第34話 第二章 未来烙印編 -繋がる想い-

地球全土に広がる湾曲空間。


通称『ワーム』によって魔族は、未来からやって来ているというシラユキの情報を元に各国の優秀な魔導師の支援の下で数は激減し、今では数箇所を残すところまで湾曲は減らせた。


そして今は此処、華の国と云われた『日本』を舞台とした戦闘が幕を明けようとしている。


空気は汚染されて、魔力を持たない一般人は肺に入った毒に全身を犯されて息絶えてしまうのだといわれている。


ワームの封鎖に向かった魔導師も何らかの影響で、魔力を抜き取られ、汚染された空気によって命を落としたとの報告もある事から、敵の正体もどんな能力なのかも分からずに手の出しようがないのだという。


「ーーーと、いう訳で今回は私達の出番なのです」


ホワイトボードに書き込んだ可愛らしい絵の解説と共に、イヅナさんが知的に眼鏡を掛けて作戦を前に説明をしているのだ。


「私達の役目は後方支援のつもりだけど場合によっては、前線に出て行かなければいけないかもしれない。万が一、そうなったとしたら私とイヅナ、ルリさんだけで対処に向かうから、他のみんなは自陣の護りを固めてほしいかな」


カグラさんもまだ完全に復帰したわけではない為、車椅子でイヅナさんの肩を借りながら立ち上がって助言を加えると、エリア全域の状態を表示した電子模型図を展開して日本に向かう為に集まった空戦、陸戦魔導師に状況を更に解説していく。


首脳各国からも応援に駆けつけると連絡も入っている事から、今回の作戦で私達は目立った動きをせず、ただ向かってくる敵を排除するのが目的であると付け加えて、怪我人とは思えない程に素敵な笑顔を見せてくれたカグラさんに全員が、納得の上で時間まで待機となった。


シアは勿論、クーデリアさんもカグラさんの側に居られない事から、ご主人を待つ子犬のようにしょんぼりとした表情の中、床に落書きをするようにナイフで傷をつけて遊んでいた。


私も前線の支えになりたいと立候補はしたが、立場上で見習いの私達、子供組は命を大事に扱われる側の身になっている。


会議が終わり、真っ先にカグラさんに甘えに行くクーデリアさんの姿を見ながら、姉妹揃ってカグラさんのお兄さんの元へと呼び出されたのをきっかけに、性能の調整を踏まえた上で規格外である『ニルヴァーナ』について研究の結果を知らされる予定でもあった。


「単刀直入にいうなれば、コイツはフィア君の心の結晶体だ。俺の管轄するXUNISから生まれた物でないとするなら、説明するにはそう言った方が分かり易いだろう」


厚いガラスのような防壁の向こうで大人しく眠っていた機械染みた姿のニルヴァーナは、私の心が生み出したというのは納得出来ていた。


しかし過去に起きた暴走は、私が招いた取り返しのつかない出来事でニルヴァーナに罪はないのだろう。


ガラス越しにニルヴァーナを見つめながら、カグラさんに迷惑を掛けた意味で謝罪を目の前のお兄さんにしなければならない。


そして強化してもらったランスロットもまた、お兄さんの配慮である為、何から感謝と謝罪を始めればいいものかと、モジモジと俯きながら向かい会う男性に言葉が出ずにいた。


そんな私を見越してか、シアが私の肩を引いて一歩前へ進む。


「私にもフィアみたいな力があると思いますか?」


発現されていない力が眠っている事が、姉として許せないのか強い目でお兄さんを見つめるシアを横から見つめながら、真剣な表情で向かい合う相手は暫くの間、その瞳が如何に本気なのかを見定めるようにジッと見つめていた。


「『解らない』というのが答えだ。だが、力を欲するのなら何の為に誰の為に使いたいのかが明確でないのなら、縁の無いただの力となるだろう。シア君は誰を護りたいんだ?」


「私はーーー」


私をチラッと見つめたシアに向けて、首を横に振ると向かい合った男性を見つめるように目で伝える。


シアの事は誰よりも私が一番わかっていた。


例え、言葉で伝え合わなくてもシアは目の前のお兄さんが好き。


その気持ちに噓がないのなら、戦が始まる前に伝えなければいけない。


そう目で伝えたつもりだった。


肩を後ろから叩いて前に出すと、黙って私はその様子を傍観する事にする。


「お、お兄さん......。その、突然の事で困惑するかもしれませんし、答えが返ってくるとは思ってません。ただ自分の気持ちに噓はつきたくないので気持ちを伝えます」


真剣な表情を向けたお兄さんに向かい合いながらも赤くなった顔を伏せないように、目線を合わせながら大きく息を吸い込む姉の姿に成就するような祈りを込めながら、私も深く目を瞑る。


「お兄さんが好きです! 私と付き合ってください!!!」


声を張り上げて放った台詞は相手に届いたのだろうか、顔色一つ変えずにプルプルと震えたままの姉の姿を見つめていた。


「ーーー悪いな、シア君。俺は君の望む答えを口には出来そうにない。君の相応しいパートナーは他にいると俺は思う。それに俺には......」


返ってきた答えにショックを受けたシアはその場を飛び出してしまう。


「シア!!!」


去った後に後悔をしたように、表情を変えるお兄さんも考え抜いて出した結論なのだろう。


お兄さんは別に悪くはない。ただ私に向けた目には、シアをよろしく頼むという意思が感じ取れた。


私は頷いて、シアの後を追いかけていく。艦内を探し回ったが、シアの姿は見当たらない。


あれから1、2時間は過ぎただろうか。作戦まで残された時間はそこまで無いのは明確でもあり、シアの性格上、作戦を投げ出すとも思えない。


残された場所といえば甲板近くの風景を一望出来る場所のみだったがーーー。


「居た......」


水面を泳ぐ魚が流れ過ぎ、空から照らし出される太陽の光で若干明るく見える憩いの場。そこに姉は体育座りをしていた。


「シアーーー」


「幾ら、艦内が保温されてるとはいえ此処はスペースが広い。それに女の子がこんな所に1人でいるとは物騒だぞ?」


いつの間にか私の横を通り過ぎながら、シアに近づいていく男性は紛れもなく、姉の告白を受けた相手のお兄さんそのものだった。


私に行けと命じたが、ケジメをつけたかったのだろう。


ゆっくりとシアの隣に座ると、そのまま海の中を泳ぐ魚達に目を向けていた。


「ごめんなさい......。お兄さんに迷惑を掛けましたよね? 元から叶う筈の無い恋だったのにーーー」


「謝るのは俺の方だ。シア君が彼女より先に会っていたなら、考えたかもしれない。だが今回の事件が片付いたら、真剣に考えてみようと思う。未来のカグラを野放しには出来ないしな」


シアの頭を撫でながら、ゆっくりと体を持ち上げて膝の上に乗せたお兄さんに顔を伏せる事なく、泣いていた影響で赤くなった瞼の下を隠そうとする姉の両腕ごと後ろから抱きしめていた相手が宥めるように耳元に息を吹きかける。


「ニャァ......」


お兄さんに凭れ掛かるように力が抜けたような声を出しながら、赤い顔を見せて大人しくなったシアをお姫様抱っこで光の射し込む先へと歩いていく。


「俺に君の心を実現させられるかはわからない。だが、君が望む結果になるかはわからないが、それでもちゃんとシア君を見つめてみようと思う。恋愛というものは経験がないから、期待に添えれるよう努力をするつもりだ」


姉の想いはしっかりと届いていたのだろう。


降ろされた小さな女の子に膝を着いて、目線を合わせる騎士のように仕える姿で手の甲にキスをした体格差のある男性との間に芽生えた結晶が光となって姿を現す。


翼を纏うその存在は、二人の未来をベールのように暖かく包み込む導き手なのかもしれないと私は思ったのだった。

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