第11話 鉄壁

  11  鉄壁


「そういやアトリの標準語はずいぶん綺麗やな。誰に習うたんや?」


「それは、その。一族で言葉に詳しいひとというか……」


 アトリが答えにくそうに視線を下げる。


「ああ、無理に言わんでええよ」


 ルピニアは慌てて両手を振った。


「ちょっとうらやましかったんや。ウチに教えてくれたんは人間の行商人でな。今考えるとえらく訛っとる奴やった。今朝アトリも驚いとったろ。ウチは里を出るまで気づかんかった。まったく、これのどこが標準なんや。今度会うたら問い詰めたるわ」


「でも通じなかったり聞き取れなかったりはしませんし、それほど問題はないと思います」


「通じることは通じるし、ええんやけど。村に来る途中で子供に道を聞いたんや。なんて言いよったと思う? 『お姉ちゃん、しゃべらなければ美人なのに』やって。ひっぱたいたろか思ったわ」


「子供の言うことですから……」


 苦笑を抑えているのか、アトリは何とも言いがたく微妙な表情を浮かべた。


「そこは笑うてええとこなんやけどな。真面目に返されると悲しいやんか」


「……すみません」




「それにしても魔法使いはええな。なんちゅうかエレガントで憧れるわ」


「弓を持ったルピニアさんも、颯爽としていて素敵でした。わたしには真似できません」


 アトリのまなざしに羨望の気配を感じ、ルピニアは内心首をかしげた。


 たしかにアトリは腕力がなく、弓には向いていない。その代わり彼女は魔術の素質に恵まれている。魔法を重視する家系では喜ばしい才能のはずだが、何か思うところでもあるのだろうか。


「褒めてもなんも出んよ。……出てもせいぜいこのくらいやな」


 ルピニアは開いた左手を腰の辺りに引いた。


「タネも仕掛けもございます、や。――〈開け〉」


 一瞬身を固くしたアトリの前に、ルピニアは握った左手を差し出した。手は一本の矢を掴んでいる。


「……見えざる袋の術ですか」


「知っとったか。さすが本職の魔術師やな」


「間近で見たのは初めてですけど……急に古代語なんて使わないでください。驚きました」


「すまんすまん」


 わずかながら語気を荒げたアトリに驚きつつ、ルピニアは手を引き戻した。握っていた矢が再び消失する。


「わざわざ覚える魔術師は珍しいって聞いとったし、見せびらかしたかったんや。……けどウチが使える術はこれだけ。だいぶ勉強したんやけど、他はさっぱりやった。結局ウチには魔法の才能がなかったんやな。昼間のアトリは正直うらやましかったわ」


「あ……。すみません、そんなつもりでは」


 アトリが気まずそうにうつむく。


「気にせんでええよ。なんやかんやでウチは弓が好きやしな。魔法はものにならんかったけど、寄り道したんは後悔しとらん」


「……あの。今日会ったばかりのわたしに、そんなことまで話してしまって大丈夫なんですか」


「むしろアトリには知っといてほしいんや。火力のウチらはパーティの要になるやろし、ウチが魔法のド素人やないって知っとれば戦い方も変わってくるやろ」


 アトリはぎこちなくうなずいた。


「それは……そのとおりですね」


「まあウチは射手やし、魔法はおまけや。とっておきも他にあるし。それはアトリも同じやろ」


「固有技能、ですか」


 アトリが目を逸らしたまま、つぶやくように応える。


 固有技能とは妖精族が各人一つだけ持っている独自の能力だ。その種類はきわめて多岐にわたり、また外見や家系などから推測することも事実上不可能であるため、隠し玉として秘密にする者は少なくない。


「でも、わたしのは……その」


 思いつめたような顔のアトリに、ルピニアは慌てて両手を振った。


「いやいや、無理に言わんでええよ。実はウチのもちょっと恥ずかしい」


「……すみません」


 力のない声が返ってくる。


 ――降参や。矢が尽きてしもうた。


 内心ため息をつきながら、ルピニアは笑顔をつくった。


「おっと。ずいぶんお邪魔してしもうた」


 ルピニアがベッドから立ち上がると、アトリの身体がまた揺れた。今度は両足で持ちこたえたようだ。


「なんかすまんな。押しかけてベラベラしゃべって」


「いえ。……楽しかったです」


 アトリが浮かべた笑顔には力がなく、見ているルピニアの方がいたたまれなかった。


「そんならお休み。明日はよろしゅうな」


 軽い足取りを意識しつつ、ルピニアはドアを閉めた。




「……ごめんなさい、ルピニアさん」


 遠ざかる足音を聞きながらアトリがうつむく。

 膝の上で握った拳はかすかに震えていた。




「……鉄壁やった。まいったわ」


 自室へ戻ったルピニアは深いため息をついた。


 アトリとは明日に備えて打ち解けておきたかった。それがこうも頑なに拒絶されてしまうと、先が不安になる。


 とはいえ不満を抱くのも筋違いと分かっていた。


 アトリは真面目で誠実だ。彼女は他愛のない話も身を入れて聞き、質問には真剣に答えようとしていた。何らかの理由で答えにくい時は言葉を濁していたが、問いを適当にはぐらかしたりはしなかった。


 触れられたくない話題なら、はっきり断ってほしいと思わなくもない。しかし共通の話題も分からない状態で、身の上を詮索するなと言ってしまっては元も子もない。アトリはわざわざ部屋まで訪ねてきた自分を無下にできなかったのだろう。


 ルピニアはベッドに腰掛け、アトリとのやり取りを思い返した。


 先ほどは無理にでも距離を縮めようとして、アトリが触れてほしくないらしい話題を次々と突いてしまった。口数が多い自覚はある。それでも普段の自分なら、あれほど強引で迂闊なことはしないはずだ。


「あかん。考えれば考えるほどアホなことをしとった。ウチも焦っとるんやろか」


 ルピニアは額を押さえ、小さくうなった。


 自分は図太い方だと思っていたが、さすがにダンジョンへの初挑戦とあっては緊張しているのかもしれない。それゆえパーティの戦力と連携に不安を覚え、焦ってアトリと打ち解けようとしたのではないだろうか。


 収穫があったとすれば、アトリの緊張の度合いがひどいと気づけたことだ。男性陣に細かい配慮を期待するのは無理だろう。彼女を気遣うのは自分の役目だ。


「後ろはウチが支えなあかん。……よし」


 ルピニアは両頬をぴしゃりと叩き、勢いよく立ち上がった。


「こうなったら詫び代わりや。明日は必ずアトリを笑わせたる」

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