第7話 力と技

  7  力と技


 ジャスパーとエルムは木製の剣と杖を渡され、エドワードと模擬戦を行うことになった。


 木剣を振って調子を確かめながら、ジャスパーは作戦を練った。


 木剣は先ほど購入したショートソードとほぼ同じ長さで、重量ははるかに軽い。普通に振るったのでは自分の腕力の半分も活かせない。しかし手首のスナップでも自在に操れる点を活かせば、意表を突いた技でエドワードを驚かせることができるかもしれない。


「……いいのがあった」


 ジャスパーがにやりと笑う。


「あんまり無茶したらだめだよ、ジャスパー」


 たしなめたエルムも楽しそうに笑っていた。




 ジャスパーとエドワードは三メートル前後の距離を挟んで対峙した。互いが一歩踏み込めば刃が届く間合いだ。


「そら来い」


 エドワードは木製の短剣を逆手に握り、身体の前で水平に構えている。反対の手は腰にあてていた。盾を使うまでもないという意思表示だ。


 ジャスパーも木剣と小盾を構えた。


 左手に握るのはラウンドシールドと呼ばれる、直径三十センチほどの円形の盾だ。木製の円い板は数センチの厚さがあり、さらに中央部分は金属で補強されている。短剣の攻撃などものともしないだろう。


 盾を前に出すように半身に構えながら、ジャスパーは作戦を反芻した。


 エドワードの武器はこちらの半分の長さしかない。重い一撃を受け止めるのは困難だ。彼はおそらく攻撃を横へ受け流し、距離が詰まってから反撃してくるだろう。


 しかしジャスパーの打ち込みがエドワードの予想を超えて速ければ、受け流しても体勢は不十分になる。


 そこで身体を回しながら、剣を下から跳ね上げる。これが本命の一撃だ。重い剣では振り下ろす勢いを止められないが、軽い木剣なら手首を返して強引に切り返せる。至近距離から一気に切り上げれば避けられまい。


 ジャスパーが左足を半歩出す。


 エドワードは動かない。完全に待ちの体勢だ。


 ――よし!


 ジャスパーは右足で地を蹴り、一気に加速した。

 剣を振り上げながら一歩半の間合いを瞬時に詰める。

 エドワードの顔にぎょっとしたような表情が浮かんだ。


 ――入った!


 ジャスパーは真正面から木剣を振り下ろした。


 この速度なら左右どちらに避けても肩に当たる。受け流されても本命は次の一撃だ。これで勝負は――


 鈍い手応えが右腕を震わせた。


「!?」


 剣が振り抜けない。予想外の手応えにジャスパーは戸惑い、顔を上げた。

 次の瞬間、ジャスパーの全身に重い衝撃が走った。


「バカかお前は」


 目の前に呆れかえったエドワードの顔。それが上方へ急速に離れていく。

 わずかに間を置いて、ジャスパーは自分がしゃがみ込んでいるのだと気づいた。息を吸おうとしたがうまくいかず、逆に咳き込む。同時に腹の辺りから痛みが襲ってくる。


「そいつはショートソードでやる技じゃねえ。腹ががら空きだろうが」


 エドワードは短剣を左に持ち替え、しかめ面で右腕を振った。


「フェイントでこれかよ。とんでもねえ腕力だぜ」


「……どうやって」


 ジャスパーはよろめきながら立ち上がった。

 呼吸するたびに腹が痛む。おそらく膝蹴りを入れられたのだろう。


 分からないのはその直前に起こったことだ。エドワードは左右どちらにも避けなかった。しかも正面から膝蹴りまで放っている。つまり彼は、短剣と片腕だけであの一撃を受け止めたことになる。そんなことが可能なのだろうか。


「つっかい棒だ」


「つっかい棒?」


「お前みてえなバカ力を受け止める技だ。普通は自分よりでけえ奴を相手にするときに――待てよ」


 エドワードはしばし思案顔だったが、やがて短剣を右手に持ち替えた。


「講釈はあとだ。ジャス公、妙な技を使わねえで普通にやってみろ」


「分かった」


 ジャスパーが剣と盾を構えなおす。


 再び待ちの構えをとったエドワードに対し、ジャスパーは連続で突きかかり、斬りかかった。フットワークで左右に変化し、上段と下段への攻撃をできる限り不規則に織り交ぜる。


 エドワードは武器を使わず、体さばきで避け続けた。滑らかな動きだ。ジャスパーの剣は彼を捉えたと見えた途端に横をすり抜けてしまう。


 ジャスパーの空振りが十回を越えた頃、エドワードはようやく短剣を使い始めた。


 素早い突きを左右に逸らし、強い打ち込みはいなす。ジャスパーは踏み込むたびに体勢を崩されたが、意地でも倒れまいと即座に立て直し、攻撃を続けた。


 やがてエドワードの反撃が始まった。ジャスパーが空振りで体勢を崩したところへ短剣が滑り込む。避ける間もなく肩や胴に軽い一撃が入る。


 数分の攻防の末、エドワードが後方へ跳んで距離をとった。


「もういい。だいたい分かった」


 エドワードが短剣を下ろし、ため息をつく。


「ジャス公。お前、誰かの剣を適当に真似してるだろ」


 ジャスパーは目を丸くした。


「そんなことも分かるのか?」


「技は知ってるくせに手足の動きがバラバラだ。剣の間合いもいまいち分かってねえ。要するに基本がなってねえんだ。誰だか知らねえが半端な教え方しやがって。面倒なのに当たっちまった」


 ジャスパーはさすがにむっとし、口を尖らせた。


「戦士の登録試験はちゃんと受かったぞ」


「当たり前だ。それだけ腕力とスピードがありゃ、討伐試験のダンゴムシなんざどうとでもなる。しかもこれだけ空回りしといてピンピンしてやがる。おまけに勘も反射神経も悪くねえときた。一番厄介なタイプだ」


 エドワードは額を押さえ、ああ面倒くせえと何度もつぶやいた。


「……結局オレはどうすればいいんだ」


「仕方ねえな」


 エドワードはひとしきり悪態をつき終えると、困惑気味のジャスパーに顔を向けた。


「しばらく素振りしてろ。あとでフットワークと盾の使い方を教えてやる。エルミィ、次はお前さんだ」

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