第38話 第二章 未来烙印編 -濁った瞳-
混沌に渦巻く世界を私は見た。
誰も私に手を差し伸べてはくれない黒く歪んだ視界に入り込んだのは、遠い昔に感じたドス黒い感情。
アマツのシスターに向けた感情や、クラディウス兄さんに操られていた時にやっていた頭を空にするだけで気持ちが晴れていたあの頃の気持ち。
血を見ると、高ぶる身の震えがもっと浴びたいと脳を刺激するのだ。
いつの間にか私は、誰にも気づかれないように裏で殺戮を繰り返し、何人もの命を手に掛けた。
そんな私の行動に敏感に察したのは、兄のシキだけだった。
彼は言った。私が望む世界を手に入れる為に『力』を手に入れようと。
悪魔の囁きに似たその言葉を鵜吞みにして、遺跡の調査に向かい、魔族と戦い、闇の力を更に増やした。
それだけでも満足に浸ったが、気づいた時には慕っていた人の姿はなく、残されたのは私だけの世界。
自分の欲の為に残った希望は、自分の娘だけとなり、その行方は知れずといったように見下ろす風景は灰に包まれた太陽の光が射し込まない。
私は自分の運命の変わる前の時代に戻る為に、娘の能力を基に開発された『時間軸を跳躍する』機械に身を任せてこの世界にやってきた。
生成される魔族は、私の溢れ出る魔力から一度に数十と、意志とは関係無しに影から黒い液体となって現れる。
その全てが自分の意のままに操れる駒として、力の限りを尽くしてくれるのだが、過去の自分が知らない存在が目の前に現れた。
それがーーー。
「私とフィアなんですね?」
暗くて蒸せた室内で、私に肌を重ねる少女。彼女を手駒にしてからというもの、私を求めるように嬉し涙なのかはわからないが、キラキラとした瞳で快楽を要求してくる。
「私の知る貴女たちは、優秀な魔導師止まりだった筈なのに初めて見たフィアから、溢れ出た禍々しいあの力は過去に事例もなかったよ」
「そして、その力が私にもあるから選んでくれたんですね。この戦いが終わったら、お兄さんも考える事もなく、私を迎え入れてくれるんだから負けられないです」
積極的に私が望まぬ快楽に繋がる行為を、目の前の小さな少女が自らの意志で行う。
私に兄を重ねるように口付けを欠かさないその姿に、自分の元を去ってしまったイヅナを連想しながら、その場を相手に託すように頭を撫でる以外に何もせず、ただ満足するまでの間を付き添う。
それがこの子に施した私の責任でもあると、昔の自分のような心になってしまった。
ーーーーーーーーー
イヅナを回収し、魔族との戦いで負傷した仲間を飛空挺内で治療を行っていた。
ハーモニクスでシンクロした状態の彼女には、完全にコアが回復するまで安静に私の中で眠ってもらう方が良いと、兄の提案を吞みながら、残された戦力の確認と不動となってしまった弟子の様子を見なければならない。
薄暗い部屋の隅に崩れこんだように座り込んだフィアの姿を見つけると、隣に座り込んで少しの間だけ静かに彼女の様子を伺う。
まるで、シアがいなくなった事で魂の半分が欠けたように目には光がなく、射し込む日差しに顔を伏せるという行動をしている相手に、師らしい声を掛けるにも上手い言葉が見つからずにいた。
「カグラさん...ですね......? 私に何か用ですか?」
相手からの問いかけに過敏に驚きながらも、唾を飲んで慰めの言葉をかけようとするが、分かっているといわんばかりに自ら立ち上がって、私の手を引いて部屋を後にする。
「ちょ、ちょっと待って!」
「私なら大丈夫です。それに役立たずに摂関したいというカグラさんの気持ちが分からない程、子供じゃないですから」
今のフィアには何を言っても通じない。そんな意思が感じられる横顔に同意したのか、話を通す前からルリさんも理解していたようだ。
模擬戦と称して、地上に降ろしてもらうと兄様の監視下の元に練習試合という形で、フィアと向かい合う事になった。
「フィア、不調なら無理に戦う必要はないんだよ?」
「私がいつまでも引きこもってるから、心配してくれたんですよね? カグラさんは、どういう人だって知ってますからーーー」
いきなり空から雷鳴が起こると、フィアの側近で連れている雷獣が殺気を丸出しにしながら、こちらを睨み付けていた。
「待って! それが練習試合と何の関係がーーー」
ニルヴァーナが鋭い爪で私に斬りかかる。その爪を大薙で受け止めるが、体格と重量に押されてしまう。
イヅナの肉体が小柄であるのが原因でもあるが、主人が弱っている事を気に掛けてるのか、いつも以上に気迫が上がっている。
「ちぃっ!!!」
ニルヴァーナを蹴り上げると、相手から距離を取るように後ろに下がりながら、鎌鼬を連続で放つ。
効果はイマイチといったように鋼鉄の肉体で受け止められるが、あまりイヅナに負荷を掛けるわけにもいかない為、フィアには悪いが重い一撃で終らせなければならない。
脚部に魔力を込めながら、間合いを測っては表情を読み取る事の出来ない相手の頭上を取りながら、相手が気を失う程度の威力で踵落としをしようとする。
「ニルヴァーナ、モード反転.......」
踵落としをフィアに直撃させると、感触的に受けたものだと思い、すぐさま地上に降りて相手を見据える。
まるで、イヅナを殺そうとした時の闇を受け継いでいるような黒い魔力が逆巻いていた。非常に危険だと鳥肌が立つ程、嫌な予感がすると胸の奥にいるイヅナが伝えていたようにも感じ取れた。
「フィア...その姿は一体.......」
まるでニルヴァーナが、完全にフィアと一体化したように見据えた瞳は野獣の如く狙いを定めては、ゆっくりと辺りを回りだす。
速さは目で追える程だったが、いつの間にか囲まれるようにフィアが8つの分身として、魔力砲撃の構えを取っていた。
「ヴァリアブルバスター...ファイア!!!」
フィアから魔力砲撃が放たれると、地を蹴って宙に逃げるが、後を追うように砲撃の角度が曲がると、どこまで逃げようとも直撃するまで追いかけるその砲撃を受け止めようとするが、展開した障壁をすり抜けるように肉体に直接痛みが伝わる。
8つの砲撃の内、3つを弾き返す事に成功するが残りを自らの身体で受けるが、ダメージはそれ程までない事から、次弾の準備をしていた相手に向かい会う。
「正気に戻って! 今のフィアは本当の貴女じゃない!」
「本当の私なんか最初からなかったんですよ。シアがいないと何も出来ない貴女もそう思ってるんでしょう?」
ビリっと着弾した箇所が光を放つと、相手の魔力に反応するかのように放たれそうになっていた相手の黄色い閃光に合わせて、こちらも魔力を込め始める。
「そんな事ない! 貴女だって私の大切な家族なんだから!!!」
「---砕け散れ。タキシオンボルテッカー!!!」
相手から放たれた雷を纏った砲撃に合わせて、こちらも魔力砲撃を放つが競り合う互いの想いのぶつかりは、虚しくも自分の砲撃を吞み込みながら、次第に強力さが増していく雷撃に身を包まれながら、五体を引き裂かれるような痛みに声を荒げながら、必死に球体型の空間に閉じ込められてしまう。
「これでトドメですーーー」
手先に込めた魔力を刃状にした相手が動けずにいた私目掛けて、一直線に突撃してくる。
「そこまでにしておけ」
間に入るように兄が銃口を後頭部に向けながら、刃を出していた腕から魔力ごと氷付けにする。
その姿に身震いをした様子の彼女は大人しく動きを止めて、私を取り囲む空間は消滅して、そのまま地上に足を下ろす。
「兄様、ありがとうございます.......」
そのまま身体を押さえながら、ルリさんに抱えられると余程の恐怖を植えつけられたようにフィアが自身の肩を抱えて怯えていた。
「長居しすぎた。イヅナにも負荷が掛かっただろう。メディカルルームで検査を行うつもりだから、二人とも来るように」
顔は見えなかったが相当な形相をしていたのか、私にすら表情を見せてくれなかった。兄を本気で怒らせた事がなかった為、私の過保護が今回の致命的なダメージに繋がらずに済んだのだろう。
飛空挺に戻るフィアの後ろ姿からは感じられなかったが、先程の力と姿形はカグヤだった時代に見せた黒い私そのものだった。
もしもフィアが私みたいになったらと、今後の課題を突きつけられながらも私を窓から見つめていたクーデリアとも向き合わなければならない。
私が真に目指す未来にーーー。
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