だんじょん村の止まり木亭 -Start Line-

ベネ・水代

プロローグ 改訂版

プロローグ

 ビィン!

 鋭い音を立てて弓弦が返った。

 放たれた矢は想定通りの軌跡を描いて宙を駆ける。


 矢が向かう先には壁面にもたれるように立つ、白い円柱状の物体。高さは一メートル強。円柱の上部には円く赤い傘が広がっている。


 人間ほどの背丈がある大キノコ。それが少女の標的だ。


 的は肉厚だが柔らかい。矢は白い柄の中央部に突き刺さり、力の余韻で羽を震わせた。


 突如、矢の震動に呼応したように大キノコが震えだす。

 柄の下部がメキメキと音を立て、二つに割れていく。

 やがて左右に分かれた下部は脚となり、大キノコは壁から離れ直立した。


 しかし少女とて、その様を悠長に眺めてはいなかった。


 即座に放った二の矢が風を裂く。矢は大キノコの脚の付け根に深々と刺さった。


 力点を貫かれ、脚力を失った大キノコが横に倒れる。太く短い両脚がむなしく暴れたが、もはや立ち上がることはできそうになかった。


 少女は右手の弓を下ろし、軽く息を吐いた。


「ええで、ジャスパー」


「ああ」


 剣を手にした少年が進み出た。大キノコに馬乗りになり、傘を柄から切り離す手つきはなかなか巧みだ。


「それにしてもルピニアちゃん。よくあんな場所を正確に狙えるね」


「それがウチの取り柄やしな」


 背後からの声に答えながら弓を背負い、少女――ルピニアは大キノコに刺さった矢を引き抜いた。


「柔らかいんは助かるわ。矢が無駄にならん」


「ケチくせえな」


 四人目の声は苦笑混じりだった。


 肩をすくめるだけで応え、ルピニアは周囲を見回した。

 たいまつの明かりが左右と天井の岩盤を照らし出している。前方と後方には明かりの範囲を超えて闇が広がり、どこまでも続いているように思えた。


 彼女らが立っている場所を端的に表現すれば、岩盤をくり貫いた長大な通路ということになる。ただし通路の横幅と高さは十メートル近く、前後の長さに至っては数百メートルにもおよぶ。人間や妖精の力では到底作りえない巨大な横穴だ。


 しかし足元の岩がほぼ平坦に削られ、石床と呼んで差し支えない状態で続いていることからも、天然の洞窟でないことは明らかだった。


 大迷宮ダンジョン


 十年ほど前に使われ始めた呼称が、この地方においてはもはや固有名詞として定着している。


 そしてダンジョンに挑む冒険者が集う場所もまた、近隣一帯にその名を広く知られていた。




「たしか食材やったな、これ。どうやって食べるんやろ。アトリは知っとるか?」


 折りたたんだ大キノコの傘を背負い袋に押し込めながら、ルピニアは背後に呼びかけた。


「ええと……たしかステーキにするのが一般的と書いてあった気がします」


 五人目の声が答える。


「簡単でええな。ウチらも一匹くらい食べてみよか」


「焼くことはできますけど、調味料が足りません」


「下調べしとくんやったなあ。……よし、お待たせや」


 ルピニアは荷物をまとめて立ち上がった。仲間たちはすでに隊列を組み終えて彼女を待っている。


 最後列の所定の位置に戻り、ルピニアはちらと隣を見た。

 横に並んでいるのは小柄な少女だ。前方の闇を見つめる真剣な面持ちが、彼女の生真面目さを雄弁に物語っている。


「アトリ、もうちょい肩の力を抜かんと疲れるで」


「は、はい。気をつけます」


「せやから気をつけんでええって」


「ごちゃごちゃ言ってねえで進むぞ」


「はいな、センパイ」


 ルピニアは肩をすくめ、歩き出した。




 光と足音は通路の先へ進み、小さくなっていく。

 闇の中へ消えるように。

 あるいは、闇に立ち向かうように――

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