第17話 ダンス・ウィズ・キノコズ

  6  ダンス・ウィズ・キノコズ


 ジャスパーは片手でファンガスの太い柄を掴み、傘の付け根に刃を押し当てた。


 突如、ファンガスの柄がジャスパーに向かって折れ曲がった。大きな傘がジャスパーにのしかかる。と思った次の瞬間、傘は勢いよく上方に跳ね、ジャスパーの下あごを打った。


「ぶっ!?」


 不意打ちにのけぞったジャスパーの眼前で、太い柄の下部が音を立てて二つに分かれた。さらに柄の中央付近からも、細長い触手のようなものが左右一本ずつ飛び出す。


 ファンガスは「脚」で地を蹴ってジャスパーに体当たりし、「腕」で彼を横に押しのけた。


 突き飛ばされたジャスパーは背中から石床に倒れ、二足歩行を始めた大キノコを呆然と見上げた。


「……な、な、なんだこれ」


「ぶははははっ」


 エドワードが腹を抱えて笑いだした。


「バカ正直にひっかかりやがって。動かねえキノコなら冒険者に依頼するわけがねえだろ」


「こ、このやろ」


 ジャスパーは剣を掴んで立ち上がり、不規則に動き回るファンガスを追いかけた。

 ファンガスは俊敏にジャスパーから逃れ続ける。

 いつしか両者の走る軌道は円になり、同じ場所をぐるぐる回り始めた。エドワードは心底愉快そうに笑い続けている。


「……えらくシュールな光景やな」


「あ、あはは……」


 ルピニアもエルムもそれ以上の言葉が出なかった。


「……え?」


 二人と同じく呆気に取られていた様子のアトリが、不意にはっとしたような表情を浮かべた。


「……あの、準備する魔法って、まさか」


「そういうことだ。さっさと眠らせちまえ」


 エドワードがどうにか笑いをかみ殺して答える。

 アトリは目を丸くした。


「こ、これ眠るんですか?」


「植物じゃねえことはたしかだな。おいジャス公、もういいからこっちに来い。魔法に巻き込まれるぞ」


 数分後、エドワードは睡魔の術で動かなくなったファンガスから難なく傘を切り取り、丁寧にたたんで背負い袋に収めた。


 術の解けたファンガスはゆっくりと起き上がり、もともと生えていた場所に戻って動かなくなった。傘を失い、白い柄だけとなった大キノコの姿には、えもいわれぬ哀愁が漂っていた。


「ほんまにシュールなキノコやな」


「ま、こんな感じだ。次行くぞ」




 一行はいくつかの通路を回り、数体のファンガスから傘を採取した。


 エドワードと並んで歩きながらも、ジャスパーの胸中には不安が広がり始めていた。


 地図の上では東西に伸びる通路を歩いていると分かっている。しかし通路の長辺は数百メートルにもおよび、それを何回も曲がっている。周囲の風景にはほとんど変化がなく、方角を知る助けとなる太陽や風もない。階段の方向は本当に向こうで正しいのか――


 不意にエドワードが左手を横に伸ばし、手のひらを下へ向けた。「停止」のサインだ。


 ジャスパーは足を止め、目を凝らした。

 進路上に新たなファンガスがいる。

 その意味に気づき、ジャスパーは身震いした。


 夜目の利く自分が先に気づけなかった。明らかに注意力が落ちている。あれがファンガスでなく、危険な魔物だったらどうなっていただろう。


「……必要なんだな、先導って」


 ジャスパーは口の中でつぶやいた。

 闇の中、単調な通路を歩き続けることの危険性を、ジャスパーは今になって思い知らされていた。


「ここからは魔法抜きだ」


 エドワードがささやき声で四人に告げる。


「アトリに頼りっきりじゃお前らも申し訳ねえだろ。ジャス公、お前からだ」


「分かった」


「ところでさっきの追いかけっこな、あいつはどうやってお前を避けたり、逃げたりできたと思う」


「そりゃオレが追ってくるのを見て――ん?」


 ジャスパーは一瞬考え込んだ。


「……たぶん目や鼻じゃないよな。目があるなら触られるまで動かないのは変だし、匂いで避けるなんてオレにも無理だ」


「よし。五感は知ってるな? 視覚と嗅覚じゃねえなら残りはなんだ」


「味覚は関係ないし、もし触覚があっても離れてちゃ意味がない。……ってことはあいつ、音で」


「それなりに頭が回るじゃねえか。ついでにもう一つ、こいつらは生えていた場所から遠くへは逃げねえ。ぐるぐる回ってやがったのはそれが理由だ。あとは自分でやってみな」


 エドワードは静かに数歩ファンガスに向かって移動し、やおら両手を打ち合わせた。ファンガスはびくりと震え、手足を生やしてうろうろと歩き始めた。


 ジャスパーは動き回るファンガスを横目に、そろそろと壁際へ移動した。


 どう動こうと最終的に元の場所に戻るなら、その地点で待ち構えていれば良い。


 慎重に移動するジャスパーは、ゆっくり歩くだけならほとんど足音が立たない自分自身に驚きを覚えた。


 ほんの数時間とはいえエドワードの動きを真似してきた成果が表れつつある。どうやら努力を見抜かれていたようだが、不思議と悪い気はしない。


 ファンガスはジャスパーの読み通り、彼が待つ場所へと戻ってきた。


 ショートソードを腰だめに構え、ジャスパーは狙いどころを探った。


 暴れさせては傘を傷つけるおそれがある。可能ならば一撃で仕留めたいが、弱点らしい箇所が見当たらない。脚部に切りつけて転倒させるか。うまく倒せれば後の作業が楽になるかもしれない。しかし相手の脚は短い。地面すれすれをどうやって切ればいい?


「迷ったらど真ん中を突け」


 エドワードのささやき声はすんなりと頭に入った。


 迷いが消えた。


 脇を締める。

 低く構えたショートソードをまっすぐに突き出す。

 たしかな手応えとともに刃が白い柄の中心を貫いた。


 そのまま刃を下へ向け、股に当たる箇所までを裂く。

 ファンガスは後ろへ倒れ、しばらく痙攣して動かなくなった。


「やった……」


「六体目だな。十体目まではお前がやれ」


「分かった、センパイ」


「そのあとはルピニアの番だ。お前さんなら狙えるだろ」


「任しとき。こんなでかい的なら楽勝や」


「よし」


 エドワードは壁にもたれ、どっかりと座った。


「そいつの傘を取ったら休憩だ。水を飲んどけ」

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