もこの状況では使う事が出来ない。
「私の記憶の中に、この重装備は無かった。だが、仕組みさえ理解してしまえば、ただの重りに過ぎない」
残りの魔族が集束し出すと、いつの日かに倒した巨大な生物兵器よりも大きく、大気圏を越えて、地球を覆う程にその肉体は凄まじいものだった。
その光景に集中し過ぎた事もあり、装甲の耐久度が限界を迎えていた事に気付き、何とかしなければと、魔力を放つ。
しかし、逆に魔力を求めるように装甲を打ち破り、素肌に傷を付けるように肉体を蝕んでいく。
「……ッ!!!」
「声を上げて、泣いて見せろ。お前が我慢すればする程、イヅナが傷付くだけだぞ?」
イヅナーーー。
目覚めていないイヅナの身体を残すなんて、出来なかった私のミスだ……。
あぁ、何も果たせないまま、終わってしまうのだろうか。
暗い闇の底に、落ちていく感覚を何度も何度も目の前の私は、体験していた。
だから、同じ思いを味わう事で心を支配する。
「例え…私が死んでも……。心は明け渡したりしない!」
「お前も馬鹿だな。イヅナ、シア、そしてシラユキ。全て、私の手の上で踊るただの駒だ。兄様は、必ず蘇らせるーーー」
「聞き捨てなりませんね……」
目の前にシラユキが、現れた瞬間に私の肉体と茨が切り離される。
数メートル離れた地点に転移したと思えば、シラユキが未来の私に対して、ありったけの魔力銃を空間に敷き詰めるように広く展開する。
「あぁ、使い捨ての人形ちゃん。もう貴女に利用価値はない。私は、時空を超える力を得た。こんな風にーーー」
展開していた魔力銃が、空間ごと呑み込まれるように異次元の中へと消えていく。
「なっ!?」
「人形風情が、主に逆らうとどうなるか。身を持って知れ……」
シラユキ同様に空間に魔力銃を展開すると、一斉に撃ち込むように周りが火の海に包まれていく。
わざと、照準をズラしたと言わんばかりに、彼女は狩りのような一時を楽しんでいた。
「逃げるなら今の内だが、山のふもとは、そろそろ限界のようだ。逃げる場所などない」
手を目の前に突き出した相手の魔力砲撃。
シラユキも同様に手をかざすと、一直線に向かってきたのを見越した対応をするように、空間に干渉した穴を空けた。
「貴女の砲撃は、私に届きません。そのまま返させてもらいます」
「その手も知っている。前ばかりに囚われると、痛い目を見るぞ?」
穴に呑み込まれた砲撃を相手の目の前に、出現させようとするが、未来の私は妖しく微笑みながら、私に向けて指を向けた。
それが何を意味しているかを理解する前に、後方より先程放たれた砲撃が、私の背中を抉るように直撃した。
「ガッ……どう…して……?」
シラユキが怪我の具合を確かめるように、背中を治癒しているが何かを悟ったのだろう。
表情は青ざめていて、自分の作り出した次元の穴を消そうと、再び手を向けるが、穴は消えようとしない。
「まさか……。そんな事ってーーー」
「やっと気付いたか? 貴様の能力は既に得ている」
疑問を抱いていた事実。
自分を取り込むタイミングなら、いくらでもあった筈なのに。
「そこに横たわる過去の我さえいなくなれば、祈願を果たせる」
「シキ叔父様は、そんな事を望んでいません!」
抜刀をする音と共に、確実に息の根を止めるという意志の現れだろう。
シラユキの首を狙った太刀筋を弾き返すように、カグラが間に入り込む。
血が滲み、顔が歪んでいたカグラに容赦のない蹴りを与えた矢先に宙から魔力砲撃を無数に放つ闇の彼女に、抵抗をする余力もシラユキによる空間操作も儘ならない。
「それ…でも……! 私はァ!!!」
シラユキの周りに魔力結界を残して、カグラは飛び上がる。
甲冑も戦闘服もボロボロで、血だらけになった肉体の限界を超えての飛翔に加えて、相手を見下ろす高度から魔力を収束させ、標的を定めた。
「私は、みんなの帰る場所を、この胸に生きるイヅナを絶対に護る!」
「お父様……」
魔力に群がる魔族達の砲撃に、直撃を避けられずに身を守る甲冑は削がれていくが、空間に残留した魔力を自らが制御出来る域を超えてまで、集めると発射態勢になりながらも、目が虚ろで照準がボヤけてしまう。
「所詮は、優しい時を過ごした自分。我には遠く及ばない……」
魔力で構成した刃をカグラに投げつけようと手先を前に出した未来のカグラに襲撃を掛けるように、後ろから押さえ付けるよう、ルリとクーデリアが現れる。
両腕を封じたルリに合わせて、闇に纏われた瘴気をクーデリアが聖剣で浄化している。
「姫ちゃん! あと一歩だから、頑張って!」
「眷族よ! 同士たる威厳を見せつけよ!」
声は、耳からではなく直接、脳に響き渡っていた。
みんなが、自分にまだ希望の光を見出している。
(ほら…頑張ってください……。もうちょっとだけ)
最愛の声が胸に響いた。
イヅナの声が温もりが震える手を支えた時、目を見開きながら、砲撃の構えを再び取る。
そう、これが私達みんなの全てを込めた一撃ーーー。
「ディバイディングブレイカァァァァァァァア!!!」
カグラ自身と、XUNISが爆発を起こす中で、高密度の魔力砲撃は二人が抑えていた未来のカグラへと向かう。
閃光と、辺り一帯に広がる大爆発で、大地は地表を抉るように剥き出ている。
シラユキを残し、魔族も抑えに入ったルリやクーデリアだけでなく、未来のカグラも存在は確認出来ない。
「やったの……?」
シラユキは、爆発で砕け散ったカグラの落下した場所に急いで向かう。
そこに倒れていた身体を炎で焼いたように黒ずんだ肌のカグラに加えて、エクセリウスは完全に機能を停止して大破していた。
治療を施そうとするが、胸に耳を当てた時に全てを悟ったようにシラユキは恐怖した。
「ねぇ…お父様……? 嘘ですよね?」
呼吸はなく、心臓が完全に止まってしまったカグラの姿に、シラユキは涙した。
何度揺らしても反応はなく、人工呼吸も心臓マッサージもまるで意味が無い。
「死んだ…か……」
悲しみに浸る間もなく、未来のカグラがシラユキの後ろに立っていた。
無傷とは言えないが、戦闘服が断片的に消失した様子以外に問題はないようだ。
「我を取り押さえていた奴らも、冥府に送られた我が始末したも同然だな。シアを取り込んでいなければ、確実にやられていたと、誉めてやるべきか……」
翼はボロボロで使い物にならないと、取り込んでいたシアを無雑作に融合を解除したと思えば、そのまま地面に着くことなくゴミを蹴るように小さな彼女を数メートル先まで飛ばす。
その後、未来のカグラは宙に浮き上がり、黒く染まったエクセリウスをシラユキに向ける。
「我の手で、自ら幕を引こう。集え、闇の奔流ーーー」
先程に放ったカグラと同じ魔力砲撃の準備を始めると、飛び散った魔力を収束して、発射態勢に入る。
カグラの身体を支えながら、次元を越えようとするが、開く扉のコントロールの主導権を奪われた事から、空間に穴を開ける事すら出来なくなっていた。
「これまでなのですか……。私達は何の為にーーー」
魔力砲撃を放とうと振りかぶった相手に対しての高速突撃。
それは紛れも無く、全身を鎧に包んだフィアそのものだった。
「まだ終わりじゃないよ……」
「負け犬風情が…調子に乗るなッ!!!」
フィアに対する接触的な刀の一閃で、外装は破壊されるが、代わりといわんばかりに相手が握っていた黒いエクセリウスを奪い取ると、ニヤっとした余裕の表情をしながら、シラユキの元に降りていく。
「ちぃっ!」
「これで、まだ希望はある……」
ゆっくりと、息を絶やしてしまったカグラにしっかりと黒いエクセリウスを握らせると、フィアは辛そうに笑顔を必死に見せようとしていた。
「ニルヴァーナが教えてくれたんです。私とシアの生命を捧げれば、カグラさんを蘇らせれるって」
「何を言っているんですか……?」
言っている意味が本当だとしても、その行動に頷く事は出来ず、フィアの手を握りながら、シラユキは首を横に振る。
未来のカグラ自身が望んだ力を彼女達が、自らやろうとしていた。
フィアの隣に降り立つように、脇腹を押さえ、痛みに苦悶の表情を浮かべていたシアも姿を現す。
自分の身よりも横たわったカグラの手を握って、視認出来る数多の傷を治癒していくとフィアと顔を合わせ、互いに頷く。
「カグラさんが、私は羨ましかった。彼女は、私が持っていないものをいっぱい持っているし、強くて優しい。だからこそ、嫉妬したんだと思います」
「私もカグラさんが羨ましかった。私の好きな人に愛されて、憎いとも思った。だけど、私はシキさんに想いを受け取ってくれない事を言い訳に、あの人の軍門に下ってしまった。今でも自分の気持ちに変わりはないのかもしれない。でも好きなあの人の悲しい顔を見るのは嫌だからーーー」
まるで目の前の姉妹がこれから消えてしまう。
そんな遺言染みた言葉に息を呑むシラユキだったが、唐突に笑い出した二人の姿を見た瞬間に全てを悟ったのだろう。
傍観者である事しか出来ない不出来な自分の存在が悔しかったのか、それとも別れを辛く感じたのか。
強大な親に対する恐れよりも怖かったのだろう。
シラユキの涙は大粒の物となり、横たわるカグラの頬に零れ落ちる。
「私達ってーーー」
「やっぱり姉妹だね!」
笑い声に腹を立たせたのか、魔力弾が未来のカグラによって、辺りにバラ撒かれた。
砂埃の中で、決心のついた表情をして見せた双子は、未来のカグラに相対するように、向かい合う。
「私達が同調するまで、此処でカグラさんを守ってください」
「シラユキさん、それにシキさんもーーー」
視覚では見えない場所からの狙撃が、未来のカグラの頬をかすめて、後ろに残存していた魔族に直撃する。
声は無くとも意志は伝わるのだろう。
闇を放出した彼女の怒り、苦しみ、迷いが渦巻いたソレは、シア達を閉じ込めていた化身に程近い。
「私は絶対に兄様を生き返らせる。世界なんて必要ない。お前達も消えてなくなれぇ!!!」
「貴女は、普通の『人』なんだ。私達と変わらない」
シラユキが、XUNISを展開すると時間軸の干渉できる限りの銃を空間に配置して、一斉射撃を始める。
避ける事が敵わない数の砲撃に黒いオーラで身を包むように球を弾いているが、根比べと洒落込むにはシラユキが限界を迎えるのが早い。
その間に、シアとフィアは互いに光で包み込む様に量子変換をしていた。
「私を蘇らせても無駄死にだと何故気付かない! 一度負けた相手に再び掛かっても同じ事の繰り返しでしかないだろうが!!!」
足止めをしている間に放たれる氷結魔法のこもった弾丸が遠方のシキから送られるバックアップもあってか、シラユキが膝を着く頃には、全身を凍らせていた。
「それでも僕達は、カグラさんが好きですから……」
「私達の力も姫ちゃんに……」
ルリに背負われたクーデリアも全身に傷を負いながらもカグラの前に立ち塞がるように佇む。
山のふもとからも雷光の如く迸る電流が未来のカグラに降り注がれる。
「僕達もカグラちゃんに未来を預ける!」
「帰って来い! カグラ!!!」
シキも氷結の弾丸を放ちながら、接近を続けていると、未来のカグラも魔力で、打ち消すように辺り一面を爆発させていた。
アマツの存在も微弱ながら、動きを阻んでいたのだろう。
全ての想いが此処に集結した。
「聞こえますか、カグラさん。これが大好きなみんなの声です。だからもう少し、あと少しでいいから頑張ってください」
「フィア、心残りはないわね?」
シアの姿がフィアと同等の機械獣と同化した姿になり、大きな翼が飛び交う石や魔力の残骸を受け止めていた。
厚く手を握るように姉が心配な眼差しを妹に送るが、返ってきた答えは首を横に振る堂々たる姿だった。
「私よりもシアはいいの? シキさんにまだ答えを貰ってないのに......」
「いい。カグラさんが帰ってきた時に困らせちゃう事になるからーーー」
強がりなのは、無理強いな笑顔で直ぐにわかった。
シアも分かっているのだろう。
世界と個人の恋愛など天秤に掛けてはいけない。
あの人が、シキが自分を認めてくれたならそれだけでいいとーーー。
「でも悔しいなぁ~。実の妹に私の方が、恋愛対象に見られないなんてさ。何が足りないんだろうね? やっぱり、カグラさんはグラマラスボディーだからとかかな?」
シアなりの自分に対する励ましなのだろう。
女の子らしい感情が芽生えていなかった自分に悔しかったのか、これから散る命にせめて姉だけは生かしたいと思ったのか。
湧き上がったのは怒りという途方もないものだった。
「きっと家庭的な事かもしれないし、それにカグラさんは誰にでも優しいから、それも理由のひとtーーー」
「シア!!!」
目の前の姉の名前を大きく呼ぶと、同時に平手打ちを相手の頬に叩き込む。
衝撃波が飛び交う程の大きな力で叩いたのだろう。
身体を固着していた為、吹き飛びはしなかったが口から血を流したシアは、痛みを訴えるように頬を押さえていた。
「痩せ我慢しないで言ってきなよ。それで本当にいいの?」
「......」
涙を流して訴えかけたフィアも悔しいのかもしれないと、シアはわかっていた。
それでも自分の事ばかりを妹にぶつけていた事に気づいたのだろう。
泣いていた目の前の同じ顔立ちをしていたフィアを見ればわかる。
シアも本当は消えたくない、このまま終わりたくないのだと。
「...本当に馬鹿なんだから。私がいいって言ったらいいの!」
一発は一発と言わんばかりに同じ力で、フィアの頭に向けて拳を打ち込む。
頭を押さえていた妹に強気な表情を見せると、次第に互いの身体が光を放ち始める。
「先に行ってるわよ?」
シアが笑顔を見せると、カグラの肉体に向けて、青い光の粒子が降り注ぐように姉の姿は消えていく。
同じようにフィアも赤い光を放ちながら、カグラの顔を見つめながら、ゆっくりと手を握る。
「私達の未来をお願いします......」
カグラを覆い尽くす眩い光と共にフィアも身体に溶け込むように消えていくと、二つの光が空を暗く閉ざしていた闇を切り払うように降り注ぐ光と共に膨大な魔力が辺りを包み込んでいく。
暖かな光が傷ついた全てを癒やすように、その光は敵味方問わずに広がり、中心となったカグラの姿は、まるでシアとフィアの意志を引き継いでいる。
そんな雰囲気をシラユキ達に伝えるかの如く。
深く閉ざされていた瞳が開くと、黒く染まったエクセリウスが白銀の姿へと変わり、一振りをした瞬間に彼女に込められた二人の想いの強さが伝わったのだろう。
未来のカグラも今までに無い程の緊迫した雰囲気を出していた。
「また私の前に立つか。次は塵も残さんぞ?」
「貴女もこの世界も諦めない。今度こそ、私の想いをわかってもらうからーーー」
向かい合う二人のカグラ。
そこには誰も入る余地はないのだろう。
静かに吹き荒れる風と残された仲間達が見守る中で、最後の対戦の火蓋が切って落とされるのだった。
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