第31話 第二章 未来烙印編 -愛娘と父親の野望-

前線が緊迫していた戦場から、一時間という時が流れていた。


シラユキさんから伺っていたとはいえ流石、未来からこの時代に現れたカグラさんといったような生死を賭けた戦いに一瞬の油断も間々ならない。


「シア、大丈夫......?」


「ーーーアンタは自分の心配してなさい」


会話の中で放たれるトリスタンからの弾丸を意図も簡単に纏っていたオーラで払い除けるカグラさんは、こちらに比べて汗一つ搔いていない。


寧ろ、小さい子どもと戯れているかのように欠伸をして、こちらを細目で睨み付けている。


「この時代だから分かっていたけど、アナタ達姉妹は未だに何が足りていないのか理解していないようね? それに私を足止めしようとしているようだけどーーー」


一瞬の出来事だった。私の横を風が吹き抜けた。


気づいた時には後衛でトリスタンを構えていたシアがいた地点にカグラさんが立っている。


「シラユキから聞いてないのかしら? 私が貴女達の恩師であるからといって、命までは取らない保障はないって」


シアの襟を掴んで妖しく微笑みながら、私を見つめていたカグラさんは追い討ちをかけるように姉を包んでいた戦闘服の腹部に拳を翳すと、黒い閃光と共に一瞬で身を守っていた衣から素肌を露にした。


「うっ、がはっ......!」


衝撃からシアは大量の血を吐いて、目は虚ろになりながらぐったりとカグラさんが支えていた手のみが上体を保っている。


「し、シアを離せぇえええ!!!」


考えている暇などなかった目の前で、瀕死になっていたシアを助ける為に身を挺した突撃をしながら、カグラさんの顔に向けて大きく拳を突き出す。


「この時代の私は仲間を助けろと言っていたかもしれないけどーーー」


シアを私に向けて投げつけた相手の行動に姉を受け止めるのに必死で、その場に勢いよく転がり込んで、身体を地面に打ち付けてしまう。


痛みで目を伏せていたが、気づくと目の前には太刀を足に突き刺そうとしていたカグラさんの姿がある。


「自分が生きる事を放置してまで、他人を助けるのって馬鹿がする事じゃないかなぁ?」


ランスロットのコア部分ごと、私の足を切断した相手の顔に返り血が飛び散った。


「っぁああああ!!!」


苦悶に表情を歪めて悲鳴を上げる私を見たカグラさんは高揚の表情を浮かべている。


まるで狩りを楽しむライオンに成す術なく、打ちひしがれる兎のように私は痛みと恐怖で、身体の震えが止まらない。


「フィアは私の事が大好きなんだよね? じゃあ私の為に死んでくれるよね?」


もう片方の足に太刀を突き刺しながら、グリグリと傷を広げるように動かしながら、苦悶を浮かべた顔にカグラさんの熱い吐息が吹きかかる。


身体を何箇所も刺されて、痛さのあまりに悲鳴も出なくなった。


意識が無くなる前に横並びになった姉に手を伸ばす。


あの時の船で私は一度、死んだのだ。長い延命が出来ただけと自然に死ぬ事に対する恐怖はなかった。




「お父様。その二人を放してくださいーーー」


カグラに向けての白い魔力砲撃に加えて、回避した相手に四方八方からの魔力砲撃といった連続攻撃に流石にオーラを纏っていても防ぎきれないと判断したのか、オールレンジ攻撃を仕掛けていた浮遊物体を破壊しようと魔力弾を放っていた。


「お父様って呼ばれるのは久方ぶりね。元気にしてたかしら? 私の娘、シラユキちゃん」


「私の名前を呼ばないでください。今の貴女は私の名を呼ぶ資格はありませんので」


宙からゆっくりと舞い降りた白銀の少女。それは黒く染まってしまったカグラの肉親であり、唯一無二の血を引いた愛娘の姿だった。


「酷いなぁ~。でも今更出てきても遅いよ? この二人は助からないし、それにシラユキだって私に勝つ事が出来ないのは知ってるよね?」


その言葉を聞いて、双子の姉妹の応急処置をしていたシラユキが顔を難しそうにしていた。


カグラには勝てない。それは娘であるシラユキ自体が一番理解していたからだ。


壊されたXUNISを再生するかのように再び自分の周りに展開すると、再びオールレンジで魔力砲撃を開始する。


「お父様が私の能力をどれだけ理解していても、条件はこちらが有利を取れるのです。例え、勝てなくても相打ちくらいには出来る筈です」


華麗に次々と攻撃を仕掛ける相手の攻撃をかわしながら、XUNISを破壊して廻るカグラに何度も再生をしては攻撃を仕掛けるシラユキといった光景に誰もが、息を吞んで目を奪われていた。


互いに一歩も退かない戦いを繰り広げながら、魔力が尽きるまで続くであろうと誰もが予測していた。


「シラユキもこの世界で鈍ったのかな? 私は魔力が空間に蓄積される程、強くなるって!!!」


僅かな砲撃の隙を突いて、シラユキの背後に魔力砲撃を溜めた状態で回り込むカグラの行動が分かっていたように白髪の少女の姿はその場から消える。


「お父様も強い力に溺れ過ぎではありませんか? 私の能力は再生ではありませんよ?」


攻撃の準備に入っていたカグラには避ける手段はなく、問答無用で数十は存在したであろう魔力砲撃を放つ浮遊したライフル型XUNISの魔力砲撃を一度に受けてしまう。


直撃を受けたカグラは、大きな爆発音と共に地に足着けながら衝撃のあまりに膝をついてしまっていた。


「そう...だったね......。シラユキの能力は時間軸を自由に扱える能力。その能力は過去、未来、もしくは別次元にあるものに干渉出来る力。だから再生ではなく、取り寄せているという事ーーー」


「そして私は時間軸に捉われない。私と同じ能力者が今後、現れたとしても現在の私が定めた時間軸の私にしか干渉する事は出来ない。それは私も同じ。時間軸の改変や時間軸を歪めた場合は私の存在は無くなる.......」


過去にあった事例から結果論を述べてみせるシラユキにため息をつくカグラの姿はやれやれといった様子をしていた。


「でもシラユキちゃんも万能じゃない。使用出来るXUNISの数は限られるし、複数は相手出来ない。操れる範囲はだいたい半径50mといった辺りで、ミスをすれば他の時間に逃げる前に致命傷を受ければ死んじゃうし、その能力を駆使しても通用する相手が限られる。つまりーーー」


「負けないけど勝てない能力。そう言いたいのですね?」


太刀をしまうカグラを見ながら、警戒を解かないシラユキに興冷めしてしまったように戦闘服のアーマーを解いて軽々しい姿になった父親の姿がそこにはあった。


「負けないけど勝てないって今、言ったけどそれはちょっと違うかな?」


身体のラインがしっかり見えるような薄い戦闘服に包まれたカグラが、シラユキに顔を向けた瞬間に気配を微塵も感じる事なく、愛娘の頭に触れていた。


「その能力には欠点があるんだよ。それは使用者が人間だって事ーーー」


シラユキは振り返る暇も与えられずに顔を地面に打ち付けられてしまう。その上に座るようにカグラが腰を下ろして、気だるそうにグリグリと相手の顔を床に擦り付けている。


「くっ......」


シラユキの姿が消えると、もう一度少し離れた場所に移動して戻ってくるが周りに配置していたXUNISが全て打ち落とされていた。


「シラユキちゃんが消えている間は、武器となるこの子達は無防備になる。こうなると次の攻撃が行えるまでに時間が掛かってしまう。これが貴女の能力の限界」


シラユキのXUNISの破片を手のひらに持ちながら、相手の目の前で砕いてみせるカグラの微笑みに恐怖して清々しく余裕を浮かべていたシラユキにも焦りが見えていた。


恐怖したシラユキに追い討ちをかけるようにカグラは耳元に口を近づける。


「それに私を倒すことが出来なかったら、この時代の私はどうなると思う?」


「それはーーー」


未来の父親がこのタイミングで現れた理由が今、初めてわかったという風に目を見開いて見つめる。


「私はそこに散らばる子達と部隊に被害を与えたって事は、罪は誰に押し付けられるのかなぁ?」


「お父様...アナタって人は......!!!」


XUNISを取り寄せて一気に魔力砲撃を撃ち込むが、軽々しくかわしてみせるカグラにイラついたように攻撃を荒立てながら行う。


「フィナーレだよ」


シラユキのXUNISを全て撃ち落とすと、再度散らばった魔力を溜めていく。


「皆さん逃げてください!!!」


通信で味方の部隊に撤退を指示すると、双子の姉妹を回収しようと近寄りながら移動する。


「全て砕け散れ!ディバイディングブレイカー!!!」


振り下ろされた太刀から地上に降り注ぐ巨大な魔力砲撃によって地表は、核兵器を受けたように焼け野原となりながら、辺り一面は焦げ跡と煤で翻っていた。


「あっはははははははははは!!! 脆い! この時代なら簡単に征服も夢じゃない!!!」


溢れ返る黒いオーラも笑っているかのように形付いていたように見えていた。


愛娘と愛弟子の姿を視認するだけの人情を残していたのだろうか、見下ろす先には何も無くなっていた。


確認を終えるとカグラの姿は闇と共に消えていく。


「行ってくれましたね......」


「時間を止める能力でしたか? 障壁にも転用出来るのですね」


シラユキとシアが焼け垂れた場所から現れると、カグラがいないことを確認して、一息をつくことが出来た。


「シアさんもありがとうございます。私に合わせて迷彩を掛けてくれて......」


「これぐらいしか今は役に立てないからーーー」


悔しそうな表情で迎えにやってきたヘリにフィアを優先して乗り込んでいく。


雲行きは悪く、これから雨が降り出すといった様子の夕方。


嵐が巻き起こる予兆を止める事は出来ず、ただ降り注ぐ雨に打ちひしがれていた。

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