第39話 第二章 未来烙印編 -希望の灯火- 

シアが敵の手に渡って、一ヶ月という期間が経つ。

世界は順を追うように除々に未来の私によって侵食されていっている。


損害を受けた地域は全て、魔族と交わるか抵抗を見せた人間に対して容赦なく捕食を行いながら、戦力は人間の力ではどうしようもないといった絶望的な状況。


私たちも避難先を求めて、元部隊員であった変態さんの下で身を隠させてもらっている。ここから見える地域は全て、黒く歪んだ魔力に満ち溢れている。

残された戦力の確認も取る事が出来ない中で、兄が打開策も考えてくれていた。


「ここは結界によって護られてるし、外からは唯の山にしか見えない。それに僕達の子供達も丁度、遊び相手に困っていたんだ。来てくれて、感謝しているつもりだよ」


私に並んで外の世界を眺めている変態さん。手を伸ばす先には、私の目線の届かない尻といつの間にか撫でられている構図からのクーデリアが直ぐに聖剣を変態さんの喉元へ突きつけるのが、毎日の日課となっている。


クーデリアとフィアの訓練の様子を見ながら、私達の部隊員の食事を作って、イヅナを抱えながら就寝と変わりない毎日が過ぎていく。


他の部隊から拾う救難信号や、状況記録の映像で度々出てくるシアと未来の私自身が、私達に向けてのメッセージを必ず毎回残している。


痛みに泣き出す子供の声と、魔族から逃げようとするが恐怖のあまりに悲鳴を上げる声など、いつ聞いても耳が痛い。


「カグラ、無理に情報を集めなくても......」


「大丈夫。出来るだけ対策も練りたいし、それに兄様も頑張ってるからーーー」


毛布を頭からかけたイヅナが、布団を抜け出して私に近づいてくると、モニターを横で見ながら、恐怖で顔を歪ませていた事に敏感になっていたのだろう。

ゆっくりと包容するかのようにイヅナの胸に顔を寄せながら、その日も何事もなく過ぎる事が出来た。


今日も今日とて模擬戦と訓練を重ねる中で、飛行中の私を兄が呼び止める声に耳を傾けながらゆっくりと地に足をつける。


「奴らに対する免疫をつける魔力回路の構築が出来た。実験台という肩書きだと他のみんなに心配をかけてしまうので、今回は買出しという名目でお前を出す。嫌なら断ってくれても構わない」


その言葉に私は首を横に振る。断る事に何の意味もなく、残されたフィアやクーデリア。それにここに住んでいた子供たちの為に身を呈する事に躊躇いはない。


「イヅナやクーデリアには内緒でお願いします。付き添いは、ルリさんでいいですよね?」


辛い表情で抱きしめてくれたルリさんも心配で堪らなかったのだろう。魔力回路を埋め込まれる現場内でも私を想っていたのか胸の前で移植する事への願いをこめていた。


「カグラ、痛かったら我慢せずに声を出すんだぞ?」


魔力回路に刻まれる情報量に耐え兼ねたように、顔を引きつりながら発光するように魔力が暴走するギリギリのラインで、身体に浮き上がる血管のような魔力回路の線が除々に馴染むように青く発光していくが、疲労の余りそのまま気を失ってしまう。


次に目が覚めたのはその日の夕方。太陽は黒い雲に覆われていて見えない。

看病で付き添ってくれていたのか、クーデリアが枕の横で眠っていた。


ゆっくりとクーデリアを抱き上げると、腕に刻まれた魔力回路が激痛となって襲い掛かってきた。


「ッ!?」


クーデリアを床に落とさないようにするので精一杯な私を支えるように、横から銀桃の髪をした愛娘が、腕を肩に回していた。


「本当に不器用な人ですね。見ていられません」


シラユキの助けもあり、ゆっくりとクーデリアを自分の寝ていたベッドに横にすると、苦痛のあまり表情が歪んでいるかもしれないが、笑顔で一礼をする。


「ありがとう。あれから何度か、シラユキに謝ろうと考えていたんだけど機会が無くてーーー」


「謝罪はいいのですよ。お父様が決断なさった事ですし、何より感謝しているくらいですから」


制服に着替えようと実験に着ていたローブを脱いで、せっかくなのでシラユキに手伝ってもらいながらも一通りの身だしなみを整えて、彼女と向き合う。

今までもそうだが、頑なに未来の私と向き合う可憐な少女が、フィア達と同じとは思えないくらい凛々しい顔で、子供らしい一面を見せていない事が腑に落ちなかった。


私の視線に気づいたのか、目を合わせるようにこちらを睨みつけているかのような鋭い瞳。仮に未来が変わってもこの子は因果に囚われないと安心していたが、この世界に残るという方法もある筈だ。


「シラユキ、私の...本当の娘にならない?」


自然と浮かんだアイデアに彼女はどんな反応を見せたのだろうか。瞬き一つをしている間に相手のいた位置が少し変わっていた。

時の中で何かを考えていたのか、目の下が若干赤くなっていて、それでも私に首を横に振る相手にゆっくりと近づいて、涙を堪えていた相手と目線を合わせる。


「ダメです。私はお父様の娘で、貴方の血が流れているだけの関係ですよ? 存在自体が曖昧な私が今更、家族を求めてどうするのですか?」


「シラユキも見てきた筈だよ。未来の私は苦しんでいたんじゃない? でも貴女だってその歳で、みんなと何ら変わらないんだから少しくらい甘えてもいいんじゃないかな。この時代に来た彼女を止めに来たのも産んでくれた彼女に元に戻ってほしいからでしょ?」


涙を浮かべたシラユキの目元から雫を拭き取ると、抱き寄せて頭を撫で始める。

最初は離れようと身体を手で押す仕草をしていたが、落ち着いたように私の背中に手を回して安堵するかのように堪えていた声を吐き出すかのように泣き始める。


部屋に響き渡ったその声が止むまで、泣いていた彼女の頭を撫で続けていた。本来の彼女を見られた事と、私を信用してくれた全ての人に報いる為、この先に立ちはだかる壁を超えなくてはならない。




「接続回路オールグリーン。魔力循環問題なし。エクセリウス・ソルジェント機能正常。外部礼装展開を確認」


「カグラ、魔力負荷に酔いは感じるか?」


「問題ないです。兄様の組んでくれた新しい装備ですし、ミス設計があったら丸焦げにしますからね?」


全員が見守る中での強化外装を取り付けた対魔族専用礼装『ソルジェント』の実験として、結界外に広がる魔族殲滅に向かう最中、同装備を取り付けたルリさんも同様の反応を見せながら、兄の合図を待ちながら射出体制のまま待機していた。


「カグラ、今一度説明するぞ。お前に施した魔力回路は、ここにいる全員の魔力回路を直結した謂わば、魔力供給源装置のようなものだ。お前が再起不能になるまで周りの者が魔力を吸い続ける事になる。大型魔法を使用する際の負荷を肩代わりとなる時に苦痛を伴う事を忘れるな」


「姫ちゃんには悪いけど、奴らを殲滅する為に極大の魔法を撃つから用心してね?」


二人の話を耳に入れながら、頷いて見せるとイヅナの心配そうにしていた表情に笑顔で応える。外の状況を掴むと発射シーケンスへと移る。


魔力でXUNISをフル稼働させると、合図と共に一気に結界から飛び出して目の前にいた魔族を貫いて、天まで昇るような加速で打ち上がっていく。


「エクセリウス、ロングレンジで殲滅するよ」


『All right.』


魔力に惹かれたのか、魔力を充填し始めた金色の魔族が一斉に襲いかかる。


「まずは厄介な疫病から叩く。ライオット・ブレード、セット。展開!!!」


強化外装に取り付けられた武装をパージして、魔力で操作する小型の実体剣で遠隔操作し、迎撃しながら近寄る魔族を撃ち落としていく。


「姫ちゃん。こっちの敵も目標地点の誘導成功だよ!」


ルリさんの合図を聞くと、急停止して実体剣を全て回収する。


「了解しました。魔力砲撃で殲滅します」


紅く輝いた閃光と共に外装を自分の周りに囲うように展開させる。

魔力障壁で守られた結界のように展開された円状の中で、発射体制になりつつも頭上から降りてきた魔族を薙ぎ払うように剣を天に向けて大きく振りかぶる。


『Bright stream ready』


「一点焼却、ブライト...ストリーーム!!!」


『Fire』


振り下ろした剣と共に極大の魔力砲撃が放たれると同時に大量に展開していた魔族が蒸発しながら、次々と灰になって消えていく。

逃げようとする魔族はルリさんが殲滅しながらも黒い雲も晴れて、青い空が広がる中で見下ろした山の先。兄達が待っている頂上へと笑顔を見せる事が出来た。


「見せてもらったぞ、人間の可能性を。だがもう遅い。この世界のおおよそは、我が手にある中で貴様らに何が出来る?」


未来の私が目の前に現れる。実体が無く、蜃気楼に近いものだというのは目で確認する事は十分出来た。


「そろそろ決着をつけよう? シラユキを泣かせたくないから」


「人形に情を抱いたか。愚かな事だ。貴様に勝ち目があると思うなよ?」


答えを返すように蜃気楼ごと魔力砲撃で掻き消すが、散り散りになった残像が指差した先を見つめる。

未来の私がいるとされる巨大な方舟が現れ、大量の魔族が待ち構えていた街が地面ごと浮き上がっていたのだ。


「決戦は次の日にしよう。万全の体制で望むがいい。それまでは見逃してやる」


軽いデモンストレーションといわんばかりに方舟から、海に放たれた強力な魔力砲撃。

海を蒸発させ、地表はマグマのように打ち交う海の水を絶え間なく、冷えさせまいと昇華の勢いは止まらない。


「フィアにも伝えろ。姉が待っていると......」


蜃気楼は消え去り、魔族は一斉に方舟へと帰っていく。

一度は灯した信念を打ち消すかのように照りつけた太陽が指す光は、徐々に消えていく。まるで希望が失われるようにーーー。


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