第15話 お食事タイム
4 お食事タイム
五人は広間に戻り、隅に荷物を下ろした。炭の残骸と焦げ跡が地面に残っている。野営ポイントだ。
「いったん休憩だ。昼メシ食ったら二階へ下りるぞ」
「お肉のスープだね。お湯沸かすよ♪」
エルムは細い金属の支柱を立てて鍋をかけ、その下に練炭を並べて火を点けた。ほどなく沸騰した湯に塩漬け肉を入れ、調味料をひとつまみ加える。
「あんた、ほんまに器用やな」
ルピニアは素直に感心した。
火の扱いにせよ戦闘時の動きにせよ、エルムは万事において手際が良い。彼なら大抵のことはそつなくこなすだろう。
何を考えているのかどうにも掴みきれないが、周囲に害を及ぼすような人柄とも思えない。多少の奇行に目をつぶれば、冒険の仲間としては実に頼りになる。
「おいジャス公、まだ役に立ってねえのはお前だけだぞ。肉くれえ切り分けろ」
「任せろ」
ジャスパーが目を輝かせる。反発を予期していたエドワードは拍子抜けし、目をしばたいた。
「本領発揮だね」
エルムが楽しそうに大皿とナイフを手渡す。
ジャスパーはほぐれた肉を皿に取り上げ、骨を中心に一回転させた。肉の凹凸を真剣な目つきで確認し、ナイフを入れる。肉を骨からこそぎ落とす手つきは、エドワードらの思いのほか丁寧だった。
意外な一面もあるものだと、ルピニアはしばし黙って眺めていたが、彼が脂身まで肉から分離し始めたのは看過できなかった。
「何しとるんやもったいない。そこ捨てるとこやないで」
「捨てるなんて言ってない。まあ見てろ」
ジャスパーは空中に指先で何本か線を引いた。どう切るか見定めているようだった。やがて納得したようにうなずくと、ジャスパーは肉と脂身を五つに切り分けて取り皿に分配した。
ルピニアは順番に取り皿を持ってみた。どの皿も重さにまったく差が感じられない。きわめて正確に五等分されていると認めざるを得なかった。
「どうだ。文句あるか」
「はあ……。褒めてええんか、呆れてええんか分からんわ」
「どうでもいい特技があったもんだぜ」
ため息をつくルピニアと呆れ顔のエドワードの横で、アトリがかすかに吹き出してくすくすと笑い始めた。
「アトリちゃん、やっと笑ったね」
「す、すみません。なんだかおかしくて」
アトリは口元を押さえたが、こぼれ出る笑みは止まらないようだった。
「お手柄だよ、ジャスパー♪」
「……せやな。今回は認めたる」
エルムはにこやかに笑いながら、ひどく複雑な表情のルピニアから目を逸らした。ウチの苦労はなんやったんや、というぼやきをエルムの耳は捉えていた。
「なんか納得いかないぞ」
不満そうなジャスパーをよそに、アトリは控えめに笑い続けていた。
五人が食休みを取っていると、広間の入り口方向から賑やかな音が近づいてきた。数人分の話し声と足音、金属同士がぶつかり合う音だ。
「なんだありゃ」
広間に入ってきた集団を目にしたジャスパーは思わず眉根を寄せた。
鎧や武器など、その出で立ちは一見して冒険者の集団と分かる。しかしまるで落ち着きのない話し声や、装備品をうるさく鳴らす歩き方は何なのだろう。初心者の自分でもあの連中よりはましだと思ってしまう。
「よう、エド。お前も子守か?」
集団の先頭を歩いていた男が手を上げた。
人間の若い戦士だ。エドワードより大柄で、重そうな鎖かたびらを着込んでいる。腰に下げた剣も長く大ぶりだ。この男だけが静かに落ち着いて歩いており、残りの少年たち五人は物珍しそうに周囲を見回し、思い思いに言葉を交わしていた。
「ケインか。そっちもお疲れさん」
「お互いこき使われてるな」
「まったくだ。お前らも二階か?」
「おう。こっちは大サソリの尻尾だ」
エドワードはにやりと笑い、指先で自分の鎧を突いてみせた。
「刺されるなよ」
「そんなヘマするかよ。先に行かせてもらう」
エドワードに答え、ケインと呼ばれた男は後ろの五人を振り返った。
「階段はこっちだ。他の通路はスカだから間違えるな」
「はーい」
緊張感の感じられない返答をしつつ、五人の冒険者たちはぞろぞろとケインの後をついて行く。喧騒はやがて通路の奥へ遠ざかっていった。
「……ねえ先輩。あのひとたちって」
「子守だ」
エドワードがつまらなさそうに答える。
「子守とか言いたくなるんも分かるわ。ぺちゃくちゃと締まりのない連中やったな」
「そうだな、剣も鎧もガシャガシャうるさ――」
言葉の途中でジャスパーはあることに気づき、口をつぐんだ。しかしルピニアの口は止まらなかった。
「他人事みたいに言っとるけど、あんたも昨日はあんな感じやったで。ようアルディラはんがダンジョン行きを許したもんや。だいたい、」
「他人のやり方に口を挟むんじゃねえ」
エドワードの口調は静かだが、有無を言わせぬ鋭さがあった。
ルピニアはばつが悪そうに黙り、食器を片づけ始めた。
ジャスパーはエルムと顔を見合わせ、静かにうなずきあった。
あれが子守だ。おそらく自分たちのように、一階から丁寧に回るような先導は異例なのだ。
――金貨十枚って、本当は多すぎるんじゃないか?
ジャスパーは訝しんだ。
通常の先導はケイン程度の世話しかせず、報酬も相応の金額でしかないのだろう。その証拠に、先導を渋っていたエドワードは報酬を聞いた途端に依頼を快諾し、懇切丁寧に四人を指導している。彼に提示された金額はその労力に見合う価値があるに違いない。
しかしバートラムが四人の先導に高額の報酬を提示した理由については、いくら考えても見当がつかなかった。
「もう腹は落ち着いただろ。こっちも動くぞ」
荷物をまとめ始めたエドワードにならい、四人は黙々と出発の準備を進めた。
「ん?」
ふと違和感を覚え、ジャスパーは後ろを振り向いた。エルムが同じ方向を見つめ釈然としない顔をしている。
「ジャスパーにも聞こえたの?」
「音、だったのかな。よく分からない」
ジャスパーは首をかしげた。
背筋に何かを感じたような気はするが、その正体が音だったのかどうかと聞かれると明言できない。
「どうかしたんか?」
「足音か何かが聞こえた気がしたんだけど……」
ルピニアは二人が見つめる方向を見やった。視線の先には初心者集団が入っていった通路。目を凝らしても人影らしきものは見当たらず、これといって物音も聞こえない。
「誰もおらんようやけど」
「さっきの連中が騒いでやがるんだろ」
エドワードはすでに準備を整え、四人を待っていた。
「それにしては静かだったよ。ボクの聞き違いかなあ」
「お前に分からないんじゃ仕方ない」
エルムとジャスパーは首をかしげながらも、急いで荷物を背負った。
犬の〈ルーツ〉を持つジャスパーが嗅覚に優れているのに対し、〈ルーツ〉がリスであるエルムはとりわけ聴覚が鋭い。そのエルムが断言できない物音を、ジャスパーが聞き分けられる道理はなかった。
ジャスパーは先行するエドワードを急ぎ足で追いかけた。アトリを追い抜いた際、ちらと見えた彼女の表情は固かった。
少し引っかかりを覚えたものの、ジャスパーは先を急いだ。
アトリは次の階層へ向かうにあたって緊張しているだけかもしれない。それならパーティの隊列を乱してまで尋ねることではない。優先して考えるべきことは、次の階層にどんな魔物が徘徊しており、どんな戦い方を求められるかだ。
最後尾を歩くアトリは両手が白くなるほど杖を握りしめていたが、そのことに気づいた者はいなかった。
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