第22話 豹変
11 豹変
ジャスパーは
「こいつけっこう固いぞ。よく矢が刺さったな」
「そんなことはどうでもええ! アトリ、あんな無茶して大丈夫なんか」
ルピニアはもどかしげに弓を背負い、杖にすがって立つアトリのもとへ駆け寄った。
「必死でしたから、つい」
荒い息の下、アトリはかすかに笑った。
もともと色白の顔から血の気が失せている。急激な魔力の消耗と、極度の精神集中の反動だ。
「拡大魔法とか言ったか。ジャス公もお前さんも無茶しやがる」
四人を見回すエドワードの顔は険しい。
ジャスパーには拡大魔法という言葉の意味が分からなかったが、何が起こったのかはアトリの様子を見れば明白だった。
彼女は自分に劣らず危険な橋を渡ったのだ。その結果があの三つの火の玉に違いない。
苦しげなアトリ。彼女を気遣うルピニア。二人を案じていたジャスパーは、壁際に座り込んだエルムへと近づいていくエドワードの姿を見落とした。
「エルミィもよくやった。立てるか」
エドワードが手を差し出す。
「あ、センパイだめだ!」
ジャスパーが慌てたように手を伸ばし、エドワードの手を掴もうとする。
怪訝な顔で振り向いたエドワードの前で、エルムの肩がびくりと動いた。
「……う、わああああっ」
エルムが跳ねるように身を起こし、エドワードが差し伸べた手に噛みついた。
「いてえぇぇぇぇっ!?」
エドワードが手を引き戻そうとするが、エルムの顎は緩まない。その両目は見開かれ、明らかに焦点が合っていない。
「エルム、落ち着け」
ジャスパーがエルムの横にかがみ、肩に腕を回す。
「大丈夫だ。誰も死なない」
ゆっくりとエルムの目の焦点が合い始める。
やがてエルムは口を開け、エドワードの手を解放した。
「……ジャス、パー」
「ここにいるぞ」
「ねえさん……は……」
ジャスパーはかすかに顔をしかめ、肩越しに背後を指した。
「あっちだ」
「あ……」
エルムのうつろな視線が指先を追い、ようやく呼吸が整いつつあるアトリの姿を捉えた。
「……え?」
顔を上げたアトリは、呆けたようなエルムの視線に気づき目をしばたいた。
「あの、エルミィさん……?」
「……よかった」
エルムが安堵したようにつぶやき、微笑む。
当惑する三人の前で、突然ジャスパーが拳を握りエルムの脳天に落とした。
「あいたっ」
「起きろ、エルム。朝だ」
エルムは両手で頭を押さえてうめき、恨めしそうにジャスパーを睨んだ。
「ひどいよ、叩き起こすなんて。……え?」
エルムはきょろきょろと周囲を見回した。呆気にとられた三人を見やる目には理性の光が戻っている。
「あれ、アトリちゃん……? 先輩……」
エルムの視線がエドワードに止まる。
くっきりと歯形の浮かんだ右手を凝視しながら、エルムの肩は次第に下がっていった。
「……そっか。ボク、またやったんだね」
壁にもたれ、エルムは力なくうなだれた。
「ごめんなさい、先輩」
ジャスパーはため息をついた。
「センパイ。エルムもきつそうだ」
「みてえだな」
エドワードがしかめ面で右手をぶらぶら振る。
「さっさと一階へ引き上げてえが、これじゃ階段を上れねえな。予定変更だ。近くの部屋に入るぞ」
「部屋?」
「そこそこでけえ部屋がある。扉を閉めちまえばとりあえず安全だ。野営もできなくはねえ。ルピニア、アトリに肩を貸してやれ。荷物は持ってやる」
「あの、わたしなら自分で」
「鏡を見てから言え。ぶっ倒れそうな顔してるぞ」
「まったくや。……けどセンパイ、逃げた連中は大丈夫やろか」
ルピニアは五人組が走り去った方向を見やった。闇を見通す彼女の目にも、動くものの姿は映らなかった。
「大丈夫だろ。この先は」
「この先は通路の幅が広くて見通しが利きますし、1番通路はわたしたちが最初に通って安全を確認しました。よほどのことがないかぎり階段に着けるはずです。一階へ上がってしまえば広間までは一本道ですし」
「……あのな」
エドワードが苛立たしげに額を押さえる。
「いいから頭冷やせ。気負いすぎだ。鼻血出るぞ」
「そりゃあかん。野営の準備はウチらがするから、アトリは横になっとき」
「え、でも」
ルピニアは片眉を上げ、アトリの顔に指を突きつけた。
「鼻血やで? 女の子には一大事やんか」
「女が鼻血出すと、何か問題があるのか?」
エルムに肩を貸したジャスパーが首をかしげる。
ルピニアは盛大にため息をついた。
「ほんま、女心を分かっとらんわ」
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