第16話 未知との遭遇
5 未知との遭遇
石造りの階段は幅が広く、三人並んで歩いても余裕がある。
下りの距離は四人の予想以上だった。たいまつの光の中に石床が浮かび上がると、誰からともなく安堵の息が漏れた。
「もう一本くらいたいまつを点けたほうがいいかな」
「あるに越したことはねえが、俺はともかくお前らなら一本で足りると思うぜ」
「いくらオレたちでも、さすがに真っ暗だと何も見えないぞ。せめて星明かりくらいはないと」
「たいまつを置いて周りを見てみろ。真っ暗か?」
エルムは言われたとおり石床にたいまつを置き、半信半疑で明かりの範囲外へ踏み出した。
周囲から危険を感じさせる音が聞こえないことを確認してまぶたを閉じ、何秒か数えて開きなおす。
「……あれ。本当だ、見えるよ」
闇に慣れたエルムの目には壁も天井もはっきりと見えた。薄暗いとは感じるが行動に大きな支障はなさそうだ。見回せば彼らが下りてきた階段をL字の角とするように、幅広い通路が正面と右に続いている。
ジャスパーは壁に手をかざした。手のひらがぼんやりと光って見える。壁に手を当てると、ひんやりと湿った柔らかい感触が伝わってきた。焼き固めた土の表面とは明らかに感触が違う。
「壁に何か張りついてるな。コケか?」
「たぶんヒカリゴケの一種です。水と、少しの養分があれば光がなくても成長するそうですけど……。こんなに群生している場所があるなんて」
アトリはたいまつの明かりで壁を照らし、詳細にコケを観察していた。
「どうしてわざわざ光るのかなあ」
「もしかしたら、夜行性の草食動物に食べてもらいやすくしているのかもしれませんね」
「物知りなこった。ま、そういうわけだ。俺でも少しは先が見える。お前らなら火が消えてもなんとかなるだろ。……おいルピニア、どうかしたか」
ルピニアは離れた場所で通路の先を見据えて鼻眼鏡をいじっていたが、やがて納得したようにうなずいた。
「ちょっと遠見を試しとった。十分いけそうや」
「遠見? なんだそりゃ」
「訓練のときに言わんかったか? ウチらには遠くを見通す目があってな、暗闇もこれくらいなら平気なんや。いちいち切り替えるんも面倒やし、歩いとる間は遠見のままで問題なさそうや。アトリもそうしとき」
「ええと……わたしは杖とか本とか、手元を見ることも多いですから。必要なときに切り替えますね」
「そういやアトリは眼鏡をしとらんな。もう切り替えに慣れとるんか?」
アトリは首を振った。
「わたしの一族は弓より魔法に頼ってきましたから、遠見をあまり使いません。切り替えは苦手です。エルミィさん、たいまつを返しますね」
「……? うん、ありがとう」
エルムはたいまつを受け取りながら首をかしげた。
何かが引っかかる。気づかなければ痛みを感じないささくれのような、些細な何か――
「そろそろ動くぞ。エルミィ、悪いがあまり俺から離れるな。ここは普通の人間には暗いんだからよ」
「はい、先輩」
エルムは後列から前進し、前衛二人のすぐ後ろを歩くことにした。いわゆる中衛の位置だ。
「ファンガスはたいてい壁際に生える。よく探せ」
――ちょっと見づらいなあ。
エルムは歩きながら困惑していた。
左右の斜め前は前衛にふさがれている。ファンガスを探せと言われても壁際が見えにくい。といってこれ以上前に出れば前衛と並んでしまうし、後ろに下がればたいまつの光がエドワードの前まで届かなくなる。
「ジャスパー、目と鼻を任せていい? ボクは耳になったほうがよさそうだよ」
夜目に関して二人に大きな能力差はない。先行するジャスパーが視覚と嗅覚、続くエルムが聴覚で警戒すれば、効率良く危険に気づけるだろう。
「ん、分かった。耳は頼む」
「うん♪」
エルムは耳を一杯に立てた。
五人の足音が通路の壁に当たり反響している。エルムの鋭敏な聴覚は、その一つひとつを聞き分けることができた。
ジャスパーの立てる物音が一番大きい。しかし彼の足音や荷物の軋む音は、今朝から少しずつ小さくなっている。何か音を立てない工夫を始めたのだろう。
エドワードは特殊な歩法を身に着けているのか、装備品を鳴らすことがなく足音もかすかだ。聴覚だけで彼を捕捉するのは難しい。
エルムとルピニアの足音は似たり寄ったりだ。おそらく体重が近いのだろうと推測できたが、迂闊に指摘すれば重大な生命の危機に直面しかねない。
アトリの足音は小さく、存在感が薄い。しいて言えばエドワードの足音に似ているが、アトリの足取りはよろめきがちで音に注意を払う余裕があるとは思えない。それなのになぜ足音がこうも小さいのかと、エルムは首をかしげざるを得なかった。
「あれじゃないか?」
不意にジャスパーが足を止め、前方を指した。
エルムは慌てて立ち止まった。音の世界に没入しすぎて、危うく斜め前のエドワードにたいまつをぶつけるところだった。
「おう。あれだ」
首肯したエドワードの視線の先に、それはあった。
通路の左側、壁と床の接点辺りから白く太い柄がまっすぐ上へ伸びている。高さは一メートル余り。柄の上部には赤と白のまだら模様の傘が広がっている。傘自体も一抱え分の大きさはあるだろう。まさしく大キノコだ。
「思っとったよりでかいわ。あれ十五個は持ちきれんのやないか」
「傘は見かけほど厚くねえ。たためば三つや四つは袋に入る。五人いりゃ余裕だ」
エドワードが親指でファンガスを指した。
「ジャス公、好きにやってみな。切るのは得意だろ」
「傘だけ切り取ればいいんだろ? 簡単じゃないか」
ジャスパーがショートソードを抜き、ファンガスに近づいていく。
エドワードは後列のアトリを手招きし、寄ってきた彼女に耳打ちした。
「準備しとけ」
「え?」
アトリは戸惑ったように小声で聞き返した。
「攻撃魔法を使うんですか? そんなことをしたら傘も傷んでしまいますよ」
「まあ見てろ。すぐ分かる」
首をかしげたアトリが前方に視線を戻すと、ちょうどジャスパーがファンガスの正面に立ったところだった。
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