第5話 ご指導、ご鞭撻
5 ご指導、ご鞭撻
四人はエドワードに率いられ、訓練場と呼ばれる村はずれの一画に赴いた。
広い敷地の半分以上は更地で、剣術や弓術、格闘などの実践訓練に使われているようだった。いくつか建っている小さな倉庫には、模擬戦闘で用いる木製の武具や弓の射的などが大量に収められているらしい。
敷地の奥、山に面した側には横に長い建物が一棟あった。こちらは魔法の修練場であり、建物内にある部屋はいずれも特殊な魔術によって通常の空間から遮断されているという。
「要するに、中で派手に魔法を使っても問題ねえってことさ」
エドワードの端的な説明を受けつつ、四人は敷地の隅で空いた場所に陣取った。
敷地内ではいくつもの冒険者グループが模擬戦闘を行っており、武具を打ち合わせる音や気合の声などが絶え間なく聞こえてきた。ざっと三十人前後はいるだろうが、どの集団も種族や性別、年齢が様々で統一性がない。手にしている武器も剣に槍、鈍器に弓と多様だった。
グループに属さず、一人で素振りや型の稽古を繰り返す者も少数ながらいるようだ。
しかし実力の離れた冒険者から指導を受けている者たちはさらに少数らしく、一見して初心者と分かる四人は周囲から浮いていた。
「……なんか初心者お断りって感じがせんか。ここは誰でも使うてええって聞いとるんやけど」
ルピニアが訝しげに周囲を見回すと、エルムも不思議そうな表情を浮かべていた。
「そうだね。止まり木亭もバッタモンド商会も、初心者に親切だったのに。ここは例外なのかな?」
「
「それじゃ、なんでアルディラさんはオレたちに金を貸してくれたんだ?」
「まともな装備もねえ駆け出しがダンジョンで勝手にくたばるのは迷惑なのさ。依頼は果たせねえ、死体はゴロゴロなんてことになってみろ。店の信用に関わるだろ」
エドワードが肩をすくめた。
「だから最初くれえは手厚く世話して、稼げる冒険者を育てるほうが得ってわけだ。ま、そんな甘い話は独り立ちしたら終わりだ。ベテランに教えてほしけりゃ自分で金を払えってことさ」
「なかなかうまくいかないんだね」
エルムの目には訓練場が育成の場ではなく、同程度の実力を持つ者たちが技を磨きあう場所と映った。それは必ずしも店主夫妻の意図に沿った使われ方ではないように思えたが、現実は理想通りに行かないということなのだろう。
「金が絡むと面倒なんやな」
言いながら、ルピニアは離れた場所から好奇の目を向けてきた男を睨みつけた。
男は何事もなかったように剣の素振りを始めたが、時おり横目で様子をうかがっているのは明らかだった。
「いやな気分や。ウチらを見て何が楽しいんやろ」
「ほっとけ。そのうち飽きるだろ」
「右だの左だの指示するときは、必ず相手にとっての左右を言ってやれ。自分から見た左右じゃねえぞ」
「ただし前と言ったら今パーティが向かっている方向だ。こいつだけは誰がどっちを向いてようが関係ねえ。絶対に間違えるな」
四人はエドワードの思いがけない真剣さに驚きながらも聞き入った。ダンジョン内で維持するべき隊列、前衛を魔法や弓で誤射しないための合図、静かに行動せねばならない時のハンドサインなどなど。それらは冒険者の間で共有され磨かれてきた、生き延びるための技術と心得だった。
「次だ。誰が何をできるか見せてもらう。お前らもじっくり見て知っておけ、命を預ける仲間なんだからな」
最初の実演はルピニアだった。
複数並べられた射的を、ルピニアは続けて正確に射抜いてみせた。次の矢を番えるまでの時間差も四人が想像していたより小さい。その代わりに矢の刺さる深さはいまひとつだった。エルフの筋力が人間や獣人に比べて劣るためだ。
「やるじゃねえか」
「ウチは狩人の家系やしな。弓だけならそれなりに訓練しとる」
ルピニアが鼻眼鏡をいじりながら答える。
エドワードは首をかしげた。
「そういや弓を使うときも眼鏡を外さねえのか? そいつは近くを見るためのもんだろ」
「エルフは遠くを見るとき目の使い方を変えるんや。ウチは遠くから近くへ戻すんがまだ苦手でな。一度切り替えると近くが見えづらくてあかん」
「そういえばアルディラさんも眼鏡をかけてたね。エルフには眼鏡のひとが多いの? あんまりそういう印象はないけど」
「たいていは成人する前に切り替えに慣れて、眼鏡も要らんようになる。ウチは普通よりちょっと遅いんや。アルディラはんのは近眼やないか? 魔術師やし、おおかた本の読みすぎやろ」
エルムに答えながら、ルピニアは的に刺さった矢を引き抜いて状態を確認した。
何本かは再使用に足ると見たのか矢筒に戻したが、矢じりの状態が良くないものは残念そうに廃棄した。
「ケチくせえな」
「矢を使い切ったらウチはおしまいやろ。第一もったいないやんか」
いたって真面目な反論にエドワードは肩をすくめた。
「まあいい。次はアトリだ。場所を変えるぞ」
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