第41話 第二章 未来烙印編 -未来の願い-

轟音が方舟内に響き渡る。

内部を駆け回る狼と雷鳴が辺りを爆発させていく。

姉を助ける為、今はその事以外に考える必要はない筈だった。


「どけぇぇえええ!!!」


取り込まれた人間も関係ない。

近付くものは何であれ、破壊する。

衝動は無に等しかったのかもしれない。


奥に奥に走り続けていた矢先に見つけた少女の姿。

私と瓜二つのかけがえの無い存在。

辿り着いた。やっと逢えたんだ。


ニルヴァーナを止めようとする私は、その時やっと気付けた事がある。

自分の身体を確かに動かしていた筈だった。


しかし広がる世界は現実を見せられただけの暗い闇の底。

石版に両腕、両脚を釘打ちにされた状態なのだ。


「何…これ……。動けない……。ねぇ、ニルヴァーナ!」


力の限り呼びかけた先の雷狼は、赤い瞳でこちらを睨み付ける。

ゾクッと胸の辺りが恐怖に怯えた。

現実の世界は目の前から消えて、代わりに自分の姿をした分身が現れた。


「哀れな人の子よ。永きに渡る眠りから解き放った事を先ずは感謝しよう」


「何を言ってるの……?」


分身が妖微笑みを見せると、挨拶替わりにと言わんばかりに塞がれていた手足を横目に、腹部に強烈な拳が抉られるように放たれた。


意識を持っていかれそうになりながらも目の前の相手が、何であるかを考える必要は無かった。

それは常日頃から共に苦難を乗り越えてきたと思っていた機械地味た装甲を纏いし、相棒ーーー。


「ニルヴァーナ…貴方なんでしょう……?」


「呑み込みが早くて助かるよ、我が主様は」


黒く歪んだ装甲を纏ったもう1人の私。

それがニルヴァーナであり、私が生んだ心の闇。

カグラさんやフィアの1件で、いつの間にか支配される側になっていた事は、憎悪や怒りで満ちていた私に責任がある。


カグラさんに申し訳ないなーーー。


「奴もそうだ。貴様の姉と称しているあの娘も魔族と呼ばれる個体ではなく、我と同じ心が作り出した幻影に支配されているだけだ」


シアの意識が乗っ取られていないという意識は、何となく分かっていた気がする。

何か深いもので結ばれていた私達双子に、未来のカグラさんの証言。

全てが世界のピースの一つであるかのように上手く出来すぎていた。


「そして我等は、互いに混じり合わぬ存在故に互いに潰し合う」


「どちらが勝つの? やっぱり優秀なシアかな……」


半分諦めかけていた。

私がシアに勝てるわけが無い。

姉に負けるなら本望だと目を閉じながら、運命に従おうと静かに意識を封じ込めてしまう。


「確かに優秀な姉だった。だが主よ、貴様は知らないのだ。自分が如何に優秀を超える逸材であるかを」


機械獣だった筈のニルヴァーナは液体のように黒い水溜まりとなって、ついには水面に浮かぶフィア自身の肉体を包み込む。

その姿は、まるで禍々しさ、狂気に満ちた野獣の如き見るに耐え難い原型となったヒトの姿はない。

熱を帯びた酸が辺りを埋め尽くすように、どんなに鋭い刃物でも切り裂く事の出来なかった方舟が、水が煮え返る音を立てながら、瘴気を放っていた。


「ウォオオオオ!!!」


雄叫びを上げた先に立ちはだかるのは、姉の化身。

その姿も対峙する自らの心の闇に呑まれていく。

不死鳥と要される姿を蒼い炎を纏いながらも翼を得た獣。

獅子の目に映るのは目の前の標的、肉親などとはかけ離れたもので互いが許し合う事が出来ない忌むべき存在。

もう引き返す事は出来ないのだろう。

間合いを見計らうように一歩も動かずに静かな沈黙を保っていた二つの存在は、外で戦う者たちの閃光と共に一瞬で中央で激突するように拳を交えていた。

その後は互いを消し去る策を押し付け合いながらも醜い争いは続き、方舟内は衝撃がぶつかり合う音が鳴り響き続け、どちらかが倒れるまで戦いは終わらない。

それが運命なのだとーーー。


「ついに覚醒を果たしましたね。お父様の待ち望んでいた強大な力が」


電磁場と共に空間を跳躍して現れたのはシラユキ、そして黒いオーラを纏った未来のカグラだった。

浮かない顔をしていたシラユキに優しく頭を撫でながら、笑顔を見せていたカグラは戦場となっていた二つの獣達に近づいていく。


「果実が豊潤したという表現が正しいのか。君達は本当に私を驚かせてくれるな」


戦闘服は装備しているものの、武装は展開せずにやれやれといった様子で近づいていく禍々しさでは退けを取らない威圧を放っていた存在に気づかない訳もなく、相互に戦いを止めて、カグラに目を移していた。


「人間如きが我らの戦いを邪魔するか……」


「万死に値する行為、身を持って知るが良い」


不死鳥が先陣をきるように豪華と瘴気を纏った身体を突進でカグラにぶつけようとしていた。

圧倒的な力に身動き出来ずにいたと思っていたのだろう。

カグラは一歩も避ける様子なく、ただ手を前に出して突撃してきた存在を受け止めようとしていた。


「人間が我に勝てると思うな。知らんだろうが、貴様の能力で我らを取り込もう等という事は出来ぬ。地獄の業火に焼かれて朽ち果てるがよい」


「取り込めない……? それは私に言っているのか? ならば検討違いだ。この時代の私とこの私は全く別なのだからな」


受け止めていた額から、瘴気ごと呑み込むようにカグラから放たれた闇のオーラが実体となって、不死鳥の体を縛り上げていく。

振り払おうにも闇そのものに実体はないと云わんばかりに、切り裂く事も弾く事も出来ない。


「人間如きが調子にーーー」


「人間ではない。これから次元を統一する神となる私を下級な餌が見下すな」


手のひらから取り込まれていく不死鳥を見て、危険を感じたのか獅子となったフィアは来た道を戻るかのように疾走を始める。


「一匹逃げましたが、どうしましょうか?」


シラユキが外の様子をモニタリングしていた事もあり、戦況は不利に近い状況でもあると判明したのは、完全に取り込んだ後の話だった。

ますます強大な魔力を得たと実感を現すように、映像から読み取った退こうとする魔族と追いかける残存の魔導師に見せしめるように太刀で、方舟ごと切り裂いた熱を帯びた剣を外の空間まで長く魔力で形成しながら切り裂く。


「奴も必ず糧にする。負け戦でも良いのさ。この時代の私はシラユキ、お前が目標だと思っている今こそ、我らが宿願を執り行うのだ」


「はい。必ず、父上をこの手に掴んでみせます」


空間を再び跳躍するように姿を消したシラユキを確認すると、太刀を床に引きずりながらも熱線で綴られた一筋の道を作りながらも方舟の動力炉へと向かっていく。

懐から現代のカグラと同じ、イヅナとルリ、そしてクーデリアのハーモニクスで使用するカードを取り出して、徐に優しい表情を作る。


「ここまで来るのが、長かったです。もうすぐで貴方に会えますよ『兄様』」


胸に手を置いて、呼吸を整えながらも要らなくなった方舟を自らの剣で始末するように動力炉を切り裂く。

落下先がアマツ達がいる山頂になれば、要塞としての役割も終えるという考えなのだろう。

落下を始めた方舟を後にするように天井を貫いて、飛翔するが出た瞬間に氷結魔法を込めた銃弾がカグラに向けて放たれる。

弾は太刀に命中したと同時に機能不全に陥るように細工されていたのか、武器としての性能を失ってしまった。


「待っていたぞ。お前の真意も目的も理解したつもりだ」


方舟の甲板に立っていたのは、自分の兄の存在だった。

見据えた目をしていたその瞳にイラ立ちを露わにするように纏っていた闇が更に強大さを増す。


「兄様、私は貴方が憎いです。何故いつも私の心に無断で入り込もうとしてくるのですか?」


殺意に満ちた目でシキを見つめていると、ため息をついて銃口を相手に向けた彼に小さな声で『そうですか』と悟ったかのように拳に力を入れて、裏に回り込みながらも憎たらしいその顔を殴ろうとしていた。


「お前が未来のカグラだろうと、俺の妹に変わりはないからな」


拳を手のひらで受け止めると、困ったような顔をしながらグイっと相手の腕を引いて、身を抱き寄せる。

流石に予想していなかったのか、一瞬の出来事に頭が回らずに目の前にいる兄に抱かれているという認識が出来ていなかった。


「帰ってこいカグラ。お前が欲しかったのは、こんなものじゃないだろ」


「欲しかった物は手に入れました。シラユキもクーデリアもフィアも全て手中にありますが、この心の穴だけは塞げないのです。なら元凶を断つしかない。だから私は、貴方の妹を倒し、貴方を手に入れるしかないのです。もう、後戻りは出来ないーー」


シキを突き飛ばすと、背を向けながらこの時代のカグラの元へと飛び立っていく。

灰が吹き荒れる戦場に降り注ぐ雨の中で、二人は対峙した。

分かり合う選択は存在しない。

そう告げるかのように互いに威信を掛けた波動が渦を巻いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る