【三日目 昼~夕方】 改訂版
第40話 疑念
1 疑念
バートラムに案内された部屋は広かった。大勢に聞かれたくない依頼や、大口の商談などで交渉する際に使われる部屋とのことだった。
室内には頑丈そうな三人がけのテーブルが四つ並び、大きな四角形を形作っている。
扉から向かって左のテーブルにはアルディラとフィオナが着席している。フィオナの奥の席では、給仕服のアトリがグラスに氷水を注ぎ、トレイに乗せていた。
扉の前のテーブルにバートラム。
右のテーブルにエドワードとケイン。
一番奥のテーブルにルピニア、ジャスパー、エルムの三人が並んだ。
無言で腕組みするバートラムは威圧感や畏怖こそ感じさせないものの、座っているだけで圧倒的な存在感がある。バートラムは普段から口数が少なく動きもゆったりとしているが、それは相手を萎縮させないための気遣いなのかもしれない。
着席した面々の前にアトリがグラスを置いていく。細腕には人数分のグラスが重いようで、彼女の足取りや手つきは傍から見ていても危なっかしい。
――たしかに向いてないな。
アトリがいつトレイをひっくり返すことかと、ジャスパーは冷や冷やしながらその姿を見守った。
ダンジョンでルピニアが語った通りだ。たしかに服は似合っている。しかし料理を運ばれる客はさぞ落ち着かないに違いない。
全員に無事グラスが行き渡り、アトリが席に腰を下ろすと室内の空気が一気に和らいだ気がした。
「揃ったわね」
アルディラが室内を見回して切り出した。
「話が長くなるから、先にクエストの処理を済ませるわよ。まずはファンガスの傘」
アルディラは五人が持ち寄ったファンガスの傘を一つひとつ検分し、大きな皮袋に入れていった。
最後の傘をしまうと、アルディラは満足げにうなずいた。
「数も品質も問題なし。クエスト達成よ。お疲れさま」
うなずきあうジャスパーとエルム。胸をなでおろすアトリ。特に表情を変えないエドワード。
四人を順に眺めながら、ルピニアは反応に困っていた。
嬉しくないわけではない。しかし手放しで喜べるほど単純な心境でもなかった。
「……これで準備金の残りは、ウチらで分配して大丈夫なんやな?」
「武器を買うなり貯めておくなり、好きになさい。一週間かそこらの宿代は残しておくことを勧めるけれどね」
「エドワード。お前も依頼を果たした。報酬を受け取れ」
バートラムが手のひら大の皮袋をテーブルに置いた。
さほど重そうではなかったが、金貨十枚は二ヶ月少々の宿代に相当する。中堅冒険者を数日間拘束するとはいえ、危険度の低い上層での労働報酬としては破格だった。
しかしエドワードは皮袋に手を伸ばさず、じろりとバートラムを睨んだ。
「旦那。ケインとあの連中はどうなる。完全に俺らのとばっちりだぞ」
「失敗したという報告は受けていない。フィオナ」
バートラムが目をやると、フィオナがテーブルの下から皮袋を引っ張り出してケインの席まで運んだ。
「ケインさん。落とし物を拾っておきました。こんな大事な荷物を忘れないでください」
「落とし物だと? 覚えがないぞ」
「中身は確認してあります。間違いなくケインさんのものでした」
ケインは訝しげに皮袋の口を開け、中を覗き込んだ。
その目が驚きに見開かれる。
「……こいつは」
「だめですよ。せっかく二階へ戻って、夜通し集めたものを置き忘れるなんて」
フィオナは微笑みながら自分の席に戻った。
「中身はあたしも確認したわ。新鮮な大サソリの尻尾十個。今日中にあの子たちから提出させなさい。それでクエストは達成。あの子たちも軽い怪我だけで戻ったことだし、あんたの先導も達成とするわ」
ケインは袋の中身とフィオナの顔に、何度も視線を走らせた。
「だが、フィオナさん、これはあんたが」
「わたしは落とし物を拾っただけですよ」
「……そうもいかない」
ケインがゆっくりと首を振る。
「あいつらは報酬を受け取るべきだ。落ち度もないのにクエスト失敗になるのは理不尽だからな。だが俺は違う。あいつらの怪我が軽いのはエルミィが治療してくれたおかげだ。しかも俺が二階へ戻ったせいで、この五人は殺されかけた。先導の報酬は受け取れない」
「いいだろう」
バートラムはうなずき、懐から小さな皮袋を出した。
「だが二階にまぎれ込んだガーゴイルを少なくとも四体倒し、上層の安全を確保したな。これは討伐報酬だ。断るとは言わさん」
「……」
ケインは逡巡の後、頭を下げた。
「借りは必ず返す」
「かなわねえな」
エドワードは肩をすくめ、金貨の袋を懐に入れた。
「さて。あたしにいろいろ質問があるでしょうね」
アルディラが六人を見回す。
「まず二階で何があったのか、順を追って説明してくれるかしら。リックたちの話では
「そんならウチが話したる。アトリ、足りんとこは補足頼むわ」
ルピニアが立ち上がった。
「ウチらはケインはんのパーティに遅れて二階へ下りた。通路を1番から順に、東西へ往復しながらファンガスを探しとった――」
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