【二日目】 改訂版
第12話 穴とヒゲ
1 穴とヒゲ
明け方。五人は止まり木亭で装備類を確認し、一日分の水と食料を購入した。クエストは手際よく進めれば一日で終わるものの、エドワードは四人に夜営の経験も積ませる心算だった。
「ところでボク、前から不思議だったんだけど。どうしてダンジョンの入り口を岩でふさぐとか、いっそ埋めちゃうとかしなかったのかな」
「いい質問だ」
エドワードはにやりと笑った。
「まあ実物を見りゃ分かる」
「……うん。これは無理かも」
エルムはしばらくぽかんと口を開けていたが、やがて納得したようにうなずいた。
山肌に口を開けたその穴は、横幅も高さもエルムらの想像を上回っていた。
横幅は人間の成人男性が七、八人並んで武器を振るっても支障がなさそうだ。おそらく二十メートル前後はあるだろう。入り口が全体として綺麗な半円を描いているように見えることから、高さも大雑把に十メートル前後と推測できる。
実に半径十メートルの半円状の空洞が山の内部へ続いていた。穴を掘ったというより、山をくりぬいたというほうが適切な表現だろう。
「そういや、上層には軍がぞろぞろ出入りしとったんやったな。下層は狭くて通れんかったそうやけど」
ルピニアは入り口の両脇を見やった。武装した人間の兵士が二人立っている。その鎧には王国軍の紋章が描かれていた。
「こんな大穴に門番二人だけで意味あるんか。お飾りにしか見えんで」
「ダンジョンは国の所有物ですし、放っておくこともできないんだと思います」
ルピニアは肩をすくめた。
「出入りを管理しとるんは止まり木亭やけどな」
「ぶつくさ言ってねえで通行証を用意しとけ。……ま、そんなわけで入り口をふさぐのは現実的じゃねえのさ。もともとこのダンジョンは、ドワーフが総がかりで掘ったばかでけえ坑道を利用したもんだ。簡単に崩れるようなシロモノじゃねえ。そこへきて魔王サマが念入りに補強工事したらしいからな。どうしても埋めようってんなら山ごと潰さねえと無理なんだとさ」
ドワーフ族は大地の妖精だ。人間と比べて背が低く動きも鈍重だが、妖精の中では最も頑強な種族として知られる。好んで洞穴や地下に住むドワーフたちは穴掘りの天才であり、彼らが手がけた坑道は百年程度ではびくともしないと言われていた。
「ああ、おヒゲさんたちが掘ったのか。それなら頑丈だよな」
「おヒゲさん……」
ジャスパーの端的な表現にアトリは目を丸くし、次いで苦笑を漏らした。
ドワーフ族のもう一つの特徴が、男女問わずに生える豊かな髭だ。彼らは口髭や顎髭の長さ、毛並み、形などに独自の美意識と強いこだわりを持つという。
「おヒゲさんならまだええほうや。ウチの里の年寄りは酒樽、酒樽呼んどるで」
「なんだか気の毒な呼び方ですね」
笑っては失礼と考えているのか、アトリは困ったような苦笑を浮かべ続けた。
――あと一息なんやけどなあ。
ルピニアはひそかに眉を曇らせた。
聞いてみたいことはいくつもある。ヒゲでも酒樽でもないのなら、アトリの里ではドワーフをどう呼んでいたのか。きちんと呼ばなければ申し訳ないと思うほど、ドワーフと親しく交流があったのだろうか。
しかし昨夜の一件で、アトリの里に関する質問は避けるべきとルピニアは悟っていた。詮索すれば昨夜の二の舞になる。それが苦笑であっても、アトリがようやく見せた表情を台無しにしたくはなかった。
「こいつを持っておけ」
エドワードが四人に羊皮紙を配った。
記されていたのは縦に並ぶ三つの図形だ。
一番上の図形は、太い曲線の先から細い線が何本も飛び出している。
その下に並ぶ二つの図形は、太い線と細い線が何本も直角に交差した網の目のような形状だった。
図形の数ヶ所には記号らしき印が書き込まれ、一番上と中央、中央と一番下の図形がそれぞれ点線で結ばれている。しかし線や記号の意味については何の説明も書かれていない。
羊皮紙を逆さまにしたり裏返したりと首をひねるジャスパーらをよそに、アトリは真剣な面持ちで図形を見つめていた。やがてその顔が上がる。
「ダンジョンの地図でしょうか。たぶん一階から三階までの。一番太い線がこの大きな坑道で、その先から細い通路がいくつも枝分かれしていて。点線で結んである場所には、きっと階段があるんですね。他の記号の意味は分かりませんけど……」
エドワードは満足げにうなずいた。
「上出来だ。お前らも少しは見習え」
「うへえ、分かりにくい地図だな。他に描きようはないのかよ」
「紙一枚に収めよう思ったら仕方ないんやないか。これ全部、正確に描いとったら日が暮れそうやで」
「それもそうか……」
「なんちゅうても迷宮やしなあ」
ジャスパーとルピニアがため息をつく一方で、エルムは目を輝かせていた。
「アトリちゃんすごいね。ボクはパズルか暗号だと思っちゃったよ」
「いえ、そんな……。ただ、エドワード先輩が意味のないことをするとは思えませんでしたから」
「当たり前だろ。こっちも子守なんざさっさと終わらせて、報酬にありつきてえんだ。無駄なことは一切しねえ。ついて来い、まずは一階を回るぞ。そのあとで二階へ下りてキノコ刈りだ」
エドワードは背負い袋を担ぎ直し、巨大な入り口に向かった。四人は急ぎ足でその後を追った。
「なんで一階を? キノコの場所が分かってるなら二階へ直行すればいいだろ。無駄なことはしないって言ったばかりじゃないか」
「ジャス公。もしいきなり一階ではぐれたらどうする気だ? 集合地点も知らねえ迷子を捜すなんざ、一番の時間の無駄だ。文句を垂れる前に一階の地図を頭に叩き込んどけ」
「……分かった、センパイ」
ジャスパーは反論を飲み込み、うなずいた。
ジャス公だの子守だのと言われるのは癪にさわるが、考えれば考えるほどエドワードの行動には無駄がない。エドワードは自らの言葉通り、四人に必要な知識と技術を最短の時間で教え込もうとしている。
今の自分がエドワードに一泡吹かせるには、その教えを彼の予想以上に深く理解し、素早く吸収してみせる以外にない。
ジャスパーは目を細め、エドワードの足取りを注意深く観察した。装備品や荷物をうるさく鳴らして歩くジャスパーと違い、エドワードはほとんど音を立てない。
――まず、あの静かな歩き方を盗んでやろう。
荷物を揺らさずに歩く工夫を始めたジャスパーは、エドワードが一瞬振り返ってほくそ笑んだことに気づかなかった。
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