第43話 嘘の功罪

  4  嘘の功罪


 修繕よりも新品を買う方が安かった。

 真新しい深鍋を手に下げて歩くエルムは鼻歌交じりだ。

 ルピニアはエルムの後ろを歩きながら、彼の軽い足取りを眺めていた。


 初日から疑問だった。平時のエルムは明るく、不思議なほど笑顔を絶やさない。会った当初は無邪気で世間知らずとしか見えなかった。それゆえ、彼が冒険中に見せた機転と計算高さには心底驚かされた。


 おそらくエルムは、直感やひらめきで答えを見つけ出すタイプだ。知識と洞察に基づいて最適解を導き出す、アトリのような賢さとは異なる種類の才覚を持っているのだろう。


 しかし、危機のさなかに虚言を用いて敵を陥れるほどの胆力を持ちながら、何かのきっかけで錯乱状態へ転落する不安定さを併せ持つことが、ますます彼の人物像を不可解なものにしている。


 そもそも男を自認しながらエルミィという女性名を名乗り、女物の服を着ているのはなぜなのか。


 共に死線をくぐり抜け一昼夜を過ごしてなお、ルピニアはエルムという少年の輪郭を掴みかねていた。


「ルピニアちゃん、さっきのことまだ納得してないの?」


「……なんかモヤモヤしとる」


 背中越しに声をかけてきたエルムに、ルピニアは明快な答えを返せなかった。


「そういうエルミィはあの説明で納得しとるんか」


「うーん。なんだか手玉に取られちゃった感じかなあ」


 ルピニアは思わず足を止めた。


「それや。何が気に入らんのかやっと分かった。あんたもそう思っとったんか」


 振り向いたエルムは、常と変わらず微笑んでいた。


「ボクは文句を言えないよ。今朝ルピニアちゃんを騙しちゃったばかりだもの」


「あんたのは仕方ないやろ」


 ルピニアは肩をすくめた。


 たしかにエルムは嘘をつき、自分は騙されかけた。しかしそれは反撃の糸口を掴み、パーティ全員で生き延びるための戦術だった。自分は危うく嘘を信じ込むところだったが、それくらいの信憑性がなければ敵を騙すことはできなかっただろう。ましてエルムは、仲間が嘘を見破ることができるような配慮までしていた。最後まで全員を手玉に取ったアルディラに比べれば、エルムの嘘ははるかに公正だったと言えるのではないだろうか?


 エルムは静かに首を振った。


「どんな理由でも、嘘はやっぱり嘘だもの。ひとを騙したことには変わりがないよ。そんなものを比べてあれは良い、あれは悪いなんて言っても意味があるのかな」


「……そりゃそうやけど」


 予想外の言葉にルピニアは口ごもった。


 あれは仕方がなかったと主張する権利がエルムにはあるはずだ。こうも潔く自らの非を認める必要などあるのだろうか。


「ボクは嘘をついたし、アトリちゃんも隠し事をしてた。ボクたちを許してくれるのなら、アルディラさんのことも許さないと不公平じゃない?」


「あんたとアトリはきっちりタネを明かしたやんか。アルディラはんは何か大事なことをごまかしとる気がしてすっきりせん」


「ボクたちが初めてアルディラさんと会ってから、まだ三日しか経ってないよ。お互いに言えない秘密があっても仕方ないよね。それに、その何かを知らなくてもクエストそのものは成功してるでしょ。たぶん今回の件には直接関係がないことなんだよ。あんまり根掘り葉掘り聞くのはマナー違反じゃないかな」


 ルピニアは腕組みしながらうなった。


「……なんか妙にアルディラはんの肩を持っとるように聞こえるんやけど。ひょっとしてウチらよりアルディラはんの味方なんか」


「そんな意地悪を言わないでよ」


 エルムの笑みが苦笑に変わる。


「ボクだってアルディラさんは何か隠してる気がするし、さっきの話も腑に落ちないって思ってるんだから」


「なんや、あんたもか。どの辺が納得いかんのや?」


「うーん……」


 エルムが周囲を見回す。

 ルピニアもつられて周りを見回し、自分たちが表通りの往来の中で立ち話をしていることに気づいた。


「あんまりひとに聞かれたくない話なんだけど。それとアトリちゃんにも内緒にしてくれる? アルディラさんをどう疑ってるかなんて聞かせたくないよ」


 エルムが声をひそめる。


「そりゃもちろんやけど。ジャスパーはええんか」


「ジャスパーなら、聞いてもたぶん黙って様子を見てくれると思うけどね。できれば話さないでほしいなあ」

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