第24話 講釈
13 講釈
「褒められとったな。よかったやんか」
「……ピンとこない」
「正当な評価やと思うけどな。あんたもさっさとランタンを点けとき。焚き火に水かけられんやろ」
「あ、ああ」
ジャスパーは当惑しつつランタンに火を移した。
水袋の水を焚き木にかけると、細い白煙が上がっていった。
しゃがんで煙の行方を目で追いながら、ルピニアは穏やかに切り出した。
「ウチは弓だけなら何年もやっとる。けど正直、あのバケモノに狙いどおり当てるんは難しかった。あんたは昨日の今日でいきなり剣を当てよった」
「腹の真ん中を狙ったんだ。避けられた」
「それでも脇腹に刺さっとる。あいつが避けきれん一撃やったんや。上出来やんか」
「なんだよ、お前まで急に」
ルピニアはにんまりと笑った。
「なんや、照れとんのか? 可愛いとこあるんやな」
「別に照れてない」
――なんか調子が狂う。
ジャスパーが視線を横に逸らすと、壁際で毛布を巻いて寝息を立てているアトリが目に入った。少し離れたところでエルムも横になっている。
「オレのことより、アトリは大丈夫なのか。あいつ相当疲れてるだろ」
「話の逸らし方が強引や。まあええけど」
ルピニアが呆れたように肩をすくめる。
「エドも言っとったろ。アトリは気張りすぎなんや」
「オレにはなんだか思いつめてるように見えた」
「ふうん? 意外としっかり見とるんやな。ええ線いっとるで」
「だけど理由が分からない。お前には分かるのか?」
「乙女の秘密や」
ルピニアは意味ありげに笑い、ランタンの窓についた煤を指でぬぐった。
黒く汚れた指先を石床にこすりつけ、丸を描く。煤の量が足りず、線は円の始点まで届かなかった。
「……と言いたいとこやけど。ほんまのとこはウチにもよう分からん」
「なんだよ、結局分からないのか」
「そう焦るんやない。説明したるから最後まで聞き。……そやな、あんた魔法を勉強したことあるか?」
「いや。前にエルムの教典とかいうのを見たけど、最初のページで頭が痛くなった」
「そんなら今度アトリの魔導書を見てみ。たぶん本を開いた途端に目が回るで」
ルピニアがくすくすと笑う。その横顔に違和感を覚え、ジャスパーは首をかしげた。
――こいつ、こういう笑い方をする奴だったか? 普段はもっとげらげら笑って……。
そこまで考えて思い違いに気づく。
普段も何もない。ルピニアと初めて会ったのは昨日のことだ。自分はまだ彼女をよく知らないのだ。
「本の話はおいといて、今朝のコウモリを覚えとるか。アトリが睡魔の術を使うたやろ」
「そりゃ覚えてる。ものすごく眠かった。あれで手を抜いてるってのがすごい」
「手抜きと手加減は大違いや。あれはな、全力で手加減しとったんや」
「なんだそれ? どっちなんだよ」
「んー、あんたに分かりやすく言うとやな……」
ルピニアがジャスパーの剣を指す。
「たとえばな、あんたが子供とチャンバラごっこするとこを想像してみ。武器は木の棒切れや。あんたしっかり構えて丁寧に振るか?」
「たぶんしない。適当に振ると思う」
「それが手抜きや。適当にやっとっても身体はそれなりに動くやろ。魔法はそれじゃあかん。手抜きしとったら術が発動せん。きっちり構えて、一瞬も気抜かず、できるだけ丁寧に棒を振るんや」
「まあ、分かる」
「難しいんはここからやで」
ルピニアがいたずらっぽく笑う。
「まずあんたは、棒を支えられるギリギリ最小限の力しか腕に込められん。普通に振って当たったら子供が怪我するやろ」
「そりゃそうだな」
「それに相手は子供や。あんたは真剣にやらんでもええと考える。せやけど適当に振っとると文句を言われるんや。真面目にやらんか。腰が入っとらん、手打ちになっとる、とかなんとかな」
「……うへえ。面倒な子供だな」
「あんたはそれこそ指先まで意識して、丁寧に棒を振らなあかん。子供に合わせて動きながらやで。しかもうっかり力が入ったらえらいことになる。どうや、考えるだけで疲れるやろ? 魔法の手加減っちゅうんはそういう感じなんや」
ジャスパーはうんざりした顔でうなずいた。
「なんとなく分かった。コウモリ相手にずいぶん面倒なことしたんだな。……って」
当時の状況を思い出し、ジャスパーは目を丸くした。
「コウモリの巣のど真ん中だぞ。あんなうるさい場所で、そんなややこしいことができるのか?」
「しっかり集中しとればな。それが魔法使いっちゅうもんや。まあウチに言わせれば、あれは集中力の無駄遣いやけど」
ルピニアが肩をすくめる。
「普通に術を使うてウチらがコウモリごと寝てしもうても、たぶんエドは起きとるやろ。あとでウチらだけ叩き起こせば済む話や」
「まあそうだけど。……なんか分かる気もする。アトリだってあれが初めての実戦だろ。肩に力が入っても仕方ないんじゃないか。オレだってまともに剣を振れなかった」
「そりゃ最初くらいは仕方ないやろな。ウチかて蛇を撃ったとき、動き回るあんたに当たるんやないかって冷や冷やしとった」
「おい、ちょっと待て。あれだけ文句言っといて自信なかったのかよ」
ルピニアは大きく咳払いした。
「その話はおいとこ。今はアトリの話やろ。ところで脚が疲れてきたわ、ちょっと失礼するで」
ルピニアがさっと立ち上がり、歩き出す。ジャスパーが口を挟む間もなかった。
「……」
ジャスパーは仕方なく腰を下ろすと、脚を曲げ伸ばししているルピニアの後姿を眺めた。
腰まで届く青紫の髪が揺れている。その下に見え隠れする背中は細い。
改めて見れば腕も脚も細く、華奢な身体だ。
あの少女が獣人の男と丁々発止の口喧嘩をし、
ジャスパーは止まり木亭で初めてルピニアを見た時のことを思い出した。
離れたテーブルで自分とエルムを待つ少女。落ち着いた髪の色。おとなしい服装。鼻眼鏡と書物。ぴんと伸びた背筋。それらを遠くから見た印象は「知的で落ち着いた少女」だった。
同じテーブルにつき、彼女の第一声を聞いた瞬間にその印象は消し飛んだが、ジャスパーにしてみればありがたい驚きだった。
彼女の率直で嫌味のない言動には好感が持てるし、余計な遠慮をせずに済むのは気楽で良い。口数が多く講釈好きなところは少し面倒に思うが、噛み砕いた説明をしてもらえるのは助かる。
いくつか不思議な点もある。彼女は魔法や戦闘技術について妙に詳しい。その一方で、自身の使っている言葉がどこの方言なのか知らなかった。物知りなのかそうでないのか今ひとつ分からない。
人狼に放った強力な矢も謎だ。あの細腕にそんな力が出せるとは思えない。何か魔法でも使ったのだろうか。
「……ひとは見かけによらないな」
「なんか言うたか」
「別に。大したことじゃない」
ジャスパーは腕と背を伸ばしながら、講釈はあとどのくらい続くだろうとぼんやり考えていた。
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