第3話 常識の問題

  3  常識の問題


 バッタモンド商会は冒険者が必要とする武器防具など装備品のほか、毛布やランタン、火口箱や調理器具など、多種多様な雑貨品を取り扱う大型商店だ。


 止まり木亭を半ば叩き出されたジャスパーら三人は、いまだ続く耳鳴りに顔をしかめながら扉をくぐった。


「いらっしゃいませ。おや、見かけないお客様ですね。新規登録された冒険者ですか」


 やや歳のいった男性店員が三人を出迎えた。


「せや。最低限の装備と道具を揃えたいんやけど」


「すると、あなた方が連絡のあった方々ですか」


 店員は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、内容をあらためた。


「ルピニア、ジャスパー、エルミィのお三方で間違いありませんか」


「連絡やて?」


「夕べのうちに知らせをいただいております。当店と止まり木亭は親密な関係ですので」


「噂の冒険者支援ネットワークやな。たしかにようできとるわ」


「噂なの?」


 きょろきょろと周囲を見回していたエルミィが口を挟む。


「あんた、なんも知らんで止まり木亭に来たんか?」


「止まり木亭が、魔王を倒した冒険者の開いた店だってことは知ってるよ。たしかバッタモンド商会も、あのひとたちがこの村に呼んだんだよね」


「そのとおりです。冒険者はダンジョンで価値ある物品を見つけ、当店がそれを買い取る。一方で当店は装備品などを提供し、冒険者はより強くなる。お互いに利益がある良い関係です」


「……もしかして、オレたちの予算もお見通しだったりするのか?」


 店員は穏やかな笑顔をジャスパーに向けた。


「おおよそ見当はついております。初心者向けクエストの報酬金と、装備類の準備金といったところでしょう」


「そんなら遠慮なく相談させてもらうわ。正直ウチは武器の相場なんてよう知らんし。言い忘れとったけど、ウチは自前の弓を持ってきとる。ウチの武器の分はあんたらの装備か道具にまわしてええで」




「最初はひととおり揃えることが肝心です。大型の武器や金属鎧はおいおい購入されるのが良いでしょう。まずは皮の防具をお勧めします」


 店員は装備品の見本と様々な雑貨を持ち寄り、三人の前に並べてみせた。

 剣と杖、鎧と盾。背負い袋や毛布、調理器具やランタン。さらには小型ハンマーや火口箱など細々とした道具一式。


 次々とテーブルに並べられていく品々を前に、エルミィは目を丸くした。


「ジャスパー、怒られるわけだね。こんなにいろいろと必要だなんて」


「ああ。これから迂闊なことは言わないよう気をつける」


 ルピニアはひそかに胸をなで下ろした。


 エルフの里を出て間もない自分には、人間たちの相場感覚が分からない。そもそもエルフは貨幣を使うことすら稀だ。この二人がまともな認識を持ってくれなければ、金銭面に大きな不安を残すことになる。




 三人は店員の説明を受けながら武具を検分した。


 ジャスパーとエルミィの防具はレザーアーマー。なめし皮製の軽量な鎧だ。


 エルミィが渡されたものはソフトレザーと呼ばれる、柔らかい皮の上衣だった。防御力よりも動きやすさを重視した防具であり、鎧の中では最も軽い部類に入る。


 一方ジャスパーの鎧は皮を煮込んで堅くし、強度を増したハードレザー。柔軟性は犠牲になるが、武器や爪牙を食い止める頑強さを備えている。腰部を守る直垂もセットになっており、廉価ながら本格的な鎧だ。


 ルピニアには皮製の胸当てと腕の保護帯。これらは自ら引いた弓弦で怪我をしないための防具であり、外敵に対する防御力は皆無に等しい。


「ちょっと頼りないな」


「重い鎧なんか着とったら身動きとれんわ。か弱い乙女なんやし」


「で、オレの武器はこれか」


 ジャスパーは並べられていた剣に目をやった。不満げなルピニアの視線には気づいてもいない様子だ。


 ジャスパーが薦められた剣は、柄から剣先までちょうど腕の長さほどのショートソードだった。片手持ちを前提に作られているため柄は短い。刀身には反りがなく、剣先は鋭く尖っている。


 ジャスパーは試しに剣を持ち上げ、その軽さに拍子抜けした。


「もっと重いかと思ったんだけど」


「あんたの腕力がおかしいんや。鉄の塊やで、それ」


「獣人のお客様には物足りないかもしれませんが、短く軽い剣は狭い通路でも取り回しが楽です」


「それもそうか」


 ジャスパーは鞘に入れたまま剣を構え、ゆっくりと振ってみた。

 長すぎない刀身はたしかに扱いやすく、邪魔に感じない。狭い空間で振り回すにも支障はなさそうだ。手首の力でも扱える軽さは心もとないが、その分腕が疲れないと考えればメリットもある。


「長い剣は金を貯めてからだな」


 ジャスパーは納得したようにうなずき、剣をテーブルへ戻した。


 エルミィは少し離れた場所で杖の調子を確かめていた。

 長さ一メートルほどの、金属製の両手杖。それをくるくると回しながら左右の手へ持ち替える動きは、ルピニアの思いのほか堂に入っていた。


「あんた杖術を使うんか?」


「うん。といっても護身術だから、突いたり叩いたりはあんまり得意じゃないけどね」


「いろいろと珍しいタイプやな、あんた」


「そう?」


 首をひねるルピニアを、エルミィはきょとんとした顔で眺めた。




「これええな。……けど買い換えるんはもったいないか」


 ルピニアは大型のフライパンを手に思案していた。


「そんなでかいフライパンどうするんだ? 持ち運ぶの面倒だろ」


 横から覗き込んだジャスパーは呆れ顔だった。


 冒険者が携行する食器や調理器具は、鍋など共用の器具を除けば一人用で小型のものが多い。フライパンにしても卵一個を焼くことができれば事足りる。


 ところがルピニアが握るフライパンは三、四人分の卵焼きを作れそうな大きさがあった。作りも鉄ごしらえで丈夫そうだ。よほど大人数のパーティならともかく、三人が今すぐ必要とするような道具ではない。


「でかくて頑丈なほど使い勝手がええんや」


「そういうもんなのか」


「ジャスパーは料理苦手だものね」


 エルミィがくすくすと笑った。


「それより、あんたらはさっさと鎧を買うてき。あっちで採寸してもらえるで」


「そうだな」


「うん♪」


 歩き出したジャスパーとエルミィをなんとなく見やり、ルピニアは思わず目を疑った。


 ジャスパーの向かう先に男性用の採寸室がある。それは何も不自然ではない。

 しかしなぜエルミィがその後をついて行くのか。


「あ、あの、お客さん。女性の方はこちらで採寸を……」


 異常に気づいた女性店員がエルミィを引き止めた。


「え? ……ああ、そっか」


 エルミィは苦笑をにじませて振り返った。


「ボク、男なんだけど」


「……は?」


 ルピニアの目は点になった。


「何を言ってるんですか。こっちですよ」


 女性店員が苛立たしげにエルミィの腕を掴み、女性用採寸室に入っていく。


「しまった!」


 男性用採寸室からジャスパーの騒ぐ声が聞こえた。


「エルム、ちょっと待て!」


「店員さんが信じてくれないんだよ」


 カーテンの向こうから応えたエルミィの声には困惑と、どこか諦めの雰囲気が漂っている。


 やがて女性店員の悲鳴が店内に響き渡った。


「やっちまった……」


 採寸室から首だけを覗かせたジャスパーが額を押さえる。

 ルピニアは左右の採寸室を交互に見やり、呆然とつぶやいた。


「……ひょっとして、ほんまに、男なんか?」


「悪い。いろいろあるんだ」


 ジャスパーが深いため息をついた。


 だと?


 ルピニアはうまく回らない頭の中で、自分の常識が崩れていく音を聞いたような気がした。

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