第25話 彼女の横顔

  14  彼女の横顔


「アトリは最初やから肩に力が入っとったんやない。最初から最後まで、とんでもなく真剣やったんや」


 腰を下ろしたルピニアが講釈を再開した。


「キノコには普通に術を使っとったけど、肩の力が抜けとる感じでもなかった。そこへきてあのバケモノや」


人狼ワーウルフか。……オレは必死だったけど、アトリがやけに冷静で驚いた。あいつはなんか覚悟が決まってたような気がする」


「覚悟っちゅうんはうまい表現やな。ウチもなんとなくそんな気がしとった。けど、まさか拡大魔法で火玉三発呼び出すなんて思わんかった。あんな無茶するからフラフラになるんや」


「その拡大魔法ってなんだ? 火の玉を三つぶつけて、三発分の威力にしたのか?」


「そんな都合よういかん」


 ルピニアが顔の前で手を振る。


「あれは『数撃ちゃ当たる』や。火玉を三つも呼び出せば、一発くらい強い火玉が出るんやないか、ちゅうやり方やな。もちろん三倍疲れることになる」


 ジャスパーは首をひねった。


「……火の玉は全部当たってたよな。それでも三発分の威力にならないのか?」


「当たったように見えただけや。火弾の術には欠点があってな、一つの標的には一つの火玉しか効果が出ん。呼び出した中で一番強い火玉が最後まで燃えるんや。残りの二発は当たった瞬間に消えてしまっとる。同じ三発なら術を三回使うて、一発ずつ当てるほうがええ」


「それで三倍疲れたら損するだけじゃないか。なんでそんなことを」


「あのバケモノが何回も術を使わせてくれるなんて思えんやろ。アトリは一撃必殺しかないと考えた。けど一回で強い火玉を呼び出せるかどうかは運次第やからな。火玉を呼べるだけ呼んで大当たりに賭けたんや。あれは気力も魔力も使い切る覚悟がないとできん」


「捨て身の覚悟ってやつか。たしかにあんなのが相手じゃ全力でやるしか――」


 ジャスパーは自分で口にした言葉に引っかかりを覚え、講釈の内容を思い返した。


 アトリはコウモリに全力で手加減した。ファンガスにも手を抜かなかった。人狼にはありったけの力で術を叩きつけた。気の休まる暇があっただろうか?


「……まさかあいつ、ダンジョンに入ってからずっとそんな調子だったのか?」


 ルピニアは焦げた焚き木をつま先で転がした。二度三度と転がすうちに、木片が細かく砕けて炭の山になる。ブーツの先は黒く汚れていた。ルピニアは顔をしかめ、小さく息をついた。


「アトリが『必死でした』言っとったの覚えとるか。ウチもあれでやっと気づいた。アトリはダンジョンに入る前から必死やったんや」


「入る前って」


「必死やったから、エドの大雑把な地図を説明もなしに読み解いたんや。初めて通った道を全部覚えたんもそのおかげやろ。そりゃアトリは頭がええけど、そんだけやったらエルムも同じことができそうやと思わんか? 教典を暗記しとるんやろ、神官っちゅうのは」


「……」


 言葉を失ったジャスパーをよそに、ルピニアは淡々と続けた。


「何一つ見落とさんつもりやったから曲がり角のプレートを見つけて、記号と数字の意味まで見抜いた。あんなバケモノに襲われて冷静やったんは、あんたの言うとおり覚悟ができとったからやろな。そんだけ気張っといて魔法もあんな調子やろ。倒れんほうがおかしいわ」


 ルピニアは両膝を抱え、眠るアトリの方へ顔を向けた。


「アトリは夕べから妙に緊張しとった。里を出るんは初めてみたいやったし、おまけに昨日会うたばかりのよう知らん連中とダンジョンに挑むんや。ウチなんかより繊細やし、普通はそんなもんかもしれん思っとった」


 ジャスパーは昨日の出来事を思い返した。


 止まり木亭ではアルディラに怒鳴られ、バッタモンド商会ではエルムの性別が明らかになり騒ぎになった。それらの騒動をルピニアは一緒に経験し、受け入れた。親近感が湧くのは当然だ。


 しかしアトリは違う。ジャスパーがアトリに若干距離を感じていたように、彼女は全員に対して距離を感じていたのだろう。


「……気づかなかった」


 ジャスパーには他の言葉が見つけられなかった。


 顔を背けたまま、ルピニアが静かに首を振る。


「あんたとエドは前衛やし、エルムもなんやかんや言うて男やろ。気づかんのは仕方ない。……けど」


 ルピニアは肩を落としていた。


「ウチは夕べ、アトリの部屋まで押しかけておしゃべりしとった。今日もすぐ近くにおった。ウチが気づかんでどうする。初日で緊張しとったなんて言い訳にならん」


「ルピニア……」


 言葉に迷うジャスパーの頭を、二階へ向かう際に見たアトリの固い表情がよぎった。


 ――オレが、あのとき振り返っていたら。


 足を止めるべきだった。声をかけるべきだった。ルピニアならきっと振り向いて異常に気づいてくれたに違いない。少なくとも、彼女の背中がこんなに小さく見えることにはならなかったのではないか。

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