第37話 第二章 未来烙印編 -未来のパートナー-
空に輝く無数の光。
光っては消えて、地上に落ちていく流れ星のように彩った星のない月が照らす夜。
イヅナが消息を絶ち、1ヶ月の時が流れたある日に訪れた連絡。どれだけ捜索しても見つからなかった戦友の呼び出しに応じて、私はこの空の上で見つめている。
私は決意しなければならない。
目の前の現実に向かうは、共に戦ってきた友ーーー。
陰で嘲笑うは未来の自分自身。
これは戦争であり、誰にも私達に関わる事は出来ないのだろう。
「私は、未来のカグラと楽園を目指す。だから、今のカグラはもういらない。私が直接、引導を渡してあげるから、大人しく死んで?」
イヅナは本気のようで、私に向けた目は最初に出会った頃に見せていた時。つまりは別の世界からやってきて間もない時に敵視されていた何も信じていないような目をしていた。
「イヅナちゃん、貴女は騙されているんだよ? 貴女の信じるそこの偽者は貴女を微塵も愛してなんかいないのがわからないの!?」
首を横に振りながら、首筋につけられた唇の痕を言いがかりのように話かけたルリさんにイヅナが見せ付けていた。
「愛なら、そこにいた貧弱のカグラよりも貰ってるの。私がどれだけ頑張ってもこの世界のカグラと結ばれないなら、悪に染まってでもこの幸せは渡さない」
今、上空で繰り広げられている戦いも元を辿れば、仕掛けられた罠だったのかもしれない。人の心を惑わせる新種の魔族の出現に世界中の魔導師を含め、3分の1が奴等の手先になり、残された戦力もこの戦いで散っていくか、同類に変えられてしまうという選択肢のみが現実に突きつけられている。
そんな中でのイヅナの申し立ては、私との対峙による因縁の決着をつけるというものだった。
同伴する数は自由とはいえ、フィアは戦える状態ではなく、兄様も現場の指示を離れる事は出来ない。シラユキとクーデリアが、敵を足止めする要になる程に追い詰められた状況の中で、イヅナは1つの賭けを持ち出した。
「私が勝ったら、カグラは私の玩具になってもらう。勿論、この子達の力でね。私が負けたら、潔くこの世界から手を引くと約束するから安心しなさい」
つまりここでイヅナに勝てば、全ての問題は無くなり、この長かった戦いにも終止符が打たれる。
勝たなければならない。その為にも今はーーー。
太刀の刃先をイヅナに向けながら、込み上げている想いを胸の奥に抑え込めて目の前の彼女に口を開く。
「決着をつけよう。手加減なしで出し惜しみしないからね?」
フフッと妖しく微笑むイヅナは、疾風を纏った足で太刀を蹴り退ける。最初に出会ったあの時のように自信に満ちた顔で鎌鼬の風で私の戦闘服に切り傷を付けていく彼女と向き合いながら、少しずつ間合いを取る。
ルリさんに目で合図を送ると、イヅナとの対決を誰にも邪魔させまいと初めて出会ったこの花畑の地に足を降ろす。
「覚えてる? あの時ココで貴女と出会った。そして私達は戦った」
「あの時のカグラは私にとって理解し難い存在だった。そして貴女を見ている内に感情というものが芽生えた」
話に共感を得たように先程とは打って変わって、表情が豊かに見えていて安心していたのだ。一瞬で、背後に廻り込んだ相手に反応しきれずに脇腹を強く殴りつけられる。衝撃で何十メートルも先で、身体を打ち付けながらも痛みに耐え切れずになかなか起き上がる事が出来なかった。
「感謝してるんだ。おかげで、私はまた強くなれる。カグラという踏み台を乗り越えてね?」
髪を掴まれて、楽しそうに笑うイヅナに何度も腹部を殴られた。痛みと臓器の悲鳴に吐血した液が相手の快感となっているのか。うっとりとした表情で、地面に私を叩き付けながら、背中を踏み付けて逃がさないように見下されていたのだ。
遠くで見つめていたルリさんも必死に約束を守ろうと堪えているのが目に映る。私とイヅナの争いに関与したが最後、未来の私が何をするかわからない。
この戦いに負けるわけにはーーー。
「頑張り屋で、誰にでも優しくて、不屈の心強さを持ってる貴女が昔から羨ましかった。でも今は違う。私はカグラに勝って、その全てを凌駕する」
「それで...いいの......? 私に勝つだけでイヅナは満足するの.......?」
背中を踏み付けていた足を握ると、退かせようと力を込め始めるが、一向に動かせずにいた。空いていた足で腹部を蹴り付けられた影響で仰向きになりながら、再び踏み付ける相手の足を退かせずにいた。
「私の意志なんて関係ない。私は未来のカグラについて行く。それ以外に何もいらないの。だから此処で死んでよ?」
このまま私は何も出来ずに死ぬのーーー?
嫌だ...またあの時みたいに何も出来ないまま、ただ死を待つのはーーー。
薄れいく意識の中で、張り裂けそうな痛みが胸に衝撃を与える。
自分の中で何かが弾けた音がした。心の奥底に秘めていた黒い魔力が吹き上がるように私の身体を纏う。抑えきれない思念が私を支配しようとしていた。
詰め込んでいた想いが血となって、口から大量に溢れ出す。胃の中が空っぽになるように何も恐れはなくなり、魔力が巨大な腕の形となってイヅナを殴り飛ばして、状態をゆっくりと起こせるようになった。
「何なんですか......。その力は!?」
相手を見据えていた時に何を思っていたのかはわからない。ただ1つの感情が渦を巻いて頭の中で囁き続けていた。
破壊セヨーーー。
未来の自分が纏っていた黒いオーラとは違う。クラディウス兄さんの元に連れて行かれる前の時と同じ、怨念が私の心を染めていく。
まるであの時、私が殺してしまった彼女の思念が私に纏わりついているように素肌を伝わって離そうとしない。そんなドス黒いものが身体を動かす。
「どんなに強大な魔力を手に入れても所詮は猫。輪廻の理に辿り着いた我の敵ではないーーー」
太刀の刃先に黒い魔力が帯びていくと、衝撃波のように一直線に放つ斬撃がイヅナ目掛けて飛んでいく。普通の衝撃波ではないと悟ったように上手く避けた相手を見ながら、斬撃は空へと向かう。
宙で戦う魔族に直撃すると、触れただけで真っ二つになり、欠片も残らずに周囲に肉片を飛び散らせていた。
血の雨となって、私の身体が赤く染まり、頬を伝う血を舐め取りながら相手に恐怖を植え付ける。
「何で...何で貴女はいつもそんな!!!」
イヅナが常人では目に追えない速度で周りを駆け巡り、何度も私の身体に打撃を与える。だが、痛みはなく、ただタイミングを測って反撃するように止まる事の出来ない相手を殴り飛ばして、その先に立ちながら見下ろしている。
「猫風情が、一瞬たりとでも我に勝てると思ったか? 人間の姿を真似た出来損ないのお前が?」
相手の首を掴んで高く持ち上げると、胸元に手を突き刺して魔力のコアを握り潰そうとしていた。
「や、やめて! それをされたら私は......」
「人間に戻れなくなる、か? 覚悟も無しに我に戦いを挑んだ報いを受けずして、命懸けと呼べるのか?」
私の意志じゃない何かが、痛みに苦しんでいたイヅナを虫けら程にしか思っていないような目で、抵抗も許さないといったように次第に魔力コアにひびが入る音が聞こえ始める。
やめてーーーこんなの私じゃーーーないーーー。
中で見ている事しか出来ない私を背に、痛みに叫びをあげるイヅナをただ見ている事しか出来ない。
どうすればいいーーー考えろ、考えろ、考えろ。
「姫ちゃん! ハーモニクスだよ!!!」
遠くから聞こえたルリさんの声。それしか手段が残されていない。
内部から魔力を紡いで相手の魔力コアと同調し始める事が出来たが、魔族に汚染された力が流れ込んで更に感情を抑えきれなくなってしまう。
このままじゃ、二人とも元に戻れなくなるーーー。
「そうだ。この時を待っていたのだ。過去の私が、黒き魔力と汚れた眷属の魔力が絡みあった時に出来る現象により、世界は我が手に墜ちるのだ!」
未来の自分が立ち尽くす私に加え入れるような、ハーモニクスで接続を謀ろうとしている。
最初から私の暴走が目当てというように待機に流れる魔力が渦となって、自然現象に関与しようとしていた。
海が高波で大地に打ちあがり、竜巻が地上の建物を崩壊へと誘う。
自分ではどうすることも出来ない力に、私の中に取り込んだイヅナを支えるように抱きしめている。
誰でもいい。私を止めてーーー。
途切れそうになる意識の中で見えた一筋の光。その光に手を伸ばす。
問いかけられた言葉が私に告げる。未来を変える意志を持てと。
過去が変われば未来も変わる。しかし未来を失えばあの子はーーー。
今を変えなければ、未来はない。その時に描いた光景に後悔をしない為に私はーーー。
「私はイヅナと一緒に未来を掴み取る」
胸に抱いたのは羽ばたく翼。そして共に世界を歩むパートナーの姿。
黒い思念を圧迫していくような感触を感じた先には、昔見た瓜二つの片割れのイバラの姿。彼女は私に微笑みかけながら、黒く圧縮された球体を持っていた。
「この人は私が連れていきます。未来を、私のイヅナをよろしくお願いーーー」
黒く歪んだ修道服を着た女性の怨念と共に消えていくイバラを見つめながら、弾け飛ぶようにイヅナと繋がった私と、未来の私が分離して魔力の暴走はなくなっていく。
「何故だ! イバラ、何故私を拒むのだ! お前も私の一部だろうに!!!」
未来の自分が、私を見つめながら問いかける。どんなに黒く染まっても自分の欠片を失った事に対して胸を痛めているように苦しそうに見つめていた。
「---イヅナは返してもらいます。シラユキも貴女の好き勝手にさせない」
ゆっくり立ち上がると、大薙を向けて太刀を構える相手に隙を作らないように乱舞を続ける。イヅナとのハーモニクスの速度に追いつけずに致命傷はないものの、確実にダメージを与えながら、徐々に余裕が無くなっていく表情を見せた相手に強く蹴り込んで大きな隙を作る。
「これが、私とイヅナのーーー」
身体中に風を纏って足先に魔力を込めると、ガードしようとしていた太刀ごと砕くように相手に強力な旋風と衝撃波を加えた踵落しを仕掛ける。
「覇王断空脚!!!」
直撃を避けたとはいえ、巨大な音と共に地面を裂く程の強力な力。肋骨を何本か砕く事は出来ただろうが、命に関わる程の致命傷はしていないようだ。
よろけ様に素直に姿を消して退いた相手を見逃しながらも、私の中で落ち着いたように眠っていたイヅナに安堵の表情を浮かべて遠くで見守っていたルリさんの下へと歩んでいく。
「やっぱりイヅナちゃんには敵わないなぁ。最初から叶わない恋だったのを思い知らされちゃった......」
「そんな事ないです。私はルリさんの事、今でも好きです。勿論、イヅナもーーー」
私の言葉を聞くなり、笑い始める相手に首を傾げながらも宙で戦闘している音が響き渡る。空を見上げて降りかかる火の粉を振り払うように勢いよく飛び上がると周りにいた魔族を一掃していく。
「それじゃ、パパッとやってお姉さんとお風呂でも一緒に入ろうか?」
「イヅナが、また怒るんで遠慮しておきますよ」
互いに拳を合わせると、魔族の掃討に奮闘していく。私の中で眠るイヅナを感じ取りながらも幸せそうな表情が浮かんだ相手に満足の結果になっただろう。
クーデリアにもシラユキにも悪い選択をしてしまったかもしれない。それでも私はイヅナを愛している。兄様にも怒られるかもしれないと苦笑を浮かべながらも、私は今日も戦い続けていく。
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