第46話 もう一度

  7  もう一度


 ほどよく焼けて汁がしたたる肉。豆と魚肉のスープ。新鮮なサラダと果物。果実のジュースやエール。


 ひととおりの料理が揃ったテーブルを、四人の冒険者たちが囲んでいた。


 席の一つは空いたままだ。暮れの鐘が鳴ってからそれなりの時間が経っているが、席の主が姿を現す気配はない。


「アトリは何をしとるんやろ。センパイも起きとるんに、遅いやんか」


 ルピニアは顔をしかめ、席を立った。


「ちょっと部屋を見てきたる」


「待った」


 ジャスパーがルピニアの手首を掴む。


「アトリは何か用事があるみたいなんだ。きっとじきに来る。もうちょっと待とう」


「……なんであんたがそんなに真面目な顔しとるんや。だいたい今さら用事ってなんや? アルディラはんも今日は手伝いなんかさせんやろ」


「オレも知らない。だけどきっと大切なことだ。邪魔したらだめだって、それだけは分かるんだ。頼む」


「知らんのに頼む言われてもなあ……」


 ルピニアは困惑した。


 おそらくジャスパーには本当に心当たりがない。その彼が自分を引き止めるのは理屈に合わないのだが、こうも真剣な顔をされると反論に躊躇してしまう。


「ルピニアちゃん、待ってみようよ。ジャスパーがそう思うのなら、きっと本当に大事な用なんだよ」


 エルムの声には疑いが微塵も感じられなかった。彼は親友の勘に全幅の信頼を寄せているのだろう。

 ルピニアは釈然としないまま席に戻った。


 料理はまだ湯気を立てているが、いくらか勢いが落ちていることは否めない。


「待つんはええけど、せっかく奮発した料理やで。冷めてしもうたらもったいない――」


 その時、店内にどよめきが起こった。

 酒場区画の向こうから小さな人影が歩いてくる。


 地味な黒のローブに黒の三角帽子。細い脚を包み隠す黒のハイソックス。手には木製の長い杖。

 見慣れたその姿にルピニアは息を呑んだ。


「……アトリ。あんた、それ……」


 四人の待つテーブルへと歩いてくるアトリは微笑を浮かべていた。


 彼女のローブの右肩は丁寧に縫い合わされていたが、背中の布は肩甲骨の下辺りが丸く切り抜かれている。露出した背中からは左右不揃いの羽が凛と立ち、周囲の明かりを反射して澄んだ緑色にきらめいていた。


「遅れてすみません。どうか一つだけ、わがままを言わせてください」


 静かに見守る四人の前で、アトリは丁寧に頭を下げた。


「わたしはフェアリーのアトリ。魔術師です。これからもよろしくお願いします」


 顔を上げたアトリは爽やかに笑っている。四人を見つめる深緑の瞳は宝石のように輝いていた。


「それじゃ、次はオレたちの番だな」


 ジャスパーが椅子を引き、立ち上がった。


「オレはジャスパー。戦士だ。獣人で〈ルーツ〉は犬」


「ボクはエルミィ。神官だよ。〈ルーツ〉はリス」


 エルムが微笑みながら続く。


「……まったくあんたは。今度はいったい何をしたんや」


 ルピニアは苦笑しながら立ち上がった。


 結局そういうことなのだ。あのお人よしにはかなわない。


「ウチはルピニア。エルフの射手や。よろしゅうな」


「くせえことをしやがる」


 エドワードはふてぶてしく椅子に腰かけたまま、にやりと笑った。


「解除師のエドワードだ。俺を呼ぶときは先輩をつけろ。そうしねえ奴にはおごってやらねえからな」


「安心しとき、センパイ。遠慮抜きで注文したるわ」


 どっと笑いが巻き起こった。

 アトリが席に着くと、ジャスパーが興味津々の顔を彼女に向けた。


「さっき、羽の意味が分かったって言ってたな。その羽はアトリにとってなんなんだ?」


 四つの視線が集まる。

 アトリは満面の笑顔で答えた。


「この羽は、わたしの誇りです」

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