第33話 第二章 未来烙印編 -未来との決別-

一矢の放たれた夜空を見上げて、我は思う。


限りない世界に広がる無数の命と、それを奪おうとする悪の限りを尽くす者。


人に裁きを与えるのが神でないとしたら、執行者は悪とならないのだろうか。


そもそも悪の定義とは一体何なのかーーー。


私がこうして拘束されている様子を真に受けるとしたなら、現状の措かれている立場は『悪』なのだろう。


冷たい牢獄に閉ざされた檻を見つめて、どれだけの時間が過ぎたと考えられるだけ、まだ心に余裕はある。


しかし両腕、両脚を魔力枷つまりは、リミッターの上に更に重りを載せたように息苦しい状態にキツキツの囚人服を着せられていた。


幸いな事といえば、壁に張り付けにされていないという点かもしれない。


横にもなれるし、壁に寄りかかる事も出来るが、服の影響もあり、仰向けに寝れないのが難点である。


そんな事を独り言のように思っていると、遠くから扉の開く音が聞こえる。


この姿を見られたくないのもあり、面会を避けながら後ろを向いて用件を伺う為だけに背中を鉄格子につけている。


「カグラ教導官一佐殿。食事をお持ちしましたので、どうぞ召し上がりください」


「ありがとう。状況は...伝えられないんだったね......」


監視の立場でもある後ろの彼は、外の情報を伝えるわけにもいかず、喋った場合に首を刎ねられるという制約に基づいて私を徹底してマークしているのである。


相手が檻のような冷え切ったこの空間に入るのを見ながら、空腹に飢えた私は目の前にあった食べ物に目を奪われてしまう。


しかし私の立場を考えると、気を抜いてはいけないのも事実。


いつ何時に未来の私自身に命を狙われるかも分からない為もあり、意識を常に何かに捉われないようにしないといけない。


「カグラ教導官に報告したい事があります。未来の貴女に昨日、一つの町が焼かれました。その町には、ある監獄の監視役の男性の家族と妻と子が住んでいたとの事です」


運ばれた食べ物を入り口に置いた相手は、私の目の前に見下ろす形で立ち止まる。


「その一家は、監視役の男性を除いてどうなったと思う?」


「.......」


私は何も口に出来なかった。


彼が望む言葉は謝罪なのか、それとも慰めなのかを理解するだけの思考が廻らない。


ただ顔を伏せたまま胸ぐらを掴まれた私は、彼が思うようにと満足するまで嬲られなければいけないのだろう。


「お前のせいで! お前という存在が! 災厄を招いたんだと分かっていて! 何故、平然と生きていられるんだよ!?」


狂気に満ちた相手に投げ飛ばされると、床に顔を打ち付けながら、腹部に強力な蹴りを何度も受けては声を出さないようにされるがまま、全身に深い痛みを受ける事になった。


「お前が消えれば、俺の家族を奪ったお前も消える! 上の判決を待たずに俺が引導をくれてやるよ......」


痛みには慣れている。だが、それだけでは満足しないのも承知の上だった。


私はここで、この男に殺されるだろうと察する事が出来た。


熱くなった相手の手に再び胸ぐらを掴まれると、鉄格子に背中を打ち付けられると、衝撃で囚人服で苦しかった首から胸元までの布が破れて、露出した肌を目の前にいた男性に隠す事なく曝す。


これで許してもらえるとは思ってはいない。


薄れた意識の中で、男性は私の身体に興味を持ったのだろう。


気づいた時には相手の手は、私の囚人服を破り捨てて直に白い肌に触れていた。


「教導官殿は男遊びをしたことのないとお聞きしましたが、まさか男性に興味がないのですかな?」


もはや相手に抑止力など存在していないのだろう。


声を出さないのがやっとで、触れられた感度の高い部分はどれも経験のある相手が身体に刻もうとしている私には縁のなかったかもしれない知識。


そして、これから純潔を奪われる下準備としての前座でしかない。


「死ぬ前に善い思いをさせてやるから、我慢せずに底に眠る本音を響かせろよ?」


相手の硬くなった性器が、貫こうとしている場面を目の当たりにしている。


抵抗はない。これで相手に恨みが無くなるならと、現実を受け入れようと力を抜いて身を委ねようとゆっくりと目を瞑る。


「消えろ。下種がーーー」


生暖かい液体が飛び散る感覚と、何かが地面に落ちた音を耳にする。


口元に入り込む生暖かい液体は、鉄の味に程近い味。そして男性の気配を感じられない事から、ゆっくりと目を開ける。


目の前にいた筈の男性の首は地面に転がり、代わりに黒ずんだ衣服に身を包んだ『私自身』が血が流れ落ちていく鋭い刃物の形をしたエクセリウスが握られていた。


「たかが家族を殺された程度で、我が肉体に触れようとするなど人間如きが甚だしいとは思わないか?」


「なんで、人を容易く殺せるんですか......? 貴女は私の未来の姿なんでしょう!? 絶対に認めないーーー」


私の言葉を聞くなり、ため息をついて残った身体だけとなった男性をエクセリウスの先端部で突き刺して持ち上げると奥の壁に投げつけるように放り込む。


「確かに過去の私なら、そう言えるだけの希望が残っていたかもしれませんね。でもこの先に知ることになる未来の先に貴女は絶望する事になる。信じていた人間に裏切られ、愛する家族と呼べる場所は自分を軽蔑するだけの存在と成りえる事を.......」


「何を言ってるの......?」


全てを知っているというように見据えた瞳からは、負の感情が湧き出ている事を察する事が出来た。


未来の私が絶望で満たされた形が目の前には、事実存在していると言わんばかりの威圧に押し潰されそうになりながらも受け入れる事を拒否する心が奪われていくように共鳴した過去の私の存在すら、闇に吞まれそうになっていた。


「垣間見る事が出来る頃合いか。私の絶望を見せてあげる。そして私達は一つになって、この世界を手に入れるのーーー」


身体がいう事利かないといった金縛りを受けながら、未来の私に抱きしめられると、溢れ出る黒い霧が私の中に入り込んで、思考から心に抱いた希望を蝕もうとしているのが分かった。


そして流れ込む因縁の記憶。


人を殺して軽蔑された私。同じ場所で強姦をされた私。そんな私に遺跡の調査を提案した兄。全ては私を想っての行動だったのだろう。


遺跡に眠る強大な力を手にする事で、全てをチャラにするつもりだった。


しかし願いとは裏腹に気づいた時には、枯れ果てた大地に冬景色が終わらない一面が寒さに覆われた地球の姿だった。


だから私が欲したもの。それはーーー。


「シラユキの能力ーーー」


「そう。シラユキは私が生んだ最高傑作であり、未来、過去、現在を行き出来る能力を持つ唯一の存在。過去の栄光の関係の因果か、彼が私との間に刻んだ遺伝子は力として必然する事が出来た私達の子供となって、私を救う為にこの世に誕生した女神なの」


シラユキの能力なら未来をやり直す事は出来る。しかし因果律が曲がるという事は、能力の性質上、シラユキは『この世界には存在しなかった者』となる。


「それで...いいの......? シラユキは貴女の子供で、貴女を愛してくれた人との結晶じゃないのーーー」


「愛? 結晶? そんなものはいらない。私に必要なのは、絶対的な平穏な日々と醜い人間を統括する権限のみ。子供なんて、また『造ればいい』。今度は私に反抗しない可愛い男の子でもいいかな。その子が次の王となった時に絶大な征圧を世に再び知らしめる事が私の夢なんだよ?」


相手の手首を握りながら、相手の発言に怒りを現そうと拘束された枷を無理矢理、魔力で弾き飛ばすとリミッターを外そうと胸の魔力を生成する機関を活性化させていく。


「ふざけない...で! シラユキは貴女の道具じゃない!!!」


つまらないといった目で私を見つめる相手は、鉄格子に私を押し付けて再び黒い霧を纏わせようとしているが、魔力で出来たオーラのようなもので防ぎながら、強い意志を示している。


「今、やっと分かった。私は貴女じゃない。貴女は自分の我がままを他人に擦りつけて逃げようとしている負け犬で、自分以外はどうなってもいいと考えている哀れな存在なのーーー」


「黙れ! 貴様は私だ!!! 何故、後の未来で必ず後悔するのが分かりきっている私を認めようとしないの!?」


確かに過去は変えられないかもしれない。同じ存在だとしても少しも痛みを共用する事も出来ない。それでもーーー。


「それでも私には、みんながいる!!!」


地表に唸る雷が響き渡ると同時に鉄格子をバラバラに分解する程の速さと共に、輝く聖剣が未来の私との間を穿つように振り下ろされる。


私を解放すると同時に後ろに下がる相手を見据えながら、私の前に現れた二人の存在。


それは私を超えると誓った一番弟子と、過去と向かい合い私を愛してくれている愛弟子の姿。


「カグラさんを泣かせたのは、汝で違いはないな? 懺悔の暇は与えぬぞ?」


「クーデリアさん固いよ。それに許す気はないんだ。シラユキさんの事もカグラさんの事も全部、お前を倒せば解決する.......」


まるで私を護る騎士のように強い表情で迎え撃とうとするフィアとクーデリアの姿に安心の余りか、涙を零してしまう。


こんなにたくましく成長してくれたこの子達を前にして、どんな未来が待っていようとも私は絶望などしない。


「私もこの子達と共に未来を掴む。だから私は貴女を認めない。まだ抵抗するなら決着をつけよう」


二人の前に立つとクーデリアから手渡されたエクセリウスを展開して、太刀を抜きながら構えを取る。


流石の相手も状況に不利を感じたのか、戦闘の意思を見せずに黒い霧に包まれながらその場から存在を消していく。


「決着はつけるよ? でも私の指揮する魔族は今よりも一層強くなるから気をつけてね? 簡単に死なれたら面白くないからーーー」


最後に見せた妖しい微笑みからは余裕を感じ取る事が出来た。何か切り札を握っている。そんな気配がした。


完全に姿を消すと同時に無理をしすぎた反動からか、XUNISの状態を保てずに元の姿に戻って倒れてしまいそうになる。


「カグラさん!」


間一髪といったように背中を抱えたクーデリアが、顔を覗き込むように私の表情を見据えていた。


心配そうに私に触れようとしたフィアも、寸前で手を止めると気を遣うように連絡を入れながら、その場から離れていく。


「クー...デリア......。ごめんね......。格好悪い姿を見せて」


「カグラさんが頑張り屋さんで、弱いところを見せたくないのは分かるけど、こんな時くらい僕に甘えてください。僕はどんなカグラさんでも大好きですからーーー」


その言葉に抱えていた余裕の無い心をどれだけ解してもらえたか。


私の素肌を見ないように恥ずかさのあまり前髪で、顔を隠していた相手の頬に触れると、優しく微笑んで見せながらゆっくりと顔を近づけて口付けを交わす。


未来の私の言葉を鵜吞みにするわけではないが、これからの未来に期待してしまうのは構わないだろう。


目の前の小さな騎士様は、私にとってどんな存在になっていくか。


それは未だわからない。


だが、それでもと言い続ける心を持っていきたいと私は目の前の相手と誓い合うのだった。

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