第44話 彼の輪郭
5 彼の輪郭
雑踏から離れた路地裏は静かで、人目もなかった。
「……ボクが気になったのはフィオナさんが言ってたこと。妖精狩りは風の精霊に嫌われていた。でも理由が分からないから気になっていた。そうだったよね」
「それのどこが変なんや? 分からんもんは分からんのやろ」
「問題はそのあと、どう報告したかだよ。あのひとならアルディラさんにこう言うんじゃないかな。『怪しい解除師が登録に来ました。妖精狩りだという証拠はありませんが、気をつけたほうがいいと思います』」
「まあそうやな。アトリのことを知っとれば変な奴を見逃さんやろし」
「もしルピニアちゃんがアルディラさんの立場で、そんな報告を受けたらどうする?」
「決まっとる。すぐとっ捕まえて調べたるわ」
「普通はそうするよね。アトリちゃんをダンジョンへ送るのは、そのひとが妖精狩りじゃないことを確認してからにしようって思うでしょ。でもアルディラさんたちはそうしなかった。たしかに護衛はつけたけど、怪しいひとをしっかり調べないままで送り出した。どうしてそんなに急いだのかな」
「……たしかに妙やな。何か理由があったんやろか」
「アルディラさんの説明でも理屈は通るよ。そのひとを調べてみて無関係だったら時間の無駄だし、その間に本物の妖精狩りが追いついてしまうかもしれない。逆にそのひとが本物だったら、余計な時間を与えずに誘い出して返り討ちにしたい。危険を最小限に抑えるには急いで送り出すのが最善の方法だった。こんな感じかな」
「んー……」
ルピニアは腕組みしつつ首をひねった。
「分かるんやけど、なんか言い訳っぽく聞こえんか」
「そう思うよ。理由としては弱い気がするよね」
「そんなら、なんでさっき聞かんかったんや?」
エルムは煉瓦の壁に背をもたれ、空を見上げた。
やがて考えがまとまったのか、再び口が開く。
「あの場で質問してたら、きっとうまく言いくるめられて話が終わっちゃったよ。あのひとは不自然なくらい用意周到だったし、ボクには証拠が何もないもの。それなら疑問のままにしておけば、少しは嫌味を言わせてもらえるからね」
「嫌味? あんた、なんも言っとらんやんか」
エルムの微笑が一瞬深くなった。
「ボクがアルディラさんを疑ってること、わざと疑問を言わなかったこと。あのひとはちゃんと気づいてたし、理由も意味もすぐ見抜いたと思うよ。ボクは『煙に巻かれるのは分かってるから聞いてあげない』って伝えたかったわけ」
「……回りくどい嫌味やな」
ルピニアは舌を巻いた。
些細な疑問から推論を重ね、アルディラの論理にほころびを見出したところまでは理解できる。しかし口を閉ざすことで手札を増やすばかりか、アルディラに空札を突きつけ遠まわしに不満を述べるという発想には呆れるしかない。
「でもね、忘れちゃいけないことがあるよ」
「なんや?」
「アルディラさんはボクたちやケインさんを心配してフィオナさんを送ってくれたし、サソリの尻尾までフィオナさんに集めさせた。一番強いひとにこんな雑用をさせたら大赤字だよね。そこまでしてみんなを気遣ってくれたひとが、何か隠してるなんて疑うのはあんまり気が進まないよ。ボクの勘違いだったらいいんだけど」
ルピニアは渋々うなずいた。
「こればっかりは感謝せなあかんのやろな。なんやかんやでウチらは助けられとる」
「うん。ボクも引っかかるけど、きちんとお礼は言わないとだめだと思う」
エルムは穏やかに微笑み、ルピニアに顔を向けた。
「タネはこれくらいかな。ボクはルピニアちゃんの味方のつもり。こんな嘘つきじゃ信じられない?」
ルピニアは首を振った。
「つまらんこと言ってしもうた。すまん。それにあんたは嘘の言い訳をせんし、騙して楽しんでもおらん。ひとを疑うんも、ほんまはいやなんやな」
「ジャスパーの近くにいたら誰でもそうなるんじゃないかな。単純でお人よしで、絶対に損しそうなのに、あんなふうになれたらいいなって思っちゃう。正直者ってジャスパーとかアトリちゃんみたいなひとを言うんだろうね」
「せやなあ。ジャスパーは嘘を思いつかんやろし、アトリも『隠し事をしています』って全身で言っとった」
二人で顔を見合わせて笑いながら、ルピニアはようやくエルムの輪郭を捉えたような気がしていた。
どれほど嘘がうまく、計算高く、また心のひだが複雑でも、やはり彼はジャスパーの親友だ。結局のところエルムも仲間想いであり、アトリのことを彼なりに気遣っている。
「それにしても、アルディラはんはアトリをどうしたいんやろな。鍛えたいんか、甘やかしとるんか。どうもよう分からん」
「心配してるのは間違いないと思うよ。なるべく早く、強くなってほしい理由があるのかもね。それ以上は分からないなあ」
遠くから鐘の音が二度響いた。夕の二の鐘。市場の露店や早じまいの店は片づけを始める時間帯だ。
エルムが壁から身を離した。
「ルピニアちゃん、そろそろ果物を買わないとお店が閉まっちゃう」
「おっと。そうやった」
深鍋を両手で頭の上に載せ、エルムはくるりと一回転した。フリルのスカートが優雅に舞う。
「もう難しいことは忘れようよ。今夜は美味しい料理でお祝いだよ♪」
突然元の調子に戻ったエルムに面食らい、ルピニアは再び首をひねった。
「……やっぱりあんたはよう分からん」
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